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習近平失脚説 噂とフェイクと報道のフローチャートPartI
習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)

巷では、習近平失脚説あるいは早期引退説が流れている。その根拠として、

  根拠1:BRICS首脳会議を欠席したくらいだから健康状態が良くない

  根拠2:中共中央軍事委員会委員の欠員は習近平弱体化の象徴

  根拠3:「中共中央政策決定議事協調機構工作条例」を審議することにより習近平自身の権力を制限

などが挙げられている。この説を象徴するような番組が日本で報道されているのをネットで知った。7月8日にTBSで報道された<「中国で権力の移行が起きている」”独裁”強めた習主席”失脚”あるのか【7月8日(火)#報道1930】|TBS NEWS DIG>だ。

同じ7月8日にテレ朝(ワイド!スクランブル)でも類似の報道があったようで(知人からの知らせ)、同日、韓国の「中央日報」も、長老は政治介入、側近は要職から排除…習近平氏“秩序ある退陣説”(1)(中央日報日本語版) – Yahoo!ニュースと、長老は政治介入、側近は要職から排除…習近平氏“秩序ある退陣説”(2)(中央日報日本語版) – Yahoo!ニュースを連続発信している。日本語の情報としては華々しく「習近平失脚説」が流れた一日だった。

いずれにも共通する「フェイク」や「意図的噂」あるいは「誤解」があるのを発見した。日本の大手メディアは、どの情報に騙されていったのかなどをフローチャートにして考察してみた。その中で、上記3つの根拠がいかにまちがっているかを示す。

図表に示したのは、日本で報道されている情報の情報源が、どのようにフェイクや「噂」などに惑わされていったものかを検証したフローチャートだ。「噂」の中には、「個人的見解」が多く、「その見解が真相であるか否か」のチェックはなされていない。あたかも「権威ある人が言っているので真実だろう」という「思い込み」から、その情報に乗っかっているという傾向が強い。

図表:日本のメディアがフェイクや噂に影響されていったフローチャート

筆者作成

図表で色分けしたのは、大きく分けて3つの情報源があるからだ。

赤で示したのは、「1」にあるように、6月30日に中共中央政治局会議が開催され、「党中央政策決定議事協調機構」の工作条例が審議された事実(中国共産党員網)(客観的真実なので二重赤線で区別)から派生した香港のアカウント名「灼見名家」による解釈(「2」)や在米中国人と思われるアカウント名「時代伝媒」によるフェイクX(「3」)の流れである。

「2」では、「北京が突如設立した中央政策決定機構条例は、党の長老が政治に参加するためのスペースを提供している」として、これは1980年代初期(1982年)に鄧小平が創った顧問委員会に似ているという見解を示しているが、それは大きな間違いだ。顧問委員会は窓際に置きたい(口うるさい)長老たちを、一応「顧問委員会」の箱の中に入れて黙らせておきたいとして鄧小平が創ったものだ(詳細は拙著『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』に書いた)。

そもそも中共中央政治局会議が審議したのは、2018年に設立した「党中央政策決定機構」に関する工作条例(活動に関する運営規則)であって、「党中央政策決定機構」そのものではない。これは2020年にも「中共中央工作条例」の第十三条に出てくる。

これらは基本的に、胡錦涛政権まで国務院側にあった「領導小組」というシンクタンクを、中共中央に移行させて「委員会」にしたので(中国では「委員会」の方が格上)、この「十数個にわたるシンクタンクの討議結果をまとめて調整する機構が必要だ」ということから生まれたものである。

