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対中制裁—目的は何か
米国による金融制裁の対象となった香港および中国の高官11人(出典:テレグラムのチャンネル/立場新聞)

「私は海外に一切資産を持っていないのだから、そのような『制裁』は無駄ではないのか。もちろん、凍結用の資産として100米ドルをトランプ氏に送ってもいいが。」

(中国駐香港連絡弁公室主任の駱恵寧氏)

米国は、国家安全維持法と香港の民主的・政治的自由の抑圧に大きな責任があるとして、駱恵寧氏ほか10人の香港および中国の政府高官に対する制裁を発表した。冒頭の言葉は、これを軽くあしらうような駱氏の反応である。 彼や家族が海外に資産を貯め込んでいるかは誰にも分からないが、この指摘はもっともな点を突いている。対象となった11人の誰にも直接の影響がないとしたら、この制裁はどんな効果を持ち得るのだろうか。

今回の香港に対する制裁や、これに先立つ新疆ウイグル自治区の中国当局者や組織への制裁は、中国に対するトランプ氏の全面攻勢の一環である。金融制裁の発動は現在の切迫した対立に何か変化をもたらすだろうか。制裁措置によって何が期待できるのだろうか。

制裁は受けたくない

対象となった11人の高官は、香港情勢を追う人にはよく知られた重要人物たちだ。リストの筆頭はもちろん林鄭月娥行政長官であり、他に香港警察の鄧炳強警務処長、鄭若驊司法長官、それに香港問題を監督する中国当局者が含まれる。全リストは以下のとおり。制裁により米国内の一切の資産は凍結され、これらの個人との米国企業の取引は停止される。旅行も制限されるが、パンデミックでロックダウンされた世界ではこれはあまり意味がないだろう。実務的な観点からみると、香港で活動している米国の銀行や企業は、これらの個人と取引を持たないよう万全の手を打たねばならず、フェイスブックやアマゾン、アップルといった企業は、これらの個人と直接の支払い関係や相互関係を持たないようにしなければならない。駱氏は今回の措置をあざ笑うかもしれないが、重大な影響はあるはずだ。また制裁に違反した企業には間違いなく重大な影響が生じる。米国の銀行規制当局は、米国の金融制裁に違反した企業に一連の罰金と罰則を課してきた。ドル建ての取引は最終的にはすべて米国内の銀行を通じて決済されるため、制裁を受けた個人と取引する企業を把握する端緒となる。

今回対象となった個人はこうしたあらゆる面における影響をすでに感じているだろうか。おそらくまだだろう。しかし香港で活動している企業は、制裁違反の危険がないかビジネスのつながりを見直すだろう。過去10年ほどの間、世界の金融規制当局は脱税、汚職、贈収賄の取り締まりに相当の時間と労力を費やしてきた。これによって、PEPすなわち「重要な公的地位を有する者」や、金融規制監督のレベルが低いとみられる高リスク国との取引に関して、銀行および金融セクターにおけるデュー・ディリジェンスや監督のレベルが大幅に向上した。今回の11人の当局者は全員、制裁リストの中でも目立つ存在となり、香港の多くの企業は彼らやその家族とは何の関係も持ちたがらないだろう。米国の怒りを買うリスクはあまりにも大きいということだ。

駱恵寧氏ら中国政府高官は、香港に銀行口座を持つなら中国本土の銀行のものにしなければならず、彼らのパスポートは党の人事当局に保管され、承認なしに突然出国したりどこかに旅行したりしないように管理されることになる。香港当局者の月給がシティやJPモルガンなどに振り込まれることはない。すでに地元の銀行を利用している可能性が高いが、これからは必ずそうなるだろう。

しかし、これも香港で進行中の銀行取引の再編の一部にすぎない。最近の発表によると、香港警察信用組合は5月以降、外国銀行から資金を整然と移動させているという。同組合は制裁対象ではないが、香港で起きている金融取引の再編パターンにまさに当てはまる。このコラムでは、国家安全維持法の導入が心配であれば香港に余剰資金を残すべきではないとこれまで指摘してきたが、同信用組合は事実上、同様のアドバイスに基づいて行動しているようにみえる。ただその心配は、中国政府の標的にされることではなく、外国の制裁を受ける可能性があることであり、そのため安全を求めて中国の銀行に資金を移動させているのだ。香港最大の銀行であるHSBCは、グローバル拠点が英国にあるため、厳密には外国の銀行グループであることは留意しておくべきだろう。


