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中国はなぜ尖閣での漁を禁止したのか
中国の漁船 夏の休漁期間明け海へ(写真:新華社/アフロ)
中国の漁船 夏の休漁期間明け海へ(写真:新華社/アフロ)

中国の禁漁期間が明けたが、地元当局は「敏感海域」への接近を禁じた。実は禁止令は数年前から出されており、「敏感海域」には台湾が含まれている。今年は特に台湾海峡を巡る米中両軍のつばぜり合いが無視できない。

◆「敏感な海域」での漁を禁じた地元当局

中国政府が東シナ海周辺に設定していた3ヵ月間の禁漁期間(5月1日12時~8月16日12時)は、8月16日正午12時(中国時間)に解禁となった。しかし地元当局は解禁に当たり、「敏感な海域」に行ってはならないという指示を出した。

地元当局というのは主に福建省のさまざまなレベルの行政区画の政府であることが多く、浙江省や時には広東省が入ることもある。

また「敏感海域」というのは「政治的にデリケートで問題を起こしやすい海域」という意味で、日本の尖閣諸島(中国大陸では釣魚島)だけを指しているわけではなく、台湾海峡を指している場合もある。

今般、漁民らが日本メディアの取材に対して「釣魚島周辺30海里(約56キロメートル)以内に入ってはならないと当局から言われている」と言ったと報道されていることもあり、日本としては自ずと尖閣諸島に焦点が当たる。

周辺漁民の教育レベルは必ずしも高いわけではないので、いつも地元当局による「敏感海域に行って漁労することを厳禁する」という横断幕が掲げられているのが特徴だ。

今年の「敏感海域」に関する中国国内あるいは世界の中文における報道は、ほとんどが日本のメディアからの引用で、こちらも日本の読売新聞の報道を引用している。

◆敏感海域での漁労禁止令は2017以前から

実は禁漁解禁時に「敏感海域に行って漁労してはならない」という禁止令は、そう明確な形ではないにせよ2013年にも見られる。たとえば2013年5月28日の福建省福州市にある連江県の地方紙「連江新聞」台湾海峡という「敏感海域」で事件が発生しているので、そこには漁に出かけてはならないという指示を出している(オリジナルサイトにはアクセスできないので、リンク先はGoogleのキャッシュである)。

台湾海峡での揉め事が絶えなかったからだが、習近平政権になってからは馬英九政権との間での平和統一を狙っていたため、地元が動いたのだとみなしていい。

一般に中国では、禁漁期間は中国中央政府が発布するが、解禁後にどこで漁をして良いかいけないかに関しては、地方政府、それも非常に細かく分かれた行政区画レベルで禁止令が出されるので、それぞれの地域の情報を確認するしかない。

それでも大きく分ければ、2017年5月からは一層広い関連地域で始まったということはできる。

たとえば2017年5月4日のこの漫画には「敏感海域で漁をしたら、どうなるか分かってるね?」として公安が漁師を諭す内容がさまざま描かれている。

「逮捕されて、牢屋に入れられ、罰金を払って、それまでの稼ぎが水の泡になるだけじゃすまないんだから」と、子供にでも分かるように説明されているのだ。

また2017年5月27日の福建省の泉州市にある地方政府のウェブサイト「泉州網」、泉州市政府の海洋漁業局が「漁船が敏感海域で操業することを厳禁する」規定を地元政府が出したことを報道している。違反者にはどれだけの処罰が与えられるかに関しても、こと細かに書いている。揉め事が起きて相手国政府に捕まっても自己責任で保証しなければならず、政府はそのような揉め事に巻き込まれるのは「ごめんだ」という姿勢が滲み出ている。

広東省のケースも報道されており、これは台湾との揉め事があったことを明らかにし、そのような民間人(漁師)の身勝手な行動により、中国政府(大陸=北京政府)が台湾との交渉において不利な立場に置かれるようなことを警戒している。

2016年5月には「一つの中国」を認めない蔡英文総統が誕生しているので、台湾海峡はより「敏感海域」になった。民間人の迂闊な行動が、国家を巻き込み、国家としての戦略(あるいは交渉)を乱すことを習近平政権は非常に嫌がっているのである。

こういった動きは2018年も2019年も同様に展開されているが、今年福建省などで発布された「敏感海域」漁労禁止令に関して、たとえばカナダの中文網は8月16日「福建は漁民にできるだけ釣魚島海域に行くなと命じている」という見出しを日本の報道を引用して銘打ちながら、一方では記事の中で台湾の戦略専門家の「中国軍が何らかの機会を利用して奇襲攻撃をする可能性があり、台湾は油断してはならない」という警告を載せている。

◆台湾海峡を巡って緊迫する米中軍事対峙

8月9日、アメリカのアレックス・アザール厚生長官が台北を訪問し、10日に蔡英文総統と会談したが、それを挟んで台湾海峡では米中両軍が非常に緊迫した形で対峙していた。

たとえば中国共産党管轄下の中央テレビ局CCTVは8月14日、「(中国人民)解放軍が台湾海峡で軍事演習をすると宣言した途端、アメリカの空母は東(シナ)海から逃げ出してしまったぜ」という特集番組を組み、繰り返し報道した。

