――日本ビジネス界の質問に対する回答
(本論考は中国問題グローバル研究所=GRICIから孫啓明教授に質問を出し、それに対して回答をして頂いたものである。したがってQ&Aの形となっている。以下、「Q:GRICI、A:孫啓明教授」である。)
Q:アメリカ企業が日中合弁をしている日本の食品関連企業への投資を考えるに当たって、日本企業側に「中国との資本取引を解消するのが前提条件だ」と迫ってきた場合、日本企業はどうすべきか。米中間でのジレンマに陥った場合、日本企業はどうすべきだと思うか?
A:一般的に、難しい決断を迫られたときは、どちらかしか選べないというジレンマに陥ることがほとんどだ。機会費用の観点から、どちらか1つしか選べないというトレードオフの場合、「利害を天秤にかけて、害の小さい方、利の大きい方を選ぶ」という原則に従うことが標準的である。しかし両方がほぼ等しい場合、この原則は機能しない。
したがって、より現実的で具体的な選択をせざるを得ない。いわゆる具体的な選択は、実際上2つの大きなレベルが含まれる。一つは、「国家レベル、政治レベル、戦略レベル」といったマクロレベルからの考慮であり、もう一つは、「企業レベル、戦術レベル、金融レベル」といったミクロレベルの選択である。
まずマクロレベルから見ると、米中の駆け引きの間で、日本企業がいかに米中との関係をうまく扱うかは、確かにジレンマであり、「国の大事なり。死生の地、存亡の道、察せざるべからざるなり。」(『孫子兵法-計篇』)である。米中政治対立がかつてないほどに激化しており、短期的には緩和の兆しは見られず、結果が分かるまでには2,30年はかかると推測される。マクロレベルでは、日本は政治的にも軍事的にもアメリカに依存している一方、地理的に中国が最も近く、経済的にも中国は最大の貿易相手国である。だからマクロレベルでは、日本は政治的にアメリカに接近しなければならないし、経済的にはアメリカを怒らせない程度に中国に接近することになる。言うまでもなく、現在の米中関係の文脈では、日本が特別に中国に接近し、中国企業と協力すると、アメリカから制裁を受ける可能性が高い。だから日本の企業家がアメリカの政治と中国経済の関係にどう対処するかは、時と場合による選択であり、決まったパターンはない。
ミクロで具体的なレベルでは、会社がこのような問題に対処する場合、様々な柔軟な対策があり、状況が変われば、それに応じて対策も変わることになる。例えば、香港の李嘉誠氏は、早くから米中関係の深刻化が香港に影響を及ぼすと判断し、かなり早い段階でイギリスに資本を投入することに切り替えた。最近、一説には、李嘉誠氏はまた香港に戻って投資したいと思っているようだと噂されてもいる。なぜなら新型コロナウイルスの激しい影響により、結局のところ全世界が景気後退に突入せざるを得ない状況下では、経済的な発展の比較は、「どちらがいいか」というよりは、「どちらの方が比較的悪くないか」ということを比べて選択するしかないという結論に達するからだ。
中国の経済規模は巨大であり、市場に強大な可能性世界があり、経済状況も世界各国と比べると相対的に悪くない。2020年上半期中国の輸出入総額は14.24兆元で、前年同期比3.2%減となった。このうち、輸出は3%減の7.71兆元、輸入は3.3%減の6.53兆元であった。予想よりも下落幅が小さくて、中国経済の底堅さを示している。
中国は世界で最も産業分野が完備された国である。国際標準産業分類によると、中国は22の主要部門のうち7部門で第1位、鉄鋼、セメント、自動車など220種類以上の工業製品の生産量が世界第1位となっており、世界で最も完備な製造業システムを所有している。中国は人口14億人の巨大マーケットを所有しており、国内のみで経済を循環させる経験と、包囲を突破する決意を持っている。2020年上半期中国のネット通販売上高は前年比7.3%増の5.15兆元に達し、4ヶ月連続で成長率が上昇した。一方、国内のネット通販利用者数は前年比1億人増、主要ネット通販プラットフォームの店舗数は前年比3.8%増となった。一時的に失敗しても別の折にまた取り返すことができる。
硬直的需要はいつの時代も成長産業である。中国は世界三大食品輸入国の一つであり、どんな事情があっても14億人を食べさせなければならない。中国企業が日本の食品会社に投資する理由は、日本の食品加工技術や規格を手に入れるためである。アメリカが日本の食品会社を買収するのは、一方では製造業の回帰を目的とし、一方では食品産業から中国資本を排除することを目的として食品産業に介入してきている可能性がある。
だとすれば、日本企業は中国資本の持株を子会社や関連会社の株に分割して渡し、中国との提携を保ちながら、日本資本のみの会社としてアメリカと連携することができるのではないだろうか? 日本企業にはそのような権限があると思う。
Q:米国の金融制裁がエスカレートした場合、中国政府は人民元を米ドルから切り離す可能性はあるか?
