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中国オフショア人民元戦略:グレーターベイエリアにマカオ証券取引所
深セン証券取引所
深セン証券取引所(提供:Newscom/アフロ)

混沌とする香港情勢の中、中国政府は8月、深セングレーターベイエリア経済構想に重点を置く方針を打ち出したが、そこにはマカオに証券取引所を新設する戦略が潜んでいた。人民元国際化を強化する中国の狙いを読み解く。

◆マカオ証券取引所の創設

8月9日、中共中央・国務院は「深センを中国の特色ある社会主義先行モデル区に指定することを支持することに関する意見」を発布した。これに関して筆者は本シンクタンクにおける論考で<「こっちの水は甘いぞ!」――深センモデル地区再指定により香港懐柔>という視点からの考察を試みたが、どうも自分自身、しっくりとこない何かが残っていた。

それを明らかにすべく、本シンクタンクの中国代表である研究員・孫啓明教授と連絡を取り続けていたのだが、10月20日、孫啓明教授から以下のようなメールが舞い込んだ。

――中国政府の目的は決して深センを「香港を代替させる役割」として位置づけているのではなく、あくまでも「香港、深セン、マカオ(澳門)」を同等に位置づけ、「三足鼎立(ていりつ)」(三つの勢力が並び立つ)により三つのオフショア人民元のチャンネルを創ることにあります。マカオはやがて新しい証券取引所を設立することになっています。まだ中央による正式の発表はありませんが、しかし12月になったら公表するでしょう。マカオの中国返還20周年記念日である今年の「12月20日」あたりに注目しているといいでしょう。

――中国には現在5つの証券取引所があることになります。「上海、深セン、香港、台湾そして新しく設立されるマカオ」の5つです。このうち台湾はまだ大陸の管轄外なので、現実的には大陸には4つの証券取引所があることになり、それは「珠三角(珠江デルタ)」に3つ、「長三角(長江デルタ)」に1つということになります。マカオ証券取引所はオフショア人民元のナスダック市場を目指しています。時期が熟せば、マカオ証券取引所の設立は、中央(政府)がマカオ返還20周年記念のビッグ・プレゼントになるでしょう。

―― マカオ証券取引所は何をするかというと、先ずは国内最先端科学技術イノベーション企業に対するサービスをして(上場してもらい)、その株を人民元で取引するというスキームを形成します。マカオを通して自由に資金の行き来を可能ならしめ、その株は人民元で取引できるようにします。マカオの資金の出し入れは自由なので、全世界の取引者は誰でもマカオ証券取引所を通して人民元を使って取引することが可能になるのです。これは中国の「株を印刷する」チャンネルを増加させ、企業の体制改革を促して上場しやすいようにし、実体経済を発展させます。

――もう一つ重要なことは、実はこれこそが最も重要なのですが、海外諸国に対して人民元による投資チャンネルを増やしてあげる役割を果たし、人民元の「使用価値」を高めることに利するということです。これこそは即ち、人民元の国際化を促進させることにつながるのです。オフショア人民元の価値を高めるには、そのマーケットを広げていかなければなりませんから。

――最後に一つ。実はこれは、中国にとっての対米戦略ゲームの中で、「金融カード」という、決定的なカードを1枚増やしたということに相当するのです。

◆グレーターベイエリアとオフショア人民元戦略

これは衝撃的なメールだった。

しかし思い起こせば2003年、香港で基本法第23条の中にある国家安全条例制定を巡って激しいデモが起こり、遂に条例の制定を撤廃させただけでなく、当時の香港の行政長官(董建華)を退任にまで追いやったことがあった。

その同じ年に中国(北京政府)はマカオを手なずけて「中国・ポルトガル語圏諸国経済貿易協力フォーラム」を設立し、ポルトガル語を使用するアンゴラ、ブラジル、カーボベルデ、ギニアビサウ、モザンビーク、ポルトガル、東ティモールの7カ国が参加する形で、経済・貿易協力の強化を図ってきた。

2016年には李克強がマカオを訪問して当該フォーラムに出席し今年4月にはポルトガルの大統領が訪中するなどポルトガルとの連携を深めている。グテーレス氏(元ポルトガル首相)を国連事務総長に押し上げるため動いたのも中国だ。

ということは、北京の頭には、「香港は民主運動などの抗議デモが多いから、マカオを中心に世界貿易の窓口を創ろう」という戦略が、2003年からあったということができるのかもしれない。

