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安倍元首相オンライン演説を台湾はなぜ歓迎しないのか?
安倍晋三元首相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
安倍晋三元首相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

12月1日、安倍元首相は台湾で開かれたフォーラムにオンラインで参加し講演した。しかし台湾ではあまり報道されず、むしろ批判が目立つ。台湾が「中華民国(台湾)の領土」と位置付けている尖閣を「日本の領土」と主張したからだ。

◆安倍元首相の講演を報道しないようにする台湾

12月1日午前、台湾の民間シンクタンク「國策研究院」で安倍元首相(以下、安倍氏)は「新時代の日台関係」というタイトルで基調講演を行った。

日本では安倍氏が「台湾有事は日本有事であり、日米同盟の有事でもある」と言ったとして非常に大きく取り上げられ、手柄として礼賛されている。

ところが肝心の台湾では報道しないようにしているだけでなく、むしろ批判が目立つ。

まず、報道しないようにしている証拠として、台湾政府「中華民国」外交部のウェブサイトをご紹介しよう。ここに書いてあるその日のその日の主たる出来事は毎日アップデートされるので、日にちが経つと前のページを捲(めく)らなければならなくなる。その面倒を省くため、「12月1日」前後の外交部ウェブサイト画面をキャプチャーして以下に示す。

「中華民国」外交部ウェブサイトより
「中華民国」外交部ウェブサイトより

12月1日には3つの行事が書いてある。下から順に書くと

  • 外交部は、オランダ下院が1日で2つの友好動議を可決したことを歓迎し感謝する。
  • 中華民国政府は、友好国であるホンジュラス共和国の大統領選挙の成功に祝意を表する。
  • 呉釗燮外交部長、「豪州人報」の取材を受け、オーストラリアの地域平和への関心と台湾への支援に感謝を表明した。(以上3項目引用)

こうした他国で起きたことや取材を受けた程度のことを重要項目として書いているのに、安倍氏の講演に関しては一言も触れてない。

11月25日や26日には、アメリカ議会下院のMark Takano(高野)氏という一議員の訪台に関してまで二日にわたって書いているが、日本の総理大臣だった安倍氏に関する記述はまったくないのだ。念のために12月2日の出来事もチェックしてみたが、安倍氏の名前はやはり見当たらない。

台湾政府側の表明としては唯一、台湾外交部の報道官が記者会見で、「台湾は国際的な政界の要人が台湾の平和安定の重要性に関心を持ってくれたことを感謝する」と述べたのみで、しかも「各国の要人が民間の学術フォーラムで発表した個人的見解に関して外交部はコメントをしない」とまで付け加えている。もちろん「安倍晋三」という名前はここでも出していない。

◆台湾はなぜ安倍氏を軽視したのか?

なぜ安倍氏が、このような扱いを受けるのかに関して、本来なら日本は強い関心を示さなければならないが、この実態を報道する日本メディアは(筆者がこの時点で知る限りでは)一つもないように思われる。日本では一斉に口をそろえて安倍氏が演説で「台湾有事は日本有事であり、日米同盟の有事でもある」と言ったことや習近平を名指しで批判したこと、あるいは中国大陸の外交部が激しく抗議したことなどだけを報道している。

ところが現実はまったく異なる。

たとえば、台湾野党の国民党は安倍氏の講演に関して「許せない」と抗議しているのである。

なぜ許せないのか?

それは安倍氏が尖閣諸島などを「日本の領土」と言ったからだ。

台湾では尖閣諸島などを「釣魚台列嶼」と称しているが、これを「中華民国の領土」と宣言していることは、国民党だろうと民進党だろうと変わらない。台湾は「中華民国」として尖閣諸島などを「中華民国の領土」と強く主張している。

したがって国民党は安倍氏の講演が終わるとすぐに台湾外交部に「領土主権への侵犯は絶対に認めることができない」と強い抗議を表明したのである。

政権与党の民進党政権としても同じこと。

安倍氏の講演を肯定などしたら、台湾全市民の抗議を受けて政権交代するところにまで追い込まれる可能性がある。だから「安倍晋三」の名前を全て消し、彼の講演に関しても「なかったこと」にするしかないのである。

◆安倍氏の講演の実際の言葉

では安倍氏は実際には何と語ったのか、「國策研究院」が「IMPACT Forum日本國元內閣總理大臣安倍晉三閣下」と題して公開したユーチューブを見てみよう。

以下に示すのは動画の「14:38(14分38秒)~17:15(17分15秒)」の間のスピーチを筆者が文字起こししたものである。安倍氏の発音は割合に聞き取りにくい。不正確な文字起こしがあった時にはお許し願いたい。

===

台湾の周辺には、と言いますとこれは、尖閣諸島、先島、与那国島など、日本の領土領海にはと言っても同じことですが、空から、海上、海中から中国はあらゆる種類の軍事的挑発を続けていくことも予測しておかなくてはなりません。

では日本と台湾はどうすべきでしょうか?

