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人民日報の歴史決議解説シリーズの一つに習近平の名がないことを以て「路線闘争」とする愚かさ
習近平中共中央総書記(写真:新華社/アフロ)
習近平中共中央総書記(写真:新華社/アフロ)

人民日報は12月8日から習近平による「歴史決議」の解説を連載している(現在13回目)。その中の一つに習近平の名前がなかったことを以て「路線闘争」だなどとする分析が日本で流行っている。真相を追跡する。

◆人民日報に習近平の名がなくトウ小平が9回出てくるので「路線闘争」と煽る日本メディア

12月24日の読売新聞は<トウ氏の名は9度登場、一度も出ない習氏の名…「静かな抵抗」暗に体制批判の文章>という見出しの報道をしている。

そこには概ね、以下のようなことが書いてある。

  • 中国の言論界を中心に、改革開放政策を進めたトウ小平を改めて評価する文章が出回っている。習近平国家主席への権力集中が進む中、個人崇拝からの脱却や思想の解放を目指した3代前の最高指導者に光を当てることで現体制を逆説的に批判するという、「静かな抵抗」が広がっているようだ。
  • 注目を集めたのは、9日付の党機関紙・人民日報に掲載された論文だった。論文ではトウの名が9度にわたって登場した。その後2代の国家主席である江沢民、胡錦濤両氏にも言及したのに、習氏の名は一度も出てこないという、最近の同紙上では異例の内容となった。
  • 習政権は体制批判を厳しく統制している。だが、中国に米国を猛追するほどの高速成長をもたらした改革開放を完全否定することはできない。文章を転載した知識人は「現体制に対する批判は直接は書かない。書けない。だが、文章を読めば、そこに込められたものがわかる」と説明し、政権の立場を逆手に取った「いまの時代の(反抗の)やり方の一つだ」と明かした。
  • 習政権は新たな業績として、成長の「速度」から「質」に重点を切り替え、貧富の格差を縮小する「共同富裕」に動き出している。トウに対する評価を巡る党内の攻防は、今後も続きそうだ。(以上、概要紹介。)

その2日前の12月22日、日経新聞の編集委員・中沢克二氏が、<習近平氏を無視、鄧小平路線絶賛する重鎮論文の不穏>という見出しで、同じトーンの分析を発表している。

その冒頭に以下のように書いている(太字強調は筆者)。

――中国で異変が起きている。揺るぎない権威を固めたはずだった総書記(国家主席)、習近平(シー・ジンピン)の名前を一度も挙げずに無視した不穏な論文が、共産党機関紙である人民日報に堂々と載ったのだ。奇妙なことに、これは「中央委員会第6回全体会議(6中全会)の精神を深く学ぶ」と題した文章なのである。

論文が習の代わりに最大限、評価したのは鄧小平だった。その名に9回も触れて「改革開放は共産党の偉大な覚醒」と絶賛し、「長期にわたる『左』の教条主義の束縛から人々の思想を解放した」と思想路線面での賛辞も惜しまない。

これは悲惨な文化大革命(1966~76年)までの毛沢東路線の誤りを痛烈に批判した表現だ。毛に対する個人崇拝への厳しい視線も感じるが、習への権力集中に絡む敏感な問題だけに「寸止め」になっている(引用ここまで)。

 

さらに途中では「来年の経済政策も左右する路線闘争」という小見出しを付けて以下のように書いている。

――見逃せないのは、政治的な路線闘争が、現実の経済政策づくりに密接にリンクしている構造だ。曲青山論文が載った12月9日は習、首相の李克強(リー・クォーチャン)も出席して来年の経済政策を議論した中央経済工作会議の真っ最中だった。中国を成長に導いた改革開放こそが取るべき道だと圧力をかけているのである(この場所の引用はここまで)。

 

中央経済工作会議に関しては12月24日のコラム<中央経済工作会議「習近平重要講話」の「三重圧力」に関する誤解と真相>に書いたが、中央経済工作会議を、このような形で利用するという所まで来ると、当該コラムで批判した某氏をさらに超えて、「正気なのか?」と言いたいほどの驚きを禁じ得ない。

中沢氏は最後に、以下のように結んでいる。

――権力集中を志向する「毛・習」と、改革開放を旗印にする「鄧・江・胡」の路線闘争。野心的な「鄧小平超え」に踏み込んだ第3の歴史決議は、闘いに再び火をつけてしまった。そこには減速著しい現下の中国経済にどう対処するかという主導権争いも絡む。今後5年余りを左右する22年秋の共産党大会に向けた闘いは、簡単には終わらない(引用ここまで)。

 

何ということだ・・・。

中沢氏ともあろう人が、これは習近平の「歴史決議」を解説するシリーズの第2回目のみの文章であることを知らないのだろうか。鄧小平を讃えた言葉は、習近平による「歴史決議」の中で書かれた言葉だ。人民日報は、それを解説しただけである。

習近平は自分が決して改革開放を否定していないという証拠に、「歴史決議」の中で鄧小平を肯定して見せた。

◆発端は「大紀元」の記事か?

