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習近平さえいなくなれば中国共産党は良くなるのか?
習近平(中共中央総書記・中央軍事委員会主席・国家主席)(写真:ロイター/アフロ)
習近平(中共中央総書記・中央軍事委員会主席・国家主席)(写真:ロイター/アフロ)

昨年、中央党校の元教授・蔡霞氏が在米中に「習近平がいなくなれば中国共産党は良い党になれる」と発言したが、そうだろうか?彼女は天安門事件まで人民を殺害するのは日本軍と国民党軍だけだと思っていたという。

◆元中央党校教授の「習近平さえいなくなれば」の論法

中国共産党員の幹部候補生を養成する中国共産党中央委員会党校(中共中央党校)(略称:中央党校)の退官教授だった蔡霞氏が昨年6月に在米中のある集まりで喋った20分間の声が録音されネットで公開されたことがある。そこでは「習近平は暴力団のボスで、党内の全ての人(党員)は習近平の奴隷(奴才=奴隷根性の人)であり、人権も法治もすでになく、習近平は一線を退いて隠居すべきだ」という趣旨のことを言っている。

そこで中央党校では10回ほど彼女に電話を掛けてきて「帰国しろ」と要求したが、身の安全が保障されないので帰国しないと回答し、昨年8月17日に党員として除籍になった。

その後、数多くのアメリカ・メディアから取材を受けているが、その中で彼女が「習近平さえいなくなれば、共産党は良い党になる」と言っていることが気になる。

そうだろうか?

中国共産党そのものが「罪悪」であって、誰がトップに立とうと変わらないのではないだろうか?

◆人民を虐殺したのは天安門事件が初めてではない

何よりも驚いたのは、蔡霞氏が1989年6月4日に起きた天安門事件で鄧小平が民主を叫ぶ若者を中国人民解放軍に武力弾圧せよと命じて断行したことに関して「私はそれまで解放軍は人民を守るためにいるのであって、人民を殺すのは日本軍と国民党反動派のみだと思っていました」と吐露していることだ。

まだ新中国(現在の中国=中華人民共和国)が誕生する前の1948年、毛沢東は1947年から食糧封鎖し始めた長春に対して、林彪との往復書簡の中で「長春を死城たらしめよ」と言っている。私の兄弟はその中で餓死し、私は長春から脱出するために餓死体が敷き詰められた上で野宿し、恐怖のあまり記憶喪失になった経験を持つ。

長春だけでも、中国共産党軍によって餓死させられた無辜の民の数(中国人)は数十万に上る。

毛沢東にとって、そんなことは全く意に介す必要のないことで、「人民などは雑草のようなもので、いくら刈り取っても後からあとから生えてくるので、ざっと300万人くらいは殺してもどうということはない」と考えていた。

新中国誕生直後には、解放軍を引きつれた王震が、新疆地区で30万人ほどのウイグル人を手当たり次第に殺戮した。「銃弾」により女子供も含めて虐殺している。彼は鄧小平の下で、国務院副総理にまでなっているではないか。

毛沢東が建国後も、どれだけ多くの無辜の民を死に追いやったか、知らないはずはないだろう。

三反五反運動、反右派闘争、大躍進時の大飢饉、文化大革命など全てを含めれば、7000万人ほどは殺しているというのが通念ではないのか?

銃弾を使った殺戮だけが虐殺ではない。

中央党校では、このようなことを教えないのかと、逆にあまりの「党賛美の純粋培養」の中で党員幹部を育てていることに驚きを禁じ得ない。

◆胡錦涛はチベット鎮圧が鄧小平に評価されトップに立った

蔡霞氏は「胡錦涛時代は民主を求めて、非常に良かった」という趣旨のことを言っている。

しかし、そもそも胡錦涛はチベット自治区の書記として、1989年3月のチベット動乱に対して戒厳令を布告したことで有名で、戒厳令は中国建国来初めてのことだ。

その2ヵ月前の1月、ラサにおいて抗議運動に加わった僧侶に公開死刑を行っており、直後にパンチェン・ラマ10世が急死したことに関しても胡錦涛が関係しているとチベット人(チベット自治区のチベット族の人たち)は信じている。

