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中国政府「飯圏(ファン・グループ)」規制の真相
創られる中国のアイドル(写真:ロイター/アフロ)
創られる中国のアイドル(写真:ロイター/アフロ)

中国政府による「飯圏」規制を、日本では「思想統制」とか「文革への逆戻り」などと解説しているが、笑止千万。飯圏はアイドルへの狂信的な十代前半のファンの心を操り暴利をむさぼっている闇ビジネスの一つだ。

◆「飯圏(ファン・チュエン)」とは何か?

「飯圏」の「飯」は中国語では[fan](ファン)と発音し、日本語の「ファン」を音に置き換えたもので、「飯圏」とはアイドルを追いかけるファンたちのグループ」のことだ。

日本の動漫(動画や漫画)が80年代に中国を席巻したように(参照:拙著『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』、2008年)、中国はつぎつぎと日本のサブカルチャーを模倣していき、この「飯圏」も日本のAKB48などにヒントを得たという側面を持つ。

しかし中国はどんなことでも「えげつないほどに」ビジネス化していく国。

中国では特定の芸能人(タレント、アイドル)が所属する事務所(民営の企業)が十代前半の、まだ社会的判断力もつかないファンたちをネットで組織化して煽り、「荒稼ぎ」をするだけでなく、そのタレントの悪口を言ったり嫌ったりしている人が一人でもいると個人情報を暴いてネットで総攻撃を仕掛けて死に追いやるまで虐める行為が問題となっている。

どういうことか、一つの例を挙げてみよう。

たとえばXという人気の高いアイドルがいたとする。

そうすると、Xが何月何日何時のどこ発のフライトに乗るという情報を持っている人がネットに現れ、その情報の売り買いをネットでする。

同じフライトに乗ったり、あるいはチケットが買えない場合は、到着する飛行場で待ち受けるという「出待ち」をしたりする。

次は盗撮行為。この写真をまたネットで販売する。

もし憧れのタレントXの悪口を言う者がネットに現れたりすると、その人物のプライバシーを徹底的に暴いて、家族を含めたターゲットめがけて総攻撃を始める。ネットに実名や顔写真や住所はもとより、さまざまなプライバシーが全てさらされた本人は、いたたまれなくなって自殺する場合さえある。

プライバシーなど、たとえば警察に小銭を渡せば、喜んで秘密情報を「売ってくれる」警官など、いくらでもいるので細部にわたって入手できる。

これら一連の動きの背後にはタレントXが所属する事務所があって、別の事務所の人気タレントYと競わせ、ネットにおける「人気ランキング」で上位にランクされるように、金が動くという仕掛けがある。

◆十代前半の熱狂的ファンをあやつる闇ビジネス

今年8月12日付の中国政府の通信社である新華社の電子版「新華網」は、<大量の時間を費やし、金でランキングを応援するのは何のため?>というタイトルで以下のような報道をしている。

今年6月に上海青年研究センターが7,000人以上の中学生を対象に行った調査によると、44.9%の中学生が、以下のような行為を事務所にあやつられて「飯圏」に参加していることが分かった。

  • 好きなアイドルのランキングを上位に押し上げる
  • 好きなアイドルに反対するコメントを叩き攻撃し、時には通報する
  • さまざまなネットプラットフォームで、自分の好きなアイドルを褒めるコメントを書き込み、褒めるコメントに「いいね」を押して、反対するコメントを通報する
  • ファンの資金を集めて、みんなで好きなアイドルのために消費する
  • Weiboなどで、自分の好きなアイドルの超話(スーパー話題=ツイッターのトピックみたいなもの)で発言し、コメントする
  • アイドルのライブを観にいく
  • 投げ銭などを含めて好きなアイドルにプレゼントを贈る
  • QQなどのインスタントメッセンジャーソフトで、アイドルのファンチャットグループに参加する
  • 好きなアイドルのグッズなどを転載したり、そのアイドルが出演するCMの対象商品を購入する・・・などなど

こうしてアイドル事務所による「人気アイドル」の「虚像」が「金」と「事務所にあやつられた若者の行動」によって創り上げられ、事務所および関係する企業がぼろ儲けをしていくという仕組みが大規模に組織化されて闇でうごめいている。

また、たとえば、タレントXとライバル関係にあるようなタレントYがいたとき、Xの「飯圏」たちはYに負けまいと、より多くの投げ銭をXに注いだり、Yの激しい悪口をネットに書いて拡散させたりということを互いの「飯圏」メンバーがやっている。

◆青少年は何を求めて「飯圏」に参加するのか?

あるユーチューバーが飯圏のメンバーである妹に取材して、ネットでタレントXのファンでない者を総攻撃して虐める行為に関して、「なぜそういうことをするのか」と尋ねたところ、妹は「だって気分がいいからさ」と、あっけらかんと答えている。

中国のネットユーザー数は2021年6月時点で10億人以上に達し、ネット普及率は71.6%になっている。 

日本でもネットによる攻撃で命を絶った方もおられるが、中国での暴き方と攻撃のスケールは日本と比較にならないほど激しく、自殺が後を絶たない。

「飯圏」のメンバーの多くが社会的判断力をまだ養われていない十代前半の青少年が多いため、自分でお金を稼ぐ能力はない。そこで両親や祖父母のクレジットカードを盗み、両親や祖父母が生涯かけて貯めてきたお金を、アイドル事務所に煽られるままに「飯圏」が応援するアイドルのために使い果たしてしまうというケースも散見される。

