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中国ではなぜ反日デモが起きないのか?
ファーウェイ フォルダブルフォン「Mate X6」を見る若者(写真:ロイター/アフロ)

台湾有事に関する高市総理の国会答弁に対して、中国政府は異様なほどの攻撃を続けてきたが、その割に中国の若者たちによる反日デモが起きる気配は、今のところ、一向にない。12月13日は「南京事件」(中国では「南京大虐殺」)記念日であったが、それも警戒されたような事態は何も起きなかった。

高市発言に対して、なぜ中国で(今のところ)反日デモが起きないのか、かなり以前に中国に帰国している教え子に聞いてみた。

すると、「だって、中国の街には中国車しかありませんから」と言う。

「どういうこと?」と聞き返すと、「いや、今では何もかも中国製のものが多くて、ボイコットするような日本製品が、もう中国にはないんです」という回答が戻って来た。それに、と教え子は続ける。「中国政府があれだけ激しく日本を攻撃しているんですから、それで十分だと思う人が多いんじゃないでしょうか」とのこと。

なるほど。

それでは2012年の反日デモのときと、どう違っているのかを、データを使って考察してみよう。

◆2012年9月の反日デモ

2012年9月、中国では激しい反日デモが展開していた。日本車を叩き潰し、日系の商店には火を点け、日本製品ボイコットを叫ぶデモ隊が街中に溢れかえった。尖閣諸島の国有化が発端だったが、 それはあることをきっかけにして、反政府運動へと転換しそうになっていた。

拙著『「中国製造2025」の狙い 習近平はいま何を目論んでいるのか』の冒頭で書いたように、自分たちが使っているスマホは一応 “Made in China” となっているが、中を開けてみれば、ほとんどの部品が “Made by Japan” ではないかというのがきっかけだった。

「こんな中国に誰がした」という思いが若者の間に広がり、その年の11月に中共中央総書記および軍事委員会主席になった習近平は、年末にはハイテク国家戦略「中国製造2025」に手を付けていた。2025年までには、中国をハイテク国家に仕立て上げるという国家戦略が2015年に発表された。

その10年後の2025年、中国はどうなったのかを描いたのが『米中新産業WAR』である。今年は「中国製造2025」の回答を出す年なのである。

◆中国の街には中国製の乗用車が溢れている

まず、2012年の反日デモで若者が叩き割った日本製乗用車に関して、いま中国ではどのような「溢れ度」になっているかを見てみよう。

図表1に示したのは、自動車製造業者の国際団体であるOICA(Organisation Internationale des Constructeurs d’Automobiles=国際自動車工業連合)が出している統計データに基づいて作成した米中日の自動車生産台数推移である。

図表1:米中日の自動車生産台数推移

OICAのデータに基づいて、グラフは筆者作成

図表1を見ると、2008年にすでに中国の自動車生産台数が日本を凌駕しているので、2012年における反日デモで、あそこまで激しく日本車を叩き潰し、火を点けて燃やすほどの怒りを日本車に向けるのには少々無理がある。

やはり中国製スマホの部品が日本製であったことが最大の怒りであったのではないかと思われるが、念のため図表2に、中国における車販売数の輸入車の割合の推移を示す。データは歴年の販売台数(中国汽車工業協会)(汽車=自動車)と、輸入台数(税関総署)のデータに基づく。

図表2:中国自動車市場における輸入車割合の推移

中国汽車工業協会と税関総署のデータに基づきグラフは筆者作成

関連した情報として、2025年1月13日の新華網による<中国は16年連続で世界一! 2024年の中国の自動車生産台数と販売台数はそれぞれ3128.2万台と3143.6万>という報道があるが、いずれも「輸入台数70.5万台、販売台数3143.6万台」で、「輸入の割合は70.5/3143.6=2.2%」である。その「2.2%」のうち、90.78%は特別な高級車なので、一般庶民とは無縁と言っていいだろう。したがって、少なくとも現状では「中国の街に走っているのは中国製車でしかない」という教え子の感覚は正しいことになる。

念には念を入れて、IEA(International Energy Agency=国際エネルギー機関)の販売台数統計に基づいてEVの販売台数の推移を作成すると、図表3のようになる。

図表3:米中日のEV販売台数推移

IEAのデータに基づいてグラフは筆者作成

2015年に「中国製造2025」を発布して以来、中国のハイテク国家戦略が功を奏しはじめ、2020年以降は中国の独走になっている。圧倒的な世界一だ。

あらゆる角度からデータ分析しても、少なくとも車に関しては、日本製品ボイコットなどという現象は起きようがない。

◆スマホの部品に日本製はどれくらい残っているか?

