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記念日
香港:ビクトリア・ピークからの夜景(写真:leochaume0124/イメージマート)

※この論考は6月29日の< Anniversaries>の翻訳です。

記念日

今週は重要な記念日がいくつも控えている。米国にとって7月4日は言うまでもなく独立記念日であり、今年は独立宣言署名から250年目にあたる。この日は国中が祝賀ムードに包まれ米国人が一体となって自国の歴史を祝う日になるはずだが、トランプが数々のイベントを乗っ取ったことで国は分断され、多くの人が全国規模のイベントには背を向け、家族や親しい友人など身内でこの日を祝おうとしている。トランプによってこの日を台無しにされた人は大勢いるものの、民族や出自ではなく理念に基づいて建国された米国という国の独自性は、改めて思い起こす価値がある。米国の歴史は暴力を伴う完璧とは言い難いものだが、世界中からやって来た人々を受け入れ、彼らが米国人になることのできる場所だった。また世界中の人々を引き付け、各々の夢を追い求める機会を与えてきた国でもある。だが、その米国は岐路に立っている。現政権は米国の繁栄と発展を支えてきたものに背を向け、現実には存在しなかった理想化された過去への回帰を目指している。250回目の記念日に米国の幸運を心から祈るばかりだ。

今週は香港にとっても記念日が控えている。1997年7月1日は香港および新界の主権が中国に返還された日である。80年代を通じて、そして特に1989年の天安門事件以降、返還は多くの香港住民にとって大きな不安の種だった。過去100年余りにわたって現地人と中国本土からの移民両者のコミュニティが作り上げてきた独自の生活様式は一体どうなるのか?中国本土での共産党の支配を脱して、自身と家族のための生活を築かんとする何千人もの中国人にとって、香港は避難場所だった。香港は中国人社会ではあるが、本土とは明らかに異なる場所だった。「高度の自治権」に基づく香港住民による統治を定めた50年不変の公約が中英共同声明に盛り込まれ、国連事務局に登録された。後は時間が、一国二制度方式が実際に機能するかを明らかにするはずだった。

香港・中国両政府は7月1日を祝うべき日と認識している一方、香港の多くの団体はこの日を政府の政策およびその権力乱用に抗議する格好の日と捉えている。国家安全維持のための法律である香港基本法第23条を対象として2003年に起きた大規模な抗議運動は、香港が平穏とは言えないことを示す明らかな兆候だった。香港住民にとっては「50年不変」は文字通りの意味であり、統治の仕組みの変更は不要で、機能している以上手を加える必要はなかったのである。

中国当局は以降も香港の市民社会を締め付けている。2019年の返還記念日には逃亡犯条例改正反対を訴える抗議者が立法会議事堂に押し寄せた。「香港住民の関心は金儲けだけ、政治には無関心」と長年にわたり軽んじられてきた香港で起きたこの光景は、まさに信じ難いものだった。その1年後、中国は香港国家安全維持法を制定・施行したが、解釈の余地が広い文言と不明瞭な定義からなる同法により、香港における政治および市民活動に関するあらゆる議論は事実上封じられた。それ以来、香港政府の主たる関心事は、地方政府および中央政府に対する反対意見や抗議への弾圧などの国家安全維持となった。そして2024年、香港政府はついに香港基本法第した。もはや公の場でこれに抗議する者は皆無だった。

一国二制度の実態は一国一制度と赤の簡体字で表現した、2019年の抗議運動時に使用されたグラフィック。
出典:パブリックドメイン

ニューノーマル

注目を集めた2019年の抗議活動後に本コラムが香港の政治および市民情勢を取り上げるのは、今回が初めてではない。表面的には香港は平時の姿を取り戻している。都市景観は以前と変わらず壮観で、人々は勤勉かつフレンドリーで、引き続き中国への入り口として機能している。中国の都市の国際化が進んでも、香港は事業拠点として理想的な場所であり続けている。

だがその後も弾圧は続き、国家安全維持の名の下で取り締まりの対象とならない分野はほぼ存在しない。深水埗の書店「獵人書店」のオーナーを務める元公民党区議会議員のレティシア・ウォンと32歳男性の両名が、反政府的扇動行為およびマネーロンダリングの容疑で逮捕されたのはまさに先週のことだった。2人は逮捕後に保釈されたが、公的書類によれば、2人は政府に対する憎悪を煽り立てる書籍を販売・展示したうえ、海外の政治団体から資金を受け取っていたという。なんとも恐ろしい言葉だ。こうした表現を聞くと、彼らが香港に騒乱を巻き起こそうと暴力的なテロ組織を運営していたかのように思える。だが残念なことに、こうした言葉は現在の香港では一般的で、政府が体制に公然と異を唱える者を相手にする際に繰り返し使用されている。『南華早報』紙の記事によれば、「獵人書店」は過去にもロウソクを6.40香港ドルで販売したり、暗に6月4日を示す35/5あるいは5月35日と記した看板を掲示したりしていた。さらには、本土生まれの中国人で香港に逃げ延びてきたのちアパレル帝国を築き上げた黎智英(ジミー・ライ[)の伝記を販売していたとされている。香港におけるサクセスストーリーの体現者であるライは賞賛されるべき人物だが、現在は投獄されており、先週は拘留2,000日目という残念な記念日を迎えた。ライは数々の国家安全維持違反および詐欺容疑で逮捕されたが、彼はその発言と、自身が運営し多くの人に読まれていた『蘋果日報』紙の両方で、2019年の抗議運動を公然と支持していた。今年初めにライは懲役20年の判決を受けたが、78歳というその年齢を考えるとこれは実質的に終身刑あるいは死刑宣告と言うべきものだった。温情的釈放を求めるライの家族からの嘆願は何度も黙殺されている。多くの者がライに対する容疑はでっち上げと見ており、事実上ライは香港でもっとも有名な政治犯とみなされている。そして、そうした立場に置かれているのは彼だけではない。

