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対韓輸出審査強化により、中国5Gで「独り勝ち」か
2019年6月に開催された「モバイル・ワールド・コングレス上海」で5Gを宣伝するファーウェイ(提供:アフロ)

 日本は7月4日に、スマートフォンや半導体製造に必要な材料に関して対韓輸出審査の強化を開始した。韓国政府がこれまでさまざまな側面において信頼に足る対応をしてこなかったことが根本的な原因であり、多くの日本国民も韓国政府への何らかの懲罰は不可欠だという思いがあり、この措置は肯定的に受け止められている。私も基本的にはその一人だと言っていいだろう。

 ただ、日本政府が理由として挙げている「安全保障を目的とした適切な輸出管理の一環だ」という説明には多少の自己矛盾があり、そして何よりも今回の措置は中国が5G界において独り勝ちになることに資するという側面があることを見逃してはならない。

 本論考では、その点に焦点を絞って考察する。

 

◆審査を厳重化した3品目

 日本には1949年に定められた輸出貿易管理令というものがある。日本が輸出した製品が、輸入国あるいは輸入国を経由した第三国に渡って武器製造などに使われることを防ぐために、一品目ずつ個別に審査し、場合によっては輸出禁止にすることも含まれている。いわば、安全保障貿易のルールを決める規定だ。

 相手国が信頼できる場合には、輸出業務の包括的承認を認める「ホワイト国」扱いになり、個別の審査はしない。

 韓国はこれまで日本にとって「信頼に足る国」として位置づけられ、「ホワイト国」扱いをされて、輸出品目の個別審査から免れていた。

 しかし、このたび、その信頼を失ったということで、ホワイト国扱いから外し、包括的審査をしないことになった。

 対象となるのは、テレビやスマホのディスプレイに使う「フッ化ポリイミド」や、半導体ウェハーに回路パターンを転写するときに薄い膜として塗布する「レジスト」と、半導体製造過程においてエッチングガスとして使われる「フッ化水素」などの3品目だ。

 経済産業省によれば、これらを「包括的輸出許可」の対象から外して個別的な輸出許可の対象に切り替えるとのこと。つまり、韓国に上記品目を輸出するためには、1件ずつ審査と許可を得る必要が生ずる。品目によっては途方もない時間がかかることもあり、場合によっては輸出を許可しないケースだってあり得る。

 

◆3品目の対日輸入依存度と対韓輸出依存度

 韓国貿易協会のデータによると、3品目の韓国における日本からの輸入依存度は以下のようになっている。

フッ化ポリイミド:93.7%

レジスト:91.9%

フッ化水素:43.9%

一方、JETRO(日本貿易振興機構)のデータによれば、日本における韓国への輸出依存度は、

フッ化ポリイミド:22.5%

レジスト:11.6%

フッ化水素:85.9%

である。では残りの3品目はどこに輸出しているのかというと、中国(大陸)や台湾なのである。審査強化の理由が「安全保障を目的とした適切な輸出管理」であると日本政府は言っているのだから、アメリカも輸出対象国に入っているが、それは考慮しなくていいだろう。となると、警戒しなければならない「第3国」への輸出としては、中国に注目する必要がある。

 では、3品目に関する日本の対中国輸出の割合はどうなっているかというと、

フッ化ポリイミド:中国36.3%

レジスト:中国16.7%

フッ化水素:中国2.6%

などとなっているのだ。

 韓国に輸出した上記3品目が、輸出貿易管理令に触れるのであるなら、「韓国から中国に秘密裏に渡っている」などの理由が考えられる。

 しかし、日本は直接、中国に輸出しているのだから、韓国経由で第3国(中国)に渡ったとしても、それを理由に「ホワイト国」から除外し、審査強化に入るという理屈は成り立たないのではないのか。

 よほど細かな、そしてかなり苦しい自己弁明をしないと、この矛盾性に説得力を持たせることは困難だ。

 北朝鮮に渡っている可能性も巷で指摘されたりしているが、それなら国連安保理の仕事だろう。これはさらに説得力に欠ける。

 

◆5Gにおけるファーウェイの独り勝ちを支援

 上記3品目の審査強化によって、韓国企業で最も大きな打撃を受けるのはサムスン電子やLG電子、SKハイニックスといったIT大手だ。

 ドイツのデータ分析会社「IPリティックス」による今年5月の調査データは、5G の技術標準(規格)に関する標準必須特許数で、ファーウェイは1554件と、2位のノキア1427件を上回って世界トップの座にのし上がっていることを示しているが、トランプ政権の攻撃により、トップの座を維持することが危うくなっていた。

 6月29日のトランプ大統領の(一時的)敗北宣言に近いようなファーウェイに対する制裁緩和を受けて、息を吹き返しそうではあるが、何と言っても3位と4位にはサムスン電子、そしてLG電子と、韓国勢が控えているのである。

 5G必須特許出願の企業別シェアは以下のようになっている。

 1.ファーウェイ(中国、民間):15.05%

 2.ノキア(フィンランド):13.82%

 3.サムスン(韓国):12.74%

 4.LG電子(韓国):12.34%

 5.ZTE(中興通訊)(中国、国有):11.7%

 6.クァルコム(アメリカ):8.19%

 7.エリクソン(スウェーデン):7.93%

 8.インテル(アメリカ):5.34%

 9.その他:12.89%

 

 このデータから明らかなように中国勢は計26.75%だが、韓国勢は25.08%と、僅差で中国に迫る勢いなのである。

 このような中、韓国のサムスンとLG電子に痛手を与えるのだから、当然のことながら、中国勢のシェアが相対的に伸びるだろうし、トップのファーウェイの独り勝ちを許すことにつながるだろう。

 5Gの国際標準仕様を策定するデッドラインは目の前に迫っている。上記必須特許のシェアがカギを握り、その企業、その国の規格が国際標準となって5G世界の覇権を握ることになる。日本にとっては不愉快きわまりない現実が、そこに厳然と横たわっているのだ。

 つまり、対韓制裁は必要であり、制裁自身は断行されてしかるべきだが、しかしそれが5Gにおける中国の独壇場の到来に資するようなものであってはならない。一党支配体制により言論弾圧をしているような国が、通信界を支配してしまうのだ。それでいいのか。

 日本政府は、そのことにも目を向けなければならないのではないだろうか。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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