実は12月15日に「大紀元」が<人民日報が改革開放巡り記事発表元指導者らを称賛習氏に言及せず>という見出しで、上の二つの記事とほぼ同じ内容の報道を先んじてしている。中沢氏が例として挙げている楼継偉氏の件に関しても構成が全く同じだ。

時系列的に言えば、まずは大紀元が書いて、それに基づいて中沢氏が膨らませて書き、次に読売新聞が、やはり大紀元(および日経?)に基づいて書いたということになろうか。

大紀元の記事を発見した時には「あーあ・・・」とは思ったが、「まあ、大紀元だ。これくらいの、敢えて勘違いしたように事実を歪める煽り記事くらいは書くだろう」と思ってスルーしていた。

しかし、ここまで次から次へと伝染してくようであるなら、ここで食い止めなければなるまい。

◆人民日報は習近平の「歴史決議」をシリーズで連載解説している

今年11月8日から11日にかけて、北京で第十九回党大会「六中全会」(中国共産党中央委員会第六回全体会議)が開催され、「歴史決議」が採択された。習近平による「歴史決議」だ。

11月17日に人民日報が公開した全文を見ると3.62万字もあるので、習近平「歴史決議」の神髄を広く人民に知らせるために、人民日報は12月8日から24日に至るまで、この要旨に関して解説するシリーズを連載し始めたのである。

第1回目(12月8日)は<意識形態業務の主導権をしっかり掌握せよ>で、タイトルの後に括弧書きで「第19回党大会六中全会の精神を深く学習し貫徹しよう」という言葉がある。これは、「さあ、これから六中全会で採択された習近平による歴史決議を紹介するので、皆さん良く学び実行しましょうね」という、連載物の宣伝と声掛けでもある。

第2回目(12月9日)は<改革開放は党の偉大なる覚醒の一つだ>というタイトルで、このタイトルは、2018年12月18日に習近平自身が言った言葉である。中国語では「改革開放是我們党的一次偉大覚醒」で、その簡体字を習近平のスピーチの中で確認することができる。それを歴史決議の中に盛り込んだものである。

したがって、第2回目は習近平の改革開放に対する位置づけと視点が主軸となっているので、「習近平」という名前が出てくるはずもないのである。

以下、第3回(12月10日)第4回(12月13日)・・・と続くが、すべて説明するのは大変なので、連載のタイトルや日時とともに、これまでの国家指導者の名前が出てくる回数を計算した一覧表を作成したので、それをご覧いただきたい。

人民日報に連載された「歴史決議」の解説シリーズ一覧表

タイトルと日付および国家指導者の名前の出現回数

人民日報の記事を基に筆者作成
人民日報の記事を基に筆者作成

シリーズはこの後も続くかもしれないが、先ずは12月24日までの解説から名前の出現回数を拾ってお示しした。

この一覧表をご覧になれば一目瞭然。

全体の合計から言えば「習近平」という名前の出現回数は「127回」と圧倒的に多い。

第2回目の時だけ習近平の名前がない。

これは習近平が位置付けた改革開放の解釈なので、ここに「習近平」という名前があるはずがないのである。

大紀元がそれをうまく拾って書いた嫌中記事をコピペして少し膨らませ、原典を調べもせずに煽り記事を書く姿勢には、実に失望してしまう。

このような虚偽の事実の拡散は、日本国民に利益をもたらさない。

本稿はそれを防ぐために書いたものなので、ご理解いただければ幸いである。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授、北京大学アジア・アフリカ研究所特約研究員、上海交通大学客員教授などを歴任。著書に『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(7月初旬出版予定、実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓』(遠藤誉・田原総一朗、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』(中文版・英文版もあり)、『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Chinese Issue Global Research Institute, Professor Emeritus, Doctor of Science at the University of Tsukuba. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Chazu Chugoku Kenkoku no Zanka (Japanese Girl at the Siege of Changchun) (including Chinese and English versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chaina jajji — Motakuto ni narenakatta otoko (China Judge: The Man Who Couldn’t Become Mao Zedong),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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