A:米国の対中金融制裁については、以前にも言及したことがあるが、人民元は米ドルと比べるとまだ弱いため、主導権を握ることができず、受動的な対策しか取れない。中国は現在3.1兆ドルのドル建て外貨準備を所有しており、ドル為替の変動から影響を受けるため、簡単にドルから脱却することはできない。したがって軽々しく迅速にデジタル人民元を発行し、人民元のグローバル化を達成するなどと言うことはできないのである。なぜなら基礎となる技術であれ、国際経済の大きな環境であれ、何れもまだ十分には成熟していないからだ。もちろん、歴史的な経験から見る限り、中国はひとたび絶望的な状況に追い込まれたが最後、必ず死地に活路を見出すことになるだろう。
Q:米国のクリーンネットワーク戦略およびファーウェイを含むハイテク企業5社の部品使用禁止について、中国はどう対処するつもりか?
A:2020年8月6日、トランプ大統領が『国際緊急経済権限法(IEEPA)』に基づいて、中国IT企業2社を対象に大統領令を発令した。発令45日後(2020年9月20日)から、米国の司法権の対象となる個人またはその関連資産が、当該IT会社及びその子会社と、米商務省が指定する取引を禁止するという内容である。 その少し前に、米国務省はウェブサイトで「クリーンネットワーク」プログラムを発表した。TikTokやWeChatなどを「信用できない中国のアプリ」と認定し、米国民のデータセキュリティを脅かしているという理由で、①中国の通信キャリアをアメリカの通信ネットワークに接続させない、②アメリカのアプリストアから中国製アプリを排除する、③中国のスマホメーカーの製品で、アメリカ製アプリを利用できなくさせる、④中国企業がアメリカのクラウドにアクセスするのを防ぐ、⑤海底ケーブル事業から中国企業を排除する、という5つの取り組みを掲げた。さらに8月13日、アメリカがファーウェイ、ZTE、HIKVISIONなど5社の部品を使用する政府調達を禁止すると公表した。ロシアの衛星通信社の最新ニュースによると、現地時間の8月17日、米商務省はさらにファーウェイのアメリカ技術を利用する製品の使用を制限し、「エンティティーリスト」に世界21カ国にあるファーウェイの子会社38社を追加した。
個人的には、「アメリカの対中貿易戦争が期待した成果を上げられなかったため、これは次に来る技術戦争の前哨戦である」と判断している。
まず、私は常々、米中の貿易戦争、技術戦争、金融戦争、文化・倫理戦争は避けられない、軍事戦争すら不可能ではないと考えている。中国とアメリカの大国間のパワーゲームは、避けて通れない必然である。戦いの終わりは見えないものの、少なくとも中国は自ら仕掛けることはないが、戦いを恐れることもない。中国は弱い立場ではあるが、最悪の事態をすでに覚悟しており、米国のいじめには決して屈しない。
つぎに、ファーウェイの技術はある面で米国を凌駕しており、米国はそれを許すことができず、手遅れになる前にファーウェイを潰そうとしている。1980年代を思い返せば、日本の半導体技術は米国を凌駕した時、米国はちょうど今日のファーウェイの5G技術を潰すと同じように、当時の日本の半導体技術を潰した。今のファーウェイはあの時の東芝であり、今の任正非は当時日本半導体のリーダー垂井康夫である。それほど遠くない出来事であり、日本と中国の経営者は、同じ過ちを犯さないためには、過去の教訓から学ぶ必要がある。20世紀80年代半ば、世界の半導体製品の50%以上が日本で生産されており、その時点で日本はこの分野での世界一だったが、残念ながらアメリカの圧力に屈して、今日のように衰退した。実は、ソニーのスマートフォン用CMOSセンサー技術、ルネサスエレクトロニクスの自動車半導体部品、三菱電機の電力制御用半導体技術などがあるように、日本の半導体技術は現在でも世界の最先端ではある。