中国共産党にとって、ジミー・ライは長く目の上のたんこぶだった。香港返還時、ライは英国が香港に残した遺産やそれらがもたらした機会を信奉していた唯一の大物実業家だった。その他の財界人たちが北からやって来た新たな支配者に迎合したのに対し、ライは香港の発展に英国が果たした役割、そして香港の特徴だった法の支配と開放性の重要性を肯定的に評価した。ライは1997年の時点で、自分が香港で築き上げたような人生を、中国本土では決して実現できなかったことを理解していた。ライが運営していた『蘋果日報』紙は、ゴシップ色の強い芸能記事や夜の娯楽に関するレビューに加え、香港・中国両政府に対する辛辣なコメントや批判まで掲載しており、中国共産党をいら立たせていた。ライは早い段階で当局から目を付けられており、彼の投獄は正義や法の支配というより中国共産党による報復という意味合いが強かった。

 

今後の香港

香港は来年、返還30周年を迎えるが、安全維持体制が緩和されると予想する者は皆無に近い。ここで予定されているのが新たな行政長官の選出で、現長官のジョン・リーは自身の再出馬に関しては沈黙を貫いている。リー以外で適任者と目されているのが現保安局長のクリス・タンである。行政長官の選出は形骸化しており、候補者は中国政府が選んだうえ、親中派で構成される委員会の投票で決定される。だが、最重要視されるのは国家安全維持であり、誰が選出されようともさしたる違いはない。国家安全維持を方針としない候補者が選出される見込みはない。書店主、そして思想や議論の促進を図り市民社会の空間を創り出そうとする者への弾圧は今後も続くだろう。

香港を去った人々は数十万人に達する。ある者は自身の安全に関する直接的恐怖心から、またある者は単により開放的な政治環境で家族と暮らしたいという思いから、新天地を求めた。彼らの多くは亡命者と呼ぶにふさわしい人々であり、中には中国共産党による統治の危険性を訴え続けている人もいる。彼らは香港での弾圧を間近で体験しており、その経験を活かす形でカナダやオーストラリア、英国、欧州などでの政策立案に影響を及ぼそうとしている。香港で起きたことは例外的な出来事でも何かの間違いでもない。香港における弾圧は2019年の限定的な暴力や公共物破壊行為への単なる反応ではなく、中国共産党が、自らと異なる考えや価値観を主張する少数派を相手にする際の本質的な手法なのである。こうした問題は一部の人々には周辺的なものに見えるかもしれないが、中国の経済的台頭と、その経済力をもって少なくとも他国を意のままに従わせようとする意志は、本質的に同じところから来ている。中国共産党が求めているのは自身の政治的・経済的要求への服従であり、彼らが価値観の違いを尊重・受容することはない。

香港という魅力的で活気にあふれる都市は、本来であれば中国政府に大切に守られ、受け入れられるべき存在だった。だが中国の指導部は、香港を独特な場所たらしめていたものの大半を消し去らねばならないと考えた。それは香港住民と中国にとって大きな損失だが、指導部はそのことに気付いていない。米国と香港の記念日はまったく異なる性質を持つ。米国の歴史が多様性の尊重により築かれてきた一方で、中国共産党が支配する現代中国の歴史は多様性の根絶に力を注いできた。この違いについて思いを巡らすのは価値あることかもしれない。

フレイザー・ハウイー(Howie, Fraser)|アナリスト。ケンブリッジ大学で物理を専攻し、北京語言文化大学で中国語を学んだのち、20年以上にわたりアジア株を中心に取引と分析、執筆活動を行う。この間、香港、北京、シンガポールでベアリングス銀行、バンカース・トラスト、モルガン・スタンレー、中国国際金融(CICC)に勤務。2003年から2012年まではフランス系証券会社のCLSAアジア・パシフィック・マーケッツ(シンガポール)で上場派生商品と疑似ストックオプション担当の代表取締役を務めた。「エコノミスト」誌2011年ブック・オブ・ザ・イヤーを受賞し、ブルームバーグのビジネス書トップ10に選ばれた“Red Capitalism : The Fragile Financial Foundations of China's Extraordinary Rise”(赤い資本主義:中国の並外れた成長と脆弱な金融基盤)をはじめ、3冊の共著書がある。「ウォール・ストリート・ジャーナル」、「フォーリン・ポリシー」、「チャイナ・エコノミック・クォータリー」、「日経アジアレビュー」に定期的に寄稿するほか、CNBC、ブルームバーグ、BBCにコメンテーターとして頻繫に登場している。 // Fraser Howie is co-author of three books on the Chinese financial system, Red Capitalism: The Fragile Financial Foundations of China’s Extraordinary Rise (named a Book of the Year 2011 by The Economist magazine and one of the top ten business books of the year by Bloomberg), Privatizing China: Inside China’s Stock Markets and “To Get Rich is Glorious” China’s Stock Market in the ‘80s and ‘90s. He studied Natural Sciences (Physics) at Cambridge University and Chinese at Beijing Language and Culture University and for over twenty years has been trading, analyzing and writing about Asian stock markets. During that time he has worked in Hong Kong Beijing and Singapore. He has worked for Baring Securities, Bankers Trust, Morgan Stanley, CICC and from 2003 to 2012 he worked at CLSA as a Managing Director in the Listed Derivatives and Synthetic Equity department. His work has been published in the Wall Street Journal, Foreign Policy, China Economic Quarterly and the Nikkei Asian Review, and is a regular commentator on CNBC, Bloomberg and the BBC.