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中国恒大・債務危機の着地点――背景には優良小学入学にさえ不動産証明要求などの社会問題
債務危機にある中国恒大集団(写真:ロイター/アフロ)

中国恒大集団の債務危機が連鎖拡大するのではないかという不安が世界に広がっている。習近平が描いているであろう着地点を考察するとともに、中間層がなぜ不動産獲得にここまで狂奔するのか、社会背景を読み解く。

◆中間層が不動産購入に狂奔する理由「その1」:入学時に要求される不動産証明書

江沢民時代からリーマンショック直後あたりまでは、党幹部などを含む富裕層が投機的に不動産を購入する傾向が強く、不動産価格の高騰を煽ってきた。中間層が増えるにしたがってディベロッパーは「今買わないと来年にはもうこの値段では買えませんよ」と消費者心理を煽り、不動産購入層は中間層へとシフトしていった。

その最大の原因が優良な公立小学校に入学するときさえ「不動産所持証明書」が要求されるという事実を知っている人は少ないだろう。

2014年まで中国では義務教育である小学校も中学校(初等中学=初中)も入学試験があり、優良な小学校に入るためには学校側に賄賂を渡す習慣が常識化していた。学校側は心得たもので、多少入試成績が悪くても賄賂が多ければ手心を加え、公立だというのに肥え太っていった。

金を集めるためには良い教師がいなければならない。

教師の一本釣りも流行り、一流の小学校に入れない者は「一流の塾」に法外な授業料を払って、14億人が「高学歴」へと突進していったのである。

試験があるために賄賂が動くという「腐敗構造」が義務教育である公立小学校にさえ存在することに対して、反腐敗運動に出ていた習近平は「義務教育入学時の試験を撤廃せよ」という通達を2014年に発布し、住んでいる場所によって入学する小学校や中学を決める「学区域制」にした。

ところが、上に政策あれば下に対策あり。

ならば、入試は免除するが、その代わりに入学審査は「不動産保有の有無によってランク付けしていく」という、信じがたい手に出始めたのだ。

たとえば2021年における<上海市嘉定区義務教育入学生募集実施意見>をご覧いただければわかるように、2014年9月1日から2015年8月31日までに生まれた満6歳の学齢期児童から、「不動産証明」を提出した者を優先的に入学させるというランク付けによって選抜することになったのである。

これは各地区によって異なるが、中国は都市を第一線都市(大都会)、第二線都市、第三線都市・・・とランク付けしており、第一線あるいは第二線くらいまでは、こういった状況にあると考えていいだろう。

8月11日のコラム<中国金メダル38でもなお「発展途上国」が鮮明に>で書いたように、中国の一般家庭の「高学歴への渇望」は尋常ではない。

恒大問題を考察するときには、こういった中国の根本的な社会背景を直視しなければ真相解明には至らない。

◆中間層が不動産購入に狂奔する理由「その2」:一人っ子政策がもたらした「剰男」

長いこと実施してきた「一人っ子政策」によって、男尊女卑の強い農村では、お腹の子が女の子だと分かると早い時期に堕胎し、男の子を生んだ母親(使いたくない言葉だが「農家の嫁」)を高く評価する傾向にあった。そのようなことが累積して、2020年11月1日に始まった第7回国勢調査の結果では、男性の方が女性より「3490万人」多いというデータが出ている。

そのうちの結婚適齢期の男性が結婚相手を見つけることができないという現状にある。

中国語では「結婚できない男性」を「売れ残った男性」とみなして「剰男(センナン)」と呼ぶことが多い。本人に結婚願望がなければ、この範疇には入らないだろうが、「独身男性」は肩身が狭いという傾向にある。

同様に「結婚できない女性」を「売れ残った女性」とみなして「剰女(センニュイ)」と称したりしたが、今は「剰女」は少なくなってきた。そもそも女性にも結婚願望が強くない現象があるので微妙ではあるが、結婚願望のある男性や、独身男性を抱える父母は気が気ではない。

