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イギリスのCPTPP加盟申請は中国に痛手か?
ウェールズの農家を訪問し、鶏を抱き上げるジョンソン英首相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
ウェールズの農家を訪問し、鶏を抱き上げるジョンソン英首相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

イギリスが正式にCPTPPへの加盟申請をしたことを、中国では「脱欧入亜」と皮肉っている。イギリスが先に加盟することによって中国の加盟を阻止することができるのだろうか?中国の受け止めを中心に考察する。

◆一羽の鶏がアジア太平洋に地殻変動をもたらすのか?

2月1日、イギリスはCPTPP(=TPP11)(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)加盟に正式に申請をした。

なぜ近くのEUから離脱し、遠くのアジア太平洋地域に入っていくのか。中国ではイギリスのこの行動を「脱欧入亜」と皮肉っている。かつて日本をはじめ多くの発展途上国が「脱亜入欧」を掲げて近代国家建設を目指したのをもじったものだ。

それにしてもイギリスは本当は「脱欧入米」をしたかったのではないのかと、中国のネットでは冷ややかだ。ネットでは、英米自由貿易協定を結べなかったイギリスを憐れむ形で「脱欧入亜」と「脱欧入米」という言葉を並べて論評している。中国語では「米国」は「美国」と書くので、中国のネットで交わされているフレーズは正確には「脱欧入美」である。

この理由がまた、やや嘲笑気味に書かれているのでご紹介しておこう。

すなわち、ブレグジッドに躍起になったイギリスのジョンソン首相は、最初はアメリカと手を結ぼうと、当時のトランプ大統領に近づいてみたのだが、結局のところ「鶏肉」などの問題でトランプの譲歩を得ることができず決裂したとのこと。その「鶏肉」、実は「ネズミの毛やウジ虫が混入していても、塩素消毒さえすれば大丈夫」というレベルのアメリカの食品安全基準に、イギリスの紳士淑女たちが我慢できなかったという説明が付いている。

中にはこのような映像や、このような環球時報の報道あるいは人民日報海外網の報道もある。いずれも主人公は「鶏」だ。

もしアメリカと自由貿易協定を結べば、常にアメリカからの脅しに反応しなければならない。さまざまな譲歩を迫られる。だから誇り高き「元大英帝国」は、かつての植民地とイギリス連邦(コモンウェルス)が点在するインド太平洋や東南アジアに「威風堂々」と戻ろうとしていると、やや冷やかし気味だ。

残っているイギリス領の島嶼はインド洋にある「チャゴス島」なのだが、この小さな小さな島を、中国のテレビでは拡大して見せた。だからイギリスには「アジア太平洋」に戻って行く資格があると、イギリスのために「面白おかしく」弁解してあげている。

しかし、一羽の鶏が、もしかしたらアジア太平洋情勢に地殻変動をもたらすとしたら、これは笑い事では済まされない。

◆イギリスが加盟した場合の米中の動き

アメリカがダメなら、ブレグジットによって「グローバル・ブリテン」を掲げてきたイギリスとしては、CPTPPに加入する以外に選択肢はなかっただろう。中国とはキャメロン政権時代に中英黄金時代を築いたが、それも今は儚い夢。トランプが「俺と仲良くしたいのなら、まずファーウェイを排除してみせろ」と迫ったものだから、ボリス・ジョンソン首相は今年9月からファーウェイの5G製品を新規購入しないと約束し、2027年までには全てのファーウェイ製品をイギリスから締め出すと誓いを立ててしまっている。だから中国との仲が険悪だ。パートナーとして中国を選ぶ可能性も一時期は推測されたが、その道も断たれた。

となるとイギリスにはCPTPPを選ぶ道しか残されてないのである。

実は何も「チャゴス島」を虫メガネで拡大して見せなくとも、CPTPPにはニュージーランドとオーストラリアおよびカナダという、かつての大英帝国の傘下にあったイギリス連邦の国が3ヵ国も入っている。イギリスがCPTPPに加盟すれば、アメリカを除くファイブアイズの4ヵ国がCPTPPにいることになる。

ここにアメリカが戻ってくれば、ファイブアイズが揃うのである。

ファイブアイズという、暗号による秘密情報を共有する組織をイギリスが提起した時の敵は日本であり、ドイツ(特にエニグマ)、イタリアだった。その日本が現在のCPTPPの中ではGDP規模が最も大きいので、日本が「日本を倒すために設立された組織」であるファイブアイズに入るという、皮肉な可能性も出てくる。

となれば、イギリスを入れたCPTPPは、ファイブアイズ設立時の味方国であった中国を、今度は敵に回して「対中包囲網」を形成する可能性も出てくるわけだ。

そのとき肝心なのはアメリカの出方と、アメリカに対するイギリスの反応だろう。その考察にはいくつかのケース・スタディを試みなければならない。

まず、アメリカがCPTPPに戻る意思を表明した時のことを考えてみよう。

バイデン政権は、今は内政問題(コロナ、経済、国内分裂)を解決しなければならず、外交どころではないだろう。しかし何年かのち、アメリカが戻る意思を表明した時に、そこには確実にメンバー国としてイギリスがいる。

さて、このときイギリスは、アメリカに対してどのような態度をとるだろうか?

「お前は私を、かつては鶏肉を使って侮蔑した。CPTPPに入りたいなら、鶏肉に関して謝罪し、譲歩せよ」と迫って、「足蹴にした(トランプ政権だった)アメリカ」に恨みを晴らすだろうか?

