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ロシア苦戦で習近平の対ロシア戦略は変わったか?――元中国政府高官を直撃取材
2月4日、プーチン大統領と会談した習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)
2月4日、プーチン大統領と会談した習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)

駐ウクライナの元中国大使の「ロシアは必ず惨敗する」という言葉がネットに拡散したことから、習近平はプーチンを捨てるだろうといった観測が見られる。そこで真相を究めたく、高齢の元中国政府高官を直撃取材した。

◆オンライン・フォーラムで「ロシアは必ず惨敗する」

中国国際金融30人フォーラム(CIF30)と中国社会科学院国際研究学部がオンライン形式で「ロシア・ウクライナ危機は世界の金融情勢にどのような大きな変化をもたらしたか?それは中国にどのような影響を与えるか?中国はどのように対応すべきか?」をテーマとして、内部フォーラムを開催した。その中の元駐ウクライナ中国大使(2005年~2007年)だった高玉生氏の発言が5月10日にCIF30のウェブサイトに公開されたのだが、彼のスピーチの部分だけが、すぐに削除されてしまった。

なぜなら、高玉生はそのフォーラムでが「ロシアは必ず惨敗する」という趣旨のスピーチを行ったからだ。しかし、削除された内容が香港系列の鳳凰網や、他の中国内の複数のウェブサイトに転載されたために、海外を含めた多くの人の知るところとなった。

スピーチの内容は相当に長いので、それをすべて書くわけにはいかないが、概ね以下のようなことを言っている。

  1. そもそもソ連崩壊後のロシアは、常に衰退の一途をたどっている。プーチンのリーダーシップの下でロシアが復活したようなことを言っているが、それは全くの虚偽で、ロシアは崩壊前のソ連の衰退を継続しているだけだ。
  2. ロシアの電撃戦の失敗は、既にロシアが敗退したことを意味し、軍事大国などと言いながら、実は1日数億ドルの戦費を負担する財政力などロシアにはない。
  3. それでもロシアは会戦当初軍事力と経済力においてウクライナに勝っていたが、ウクライナの抵抗とウクライナに対する西側諸国の巨大で継続的かつ効果的な支援により、ロシアの有利さは相殺された。ウクライナは欧米の連続的な支援により、兵器技術と装備、軍事概念とハイブリッドな戦闘態勢において、ロシアを圧倒している。
  4. ロシアが最終的に敗北するのは時間の問題だ。
  5. もともとウクライナの世論は親露派と親欧米派に分かれていたが、2014年のロシアによるクリミア併合以降は、親欧米感情が高まった。
  6. ウクライナは主権と領土保全の問題でロシアに譲歩するつもりはなく、戦争によりウクライナ東部とクリミアを回復することを決意している。というのも、米国、NATO、欧州連合が、プーチンを打ち負かす決意を繰り返し表明しているからだ。米国は「弱体化し孤立したロシア」を目指す決意を固めている。
  7. この目標を達成するために、米国は第二次世界大戦後初めてウクライナのためのレンドリース法を可決した。さらに重要なのは、米国、英国、その他の国々の戦争への直接参加が深まり、その範囲が拡大していることだ。これはロシアが完全敗北して罰せられるまで戦争を続けるという決意の表れだ。
  8. ロシアは弱体化し、重要な国際機関から追放される可能性があり、国際的な地位は大幅に低下する。ウクライナはヨーロッパの家族の一員となり、他の旧ソビエト諸国も非ロシア化をする可能性が高い。
  9. 日本とドイツは、第二次世界大戦の敗戦国であるにもかかわらず、ロシア・ウクライナ紛争を通して軍備開発を加速させ、政治的権力の地位を目指してより積極的に努力し、あたかも戦勝国として衣を換えて西側陣営に入っていく。
  10. (ウクライナ戦争後)米国やその他の西側諸国は、国連やその他の重要な国際機関の実質的な改革を積極的に推進する。改革が阻止されれば、新たな組織を設立していく可能性がある。(第二次世界大戦の戦勝国と敗戦国の線引きではなく)いわゆる「民主的で自由なイデオロギー」の国であるか否かという線引きで「ロシアなどの一部の国」を除外する可能性がある。(概要は以上)

