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なぜアメリカは「ロシアがウクライナを侵攻してくれないと困る」のか
ロシアがウクライナ侵攻を決断したと主張するアメリカのバイデン大統領(写真:AP/アフロ)

ロシアがウクライナを侵攻してくれると、アメリカにはいくつものメリットがある。米軍のアフガン撤退の際に失った信用を取り戻すと同時に、アメリカ軍事産業を潤すだけでなく、欧州向けの液化天然ガス輸出量を増加させアメリカ経済を潤して、秋の中間選挙に有利となる。

注(2月26日):2月25日のコラム<バイデンに利用され捨てられたウクライナの悲痛>に書いたように、バイデンが昨年12月7日のプーチンとの電話会談後に、米軍をウクライナ国内に派遣してロシアの軍事侵攻を阻むことについて、「検討していない」と否定的な考えを示したのだが、まさか実際にその通りにするとは思っていなかったために、「ロシア軍が軍事侵攻するか否か」に関して筆者は推測を誤ってしまった。その過ちに基づいた分析を、そのまま放置して発信し続けるのは適切ではないと判断したので、間違った部分だけを削除して本筋には影響しないよう修正を加えた考察を以下に示したい。

◆アフガン撤退で失ったNATOからの信用を取り戻す

昨年8月のアフガンにおける米軍撤退の仕方が、あまりにお粗末であったために、アフガン占拠と統治に20年にわたり協力してきたNATOは、まるで梯子を外されたように戸惑い、アメリカの信用は地に落ちた。

トランプ元大統領から政権を奪取し、「アメリカは戻ってきた!」と叫んで、国際社会への復帰を次々と謳ったバイデン大統領は、アフガンにおける米軍撤退によりトランプ政権時代よりもさらに一歩後退して国際社会の信用を失ってしまった。

そこで9月20日、バイデンはウクライナを含めた15ヵ国の多国籍軍による大規模軍事演習をし、10月23日になると、バイデンはウクライナに180基の対戦車ミサイルシステム(シャベリン)を配備した。

これに対してロシアのプーチン大統領は10月末から11月初旬にかけて、ウクライナとの国境周辺に10万人ほどのロシア軍を集めてウクライナを囲む陣地配置に動いた(ウクライナのゼレンスキー大統領の発表)。

12月7日になると、バイデンは強引にプーチンとの会談を持ち掛け、会談後に、米軍をウクライナ国内に派遣してロシアの軍事侵攻を阻むことについて、「検討していない」と否定的な考えを示した。

これは「プーチンがウクライナに軍事侵攻しても阻止しないというシグナルを発した」ことになり、プーチンの軍事侵攻を可能な方向に持っていったと位置付けることができる。

◆アメリカは液化天然ガス(LNG)輸出を増やし、ロシアに勝ちたい

欧州のエネルギーの多くはロシアの天然ガスに頼っている。

欧州委員会のウェブサイトにあるQuarterlyReportEnergyonEuropeanGasMarkets(欧州のガス市場に関する四半期エネルギー報告)(以下、「エネルギー報告」)によれば、2018年から2021年までに欧州における天然ガスの輸入先は以下(「エネルギー報告」の中でFigure9)のようになっている。

欧州委員会のウェブサイトより

およそ3分の1ほどを、ロシアからのパイプラインを通して輸入している。

ここにアメリカがないのは、このFigure9で扱っているのはパイプラインを通した輸入で、アメリカは遠いからパイプラインを使うことができず、タンカーの輸送でLNGを送っている。そのため、国別で示した図であるにもかかわらず、「LNG」という区分がある。

面倒な表示をするものだと思うが、欧州委員会のやり方なので仕方がない。

これに関しては「エネルギー報告」のFigure15を見るしかない。

それを以下に示す。

欧州委員会のウェブサイトより

これはLNGのみに注目した欧州の輸入先国の割合である。タンカーの動きに基づく手数料に基づいて計算したデータであるという。ここでもロシア(紫色)が入り込んでいるので、Figure9のパイプラインによる輸出量と合わせると、ロシアの割合はかなり大きい。

世界はクリーンエネルギーを求めて動いているので、炭素排出量の少ない天然ガスは人気の的だ。特に脱原発を掲げるドイツは、早くからロシアと協力してノルドストリーム2の建築を進めていた。

しかしトランプ元大統領はそれを面白く思わず、親露に傾いていたメルケル元首相とは犬猿の仲であったことは有名だ。なんとかドイツにノルドストリーム2を思いとどまらせたいのは、バイデンも同じなのである。

