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中国で真っ赤に燃える建党100周年の「紅色旅游」
2021年5月12日
翻る中国の「紅い旗」(写真:ロイター/アフロ)
翻る中国の「紅い旗」(写真:ロイター/アフロ)

紅い革命根拠地を巡って旅をする「紅色旅游」(紅い旅)が中国全土を真っ赤に染めている。2004年に始まったものだが、習近平政権に入って本格化し、建党100周年記念行事として拍車をかけている。

◆なぜ2004年(胡錦涛政権時代)に始まったのか?

中国で最初に「紅色旅游」(紅い旅)指針が発布されたのは2004年12月19日で、胡錦涛政権が始まったばかりのことだ。中共中央弁公庁と国務院弁公庁が共同で「2004年―2010年 全国紅色旅游発展計画綱要」(以下、綱要)に関する通知を発布した。

綱要には「紅色旅游を発展させることは、革命の伝統的教育を強化し、全国人民、特に青少年の愛国情感を増強させ、・・・革命老区の経済社会の発展を促すことにつながり、同時に旅行産業の新しい成長点となる」という趣旨の言葉がある。

1994年に江沢民が始めた「愛国主義教育」は主として「抗日戦争時の拠点」として、抗日戦争に焦点が絞られてきた。もちろん、1989年6月4日に発生した天安門事件が、海外、特にアメリカの文化に触発された若者たちに負うところが大きいことから、「中国にだって伝統的な素晴らしい文化があるのだ」ということを若者に知らせようということがスタートにあった。しかし江沢民の父親が当時の日本の傀儡政権だった南京政府(汪兆銘政府)の官吏であったことから、「自分は決して売国奴ではない」ということを示そうとして、愛国主義教育は「反日教育」の方に傾いていった。

胡錦涛政権(2003年3月~2013年3月)に入ると、江沢民の色彩がやや薄まり、同時に高速鉄道建設を実現させたいという「経済建設的必要性」から、綱要に書いてあるように「旅行産業(観光産業)の新しい成長点」として「紅色旅游」政策を推進するようになったのである。

事実、2004年1月に中国政府は「中長期鉄路網計画」を発表している。この中で中国政府は2020年までに1.2万kmの高速鉄道を建設するという目標を立てている。

1990年代末には高速鉄道建設に対する賛否両論があって、結果として賛成する方向に動いていったので、その効率性を証明する必要が、一方ではあった。

と同時に、胡錦涛政権では「小康社会」を目指していたので、老革命区(昔の革命根拠地)が見捨てられ無残に社会の発展から振り落とされて極貧の状況にあることに注目するようになったのである。 

◆なぜ老革命区は見捨てられるようになったのか?

実は90年代末から2000年初頭にかけて、私は中国の老革命区を調査に行ったことがある。2000年1月から「西部開発」という大きなプロジェクトが始まったのだが、その中に中国の大学卒業生を西部地域の未発展地区に派遣して西部開発に貢献させるという項目があった。

中国の大学を卒業した後に欧米に留学する人たちの動向を調べていた関係上、大卒生のさまざまな選択を調査することになったのだが、その時にショックを受けたことがある。

それは雲南省の老革命区と言われた場所に行った時のことだ。

雲南省には曾澤生という長春食糧封鎖の時に共産党軍に寝返った国民党第60軍の将がいた。私は1946年から第60軍兵士とともに長春にいたのだから、雲南省第60軍というのは、あの恐ろしい時代を想起させ、心を不気味にざわつかせる。

雲南省には当然のことながら中国共産党軍の革命根拠地もあったわけだが、そこには、まるで原始時代の世界にタイムスリップしたのかという錯覚に陥るほどの荒廃した地区が広がっていた。アヘンに関する「黄金の三角地帯」を彷彿とさせ、地面から毒虫が這い上がって来るのではないかという恐怖さえ覚えた。

これは決して雲南省であったからではないと思う。どの革命根拠地に行っても、その恐ろしいばかりの荒廃ぶりは程度の差こそあれ共通していた。

もちろんどの地域の革命根拠地も、交通の便が悪い所に建設されていたことは事実だ。鉄道や道路など交通の便が良ければ、すぐに国民党軍にやられる。国民党軍が入ってこられないような場所に革命根拠地を築くのが基本ではある。

だから改革開放の恩恵を浴することなく見捨てられて行き、結果、高速鉄道建設促進の宣伝の一つとして「紅色旅游」が出現したことは分かる。

しかし、革命根拠地がなかったら新中国(中華人民共和国)は誕生していなかったはずだから、それを「ここまで見捨てるのか」という疑問が、それとなく心の中でずっとわだかまっていた。