同年6月に天安門事件が勃発した際も、鄧小平の武力弾圧を真っ先に支持したのが胡錦涛だ。異論を押さえつけるためには武力弾圧を断行することを胡錦涛は支持しているのである。だからこそ鄧小平に認められて、江沢民の次に国家指導者になるよう指名された。

胡錦涛が国家のトップに立つことができたのは、自由を叫ぶ民衆を武力で鎮圧するために建国後初めて発布した戒厳令があったからであり、天安門事件で武力弾圧をした鄧小平を真っ先に支持したからであることを蔡霞氏は知らないわけではあるまい。それとも、それさえ、中央党校では教えない(知らされてない)のだろうか?

私はむしろ、そのことに驚きを禁じ得ないのである。

完璧に美化され、フィルターにかかった「美しい党史」のみを中央党校で教えてきたのだとすれば、そのこと自体が「罪悪」だ。

◆蔡霞氏の祖父は「日本軍と共謀する役目を負った藩漢年」の部下

蔡霞氏の母方の祖父は、潘漢年の地下交通員を務めていた。

藩漢年は拙著『毛沢東 日本軍と共謀した男』で詳述したように、毛沢東の命令を受けてスパイとして上海にある日本外務省所轄の岩井公館の岩井英一に接触し、日本軍に国民党の軍事情報を売った人物である。毛沢東は張学良に西安事変(1936年12月)を起こさせて中共側に寝返らせ、国民党の蒋介石に「第二次国共合作」を誓わせた。これにより中共軍側は国民党軍側の軍事情報を共有することができるようになり、その軍事情報を日本側に高値で売って、日本軍が国民党軍を打倒しやすいように持って行った。

国民党も中国人。

毛沢東は自分が天下を取るためならと、自国の民の命を日本側に売ることによって、国共内戦を中共側に有利に持って行ったのである。

これが中国共産党の神髄だ。理念だ。

それでも「習近平さえ失脚すれば、中国共産党は良い党になる」と主張できるのだろうか?

◆蔡霞氏には『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』を勧めたい

蔡霞氏は、習近平の父・習仲勲が、実は鄧小平の陰謀によって失脚した(1962年)という事実を知っているだろうか?

鄧小平には、毛沢東が高く評価していた習仲勲らがいた西北革命根拠地の存在価値を何としても薄めようという狙いがあった。

「革命の聖地」と言われた延安は、習仲勲らが1920年代末から築いてきた西北革命根拠地にあった。毛沢東が長征(1934年~36年)の末にようやく辿り着いたのが西北革命根拠地で、その時には中国全土の革命根拠地は全て蒋介石・国民党軍によって殲滅されていて、もし西北革命根拠地がなかったら、毛沢東の革命は失敗し、新中国は誕生していなかっただろう。

1978年に政治復帰した習仲勲を1990年に再び失脚させたのは、やはり鄧小平だ。

天安門事件後になってもなお、習仲勲が「異なる意見を認める法律を制定すべきだ」と主張したからである。

だから習近平は国家のトップに立つやいなや、毛沢東を礼賛し革命根拠地を重視し、言論弾圧を強化するのである。言論の自由を認めよと主張したが故に、父の習仲勲が再度の失脚を余儀なくされたことを熟知しているからだろう。

中国共産党が統治している限り、誰がトップに立とうと言論弾圧は消えない。父の理念に背いてでも言論弾圧をしていること自体が、それを証明している。

蔡霞氏が中共に見切りをつけたことは心から歓迎する。拍手喝采したい。

しかし温室育ちの彼女には見えていないものが多過ぎるように思われてならない。

蔡霞氏には是非とも拙著『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』を読んで欲しいと願う。その上で再度習近平と中国共産党を分析してほしい。素直で潔癖な人物と見受けられるので、衝撃は大きいだろうが、「客観的事実」を受け入れる度量を持っておられると信じる。

(本論はYahooニュース個人からの転載である)

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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