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エネルギーが戦略的結節点へ:地経学的競争の中で変化する中国の地政学的空間
ホルムズ海峡と石油 (写真:ロイター/アフロ)

※この論考は2025年3月5日の<From Energy to Strategic Nodes: Rethinking China’s Geopolitical Space in an Era of Geoeconomic Competition>の翻訳です。

1. エネルギー地政学:サプライチェーン再編に伴う戦略的圧力

世界のエネルギー情勢では、米国政府が発端となった2つの動きが大きな注目を集めている。ベネズエラでは、ニコラス・マドゥロ大統領の逮捕とその後の政権移行を受けて、エネルギー政策と石油輸出戦略の再考を迫られている。米国政府は政治的圧力と経済的影響力の両方を用いて、今後の石油市場でのベネズエラの方向性に影響を及ぼそうとしていると考えられる。

一方で、米国はイラン産原油輸出への制裁を強化し、2月28日にはイランの戦略的施設を標的にイスラエルと合同で軍事作戦を実施した。これらの動きは別々の地政学的危機に対応したものに見えるが、その影響は二国間の紛争をはるかに超え、世界のエネルギー市場に広範な影響を及ぼす。

現在の情勢は単なる制裁や軍事作戦にとどまらず、世界のエネルギー管理や金融決済システムを根底から再編する動きであり、地経学的な制度的競争が繰り広げられる場となっている。主要国は、エネルギー供給網、金融取引、市場アクセスのあり方を変えることで世界の石油供給網に対する影響力を次第に強めている。その結果、エネルギー市場は地政学的影響力と経済的手段が交差する戦略的舞台になりつつある。

中国の地政学上、エネルギー安全保障は長年にわたり構造的脆弱性をはらんできた。同国は依然として輸入エネルギー(特に中東産の原油と液化天然ガス)への依存度が高く、主要な海上輸送路はマラッカ海峡などの戦略的要衝を通過せざるを得ない。米国とその同盟国が金融制裁、船舶規制、決済システムを駆使してエネルギー流通に干渉すれば、中国のエネルギー供給網は大きな圧力に直面するおそれがある。

こうした動きは、学術的に「地経学」と呼ばれる概念、つまり経済的・制度的手段を用いて戦略目標を達成する手法だ。エドワード・ルトワックが1990年代初頭に指摘したように、大国間の競争は軍事的対決から経済・制度的領域へ徐々に移行しつつある。エネルギー市場や金融システムに介入する最近の米国の動きは、まさにこの種の市場や制度を通じた戦力展開を反映している。

しかし、これらの動きをエネルギー供給の視点だけで解釈すると、現代の地経学的競争の広範なダイナミズムを単純化し過ぎる危険がある。技術的サプライチェーン、金融インフラ、制度的ルール策定とも深く関わっているからだ。

2. 一帯一路と戦略的深度:エネルギー回廊から制度的ネットワークへ

中国の一帯一路構想(BRI)の根底にある動機の一つは、エネルギーと資源へのアクセスの不確実性を軽減したいという願望だ。中央アジアの天然ガスパイプラインや中国・パキスタン経済回廊から、アフリカ・中東全域の港湾投資に至るまで、中国政府は資源の獲得と輸送のための経路を多様化している。

これらのインフラプロジェクトは単なる経済協力ではない。むしろ、中国の戦略的深度を拡大するための長期的な地経学的戦略と見るべきだ。

この枠組みの中では、BRIは単なるインフラ投資計画ではなく、地域を超えてつながる新たな構造を構築しようとする試みだ。港湾、鉄道、エネルギーインフラ、経済協定を通じて、中国はユーラシアとグローバルサウスにまたがるインフラネットワークを段階的に構築しようとしており、このネットワークによって特定の一つの海上航路への依存を軽減しようとしている。

したがって、制度やネットワークの力という観点で見れば、中国の戦略的空間は縮小しているとは言えず、むしろ構造的な再編の過程にある。そこから浮かび上がるのは、中国の戦略的空間の単純な縮小ではなく、世界経済の秩序を定義する2つの異なるモデルによる競争だ。

一方では米国が、金融システム、技術管理、制度的同盟を通じて既存の秩序の強化を図っている。他方では中国が、インフラと資源投資を通じて別の経済連携を構築している。

ロバート・ブラックウィルとジェニファー・ハリスが指摘するように、21世紀の国家運営では経済的手段の重要性がますます高まっている。エネルギー、貿易、金融システムはもはや単なる経済問題ではなく、国力の延長線上にあるのだ。