ところが今般、『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』を書いたことによって、ハッとしたことがある。

それは鄧小平が習仲勲(習近平の父)など、延安を中心とした西北革命根拠地の功労者たちを失脚させ、西北革命根拠地の意義を薄めたことによって、他の個所も含めた全ての「革命根拠地」という概念そのものを希薄化させる結果を招いていたのではないかということだ。

このたび、本コラム「紅色旅游」に焦点を当てたことによって、この事実に気が付いてハッとしたのである。

鄧小平は1997年に他界しているので、その後は「革命根拠地=老革命区」が果たした役割に関して焦点を当てることが許されるようになったという流れがある。

拙著『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』の第四章冒頭(p.166-167)にも書いたように、胡錦涛政権第二期(の2008年)になると、鄧小平が失脚に追いやった華国鋒(失脚前は中共中央主席・国務院総理・中央軍事委員会主席)の名誉回復をする動きが顕著になり、「環原華国鋒(華国鋒の真相を掘り起こせ)」という論文が胡錦涛政権の認可を得る雰囲気が生まれていた。

◆習近平政権において「紅色旅游」が真っ盛り

習近平がこの「紅色旅游」プロジェクトをフルに活用しないはずがないだろう。

2016年年末、第十二次五ヶ年計画の結果報告として300ヵ所の「全国紅色旅游リスト」が公布され、習近平の「初心忘るべからず」というスローガンに沿って、中国共産党が誕生した1921年から1949年の建国までに貢献した革命根拠地が強調された。

もちろん「革命の聖地、延安」をさえ希薄化した鄧小平に対する復讐心が習近平の心の内にはみなぎっていただろう。

2016年10月には「長征80周年記念大会」 を開いて、「長征の道を再びたどろう」という「専用列車路線図」までが示されるようになった。

これは確かに、毛沢東が文化大革命の時に血気に燃える紅衛兵たちに全国各地に行く専用列車を無料手配した歴史を彷彿とさせる。だから、「ほらね、習近平は第二の文革を行おうとしているんだ」という短絡的な噂が日本でも散見される。

しかし見逃してはいけない。

文革時代の紅衛兵のための専用列車は「無料」だっただけでなく、宿泊費も食費も国が負担してあげていた。

それに対して、現在の「紅色旅游」は有料だ。これは観光産業促進のための一環なので、党や政府のウェイブサイトのあちこちに、「紅色旅游の経済効果」を誇るデータが示されている。

特にコロナで海外旅行ができない富裕層家庭の青少年に対して、旅行欲を満足させるとともに「初心を忘れず、党の歴史を学ばせる」という効果もあり、習近平としては一石二鳥以上の「ホクホク」のプログラムだ。

2021年3月23日、中国共産党新聞は「建国百年紅色旅游百選」の「お勧めコース」を発表した。発表したのは中共中央宣伝部副部長で文化・旅游部部長でもある胡和平だ。このことからも「旅游産業(観光産業)」が関係していることが分かるだろう。

しかも、胡和平は習近平政権になった後の2015年から、習近平の父・習仲勲の生まれ故郷である陝西省の党委員会副書記に任命され、2017年には陝西省の書記に昇格し、2020年7月に現職に就いている。

陝西省はもちろん延安がある西北革命根拠地の中核を成した地区だ。

「中国共産党新聞」の「党史頻道(チャンネル)」にも「紅色旅游」のページがあり、習近平がどれだけ「紅色旅游」に力を入れているかが見て取れる。

習近平政権における「紅色旅游」の真の意味合いを理解するためにも、拙著『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』で描いた「裏切りと陰謀の中国共産党100年秘史」の真相を直視しないと、習近平政権の現在と未来を分析することはできないと確信する。

(本論はYahooニュース個人からの転載である)

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授、北京大学アジア・アフリカ研究所特約研究員、上海交通大学客員教授などを歴任。著書に『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓』(遠藤誉・田原総一朗、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』(中文版・英文版もあり)、『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Chinese Issue Global Research Institute, Professor Emeritus, Doctor of Science at the University of Tsukuba. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Chazu Chugoku Kenkoku no Zanka (Japanese Girl at the Siege of Changchun) (including Chinese and English versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chaina jajji — Motakuto ni narenakatta otoko (China Judge: The Man Who Couldn’t Become Mao Zedong),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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