高玉生のスピーチの中で、最も問題となるのは、最後に太文字で示した文言だ。特に「ロシアなどの一部の国」の「など」が、「中国」を指していることは明らかだろう。

CIF30は何を考えているのか。こんな内容を公開して、削除されない方がおかしいだろう。

◆日本のメディアは「習近平がプーチンを見限ったか?」と大はしゃぎ

この肝心の「ロシアなど」の「など」があることには目を向けないで、日本のメディアは「中国、党内分裂か」とか「習近平がプーチンを見限ったか?」などと大はしゃぎしている。というのも、情報源としてアメリカの元外交官のデービッド・カウヒグが中国のニュースを英訳してブログで書いた内容を二次情報として用いて、5月12日にNEWSWEEKが<「大国ロシアは過去になる」中国元大使が異例の発言>を発表したので、これは「三次情報」になる。この三次情報では、どこまでが高玉生の発言で、どこまでがデービッド・カウヒグ自身の思惑なのか、さらには、どこがNEWSWEEKの執筆者であるジョン・フェン氏の見解なのかが区別しにくい形で書いてあるため、全体として、あたかも全てが高玉生のスピーチであるかのような印象を与える。

当然のことながら、日本のメディアは「四次情報」として日本人好みに書いてあるので、「大はしゃぎ」したくなるだろう。幾重にもフィルターが掛かり、結果、「ロシアの苦戦を見て、習近平が遂にプーチンを見捨てた」、「中国、遂に党内分裂か」となってしまったわけだ。

そうでなくとも筆者としては5月10日のコラム<米CIA長官「習近平はウクライナ戦争で動揺」発言は正しいのか?>で、アメリカが「習近平が動揺している」と言いたくてたまらないため、この方向の世論誘導が成されていると警告したばかりだ。習近平の【軍冷経熱】という対ロシア戦略を直視しないと、日本が外交方針を誤り、日本に不利益をもたらすことを懸念したからである。

◆元中国政府高官を直撃取材_ロシア軍苦戦で習近平の対ロシア戦略は変わったか?

そこで、もう相当に高齢の、元中国政府高官を直撃取材する決心をした。

メールは全て検閲されているだろうことは分かっているし、北京のこの古い友人は、私に「しばらくは中国に来ない方が身のためだろう」と忠告してくれた人であり、「いつもデリケートな問題(政治問題)を聞いてくるので、そろそろメールを出すのをやめてくれ」と、言いにくいことを言ってしまった人物でもある。

それでもと、スマホから連絡したところ、受けてくれた。

ともかく「ロシア軍苦戦で習近平の対ロシア戦略は変わったか?」、それだけ答えてくれればいいので、教えてくれと、切羽詰まって頼んだ。

すると、久々の音信に喜び、まるで堰を切ったように、一気に思いを吐き出してくれた。Q&Aの形ではあったが、もう分類するのもまどろこしく、長くもなるので、彼の回答を順不同で羅列する。

一、習近平の対ロシア戦略は微塵も変わらない。そもそも、友人が窮地に陥っているときに見捨てるようなことをしたら、それは必ず本人に跳ね返ってくる。これは人類の原理だ。中露はともに、アメリカによって制裁を受けている国だ。ロシアを支えてこそ、中国の力が温存されるのであり、もしロシアを見捨てたら、それは中国の弱体化にもつながる。中国は絶対に、そのような愚かなことはしない。

二、中国は発展途上国を率いている大国だ。彼らは国連における対露非難決議に関しても、アメリカからの制裁に関しても、中国と同じ立場に立って否定してくれた。だというのに、ロシアが苦戦しているからと言って中国が動揺したら、中国を信じてついてきてくれている発展途上国はどうなるのか。そのような無責任なことをしたら、中国は終わる。したがって習近平の対ロシア戦略は、絶対に揺るがない。