今般、6月30日に審議されたのは、その「工作条例(運営上の規則)」に過ぎない。それを香港の「灼見名家」などが誤解して拡大解釈し、在米中国人の「時代伝媒」が意図的なフェイク画面を制作してXでフェイクニュースを発信した。「時代媒体」がXで発信している中共中央が発布したとするフェイク画面は、本当の専門家ならすぐに捏造だとわかるが、非専門家や巷に散らばっているタレント的チャイナ・ウォッチャーには見分けがつかないのかもしれない(具体例を言うと、たとえば「1」にある政治局会議の審議には「(草案)」というものがないし、何よりも「中共中央」と書いてあることだ。「中共」とは「中国共産党」のことなので、「中共」と書いたら「中国共産党」と書いたことになり、このような表現は存在し得ないなど、フェイクの証拠はいくらでもある)。しかし、それが見抜けない人が多いためか、フェイクXに書かれている「退職幹部を招集して重要な問題を審議する権利を有する」などという嘘でたらめな偽情報が拡散し、「4」を形成し、それを見た中央日報が「5」にある記事を書くに至ったという流れだと解釈できる。

「3」(7月3日)の「時代伝媒」は「2」(7月2日)の解釈を信じ込んでフェイクXを作成したものと推測できる。

これは「8」にも影響を与え、ゲストの小原凡司氏が、「1」に関して「あくまでも報道ですが」と断った上で、「習近平は権力を握るために一連の委員会を作ったが、今回の条例はこれらの委員会の権力を制限するもの(=習近平の権力を制限するものである)」といった趣旨のことを言っている。「どの報道なのか」は明示せずに言っているのは、おそらく「2」~「4」辺りを読んだからではないかと推測される。「習近平の権力を自ら制限する」といった趣旨のことを言い始めた「言い出しっぺ」は「2」であり「3」だからだ。ここから派生したフェイクニュースに乗っかってしまうようでは、専門家としては落第だ。

つぎに青線の流れに関して説明したい。

青線のスタートは「6」にある通り、6月27日に、トランプ1.0で国家安全保障問題担当大統領補佐官を務めたことがあるマイケル・フリン氏のXにおける情報である。何を根拠にこのような「確信」を得たのかは知らないが、「今や中国では権力移行が行われようとしているので、注意せよ!」と短く書いている。そう結論付けることができる根拠は書いていないので分析のしようがないが、このような「希望と期待に動かされたような断言」でも、権力に弱い人たちから見ると、「おお!あのフリンが言ったのだから、これは真実にちがいない!」と感激してしまうのだろう。

感激した人の中に、台湾の淡江大学の副教授で國防安全研究院國家安全研究所の沈明室所長がいる。沈明室は7月4日に<習近平への最初の一撃 中共元老は四中全会を待たずに習近平を追放する命令を出した 北戴河の嵐が再び発生したあと習近平時代の嵐が襲来する 汪洋・胡春華・張又侠が三人組に>という講話を発表し、「7」に書いたようにフリンのXを高く評価している。

何よりも注目すべきは、沈明室氏は中央軍事委員会における張又侠副主席が、習近平派から胡錦濤派に寝返って、中共元老(胡錦濤派)の支援を得て、中央軍事委員会委員の習近平派をつぎつぎと失脚に持って行っているという論理を展開していることだ。

なぜ張又侠が胡錦濤派に寝返ったかというと、「張又侠はもともと習近平に認められたからこそ中央軍事委員会副主席になれたのだから完全に習近平派だったのだが、どうやら習近平が自分を失脚させようとしているらしいことを感じ取って、「攻撃は何よりの防御なり」とばかりに、中央軍事委員会委員の習近平派である李尚福や苗華あるいは何衛東(副主席)らをつぎつぎと汚職などで告発すべく水面下で動き、習近平が身動き取れない状態に既に追いやっている」というのが、沈明室流の推論だ。

その推論はあまりに荒唐無稽で、そもそも張又侠は既に二期も中央軍事委員会副主席を連続で務めているので、もう今回(第20回党大会)の任命で「最初から終了になる」ことは、ほぼ決まっているはずだ。年齢的にも1950年生まれで今年75歳になっており、任期が切れる2027年には77歳になる。そのような「高齢の軍人」が現役で中央軍事委員会の副主席を次期(第三期)も務めることは体力的にもあり得ない。ましてや二期連続務めているので、三期目もとなると、あまりに例外的となるので、沈明室氏が言うところの「習近平が自分を失脚させようとしているので、張又侠が胡錦濤側に寝返って、先手の一撃を習近平に喰らわしている」という論理には、あまりに無理がある。