実際は、米海軍空母ロナルド・レーガンは、8月1日午後6時2分に横須賀港から出港し、東シナ海へと向かい、さまざまな演習をしながら8月19日未明に台湾海峡の南端にあるバシー海峡を抜けてフィリピンの方に向かっただけのことだ。13日には台湾海峡に差し掛かった。

しかし、アザール厚生長官の訪台に抵抗するために中国人民解放軍「東部戦区」は「その13日」に合わせる形で、台湾海峡周辺で複数の軍種が参加した実戦的な軍事演習を行っていた。

CCTVではキャスターが「台湾独立分子の動きに高度に警戒し、全ての必要な措置をとる」と高らかに宣言していた。しかし、東部戦区軍隊はロナルド・レーガン号が通り抜けるタイミングに合わせて演習を行っただけで、空母は何も、東部戦区の人民解放軍を見て「怖気づいて去っていった」わけではない。

ところが特別番組でも「走人了」という文字を用い、「尻尾を巻いて逃げていったよ」と軍事評論家が誇らしげに笑って見せていたのである。

笑えなかったのは、どうやらアメリカが射程1600キロの超長距離キャノン砲を「韓国か、日本か、あるいはフィリピン」のどこかに配備しようとしているということを解説した時だった。

仮に韓国に配備すれば目の前に北京があるし、フィリピンに配備すれば目の前に南シナ海がある。

日本になど配備してみろ。日中友好は無くなると思え」と言わんばかりの口調で、言葉の裏には「安倍は習近平を国賓として日本に招待しようと思ってるんだろ?やれるなら、やってみろ」と、日本の「弱み」をせせら笑っているかのようだった。

特別番組ではまた、アメリカの偵察機E-8Cが8月5日、民間の旅客機に偽装して中国の広東省沿岸に接近し、偵察を行ったと軍事評論家が解説していた。

そして今年は朝鮮戦争勃発70周年記念だが、朝鮮戦争が始まった時(1950年6月)、アメリカはまさか中国が参戦する(1950年10月)とは思わなかっただろうが、「アメリカよ、あの時のような判断ミスをするなよ」と番組参加者は気炎を吐いていた。

◆日本で敏感海域漁労禁止令が注目されるわけ

日本がこの禁止令に注目するのは、当然のことながら、中国が言うところの「敏感海域」が日本の尖閣諸島周辺を含んでいるからだ。

そして二つ目の理由は、あれだけ連日のように尖閣諸島周辺の接続水域および領海に中国公船が侵入していたのに、禁漁が解禁になった瞬間に「漁船は尖閣諸島周辺に行ってはならない」という指示が出たのを知ったからだろう。そのギャップに日本は驚き、「何が起きたのか?」と理由を探そうとし、中には習近平の権力闘争とか北戴河において習近平の外交姿勢が批判されたからだといった「とんでもない」推測まで、まことしやかに日本では流布している。

しかし、「尖閣諸島周辺など敏感海域に行って漁労してはならない」という決定を、より多くの地方政府が決め始めたのは2017年5月だ。これは2016年8月における200~300隻に及ぶ中国漁船の大量襲撃を受けて、日本政府が改善を求めたことが影響しているという要素は否定できない。しかし決定的なのは、何と言っても2016年5月に反中的蔡英文政権が誕生したことだという事実を見逃してはならない。

いずれにせよ、その頃まで安倍政権は健全だったのではないかと思う。

しかし安倍首相が国賓として中国に招聘される交換条件として一帯一路に協力することを約束し、自分が国賓として招聘されたことと交換に、今度は習近平国家主席を国賓として日本に招聘することを約束してしまった。

この辺りから安倍政権はおかしくなり始めた。

そして習近平は「この私を国賓として招待したいんでしょ?だったら、私が尖閣周辺に中国公船を行かせても、あなたは文句を言いませんよね?」とすごむようになってきた。

それが連日の尖閣諸島接続水域及び領海における中国公船の我が物顔のような侵犯行為だ。

習近平が狙うのは台湾。

台湾こそは中国の最大の核心的利益だ。

日本の尖閣諸島は台湾を囲む第一列島線の中にある。

台湾を巡る米中軍事対立にまつわる中国の秘めた戦略を乱されたくない。米中対立が激化している中、かつてのように反日デモなどが起きたらお終いだ。

そのためには「漁船ごとき」で日中間の摩擦を増やしたくはないのである。国家戦略と違い、民間人である漁民は何をするか分からないし、何かあった時に漁民を見捨てるのか国家を取るのかといった選択をしなければならない事態に巻き込まれる「やっかいさ」もある。

地方政府もそこには巻き込まれたくないのだ。それにより国家の戦略の邪魔になるようなことになれば、地方政府は中央に睨まれる。そういう事態からは逃れたい。

そこまで見極めないと、この「なぜ」は解けない。

たまたま8月16日の日曜スクープ(BS朝日)におけるリモート出演で、「最後の30秒」を使って以上の説明をしなければならない羽目になった。30秒を超えると、残り二人の発言が阻害される。それだけはやってはならない。結果、一瞬の判断で、十分なことが言えなかった。申し訳なく、また内心忸怩たるものがあり、説明の機会をここに頂くことにした。お許しいただきたい。

(本論はYahooニュース個人からの転載である)

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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