三、ただし、習近平は最初から、ロシアの軍事行動に関して賛同の意を表していない。「反対だ」というストレートな言葉は使ってないが、「賛成ではない」という意思表明は最初からしている。たとえば2月25日、ロシアが軍事侵攻をした翌日に習近平はプーチンと電話会談をしたが、そのときに習近平はプーチンに「話し合いによる解決を」とストレートに言っている。だからこそ2月28日からウクライナとロシアの間の停戦交渉が始まったじゃないか。

四、ゼレンスキーも途中で「NATO加盟を諦める」と表明したので、停戦交渉がまとまり始めたら、突然、アメリカがウクライナに対する激しい軍事支援を始めて、停戦を阻止する方向に動き始めた。アメリカは停戦して欲しくないのだ。ロシアを叩き潰すまで戦いを続けたい。

五、トランプはNATOなど要らないと主張して、NATOを脱退しようとさえした。しかしバイデンは逆だ。NATOを使って世界制覇を続けていたい。バイデンはNATOを使って世界各地で戦争を吹っ掛けていたいのだ。

六、実は中国とウクライナは友好的で、多くの中国人はウクライナが好きで、紛争が始まった最初のころは、ウクライナを応援する人とロシアを応援する人が五分五分だった時期さえある。ところがアメリカが軍事支援を強化し始めてから、中国の民心は突然変わってきた。ウクライナの味方をしているのがアメリカなら、ウクライナもアメリカと同じように中国にとっては「敵」になる。

七、アメリカは自分よりも上に出る国を潰したいという基本的な方針がある、日本だって、かつて半導体は世界一で、アメリカの上を行っていた時期があった。中国人はみんな日本に憧れたものだ。ところがアメリカは、同盟国の日本を、半導体が強いからという理由で叩きのめしたじゃないか。忘れたのか。忘れてないだろう?いま日本の半導体がダメになったのはアメリカのせいで、韓国や台湾が強くなっていった。

八、それと同じことで、アメリカはロシアと中国を潰したいのだ。ロシアの軍事力と中国の経済力を叩きのめしたい。ロシアの次は中国であることを、中国は知っている。しかし忘れないでほしい。中国はロシアではない。ソ連はアメリカの手に乗って滅んだが、中国は滅びなかった。今回も同じだ。中国はそんなに愚かではない。アメリカの手には乗らない。

九、高玉生が何を言ったか、誰も気にしてない。いろんな意見があるのは良いことで、彼の言論もCIF30の公式ウェブサイトから削除されただけで、中国の他のウェブサイトにはいくらでも転載されている。14億人の内の一人が、「ロシアは惨敗する」と言ったからって、それが何だというのか。彼は中央には如何なる力も持っていない退官した高齢の公務員に過ぎない。元ウクライナ大使だからと言って海外が特別視するのは適切でない(筆者注:そう言えば日本にも、高玉生とピッタリ同じく2005年からウクライナ大使になっておられた方もいるようで、たしかに元ウクライナ大使だったからということで特別視するのは適切でないかもしれない)。ただ、高玉生は最後に「ロシアなどいくつかの国が」と、「など」を付けたのは不見識だろう。

十、最後に言っておくが、私自身、ロシアの軍事侵攻には反対だ。賛成していない。バイデンやNATOのやり方は悪辣だが、しかし、それでも、ロシアには他の選択があったはずだ。だからと言って、私はロシアを支援しないわけではない。ロシアが潰されないように支援する。それは中央の姿勢に一致していると私は思っている。

以上だ。

なお、高玉生の5番目の発言に関して特別に聞いたが、「あの時期、盛んにアメリカが親欧米派を増やそうと煽っていたことに気が付かない程度の人間だということだ。そういう人はいくらでもいる。気にするな」と切り捨てた。

長くなりすぎたので、ここまでにしておこう。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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