したがって、「ロシアがウクライナに侵攻し、ロシアに制裁を加えなければならない」状態になるのは、バイデンには好都合だ。

なぜなら、欧州諸国はロシアからパイプラインを通した天然ガスを購入せず、アメリカから液化天然ガス(LNG)を購入するしかなくなるので、アメリカのLNG関係者が潤い、今年秋の中間選挙でバイデン陣営に投票してくれる選挙民が多くなるだろうからだ。

ロシアがウクライナに軍事侵攻すれば、ウクライナの周辺諸国は自己防衛のためアメリカから武器を買ってくれるので、アメリカの武器商人も潤うという計算だ。

◆アメリカのLNG生産能力が急増

事実、2月8日のロイター情報<COLUMN-LNGmarketdynamicsmaybeshiftingtogeopoliticaldrivers>(LNGコラム市場のダイナミクスは地政学的な推進力にシフトしつつある)など、いくつかの確かな情報によると、アメリカのLNG生産量が年内に2割増になりそうで、特に欧州向けに輸出されているLNGの1月の前年比は、なんと4倍に急増していることがわかった。

「ロシアがウクライナに侵攻してくる」と言っただけで、ここまでの現象が起きているので、相当に効果を発揮したということが言えよう。

もっとも、2月4日、プーチンは北京を訪れて習近平と会談し、多くの協定を結んでいる。その中の13条から15条にかけては、すべてエネルギー問題に関してで、いずれも中国がより多くの天然ガスをロシアから購入するというものばかりだ。中国の需要を確保しておけば、西側諸国から制裁を受けて輸出量が減ったとしても、ロシアとしてはさして困らないというプーチンの計算もあるだろう。

◆ウクライナはNATOに加盟できない

プーチンのウクライナに対する要求は「NATOに加盟するな」ということに尽きているが、しかし、そもそも現状ではウクライナはNATOには加盟できない。

なぜならNATOの第5条(Article5)には以下の規約があるからだ。

――締約国は、欧州または北米における1つ以上の締約国に対する武力攻撃を全締約国に対する武力攻撃とみなし、その結果、そのような武力攻撃が発生した場合は、各締約国が国連憲章第51条によって認められた個別的または集団的自衛権を行使して、北大西洋地域の安全を回復し維持するために、必要と認められる武力行使を含む必要と思われる行動を、個別的および他の締約国と共同して直ちに執ることにより、攻撃を受けた締約国を支援することに同意する。このような武力攻撃およびその結果として講じた措置は全て、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。その措置は、安全保障理事会が、国際的平和と安全の回復と維持に必要な措置を(別途)講じたときは、直ちに打ち切らなければならない。

したがってウクライナがロシアと紛争を起こしている場合は、ウクライナはNATOに加盟する資格はないことにある。

バイデンはそれを知った上で、ウクライナ憲法に「NATO加盟を努力目標とする」ことを書かせる方向の政治工作をした(その証拠に関しては2月25日のコラム<バイデンに利用され捨てられたウクライナの悲痛>に詳述した)。

この流れの中でバイデンは、ウクライナのゼレンスキー大統領を「あたかもNATOに加盟できるような甘い罠」に嵌めていったのである。

もちろんウクライナへの軍事侵攻をしたプーチンは絶対に許されるべきではない。

しかし、その方向に誘導したバイデンの「外交工作」に誰も着目しなければ、地球上の人々はいつまでも戦争から逃れることは出来ない。

そのことに目を向けてほしいという気持ちから本稿を執筆し、修正も行った。

追記(2月22日):これまで本コラムの記事をNEWSWEEKに転載してきましたが、担当者が退職なさるため、今回を含め、以降のコラムはNEWSWEEKには転載しないことになったことをお知らせします。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授、北京大学アジア・アフリカ研究所特約研究員、上海交通大学客員教授などを歴任。著書に『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(4月16日出版予定、PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓』(遠藤誉・田原総一朗、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』(中文版・英文版もあり)、『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Chinese Issue Global Research Institute, Professor Emeritus, Doctor of Science at the University of Tsukuba. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Chazu Chugoku Kenkoku no Zanka (Japanese Girl at the Siege of Changchun) (including Chinese and English versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chaina jajji — Motakuto ni narenakatta otoko (China Judge: The Man Who Couldn’t Become Mao Zedong),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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