3. 中国の政策動向:拡大重視グローバル化から安全保障重視のグローバル化へ

中国の戦略的空間の変化を理解するには、中国政府による国内政策の過程にも細心の注意を払う必要がある。近年、中国の政策論議では、特に産業サプライチェーン、先端技術、エネルギーシステムにおいて、安全保障、レジリエンス、自立自強を強調する傾向が強まっている。

これらの政策シグナルは、中国政府が国家安全保障上の問題を経済発展戦略に密接に組み込もうとしていることを示唆している。

地政学的観点からは、この変化は外部圧力への対応と理解できる。米国が中国のテクノロジー企業や重要サプライチェーン技術への規制を強めたことを受けて、中国政府は国内の競争力を強化する決意を固めたのだ。

このように中国のグローバル化戦略は、グローバル市場に深く食い込む従来のモデルから、サプライチェーンのレジリエンスと戦略的自律を優先する安全保障重視のグローバル化と呼ぶべきモデルに進化している。

この変化は、中国の対外投資パターンからも見て取れる。エネルギー・鉱物・戦略的資源への投資が増加する一方、リスクの高い特定の金融事業は減少している。こうした動きは、競争が激化する地政学的環境下で戦略的深度を維持するために、中国政府がグローバル経済での姿勢を修正していることを示している。

この観点からすれば、中国の戦略的空間が単に縮小しているとする主張は誤解を招きかねない。中国の戦略モデルそのものが変容を遂げていると解釈する方が正確だ。

4. 制度的競争と技術的結節点:領土の支配からネットワークの力へ

現代の米中対立に見られる特徴の一つは、従来の地政学的競争から地経学的・制度的競争への移行にある。歴史的に、大国間の対立は領土、軍事力、同盟体制を中心に展開してきた。しかし、経済が高度にグローバル化された現在では、真の力はグローバルネットワークに欠かせない結節点にあることが多い。

世界経済の戦略的結節点として機能するようになったのが、エネルギー市場、金融決済システム、先端技術のサプライチェーンだ。

この文脈において、「戦略的空間」の意味は変化している。力はもはや主に領土の支配によって決まるのではなく、半導体技術、金融決済システム、エネルギー輸送経路といったグローバルネットワークの重要な結節点に影響を及ぼす力があるかどうかで決まる。

ヘンリー・ファレルとアブラハム・ニューマンが提唱した「相互依存の武器化」という概念は、有益な分析的視点を提供してくれる。国家は、世界経済ネットワークの重要な結節点を掌握することで、制度・規制上の仕組みを活用して他国の経済行動をコントロールできる。

この構図は半導体産業で特に顕著だ。世界のチップ供給網はいずれかの国が支配しているのではなく、複数の技術的結節点に分散している。米国はチップ設計とEDAソフトウェアを掌握し、日本は基盤材料と製造装置部品を支配し、オランダはASMLを通じて中核技術のEUV(極端紫外線)リソグラフィーを握っている。

このネットワークにおいて、台湾のTSMC(台湾積体電路製造)は高度な半導体製造で最も重要な結節点の一つとして台頭した。3ナノメートルや2ナノメートルという最先端の製造プロセスを持つTSMCの生産能力は、世界の技術エコシステムの根幹を支えている。結果として、半導体のサプライチェーンが地政学的競争の鍵を握る状況となっている。

地経学的観点から見ると、このように技術力が戦略的結節点に集中すると、技術産業は大国間対立の手段に変容する。中国の半導体産業を標的とした米国の輸出規制は、サプライチェーンの要所を掌握することで技術的優位性を維持しようとする試みを反映している。一方、中国の産業政策と国家主導の投資は、自国外の技術的ボトルネックへの依存を減らすことが目的だ。

したがって、戦略的空間はもはや地理的な意味でのみ理解するべきものではない。エネルギー輸送、金融決済、半導体製造のいずれであれ、世界経済ネットワーク内の重要な結節点を押さえることで影響力を高められる。

ネットワーク化された新たな地政学では、領土よりも結節点を支配することの方が重要になってくる。その意味でTSMCは単なる企業ではなく、技術的・戦略的なパワーバランスに影響を及ぼす地政学的結節点だと言える。

5. 両会と米中首脳会談:外交日程と戦略的シグナル

中国の戦略的姿勢を分析するには、中国政府の政治日程にも注目する必要がある。毎年開催される両会(全国人民代表大会と中国人民政治協商会議)は、中国が政策の優先事項を示す重要な場となっている。