それでは次に、反日デモが危うく反政府デモに移行しかけた原因となったスマホの部品に関する現状とその推移を見てみよう。

2012年の暴力的な反日デモが起きた2年後の2014年10月23日、中国貿易網は、ウォールストリート・ジャーナルが<中国のスマホ生産が激増している中、最大の受益者は日本だ>と報道していると伝えている。それによれば、「スマホ部品の50%ほどが日本製で、日本経済が厳しい時期にしては、日本製部品が珍しくハイライトを浴びている」とのことだった。

ところが、あれから約10年後の2025年12月14日になると、中国のネットは<中国一位、王者ファーウェイが戻ってきた>という見出しで、「ファーウェイの国内部品比率は2022年の65%から2024年には95%に急上昇し、外国産部品への依存を完全に排除している。この90%を超える国内部品代替率は、ファーウェイが新製品開発において支障をきたさないための基盤となっている」と報じている。

また小米(シャオミー) 15 Ultraの部品を見ると、カメラセンサーのみが日本製で、スマホ部品の国産化率はすでに90%に達しているとのことだ。

ただし、スマホがどこまで日本の部品を使っているのかに関しては、キチンとした連続的統計データは存在しない。そのようなことに強い関心を持って分析している人があまりいないせいかもしれない。しかし筆者自身は『「中国製造2015」の狙い』などを書いた関係から、このことに強い関心を抱き続けてきた。

特にファーウェイに関しては、トランプ1.0の時の2019年に制裁を受けてから、ファーウェイ製のスマホの部品に対する注目が高まり、ときどき分解レポートが出されて部品の割合などが明るみになってはいるが、系統だったデータがあるわけではない。

ファーウェイ製のスマホの中を分解して紹介する動画などが、ひところ流行ったものだが、正式の分解レポートは主として日本のFomalhaut Techno Solutions社が出している。中国は自ら分解して見せたところで、誰も信じないだろうから、中国は基本的に日本の報道を引用・転載してきた。ちなみにFomalhaut Techno Solutionsの分解レポートは一本で18万円もして、年間180万円払えば、過去のデータベース(日経と共同運営)にアクセスできるようだ。

2012年9月の反日デモ以降に、中国製スマホの日本製部品使用に関して公開された情報は、前掲の中国貿易網によるウォールストリート・ジャーナル報道以外には、主として以下のようなものがある。

・・・などである。

こういった数多くの中国で公開されている情報に基づいて、大雑把に中国製スマホの日本製部品依存度をプロットしてみたのが図表4である。当然一社の製品が市場にある全ての中国製スマホを代表できるわけではないが、全体の流れを見るためには参考になるのではないかと思われる。

図表4:中国製スマホの日本製部品依存率の一例

公開されている多くの情報を参考にして筆者作成

公開されている多くの情報を参考にして筆者作成

少なくとも、<中国信通院が発布した2025年9月の国内スマホ市場分析報告>によれば、「スマホの中国国産率は87.6%程度になり、残りのスマホはApple製になる」となるようだ。そこには「2025年1月から9月までに、(中国)国産ブランドのスマホの出荷台数は1.92億台で、前年同期比2.3%増となり、同期間のスマホ出荷台数全体の87.6%を占めた。また、国産ブランドは378機種の新製品を発売し、前年同期比22.7%増となり、同期間のスマホ新製品全体の94.7%を占めた」と書いてある。

日本製のスマホはECサイトでも中国の庶民の生活の中でも見出すことはできないので、おそらくは日本製スマホのシェアはゼロに近く、あったとしても1%以下なのかもしれない。データとして現れてこないほど少ないということは言えるだろう。

したがって、ボイコットすべき日本製品がないというのは確実だと言える。

パソコンについて

2012年でも、パソコンの日本ブランドはそれほどなかったが、Omdia(イギリスの情報通信技術に特化した市場調査会社)が発表している中国市場の2025年第三四半期のパソコンの販売統計データによると、

   レノボ:39%

   ファーウェイ:9%

   HP(ヒューレット・パッカード):9%

   iSoftStone:8%

   Asus:8%

   その他:26%

となっており、「日本」は統計に出てこない。日本の富士通、NEC、パナソニック、VAIO、DynabookなどのブランドはECサイトでも発見することができないので、おそらくシェアは1%以下程度ではないかと推測される。そもそも富士通とNECのパソコン事業はレノボの傘下になっているので、日本製パソコンの存在は無きに等しい。

以上より、「高市発言に対する反日デモが中国で起きないのは、中国にはすでに若者がボイコットすべき日本製品が存在しないからだ」と結論付けていいのではないかと思われる。

但し、冒頭から「今のところ」と条件を付けているのは、ひょっとしたら12月26日に高市総理の靖国神社参拝があるのではないかという情報が、中国のネットで囁かれているからだ。その日まで待ってみるしかないので、「今のところ」という制限句を付けた次第だ。

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権時代)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『米中新産業WAR』(ビジネス社)(中国語版『2025 中国凭实力说“不”』)、『嗤(わら)う習近平の白い牙――イーロン・マスクともくろむ中国のパラダイム・チェンジ』(ビジネス社)、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She has served as a specialist member of the Council for Science, Technology, and Innovation at the Cabinet Office (during the Koizumi administration) and as a visiting researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “2025 China Restored the Power to Say 'NO!'”, “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.
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