米国による金融制裁の対象となった香港および中国の高官11人

出典:テレグラムのチャンネル/立場新聞


今後の追加制裁で何が変わるか

11人に対する金融制裁は、トランプ氏の中国に対する全面攻勢の新たな動きの一つにすぎない。関税賦課による貿易戦争はかなり昔のことのように感じられるが、もちろんそれがトランプ氏の中国に対する広範な圧力の始まりだった。今回の金融制裁を資本戦争の一戦線とみなすこともできる。トランプ氏らは、米証券取引所に上場している中国企業を標的にして資本戦争の口火をすでに切っている。米国の金融制裁が強力な影響力を持つのは、国際的な資本流動において米ドルの立場が圧倒的に強いからである。グローバルに展開する銀行は中国での拡大と成長に注目するかもしれないが、米国からの資本流動を断ち切ってまで中国だけに目を向けることなどできない。米国はこの分野においては実に確かな影響力を持っているのだ。

しかしトランプ氏は、中国に対する規制をほぼあらゆる分野に拡大し続けている。学者や学生をターゲットにし、全共産党員を米国から締め出す案を持ち出した。現在は動画投稿アプリのTikTokに狙いを定め、またファーウェイに対する制裁をさらに強化している。トランプ氏が例外とする領域はどこにもないようだ。これは一貫した対中構想の一環なのか、それとも中国に厳しく出る選挙戦略にすぎないのか。はっきり言って誰にも分からない。このコラムでは、米国政府の中国追及が他国と協調した形で行われてこなかったことを問題視してきた。多くの同盟国やしかるべき民主主義のパートナーが米国と同じ懸念を共有しているときに、米国が協調して行動する意思を持たなかったために、中国に対する影響力が限られたものになってしまったのは確かである。中国国内でも、習近平氏が中国を世界の舞台に押し出す道筋について一部の論者や高官が懸念を抱いていることは間違いないはずだが、トランプ氏の場当たり的なやり方では中国からの譲歩をほとんど引き出せなかった。中国が唯一受け入れたのは第一段階の貿易合意だが、これも両国関係の実質的な問題にはほとんど対処しておらず、新型コロナウイルスで経済的に疲弊した世界では合意内容の実現はまず無理だろう。

中国に対して、金融やその他の分野での追加制裁はもう行われないと考える理由はない。これまでの対中政策は中国企業の米国での上場に重点が置かれてきたが、中国政府が本当に懸念しているのは、中国企業に対する米国資本の投資制限であることは間違いない。投資ポートフォリオの資金フローだけでなく、中国の非上場企業へのプライベート・エクイティ投資や中国の合弁企業への投資も制限の対象になり得る。そうなれば、中国はイランや北朝鮮と同じ立場になり、中国から文字通り何兆ドルもの資金が何らかの形で引き揚げられることになるだろう。トランプ氏の政策からはかけ離れているようだが、今の世界で想定から排除できる動きなどあるだろうか。このような劇的で高くつく行動も十分あり得るのだ。かつて見られた経済的な関わり合いはもはや存在しないからである。新型コロナウイルスによる混乱は早期には収まりそうになく、渡航の制限はおそらく少なくともあと1年ほどは続くだろう。だからといって生活やビジネスは立ち止まったり凍結したりすることはできず、この状況に適応し変化する必要がある。EU商工会議所の推計によると、渡航制限により25万人の外国人ビジネスパーソンが中国から締め出されている。これにより、事業運営にすでにマイナスの影響が出ており、今後こうした人たちの相当部分は戻らず、また戻ったとしても、まるで異なる状況下に置かれることになるだろう。パンデミックと米中離反が同時に発生したことによって、11月の米大統領選の結果がどうなろうと、大きな断絶はほぼ不可避となった。

しかし、言論の自由や政治的権利に関していえば、制裁や関税、テクノロジーの排除に、新疆ウイグル自治区や香港、さらには大多数を占める漢民族に対する中国政府の態度を変える効果が本当にあるのだろうか。期待されている変化とは何なのか。経済か政治か、それともその両方か。香港の11人に対する制裁が、香港の情勢を変えると信じられる理由はまったくない。実際、制裁は中国政府に対する彼らの忠誠を一層強めるだけだろう。制裁で多少の不都合は生じても、最近の事態によって香港の政治的方向が変わるわけではない。効果が限られるのは新疆ウイグル自治区についても同様である。制裁対象の組織や個人は中国の体制に強固に組み込まれており、米国の動きには左右されない。中国共産党の本質を認識し、個人や企業に対して行動を起こそうという姿勢がようやく出てきたのは心強いが、早急な成果を期待することはできない。北朝鮮やイラン、ロシア、ベネズエラは、いずれも長年にわたって米国あるいは国際社会の制裁を受けている。行動は多少修正されてはいるが、厳しい経済の混乱が拡大する中でも、その権威主義体制は依然として強固に保たれている。北朝鮮は依然として近隣国を脅かす核保有国であり、イランの聖職者たちは40年以上権力の座にある。ロシアはクリミアを離れる兆候を見せない。長い苦境にあえぐベネズエラ国民は途方もない経済的困難とハイパーインフレに耐えてきたが、いまだに共産主義の楽園を追いかけるマドゥロ氏の失政に苦しめられている。