結婚してみようかという女性の側は、「結婚したければ『家あり、車あり、高学歴』という条件を揃えなさいよ!」と強気だ。「剰男」の両親あるいは「剰男」自身が、結婚のために、なけなしのお金を搔き集めてマンションを購入するという状況は、中国の庶民の間でよく見られる日常風景なのである。

◆習近平が恐れるのは中間層の社会動乱:「6個の財布」を使い果たして

中国には「6個の財布」という言葉がある。一人っ子の両親と、その両親のそれぞれの両親の6人を合わせた「財布」を全て合わせるという意味で、「一つのマンションを購入する」ときには、この「6個の財布」を必要とする。車の価格はマンションとは比較にならないほど安いので、世代を超えた、なけなしの財産である「6個の財布」はほとんどの場合、「不動産購入」に充てられている。

習近平が最も恐れるのは、この「6個の財布」を搔き集めて不動産を購入した中間層の反乱だ。これを抑えなければ社会不安をもたらして、非常にまずい。

習近平は2017年、2018年と立て続けに「家は住むためのものだ。投機のための不動産購入をやってはならない」という通知を出し続けているが、しかし富裕層は相も変わらず投資のための購入をしている。

投資は必ずリスクを伴うものなので、たとえ恒大集団が倒産して大損をしたところで、富裕層自身が損をするだけで習近平にとっては大きな問題ではない。そもそも富裕層は「自分が儲けそこなった」として動乱を起こしたりはしない。彼らは「叩けばホコリの出る身」。騒がずに他の投資対象を探せば済む話だ。

習近平が動くとすれば、人数的には最も多いであろう中間層の購入者への配慮からだろう。

◆習近平は恒大を救済するだろうか?

すでに多くのニュースで語られているので繰り返したくはないが、基本情報だけ書くと、中国不動産大手の中国恒大集団の負債総額は今年6月末時点で、日本円で約33兆円相当に上る。その負債を巡り、資金繰りへの懸念が高まり、倒産するのではないかという不安が全世界を覆っている。

そこで注視されているのが「習近平は果たして恒大を救済するか否か」という一点だ。

この点に関して言うならば「救済しない」と言っていいだろう。

なぜなら昨年8月20日、中央行政省庁の一つである「住宅城郷建設部」や中国人民銀行などの関係部局が、恒大を含む大手不動産企業12社ほどを呼びつけて、彼らを前にした座談会を開いた。そのときにディベロッパーたちに「お灸をすえるように」以下の「三道紅線(3本のレッドライン)」を提示している。

  1. 不動産企業の前受け金を除いた後の総資産に対する負債比率は70%を超えてはならない。
  2. 不動産企業の自己資本に対する純負債率は100%を超えてはならない。
  3. 不動産企業の現金対短期負債比は「1」未満でなければならない(=短期負債より多い現金を持っていなければならない)。

この「3本のレッドライン」を守れない不動産企業は、「その違反の度合いに応じて銀行からの融資規模などを制限するので、そう心得よ」と厳しく言い渡した。

なぜ「三道紅線」指針を出したかというと、上述のような原因で不動産価格の高騰を招き、それによってディベロッパーも不動産価格高騰に期待して過剰融資し自転車操業をするものだから、不動産バブルがどんどん膨れ上がってしまい、いずれバブルが崩壊するかもしれないという危機感を政府が抱いたからだ。

これはまだ正式な政府通達という形で発布はされていないが、しかし今後の中国政府すなわち習近平政権の指針を示すものとして強いインパクトを与えたと思われる。

特に恒大は、この3つのすべてに違反している。

きっと震え上がったにちがいない。

もし習近平が恒大を救済などしたら、単に指針に反するだけではなく、不動産価格の高騰を加速させバブルがますます膨れ上がっていく。

したがって習近平としては「救済しない」ということができる。

◆恒大を倒産させるのか?