しかし、そのようなことを考える力を持っていないのだろうか、なんと7月8日にTBSは「8」にある番組(リンク先は冒頭に書いた)で、「沈明室氏が言っているのだから真実だ」という大前提のもとに中国問題専門家と位置付けている3人のゲストを呼んで、大いに根拠1(習近平健康不安説)や根拠2(中央軍事委員会委員欠員は習近平の弱体化)などを中心に気炎を上げている。

しかし根拠1は、人間の体だから、いつどんなことが起きるかは分からないにせよ、7月10日の考察<習近平、BRICS欠席して抗日戦争「七七事変」を重視 百団大戦跡地訪問し「日本軍との共謀」否定か>に書いた通り、BRICS首脳会議欠席を根拠とする理論は潰れているし、根拠2は上述の張又侠の年齢と任期から見て、これも論理の根拠が堅固ではないと見ていいのではないだろうか。

現在、何衛東が「消息不明」であることは確かで、李尚福は「2023年10月に国務委員・国防部長・軍事委員会委員を解任され」、苗華も「今年6月に解任」された。3人とも習近平の福建省時代の軍区の部下だが、国家主席になった2013年から「反腐敗運動」を展開して、何としても軍部に蔓延する腐敗を撲滅して強軍大国を創り上げようとしていた習近平にとっては、自分の部下がまさにその「軍部に蔓延する腐敗」の一端に関わっていたのかと思うと、絶対に許せないという気持ちが働いたのではないかと推測される。

なお、中央軍事委員会委員の人数に関しては、中華人民共和国憲法第93条で規定があり、「若干名」となっているだけで、制限はない。従って、「それを補充できないのも習近平の弱体化を象徴している」と喜ぶことはできないのではないだろうか。

冒頭に挙げた根拠3に関しては、赤線の流れに関して書いた内容により、これも論理破綻を起こしていることが明らかだろう。

最後に、緑色の線に関して触れておかなければならない。

「11」のテレ朝(ワイド!スクランブル)に関しては、筆者自身が観たのではなく、知人から内容を聞いただけだが、どうやら番組は、前掲のフリンのXに加えて、アメリカの政治評論家ブランドン・ワイチャートが7月2日にNational Interestで発表した<習近平は中国の終身国家主席の座を退くのか?>(図表の「10」)を論議の対象としているらしい。要はテレ朝の番組では、中国の「トップ交代論」を論じているという。

ワイチャートは記事の基盤として、法輪功系列のメディア「新唐人(NTD)」が掲載した<内部関係者によると、習近平の退陣は内部からの反発により差し迫っている可能性がある>(要登録)を引用している。この記事は「9」にある大紀元の報道(要登録)の転載であることが明らかとなった。いずれも「習近平失脚は既定路線」を軸とした主張である。したがってテレ朝の場合は、法輪功の主張を取り上げてあげたという形になる。

ところが、である。

赤色線のところで説明すべきではあるものの、緑色線の内容なので、ここで初めて説明を加えるが、「5」の中央日報もワイチャートの見解を採用しており、法輪功の発信に影響を受けていることがわかった。

さらに驚くべきは、実は「8」にあるTBSの番組が軸としている台湾の研究者・沈明室もまた、法輪功のメディア「大紀元」と緊密に結びついていたことを発見したのである。

となると、日本のメディアは、ほとんど法輪功によってコントロールされているということになる。統一教会の次は、法輪功なのだろうか?

長くなり過ぎたので、これに関しては次回PartⅡで考察したい。

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権時代)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。『米中新産業WAR』(仮)3月3日発売予定(ビジネス社)。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She has served as a specialist member of the Council for Science, Technology, and Innovation at the Cabinet Office (during the Koizumi administration) and as a visiting researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.
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