では中国に対する制裁に何を期待すればよいのか。中国の経済力と国際的な影響力は上記のどの国よりもはるかに大きい。中国は、対外国防費を上回る予算を国内の治安維持に使い、高度に組織され統制された国である。中国の当局者や企業に対する制裁や規制は歓迎すべきものであり、また必要なものであるが、限定的な効果しかなく、場合によっては中国のさらなる自立への意欲をかき立てるものになるだろう。共産党のプロパガンダのレンズを通せば、制裁によって中国は被害者となる。いじめられる中国という構図とともに、いまや習氏の指導の下で強大となり、いじめに対抗する力を持つ中国の姿が強調される。真実かどうかに関係なく、これは愛国主義や民族主義の感情を最悪の形で高めるだろう。中国に対する最も効果的な制裁措置は、中国が多くの国際的なサプライチェーンに対して持っている影響力と経済的な依存関係を取り除くことだ。中国への依存度の低下に向けては日本が先陣を切っており、今月に入り、レアアース(希土類)の中国依存度を下げる動きが一段と強まった。こうした行動は多くのサプライチェーンで再現されなければならない。単なるサージカルマスクでも、医薬品製造でも、あるいは消費財の分野でも、これを再現する必要がある。中国の経済的影響力を排除するという制裁に対しては、中国はほとんど答えを出すことができないだろう。皮肉なことに、中国への依存度を低下させることに関しては、米国企業が最も声高に反対することが多い。コストが高くなると彼らは叫ぶが、トランプ氏が新たにすべての関心を集中させているときには、こうした抗議には動じないように見える。トランプ氏に信念があるわけではないが、中国を脅威とみなし、依存度を低下させることが自身の利益になると考えているのだ。

中国、とりわけ習近平総書記政権下の今日の中国への依存は、決して支払われるべきではなかった代償である。中国の影響力を弱め中国への依存度を下げるために、過去数十年にわたって構築されてきた経済システムにコストや混乱が生じるのはやむを得ない。制裁は中国に責任を負わせるのに一定の効果を持つが、できることは限られている。パンデミック後、つながりと連携の再構築が求められる世界においては、より誠実かつ現実的に中国に関与することが不可欠となるだろう。

フレイザー・ハウイー
フレイザー・ハウイー(Howie, Fraser)|アナリスト。ケンブリッジ大学で物理を専攻し、北京語言文化大学で中国語を学んだのち、20年以上にわたりアジア株を中心に取引と分析、執筆活動を行う。この間、香港、北京、シンガポールでベアリングス銀行、バンカース・トラスト、モルガン・スタンレー、中国国際金融(CICC)に勤務。2003年から2012年まではフランス系証券会社のCLSAアジア・パシフィック・マーケッツ(シンガポール)で上場派生商品と疑似ストックオプション担当の代表取締役を務めた。「エコノミスト」誌2011年ブック・オブ・ザ・イヤーを受賞し、ブルームバーグのビジネス書トップ10に選ばれた“Red Capitalism : The Fragile Financial Foundations of China's Extraordinary Rise”(赤い資本主義:中国の並外れた成長と脆弱な金融基盤)をはじめ、3冊の共著書がある。「ウォール・ストリート・ジャーナル」、「フォーリン・ポリシー」、「チャイナ・エコノミック・クォータリー」、「日経アジアレビュー」に定期的に寄稿するほか、CNBC、ブルームバーグ、BBCにコメンテーターとして頻繫に登場している。 // Fraser Howie is co-author of three books on the Chinese financial system, Red Capitalism: The Fragile Financial Foundations of China’s Extraordinary Rise (named a Book of the Year 2011 by The Economist magazine and one of the top ten business books of the year by Bloomberg), Privatizing China: Inside China’s Stock Markets and “To Get Rich is Glorious” China’s Stock Market in the ‘80s and ‘90s. He studied Natural Sciences (Physics) at Cambridge University and Chinese at Beijing Language and Culture University and for over twenty years has been trading, analyzing and writing about Asian stock markets. During that time he has worked in Hong Kong Beijing and Singapore. He has worked for Baring Securities, Bankers Trust, Morgan Stanley, CICC and from 2003 to 2012 he worked at CLSA as a Managing Director in the Listed Derivatives and Synthetic Equity department. His work has been published in the Wall Street Journal, Foreign Policy, China Economic Quarterly and the Nikkei Asian Review, and is a regular commentator on CNBC, Bloomberg and the BBC.