台湾が取るべき政策に関して何かを言うつもりはありません。

ここでは一点、自由と民主主義、人権と法の支配という普遍的価値の旗を高く掲げて、世界中の人からよく見えるよう、その旗をはためかせる必要がある、とだけ申し上げます。日本と台湾、ともに進みましょう。

民主主義は、人のこの自発的なコミットメントを求める制度です。上から権力ずくで強制するものではありません。民主主義はだから、強い。私はそう考えます。

次に中国にどう自制を求めるべきか、そこをお話しいたします。

私は総理大臣として、習近平主席に会うたびごとに、尖閣諸島を防衛する日本の意思を見誤らないようにと、言いました。

その意思は確固たるものであると明確に伝えました。

尖閣諸島や、先島、与那国島などは、台湾からものの100キロ程度しか離れていません。台湾へ武力侵攻は地理的空間的に関わらず、日本の国土に対する重大な危険を引き起こさずにはいません。

台湾有事それは日本有事です。すなわち、日米同盟の有事でもあります。

本点の認識を、北京の人々は、とりわけ習近平主席は、断じて見誤るべきではありません。(文字起こしここまで。)

===

安倍氏は3カ所ほどにわたり、「尖閣諸島などは日本国の領土である」と明言したに等しい内容のことを言っている。

◆カイロ密談と尖閣諸島の領有権に関して

拙著『チャイナ・ギャップ』や『完全解読「中国外交戦略」の狙い』などで詳述したように、1941年11月23日から25日にかけて、当時のアメリカ大統領ルーズベルトと「中華民国」主席の蒋介石はカイロで密談を行った。このときルーズベルトは蒋介石に「アメリカとともに日本を爆撃することに協力すれば、日本を敗戦に追いやった後に琉球群島(沖縄県)を貴国にあげよう」と誘い込んだのだが、蒋介石はその申し出を断っている。この事実は秘密にされていたのだが、当時の部下の外交部長によってばらされてしまい、周辺の知るところとなってしまった。

ところが1969年に国連のECAFE(Economic Commission for Asia and the Far East。アジア極東経済委員会)が尖閣諸島などの東シナ海に海底油田や天然ガスが眠っているようだと報告すると、在米台湾留学生が尖閣諸島に関する台湾の領有権を主張してデモを起こし始めた。というのは、中華人民共和国が「中華民国」に代わって国連に加盟しようと動き始めていたからだ。

毛沢東は建国以来、尖閣諸島の領有権は日本にあると主張していたのに、海底油田や天然ガスがあることを知ると、中国は突如、「釣魚島(大陸における尖閣諸島の呼称)は中国のものだ」と主張するようになった。

だから在米の台湾留学生たちは「蒋介石が無能だから、このようなことになる」として抗議デモを始めたのだ。

この実態を調べるために私は何度も行っているサンフランシスコに再び行き、当時のデモ参加者の記録を入手し、かつスタンフォード大学フーバー研究所にある蒋介石直筆の日記で当時の記録を確認しているので、これは間違いのない事実である。

1970年に入ると蒋介石の体力はかなり弱ってきたので、息子の蒋経国が蒋介石に代わり「釣魚台(尖閣諸島)は中華民国のものだ」と主張するようになった。

そこでアメリカは沖縄返還に当たり、「領有権に関してはアメリカは関わらない。当事者同士で話し合って解決してくれ」とサジを投げてしまった(このことは、2015年4月29日のコラム<日本が直視したがらない不都合な事実――アメリカは尖閣領有権が日本にあるとは認めない>でも少し触れた)。

以来、「中華民国」(台湾)は、「釣魚台(尖閣諸島)の領有権は中華民国にある」と強く主張するようになっている。

しかし、たいへん残念なことに、日本のマスコミや「中国研究者」あるいは「国際政治学者」、さらには「元外交官」までが、安倍氏が台湾に対して上述のような講演をすることは、「中華民国の領土主権を侵犯する言葉を発したのに等しく」、「台湾を侮辱したに等しい」という認識を持つことができないままでいる。

真相を見極める見識の欠如は、日本を誤った道へと進ませることに気が付かなければならない。

尖閣諸島が日本の領土であることに疑いの余地はないが、台湾を「友好国・地域」として味方につけたければ、最低限、本稿で論じた基礎知識くらいは持たなければならないだろう。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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