何も持たない12歳とか、せいぜい15歳くらいの青少年が、「投げ銭」をアイドルに投げ続けることによって、そのアイドルを人気者にしていったのは自分であり、まるで「自分が育てたのだ」という自己満足を得ることによって自分の存在感を認識するという、ネット社会が生んだ「歪んだ衝動」であり「哀しい現象」の一つだ。

青少年の心を破壊していくだけでなく、家の財産全てを悪徳業者のような闇ビジネスに吸い取られていく不健全な「中国の闇」がそこにはある。

◆「飯圏」の規制に出た中国政府

そこで、中国政府のネット管理に関する部局である「中央網絡安全和信息化委員会弁公室秘書局(中央ネット安全と情報化委員会秘書局)」は今年8月25日、<“飯圏”の乱れた現象の管理をさらに強化する通知に関して>という通達を出した。

通達は10項目に分かれおり、それを全て一つずつ解説するのは大変なので、主だった項目を略記すると以下のようになる。

  • 人気者のタレントのランキングを廃止する。
  • ファンを誘導してヒットさせるような機能を廃止し、スターを追い求める熱狂を抑制させ、専門性や質を高めるようにしなければならないように誘導する。
  • 一人がいくつものアカウントを持つことを規制する(匿名の攻撃増加を防ぐため)。
  • 攻撃し合うような各種の有害情報を迅速に発見し、違法・不正なアカウントを厳格に処理して、世論の過熱・拡散を防止すること。適切な処理をしないウェブサイトに対しては重い罰を与える。
  • 「投げ銭」の仕組みを廃止すること。
  • 「有料投票」機能を設定することを禁止する。ネットユーザーがタレントに投票するためにショッピングや会員登録などの物質的な手段を取るように誘導・奨励することを厳しく禁止する。
  • 未成年者の「飯圏」参加を厳しく制限する。未成年者の通常の学習や休息を妨げるようなオンライン活動を行うこと、未成年者のためのさまざまなオンライン集会を開催することも厳しく禁止する。
  • 「集金活動」に関するあらゆる違法な情報を迅速に見つけ出し、一掃すること。投票や集金を提供する海外のウェブサイトをも引き続き調査し、処分する。

◆中国政府の規制を「文革の再来」、「思想統制」、「来年の党大会への警戒感」と分析する日本メディアの罪

この規制に関して日本の大手メディアが、これは

  • 習近平による思想統制の強化(独裁性が強まった)
  • 文革への逆戻りだ
  • 「飯圏」は組織化されているので、反共産党に傾くのを中国政府が恐れている。
  • 習近平は、来年の党大会が順調に行くように警戒している(国家主席2期10年の任期撤廃をしたので、党大会で中共中央総書記に選出されなければならないから、その邪魔をされることを警戒している、という意味)

などが背景にあるといった趣旨の説明を展開しているのを、偶然、夜9時のテレビニュースで見て非常に驚いた。パソコンに向かって原稿を書いていたのだが、テレビから「飯圏(ファン・チュエン」という音が聞こえてハッとしたのだ。

日本のメディアの中国報道には間違が多いが、それにしても、これはいくら何でもあんまりではないかと唖然としてしまったのである。

どんなことでも「文革の再来」と言えばすむような風潮が日本にあるが、文革とは何かを本当に知っているのだろうか?

文革の目的は「政府の転覆」にある。

国家主席の座を退かざるを得ないところに追いこまれた毛沢東が、国家主席になった劉少奇を倒そうと、1966年に「敵は中南海にあり!」と上海から叫び始まったものだ。

国家主席であり、中共中央総書記および中央軍事委員会主席でもある絶対的権限を持った習近平が、自分の政権を倒してどうする?

あり得ない発想だ。

もし、「文革」にたとえるなら、むしろ「飯圏」の狂信的なファン(メンバー)こそが文革において何もかも破壊しつくした紅衛兵に相当する。「飯圏」のなりふり構わない群集心理と、ターゲットを定めたが最後、死に追いやるまで攻撃をやめない行為こそが文革に類似していると言っていいだろう。

そこには思想性など微塵もない。

ネットというプラットフォームが、文革時代より群集心理を激しく燃え上がらせる役割を果たし、闇ビジネスが若者の将来を食い物にし破壊させている。

日本でも、ここまで激しくはないが、2012年に自民党の礒崎陽輔参院議員が、ツイッターで「 アイドルユニットAKB48の総選挙では、投票券付きのCDを1人で大量に買うファンがいて、イベントのあり方が論議になったこと」について、疑問を呈したことがある。

「飯圏」規制は、まさに磯崎議員のこの疑問と同じで、結果日本では2019年に中止になったようだ

このプロセスが、中国では大規模に起きただけだ。

なぜ日本で起きると「歪んだ社会を是正した」ものと位置付けられるのに、中国が日本のあとを追いながら規制したことは「思想弾圧」であり「文革への回帰」であり「来年の党大会への習近平の警戒感」に変質していくのか。

日本の大手メディアが解説した理由とは程遠い現実が中国にあり、その真相こそが中国の弱点でもあるのに、これらを次々と決まり文句で位置付けて視聴者の耳目におもねる日本のジャーナリズムこそは、ビジネス化してしまって正常な役割を果たしていない。

視聴者が喜ぶ方向に事実を捻じ曲げ、虚偽の事実を日本の視聴者に拡散させていくのは、日本を誤導し国益を損ねるのではないかと懸念し、本稿をまとめた。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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