最近の政策論議では、サプライチェーンの安全保障、技術革新、高度な製造業が強調され、産業の自律性と技術競争力の強化に向けた中国政府の決意が明確に表れている。

同様に重要なのは、国内政策のシグナルと外交日程の関係だ。観測筋は、3月末に米中首脳会談が行われる可能性を注視しており、これを前に高官級の経済協議が行われる。

一方、イランなど中国にとって重要なエネルギー供給国を標的にした米国の制裁と圧力は、首脳会談を巡る外交環境を地政学的にさらに複雑にしている。

その意味で、両会と首脳会談はより広範な戦略の一環と見なすことができる。両会は中国の国内政策の方向性を示すものであり、首脳会談は大国間の競争が繰り広げられる対外領域を表すものだ。

6. 結論

現代の地政学的競争はもはや領土紛争や軍事的対峙などで定義されるものではない。それに代わって、サプライチェーンや制度的ネットワークの再構築が焦点となりつつある。現在の戦略的空間は、地理的境界よりも、グローバル経済の重要な結節点に影響力を及ぼせるかどうかで決まる。結局のところ、21世紀の大国間競争で最大の問題は、誰が領土を支配するかだけでなく、世界のネットワークを規定するルールを誰が書き換えられるかにかかっている。

陳建甫博士、淡江大学中国大陸研究所所長(2020年~)(副教授)、新南向及び一帯一路研究センター所長(2018年~)。 研究テーマは、中国の一帯一路インフラ建設、中国のシャープパワー、中国社会問題、ASEAN諸国・南アジア研究、新南向政策、アジア選挙・議会研究など。オハイオ州立大学で博士号を取得し、2006年から2008年まで淡江大学未来学研究所所長を務めた。 台湾アジア自由選挙観測協会(TANFREL)の創設者及び名誉会長であり、2010年フィリピン(ANFREL)、2011年タイ(ANFREL)、2012年モンゴル(Women for Social Progress WSP)、2013年マレーシア(Bersih)、2013年カンボジア(COMFREL)、2013年ネパール(ANFREL)、2015年スリランカ、2016年香港、2017年東ティモール、2018年マレーシア(TANFREL)、2019年インドネシア(TANFREL)、2019年フィリピン(TANFREL)など数多くのアジア諸国の選挙観測任務に参加した。 台湾の市民社会問題に積極的に関与し、公民監督国会連盟の常務理事(2007年~2012年)、議会のインターネットビデオ中継チャネルを提唱するグループ(VOD)の招集者(2012年~)、台湾平和草の根連合の理事長(2008年~2013年)、台湾世代教育基金会の理事(2014年~2019年)などを歴任した。現在は、台湾民主化基金会理事(2018年~)、台湾2050教育基金会理事(2020年~)、台湾中国一帯一路研究会理事長(2020年~)、『淡江国際・地域研究季刊』共同発行人などを務めている。 // Chien-Fu Chen(陳建甫) is an associate professor, currently serves as the Chair, Graduate Institute of China Studies, Tamkang University, TAIWAN (2020-). Dr. Chen has worked the Director, the Center of New Southbound Policy and Belt Road Initiative (NSPBRI) since 2018. Dr. Chen focuses on China’s RRI infrastructure construction, sharp power, and social problems, Indo-Pacific strategies, and Asian election and parliamentary studies. Prior to that, Dr. Chen served as the Chair, Graduate Institute of Future Studies, Tamkang University (2006-2008) and earned the Ph.D. from the Ohio State University, USA. Parallel to his academic works, Dr. Chen has been actively involved in many civil society organizations and activities. He has been as the co-founder, president, Honorary president, Taiwan Asian Network for Free Elections(TANFREL) and attended many elections observation mission in Asia countries, including Philippine (2010), Thailand (2011), Mongolian (2012), Malaysia (2013 and 2018), Cambodian (2013), Nepal (2013), Sri Lanka (2015), Hong Kong (2016), Timor-Leste (2017), Indonesia (2019) and Philippine (2019). Prior to election mission, Dr. Chen served as the Standing Director of the Citizen Congress Watch (2007-2012) and the President of Taiwan Grassroots Alliance for Peace (2008-2013) and Taiwan Next Generation Educational Foundation (2014-2019). Dr. Chen works for the co-founders, president of China Belt Road Studies Association(CBRSA) and co-publisher Tamkang Journal of International and Regional Studies Quarterly (Chinese Journal). He also serves as the trustee board of Taiwan Foundation for Democracy(TFD) and Taiwan 2050 Educational Foundation.