それが今年の香港デモの最中に発表された深センの先行モデル地区指定とグレーターベイエリアを抱き合わせた戦略の発表であったと解釈すべきであった。

現に今年10月12日、広東省の地方金融監督管理局の何暁軍局長は、岭南フォーラムで次のように述べている。

――マカオ証券取引所設立の案は、すでに中央に報告済みだ。マカオ証券取引所がオフショア人民元の市場として、ナスダックのような役割を果たしていくことを希望している。マカオは既に、オフショア人民元の証券市場としての第一歩を踏み出しているのだ。

――今年2月、中共中央国務院は「粤港澳大湾区(グレーターベイエリア)発展計画綱要」を発表したが、まさにその中で「特色ある金融産業を大々的に発展させよ」と明示しており、かつ「マカオに人民元による取引が出来るようなオフショア人民元プラットフォームを形成せよ」と強調している。

香港はかつてイギリスが統治していたが、イギリスには「イギリス連邦」(British Commonwealth of Nations=イギリスと旧イギリス植民地から独立した諸国で構成されるゆるやかな連合体。2017年でもなお52か国が加盟)があり、1997年にイギリスが香港を中国に返還するまでのプロセスで多くの国が関与してきた。特にアメリカは1992年に「香港政策法」を制定して、「中国製品に課している関税を香港には適用しない」などの優遇措置を講じてきている。これを逆手にとって、香港の自治を認めないなら、その優遇措置を外すぞと脅しをかけてきたのが「香港人権・民主主義法案」だ。これは今年10月15日に既に米下院で可決され、あとは上院での可決とトランプ大統領のサインを待つだけだ。

この法案が完遂されれば、今後はアメリカが常に「香港の高度の自治が守られているか否かを毎年検証する」ことになる。

中国は要するに、こういった柵(しがらみ)のないマカオへと、香港の役割を徐々に移行させていって、グレーターベイエリア全体で一つの都市圏を形成し、オフショア人民元のマーケットを広げていこうとしているのである。そうすればアメリカの干渉は受けなくて済む。

孫教授の言う通り、たしかにマカオに証券取引所が出来れば、珠江デルタに3か所も証券取引所ができることになり、多くの発展性を秘めていることになる。

珠江デルタの都市圏人口は7,342万人におよび、これを一つの都市として扱えば、世界最大の都市圏になるだろう。

おまけに深センは今や中国のシリコンバレーと言われており、経済的にも技術的にも実力を持ったハイテク企業が密集している。

中国は2014年4月に上海(滬)と香港の証券取引をつなげる「滬港通」を提携させた。だから上海でも香港の株を売買できる。逆に香港でもまた上海の株を売買できる。

これと同じ機能を、2016年12月に香港と深センの間で締結した。

いわゆる「深港通」と称する。

同様のことをマカオとも結び、グレーターベイエリアを一つの都市圏とみなして、「金融大都市」あるいは「大証券取引所」のように位置づけて、香港がダメージを受けてもマカオと深センで一体となって支えていくというメカニズムを創り、かつオフショア人民元マーケットを拡大していくというのが、中国の戦略であることが見えてきた。

◆香港の役割とオフショア人民元の割合

現在のところ中国大陸に投資される資金の70%近くは香港を通して実行されているが、逆に中国大陸から海外に投資される資金の59.6%が、香港経由である。2019年9月11日に香港で開催された一帯一路サミットで、国家発展改革委員会副主任で、国家統計局の寧局長が述べている

一帯一路を支える資金一つであるAIIB(アジア投資インフラ銀行)はドル建てで支払われるが、シルクロード基金は23%が人民元で、香港から直接人民元で一帯一路沿線国に投資している。中国統計局によれば2017年度対外直接投資の内20%は人民元とのことである。

今後香港は、中国大陸からの「出口」の部分を主として担い、「入り口」の部分はマカオが(深センとも協力しながら)担う方向に、徐々に移行していくことだろう。そうすればアメリカからの影響を受けなくて済む方向にシフトできると中国は戦略を練ってきたわけだ。

香港デモは、結果的に「グレーターベイエリア」を「中国の巨大金融エリア」へと育て上げていく役割を果たしたと解釈できなくもない。なんとも皮肉な結果に複雑な思いがよぎる。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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