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「安心安全な五輪」より「安心安全な国民生活」を!
2021年に延期された東京五輪(写真:アフロスポーツ)
2021年に延期された東京五輪(写真:アフロスポーツ)

菅総理は「安心安全な五輪」とくり返すが、日本国民が望んでいるのは「安心安全な日常」だ。昨年延期を決定した時よりもコロナの新規感染者数は劇的に増加している。五輪開催は精神論より科学的分析が必要だろう。

◆尾身会長の勇気ある警告

6月3日の参議院厚生労働委員会で、政府のコロナ感染症対策分科会の尾身会長は、東京オリンピック・パラリンピック(東京五輪と略称)について「本来は、パンデミックの中で開催するということ(自体)が普通でない」と述べた。

分科会はコロナ感染対策に関して科学者的立場から知見を述べる役割をしているわけだから、日本におけるコロナ感染の状況を見て医学的立場から東京五輪を開催した時のリスクに関して述べるのは当然のことだろう。

科学的なリスク分析のシミュレーションこそ、いま最も求められているものであり、「平和」、「絆」、「勇気」・・・など抽象的な精神論でコロナ感染が阻止されるものではない。

リスク分析を国民に見える形で述べてくれなかったら、分科会は闇の中で行われることになり、国民の税金で開かれている会議としては適切ではない。したがって尾身発言は非常に良心的で「国民の側に立った」、敬意に値する行動だと思う。

しかし多くの報道を見ていると、どうやら菅総理をはじめとする政府側は、五輪開催に水を差すような発言をしたとして、尾身発言に不快感を抱いているという。

これまで記者会見などで菅総理は何かにつけて「すべて専門家の意見をお聞きした上で決めます」と逃げてきたはずだ。

その専門家が「なんとしても五輪を強行する」という政府の方針に反することを言ってはならないとするのだったら、これはもう民主主義の社会ではなく、中国の独裁体制並みの「御用学者を集めた民主」に成り下がることになる。

学者集団を「傀儡」と位置付けてしまえば、民主主義はその時点で死ぬ。

幸いにして、日本は中国のようにネット発言まで削除するというところにまでは行っていないので、私見を述べたいと思う。

◆五輪延期を決定した時と比較した現在の感染者の状況

私はもちろん感染症に関しては素人なので、政府が発表し、NHKがまとめてくれているデータに沿って、社会現象としてのコロナ感染者の推移を客観的に自分の視点で考察してみたい。

以下に、五輪延期を決定した時期と「Go Toトラベル」および「第1次~第3次緊急事態宣言」に注目した新規感染者数と新規死者数の推移に関する推移を示す。青の■は新規感染者数、赤の■は新規死者数である。

日本政府が発表しNHKがまとめているデータを基に筆者が作成

「赤い矢印」で示したのは2020年3月24日に「東京五輪延期を決定した日時」である。あの時は新規感染者数も新規死者数も、絶対数から言えば現在と比べて桁違いに少なかった。それでも増加傾向にあることから延期を決断したわけである。

案の定、増加し始めたので「2020年4月6日」に「第1次緊急事態宣言」が出された。それでもしばらくの間は増加傾向が続き(新規感染者数のピークは4月11日の720人もしくは4月18日の588人)、5月25日なって、ようやく緊急事態宣言が解除された。

ウイルスの宿主は人間で、人間が移動し接触機会が多くなれば当然のことながら感染が拡大する。だというのに何と政府は、わざわざ国民の税金を注ぎ込んで「さあ、動きなさい。動いたら奨励金を出しますよ」と言わんばかりに「Go To トラベル」政策などを推進したので、一気に感染者数が激増し、新たなフェーズへと突入した。それでも利権が絡んでいる一部議員の強力な抵抗により、なかなか「Go To トラベル」政策にストップを掛けないので、感染拡大は後戻りができないところまで発展してしまった。ようやくストップしたのは5カ月後の2020年12月28日だ。

その悪影響は計り知れず、2021年1月7日に発布した第2次緊急事態宣言も、新規感染者数や新規死者数の絶対値が東京五輪延期決定の時のそれぞれ106.1倍(7642/72)および64倍(64/1)になっているにもかかわらず、3月21日には解除してしまった。当然のことながら、まだdecay(減衰)していないのだから、また増える。

今年4月25日から第3次緊急事態宣言が発せられたが、それは延期されたまま、いつ解除して良いのか確定はしていない。一応6月20日となっているが、その時にどういう数値であるならば解除できるのかに関する専門家集団の科学的シミュレーションに基づいた分析が欲しい。

◆「安心安全な東京五輪」より「安心安全な日常」を!

このような中で、東京五輪に何としても突き進んでいこうとする菅内閣は、日本国民の命など「政治の道具」としか見ていないという印象を国民に与える。

筆者の友人のご親族も、入院先のベッド数と医療従事者の許容限界を超えているという理由で(さらにはおそらく「高齢者なのでいずれ死ぬ」という「命の選択」も背後にあり)自宅療養を強要されてコロナ感染したまま亡くなられたばかりだ。

沖縄でも今年の5月の連休に多くの観光客が押しかけたために新規感染者が激増し、入院ベッド数は許容量を超えてしまって、医療崩壊を起こしかけている。

それでもなお、東京五輪開催に突入しようと言うのか?

全世界から、どのような種類のコロナウイルスを潜在的に持っているか分からない10万からの人たちが来日する。日本人の人流も増えるだろう。ということは感染の再拡大を起こす可能性を十分に秘めていることになるのは誰の目にも明らかだろう。

菅内閣にとっては、日本国民の命より、東京五輪開催が重要なのだろうか?

◆東京五輪開催に習近平がエールを送るという「シグナル」を読み間違えるな

習近平が東京五輪開催を支援している理由に関しては5月26日付のコラム<バッハ会長らの日本侮辱発言の裏に習近平との緊密さ>や5月28日のコラム<バッハとテドロスは習近平と同じ船に:漕ぎ手は「玉砕」日本>などでくり返し書いてきたように、万一にも東京五輪が中止になったら「コロナ感染」が大きくクロースアップされて、習近平にとって不利になるからだ。もちろんそれは2022年2月の北京冬季五輪ボイコットへとつながる可能性もあり、習近平としては何としても避けたいところだ。だからこそ東京五輪開催を習近平が支援しているというのに、それを勘違いしている人々が少なからずいる。

たとえば6月5日の<「中国包囲網」「東京五輪」G7サミットのキーパーソンは間違いなく菅首相である>という報道があるのを見て驚いた。もし東京五輪開催を強行突破しようとしている主催者側にも類似の勘違いがあるとすれば、それは是非とも是正してほしいと切望する。

東京五輪開催は決して中国にダメージを与えて日本が勝利を収める性格のものでなく、全くその正反対の役割を果たすことになる。

◆東京五輪を政治化しないように

いずれにしても、日本国民のために感染病の専門家たちが科学的分析をして、その結果を公表して下さることを心から期待している。

東京五輪を政治化して、日本国民の命をないがしろにするのはやめて頂きたい。

ましてや選挙の時期に照準を当てながら、国民の命をもてあそぶようなことは、絶対にあってはならない。

それを食い止める力が国民にあるのが民主主義国家なのではないだろうか。

(本論はYahooニュース個人からの転載である)

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。7月初旬に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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