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ロシア外相の訪中訪印と習近平が狙う新経済ブロック
中国の王毅外相とロシアのラブロフ外相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
中国の王毅外相とロシアのラブロフ外相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

ロシアのラブロフ外相は中国安徽省で開催されたアフガン隣国外相会議に参加するため訪中し、その後インドを訪問した。ラブロフの訪中と訪印の背景と習近平が狙うアジア・ユーラシア経済ブロックを考察する。

◆安徽省で開催された第3回アフガン隣国外相会議

アフガン隣国外相会議というのは、2021年8月31日に米軍が完全にアフガニスタンから撤退した後に設立された会議で、第1回会議は2021年9月8日、パキスタンでビデオ会議の形で開催された。参加したのは近隣国の「パキスタン、中国、イラン、タジキスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン」の外相あるいは副外相たちだ。

第2回会議は2021年10月27日にイランの首都テヘランで開催された。参加したのは「イラン、トルクメニスタン、パキスタン、タジキスタン、ウズベキスタン」の外相、中国外交部のアフガニスタン特使らが対面で参加し、ロシアと中国の外相はビデオ参加した。グテーレス国連事務総長もビデオメッセージを発表した。

このたびの第3回アフガン隣国外相会議は、2022年3月31日に中国の安徽省黄山市屯渓で開催され、国連のグテーレス事務総長がビデオメッセージを発表し、「中国、イラン、パキスタン、ロシア」の外相やタジキスタンの法相、トルクメニスタンの副首相兼外相、ウズベキスタンの副首相兼投資・貿易大臣らが出席した。

回を追うごとに参加国が増え、今回は「隣国」ではないのにアメリカのアフガン特別代表までが参加して、「中米露+」協議メカニズム会議を開催した。またインドネシアやカタールの外相も来賓として出席した。「アフガン隣国」の会議であるにもかかわらず、アフガニスタン暫定政府自身も外相を派遣して、参加者が膨らむ一方だ。

中国の熱の入れようは尋常でなく、中国外交部は間断なく怒涛のように逐次情報を発信しまくった。それもそのはず、 後半で述べるように、習近平はアジア・ユーラシア経済ブロックを構築しようとしているからだ。ウクライナ戦争により、その主人公の座にロシアはおらず、完全に中国に差し替えられている。

全世界から批判を浴び強い制裁を受けているロシアは、経済的に中国に依存しないと生きていけない。習近平政権がプーチン政権を見限った瞬間、プーチン政権は確実に崩壊するだろうから、ウクライナ戦争は中国を強くさせる作用を招いていると言えよう。

◆ロシアのラブロフ外相と中国の王毅外相との会談

アフガン隣国外相会議の前日である3月30日には中国の王毅外相とロシアのラブロフ外相が二国間会談を行った

中国外交部の発表によれば、王毅は「中露関係は国際情勢の変化の新たな試練に耐え、正しい方向を維持し、粘り強い発展の勢いを示すだろう」と述べた。双方は、「二国間関係を発展させる意欲を強め、さまざまな分野での協力を進める自信を強めている。 中国は、ロシア側と協力して、両国の首脳間の重要な合意を主導し、新時代の中露関係をより高いレベルに引き上げる用意がある」ことを確認し合ったという。

ラブロフはウクライナ情勢に関して、「ロシアは緊張を和らげるよう努め、和平交渉を継続したいと思っている」と述べたとのこと。

あの獰猛(どうもう)な攻撃をしているロシアがこのようなことを言うのは片腹痛いという感をぬぐえないが、今後停戦に向かって努力するという意味か、それとも中国を相手としている手前、こう言うしかないと解釈できなくもない。