日本企業が明確に認識すべきことは、ファーウェイとその関連企業に対するアメリカの制裁は、日本企業も巻き添えを食うことである。そして中国のマーケットは無限の可能性があり、日本は中国のマーケットを手放すことはできない。だからアメリカの覇権を避けて中国と協力するには、太極拳の真髄を知らなければならない。柔よく剛を制し、流れに逆らわず、状況を生かして、「其の鋭気を避けて、其の惰帰を撃つ」(『孫子兵法-軍争篇』)のが大事である。
企業経営は芸術であり、中日企業の連携には芸術的な想像力の余地がたくさん残っている。今のところは無理だが、中国の香港や台湾と一緒に、中国、日本、韓国が手を組んでアメリカの覇権に対処したらどうなるのか、思いを馳せたい。これは壮大な戦略である。 もちろん、アメリカの政治家もこのことをはっきりとわかっている。だからこそ、日中韓を離間し、台湾と香港に対しても「ロング・アーム」管轄と乱暴な介入を押し付けようとしている。
第三に、アメリカの政治システムは、迅速な意思決定において、多くの固有の欠点を持っている。 例えば、連邦政府は州によって、大統領は有権者によって、行政は司法や世論によって牽制されている。例えば、アメリカ政府のTikTokを禁止する表向きの理由は、アメリカの国家安全保障に対する懸念であった。しかし実は2020年6月、アメリカの若者たちがTikTokでトランプ氏の選挙キャンペーンのチケットを偽って注文し、この集会のチケットに100万件以上の申し込みがあったにも関わらず、実際の参加者が定員1万9000人を遥かに下回る6000人程度でしかなかった。これはトランプ氏がTikTokを禁止しようとする理由の一つである。実際には、トランプ政権もジレンマにある:一方では、TikTokのダウンロード数が15億から20億まで成長するにはわずか5ヶ月しかかかっていないし、Facebookを脅かすその驚くべき影響力は、メディアがTikTokによって占領される恐れがあるため、禁止せざるを得ないのである。
他方では、TikTokを禁止すると、多くの若いユーザーを刺激し、11月の大統領選挙でトランプに反対票を投じる可能性も出て来る。トランプ政権もその影響を考えなければならない。また、米国の意思決定の仕組み上、米国政府のファーウェイとその関連会社の封鎖は、企業及び各州の影響を受けるので、現時点まだ詳細の内容がなく、実際の動きもない。これまでの貿易戦争における、トランプ氏の朝令暮改はすでにみんな慣れてきたので、11月の選挙の前に、技術戦争はまだ変化する可能性がある。その可能性はないと信じるより、あると信じるほうがよい。なぜなら「備えあれば憂いなし」だからだ。
要するに、短期的に見ると、中国は弱い立場であり、受け身ではあるが、長期的に見ると、アメリカが独断専行し、倒行逆施(時代に逆行)すると、最終的にはアメリカの衰退と中国の台頭を加速させることになる。
最後に、中国の軍事思想家孫子の言葉を紹介して終わりにしたいと思う。
孫子曰く、昔の善く戦う者はまず勝つべからざるをなして、もって敵の勝つべきを待つ。勝つべからざるはおのれにあるも、勝つべきは敵にあり。ゆえに善く戦う者は、よく勝つべからざるをなすも、敵をして勝つべからしむることあたわず。ゆえに曰く、勝は知るべくして、なすべからず、と。勝つべからざる者は守もるなり。勝つべき者は攻むるなり。守るはすなわち足らざればなり、攻むるはすなわち余りあればなり。善く守る者は九地の下に蔵れ、善く攻むる者は九天の上に動く。ゆえによくみずから保ちて勝を全うするなり。
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