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アメリカも対中戦争を考えていない?――ポンペオ演説とエスパー演説のギャップ
米国務長官が演説 歴代対中戦略「失敗」と称し転換強調(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
米国務長官が演説 歴代対中戦略「失敗」と称し転換強調(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

ポンペオ国務長官の激しい対中強硬演説と同時に閉鎖したヒューストン総領事館はトランプ大統領の大票田テキサス州にある。同日、米軍を司るエスパー国防長官は「年内に訪中したい」と演説している。その整合性を考察する。

◆名指しで習近平を批判したポンペオ演説

ポンペオ国務長官は7月23日、カリフォルニア州のニクソン大統領記念図書館で「共産主義の中国と自由世界の未来」と題した演説を行った。

「中国が繁栄すれば民主主義に転換するとの期待の下で続けていた従来の関与政策は失敗だった」と述べたが、そもそも「関与政策」が中国の民主主義を招くと考えたこと自体、甘すぎる。中国共産党の何たるかを知らなかった証拠だ。

今になってようやくニクソンの「中国が変わらない限り、世界は安全にはならない」という言葉を引用し、自由主義の同盟・有志国が立ち上がって中国の姿勢を変えるときだとした。

また「中国へ投資することは中国共産党による人権侵害を支援することになる」と産業界に対して警告し、社会的な正義を守るために行動しようと呼び掛けている。

何よりも注目すべきは、「(中国共産党の)習総書記は破綻した全体主義のイデオロギーの信奉者だ」と、習近平を名指しで非難したことだ。さらに「中国の共産主義による世界覇権への長年の野望を特徴付けているのはこのイデオロギーだ。我々は、両国間の根本的な政治的、イデオロギーの違いをもはや無視することはできない」とも述べている。

トランプ大統領でさえ、どんなに中国を悪しざまに言っても最後には習近平個人に関して「もっとも、President Xi(習主席)は私の友人だが・・・」と必ず付け加えていた。その意味では初めての名指し批判となった。

今回のポンペオ演説は、オブライエン大統領補佐官(国家安全保障担当)、米連邦捜査局(FBI)のレイ長官、バー司法長官らに続くもので、この4人を海外では「反共四騎士(Trump’s four horsemen)」と称している。

◆閉鎖したヒューストン総領事館はトランプの大票田テキサス州

ほぼ時を同じくして(7月21日に)閉鎖命令を出したヒューストンの中国総領事館の所在地が「テキサス州」であったことに注目しないわけにはいかない。

テキサス州は何と言ってもトランプの大票田!

しかしここのところ、その大切なテキサス州にヒスパニック系が押し寄せ、2016年の大統領選挙以降だけでも100万人近いヒスパニック系の人口が増加しているという。ヒスパニック系の大半は民主党支持だ。おそらく今年11月の大統領選挙ではバイデンにその票が行くだろうと予測されている。

そうでなくとも世論調査ではトランプは1ポイントほどバイデンに負けている。

コロナ対策で失敗し、今や累計430万人ほどのコロナ感染者を出し、毎日(24時間で)4万から多い時には7万人の新規感染者が出ているという、想像もできないような絶望的状況にアメリカはある。何とかコロナによる打撃から這い上がり経済を回復させようとしているが、それをすればするほど感染者は爆発的に増え、経済復興は遠のいていく。

このままではトランプの大統領再選は望み薄となりつつある。

そこで、せめて「外交」で点数を稼ごうと、「テキサス州のヒューストンにある中国総領事館の閉鎖命令を出す」という挙に出たわけだ。

これにより大票田テキサス州の票がトランプに流れることを祈願しての動きであることは、非常に分かりやすく見えてくる。

筆者としては、もちろんポンペオを含む「反共四騎士」の効果があることを祈ってはいるが、しかしボルトン暴露本が出たばかりなので、「さあ、すごいぞ!ポンペオがこんな歴史的演説をしたぞ!」ともろ手を挙げて「はしゃぐ」気持ちにはなかなかなれない。

◆エスパー国防長官がリモート講演で「年内に中国を訪問したい」

その釈然としない気持ちを加速させるのがエスパー国防長官のリモート講演である。

まさにテキサス州ヒューストンにある中国総領事館の閉鎖を命令した同じ日の7月21日、エスパーはイギリスのシンクタンク国際戦略研究所のリモート講演で、「中国人民解放軍は東シナ海や南シナ海で攻撃的な行動を続けている」とか「中国の指導者に、中国と中国国民が長年にわたって多大な恩恵を受けてきた国際法と規範を順守することを求める」などと述べたものの、「私は紛争を求めていない」と強調した。

その上で、「年内に中国を訪問したい」と締めくくったのである。

エスパーと言えば、5月末にアメリカであった白人警察による黒人男性殺害によって引き起こされた大規模抗議デモで、トランプが「いざとなったら軍の投入も辞さない」と発言したことに対して堂々と反旗を翻した閣僚の一人だ。現役の国防(軍)のトップとして彼は「法執行の任務のために現役部隊を動員する選択肢は、最後の手段に限られるべきだ」とトランプ発言を批判した。

もともとエスパーはブッシュ元大統領に抜擢されており、ブッシュ派閥とトランプは仲が悪い。

しかしブッシュ・ファミリーは一族で合計10個近くの軍の勲章を授与されるなど、長年にわたって米軍に対して絶大な影響力を持っている。

だからトランプはエスパーを何度か更迭しようとしたことがある。マティス元国防長官を更迭したばかりで、またもや国防長官を更迭したのでは、軍の権威を傷つけるだけでなく大統領選にも悪影響をもたらすだろう。だから、トランプとしては我慢しているにちがいないが、エスパーが「年内に」という言葉を使ったことは興味深い。

なぜなら、その時には「トランプは落選しているだろうから」という計算が容易に見えてくるからでだ。エスパーは11月の大統領選挙でトランプが落選するのを見込んでいるとしか思えない。

そのような状況にありながら、いくらポンペオが勇ましい演説をしたからと言って、「すわ、一大事!米中戦争か!」と喜ぶのは早い。

たとえエスパーの訪中が「米中両軍の意思疎通の枠組みの構築」などと弁明したところで、これはポンペオ演説の精神とはベクトルが真逆だからだ。

どう考えても一致団結して「中国に立ち向かう」という姿勢が感ぜられない。

あるいはひょっとして、トランプがいつものように「習主席とは友人だ」を言わないでポンペオに習近平の名指し批判をさせておいて、一方ではエスパーに、習近平がキャッチできそうな方法を選んで、わざわざイギリスのシンクタンクで「中国へのオベンチャラ」を言わせているのだとすれば、トランプも大したものだ。

いつも直情的なトランプにそのような「芸」ができるとすれば、アメリカに望みをつなげたい。

そうでなかったとすれば、要するにアメリカも戦争をするつもりはないことを、エスパーが露呈しただけになる。

そのどちらなのか、ボルトンに次ぐ「暴露本」が出るまで待つとしようか。

なお中国は、7月28日のコラム「米中戦争を避けるため中国は成都総領事館を選んだ」に書いたように、中国の方から戦争を仕掛けるつもりはない。

(本論はYahooニュース個人からの転載である)

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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