なぜならロシアがウクライナの少数民族(ロシア民族)が多いドネツクやルガンスクなどの人民共和国を承認したということは、中国にとってウイグルやチベットなどの少数民族の自治区が独立宣言をして「建国」し、それを他国が承認するに等しいので、習近平にとっては恐怖だ。それらの人民共和国が「助けてくれ」と訴えてきたので集団的自衛権を行使してウクライナ侵略を始めたというのがプーチンの理屈だが、中国にとっては認められないことなのである。だからウクライナ軍事侵攻が始まった2月24日の翌日である2月25日に、習近平はプーチンと電話会談をして「話し合いによって解決してくれ」と表明している。

その意味で、ラブロフとの対談で王毅が最後にウクライナ問題から学んだ教訓として、「対話と交渉を通して、バランスの取れた、効果的かつ持続可能な欧州安全保障体制を構築し、欧州の長期的な安定を達成すべきだ」と言ったことは一定程度の具体性を伴っている。

それは、中国があくまでも「武力でなく対話と交渉で問題を解決してくれ」とロシアに呼び掛けていることを意味しており、もう一つは3月29日のコラム<プーチンが核を使えば、習近平はプーチンを敵として戦わなければならなくなる――中ウ友好条約の威力>で触れた、ウクライナ大統領府が中国にも呼び掛けている「ウクライナをめぐる新しい安全保障体制」の構築を意味するからだ。

◆ラブロフ訪印の目的

The Indian EXPRESSあるいはNDTV(ニューデリーTV)の報道によれば、ラブロフは4月1日にインドのジャイシャンカル外相と会った後、モディ首相とも会った。

ここのところ立て続けに、中国の王毅外相、アメリカのヴィクトリア・ヌーランド国務次官(政治問題担当)、オーストリアとギリシャの外相などが訪印しているが、外相レベルでモディ首相と会ったのはラブロフ一人だけのようだ。

インドはロシアのウクライナ軍事侵攻に対する国連における一連の対露非難決議に関してすべて棄権しており、1960年代から兵器のほとんどは旧ソ連およびソ連崩壊後のロシアから輸入している。

2021年12月6日にも、プーチン自身が訪印しモディと会い、軍事およびエネルギー資源に関する共通認識を持ったというほどの親密ぶりだ。

ロシアの経済的依存度は圧倒的に中国がインドより大きいものの、軍事や「絆」においては、露印関係の方が長く深い。

ウクライナ戦争によって露印の緊密度は高まり、中露も【軍冷経熱】(軍事的には冷めているが経済的には熱い)ながらも、緊密度は衰えていないので、インドを対中包囲網の一つである日米豪印「クワッド」に入れるバイデンの戦略はますます困難になっているのではないだろうか。

ラブロフはインドで、石油などのエネルギー資源の取引や巨額の両国間貿易などに関して、インドの通貨ルピーとロシアの通貨ルーブルで決済することなどを確認している。

◆習近平が描く「脱ドル」アジア・ユーラシア経済ブロック

SWIFTなどの制裁も受けていてドルが使えないロシアとの取引に対して、中国はもちろん人民元とルーブルによる支払いや人民元での取引を含めた「脱ドル」決済を進めており、アジア・ユーラシア大陸の北から南を貫く「ロシア―中国―インド」という大きな塊で、「脱ドル取引」が進んでいる。

サウジアラビアやイランなど中東の石油産出国も、人民元での取引を検討しているし、インドは何と言っても上海協力機構のメンバー国で(正式メンバー国:中国、ロシア、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタン、インド、パキスタン)、上海協力機構は基本的に反NATOなので「脱アメリカ的傾向」が強く、冒頭に書いたアフガン隣国外相会議も、3回目になってアメリカが臨時に出席はしたが、やはりイランやパキスタンなどを含めた反米あるいは「アメリカ寄りでない国家」によって構成されている。

ラブロフの訪中と訪印が示唆しているのは、中国を中心とした「非ドル」のアジア・ユーラシア経済ブロックの形成である。

日本の報道では、このようなマクロな視点が欠落している。習近平の狙いを直視しないと、ウクライナ戦争停戦後の日本経済や日本外交の選択を誤らせるので、注意を喚起したい。

なお詳細に関しては、4月16日に発売される『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』で述べた。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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