要するにイギリスの紳士淑女が嫌った「塩素消毒したネズミの毛入りの鶏肉」に関して、アメリカが譲歩するか否かということである。たかが鶏肉、されど鶏肉だ。

イギリスは、今度はアメリカに跪(ひざまず)く必要はなくて、アメリカに跪かせる側に立つことができる。その点は、誇り高きイギリスにとっては悪い気分ではないだろう。

結果、アメリカが折れて、仮に他のメンバー国もアメリカを認めて、アメリカがCPTPPに戻ったとすれば、中国を除いて大きな経済圏ができるので、米英ともに得をしたことになる。この場合、中国は完全に締め出されることになるだろう。

しかし逆にアメリカが、「そんな屈辱的な譲歩はしない」としてCPTPPに戻ろうとしなかった場合、あるいはアメリカ国内の白人貧困労働者層の反対を受けて戻ってこなかった場合を考えてみよう。となると現状でCPTPPの経済規模は約10 兆ドルで世界シェアの約13%に過ぎないので、米・中という大きな経済体の前では影が薄い。中国がもし、「俺を入れないようにしようというのなら、入ってやらないよ」と逆方向を向くかもしれない。となると、中国を入れてでもCPTPPの存在を強化させたいという願望が、もしかしたらメンバー国から出てくるかもしれない。

◆中国はどう考えているのか――中国問題グローバル研究所の中国代表に聞いた

その辺はメンバー国の現状や意識調査をしなければならないので、今回はあくまでも、「中国はイギリスのCPTPP加盟申請をどう見ているか」にテーマを絞るしかない。そこで、シンクタンク中国問題グルーバル研究所の中国側代表である孫啓明研究員(北京郵電大学経済管理学院教授)に、中国の本音を聞いてみた。以下に示すのは孫啓明教授の回答である。

――簡単に述べるならば、二点ほど挙げることができます。

先ず、現在の世界情勢から見た時に、いかなる国あるいは経済組織も、米中という二つの大国のパワーゲームのツールになっており、どの国も経済組織も中国とアメリカから逃れることはできません。中国とアメリカが互いにパワーゲームの切り札として、それぞれ一つの経済組織を指導するか、あるいは中米それぞれがいくつかの経済組織の中に同時に入っているかのいずれかの形式が考えられます。実際、CPTPPはそのいずれでもなく、日本は本当の主人公ではありません(筆者注:日本がCPTPPの中で経済規模が一番大きいと言っても、それは暫定的なものに過ぎず、本当の主人公はアメリカだ)。イギリスの現在の経済規模と世界での地位から考えても日本に追いつくだけの力はないので、イギリスがCPTPPに入ったところで別に気にする必要はないし、中国は、日英などがアメリカに追随して中国を包囲しようと試みても、気にしていません。CPTPPは米中パワーゲームの場でしかないのです(筆者注:イギリスがCPTPPに入るか否かは何の関係もなく、アメリカが入るか否かだけが問題だ、という趣旨)。中国にとっては、RCEPがあれば十分にアメリカと対抗でき。中国にとっては、RCEPがあれば十分にアメリカと対抗できます。この二つの経済組織は、基本的に拮抗しています(筆者注:RCEPの規模は世界のGDPや貿易額・人口の約30%を占める。CPTPPを遥かに上回り、世界第二の経済大国である中国が入っている)。

次に、中国の経済力を考えれば、どの国だろうと中国との取引を軽々しく放棄したりはしないでしょう。バイデンが大統領になってから、米中パワーゲームの基調は変えていませんが、中国に対する対抗の仕方に関しては少し変化しています。やっぱり中国の経済力と市場の大きさを考慮せざるを得ないのでしょう。まあ、ひとことで言うならば、CPTPPだろうがRCEPだろうが、中国と離れてビジネス展開をするということはできないということです。アメリカも日本もイギリスも、結局は自分の利益を考えて選択していきますからね(孫教授の回答はここまで)。

たしかにイギリスのジョンソン首相は今年1月4日、「軽率な中国嫌悪」に警鐘を鳴らしている。中国との交易の余地を残したいのだろう。

一方、李克強首相は24日、イギリスの「破氷者」と呼ばれる48社の親中企業グループ倶楽部とリモートで会談した1000人ほどが参加したという。日本でも自民党の二階幹事長が数百人や数千人から成る企業団を率いて北京詣でをし、習近平国家主席を喜ばせたことが何度もある。どの国にも、こういった「超親中」の政財界人がいるものだ。実に救いがたい。

なお香港人をイギリスに移民させてパスポートを発行する政策(BNO)に関しては、よくよく見るとBNOでイギリスに移民するには500万香港ドルかかるという試算があるようだ。日本円で6,751万円の財産を持っていないと移民資格が与えられない。だとすれば貧乏な民主活動家に移民の余地はないことになる。つまりBNO政策は、本当は民主活動家を救うためではなかったことになる。本日の発表でイギリスの昨年のGDP成長率はマイナス9.9%となったとのこと。香港からの移民に関しても、少しでも稼ごうかと思っているイギリス政府の意図が透けて見える。

実は、中国のネットに「イギリスがCPTPPに加盟申請したことに興奮しているのは日本だけだ」という論評があり、不愉快だったので中国側の受け止め方を考察してみたのだが、残念ながら、さらに暗澹たる気持ちになっただけかもしれない。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。7月初旬に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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