ならば、恒大が倒産するのを黙って見ているのかと言ったら、答えは「否」だろう。

上述の社会動乱を抑えなければならないので「いきなりは倒産させない」と見るべきだ。この「いきなり」か否か、が重要だ。

「救済はしないが、倒産はさせない」というのは、矛盾しているように見えるが、中国が「特色ある社会主義国家」であることを考えると、そうでもない。

恒大の最も大きな資産は土地備蓄だ。中国では土地は国家のものなので、ディベロッパーは地方人民政府が保有している土地の「使用権」を購入して、そこにマンションなどを建てている。もし倒産してしまったら、清算するときにこれらの土地備蓄が大量に市場に出回るので土地の価値が下がり、地方政府は大きな損失を被る。そのようなことを中央政府が認めるはずがない。だから「倒産はさせない」。

また倒産してしまったら、高い頭金を支払い、ローンを組み、すでに利子も含めて大きな支出を負ってきたマンション購入者が必ず動乱を起こす。

習近平は不動産バブルを防ぐために「不動産を購入できないようにする目的」で、不動産購入時の金利を「6%~6.5%」と非常に高く設定し、頭金も不動産価格の「30~50%」を支払うことと設定している。そこまでしてでも不動産を購入させまいとしてきたために、購入者はすさまじい負担を強いられているのだ。

もし倒産したら、「家」として手に入れることができなくなるので、中間層の怒りは爆発するだろう。だから「倒産はさせない」ということが言える。

◆どのようにして「倒産させないように」するのか?

では、どのようにして倒産しないようにすることができるのか。

その方法はいくつかある。

まず、国有の不動産企業に深圳や上海など第一線都市の資産価値の高い土地使用権を購入させる。恒大はこの資金を債務返済の一部に充てる。

やや「長期」にわたってこれらを繰り返せば、恒大の資産も減っていくだろうが負債も減っていくはずだ。

こうして「かなり長い期間」をかけて恒大の負債を減らさせていき、しかし資産も減らしながらも建物だけは完成させて、購入者の手に渡るようにする。

このようにして、「恒大を救済せずに、倒産させず、購入者が動乱を起こさない」方向に「長~い」時間をかけて持って行く。

これが、習近平が描いている着地点であろうと推測される。

なお、「共同富裕」との関係においては別途論じるかもしれないが、基本は『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』に書いた精神に基づいて習近平は動いている。この背骨を理解しさえすれば、かなり正確に習近平の政策を分析することができるようになると信じている。

追記:「長~い時間」を掛けるのは恒大問題がフェイドアウトしていくまでの時間であって、購入者が「完成した家」を手にするまでの時間を指しているわけではない。もともと、たとえば2021年5月に購入した人がいるとすると、その人に「完成した家」を引き渡すのは2024年5月頃となっていた。最初から3年ほど待たなければならない契約になっている。この3年間が、たとえば半年間ほど伸びて3年半になろうと、それはそれほど大きな問題ではなく、「完成した家」が入手できなくなることの方が遥かに大きな問題なので、倒産さえしなければ、購入者は動乱を起こすほど激怒することはないと推測される。

延期された分に対する謝罪の意味での補填は、恒大集団のCEO許家印が個人の資産から払うべきだろう。彼は3兆円ほどの個人財産を持っているので、無一文になるまで支払えばいいと思う。

(本論はYahooニュース個人からの転載である)

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授、北京大学アジア・アフリカ研究所特約研究員、上海交通大学客員教授などを歴任。著書に『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓』(遠藤誉・田原総一朗、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』(中文版・英文版もあり)、『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Chinese Issue Global Research Institute, Professor Emeritus, Doctor of Science at the University of Tsukuba. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Chazu Chugoku Kenkoku no Zanka (Japanese Girl at the Siege of Changchun) (including Chinese and English versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chaina jajji — Motakuto ni narenakatta otoko (China Judge: The Man Who Couldn’t Become Mao Zedong),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.