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基本操作
資本戦争––破滅兵器のボタン
米100ドル紙幣と中国の100元紙幣(提供・アフロ)

フレイザー・ハウイー
Red Capitalism, The Fragile Financial Foundations of China’s Extraordinary Rise (「赤い資本主義、中国の目覚ましい発展を支える脆弱な金融システム」) 共著者

 中国と米国の間で直近の追加関税が発効したが、現下の両国の対立は貿易よりも重要な戦線に拡大している。 貿易交渉担当者が7月下旬に上海での短い協議を終えた段階では、8月は市場も平穏な休戦月になりそうに思えた。 しかし現実は違った。この1カ月間は市場と政治に劇的な変動があった。 貿易交渉は9月にも予定されているが、世界の2大経済国である両国間の問題は拡大を続けており、早期の全面決着は見込めない状況だ。 トランプ大統領がもし2020年の選挙前に完全で包括的な合意を望んでいるとしたら、失望を味わうことになるだろう。

 8月には貿易戦争が資本戦争へと拡大した。 これは驚くべきことではない。 マルコ・ルビオ上院議員は6月、「EQUITABLE Act(米国取引所における上場外国企業の信用形成と透明性の確保のための法案)」を提出した。 法案は10ページと短いが、海外企業、特に中国企業に対し、米国企業に求められているのと同じ水準の情報開示と透明性の提供を行わせるのが狙いだ。 法案では、香港と中国に拠点を置く企業の監査について、米国の公開会社会計監視委員会(PCAOB)の監督を受け、定期的に検査を受けることを求めている。 証券取引委員会とPCAOBはともに2018年の段階で、中国企業に関する監査は信頼できない可能性があると警告していた。 米国の通常の開示基準がこれらの企業には適用できなかったからだ。 当法案はさらに、株式発行企業に対して、政府の持分比率と取締役会に名を連ねる共産党員の氏名を開示することも求めている。

 中国企業に対するPCAOBの監督欠如を巡る問題は周知の事実で、何年も前から指摘されていたが、中国への投資ラッシュの下で、ビジネスを急ぐすべての人々によってこうした本来の懸念事項が軽視されてきたのが現実だ。 PCAOBは2019年2月時点で米国の3大証券取引所に上場している中国企業は156社としているが、中国国内の情報提供企業ウィンド・インフォメーション(WIND Information)は230社だとしている。 これら企業の時価総額は1兆米ドルを超える。アリババ(阿里巴巴)を筆頭に、チャイナ・モバイル(中国移動通信)、ペトロチャイナ(中国石油天然気)、チャイナ・ライフ・インシュアランス(中国人寿保険)、そして中国インターネット産業の雄であるJDドットコム(京東商城)、バイドゥ(百度)、テンセント・ミュージック(騰訊音楽)といった著名な企業が並ぶ。 ルビオ氏の法案はその後の事態の前触れにすぎなかった。

 市場は、上海での交渉で結論が出なかった後も、少なくとも双方が再び協議を進めることに安堵していた。 この安心感は8月2日、トランプ大統領がさらなる関税を発表したことで打ち砕かれ、中国が週明け8月5日の月曜日に反撃する事態を招いた。 この日は、香港で逃亡犯条例改正案への抗議が続く中でゼネストが行われたが、より大きな意味があったのは、中国人民元の対ドル相場が1ドル=7元を超えて下落するのを、中国人民銀行が容認したことだった。 人民元の取引許容レンジはすでに数カ月にわたり1ドル=7元を超えていたものの、中国人民銀行は心理的に重要なこの一線を超えた取引を実際にはそれまで認めていなかった。 過去何年もの間考えられないと思われていたことが、8月末までに当たり前になった。 人民元は現在1ドル=7.15元前後で取引されている。 前月より3.8%の下落だ。 この通貨安は人民元の武器化であり、米国による貿易関税の相殺を目的としているとの見方もある。 ただ中国政府は難しい立場に立たされている。

 米国に対して報復する力があることを示したい中国にとって、通貨切り下げはその容易な方法である。しかし、元安は中国からの大幅な資本流出を招くリスクがあり、それは避けたい。 米国との争いで道義的な優位性を見せ、人民元が安全通貨になれることを示すというのが中国の望みだ。 しかし現実にはそうはならず、人民元の切り下げは続くだろう。 これに対し米財務省は、為替操作国に関する従来の自らの判断基準を差し置いて、中国を為替操作国と認定した。1ドル=7元を超える元の下落は、それだけで決定を十分正当化できるとの見解を取った。

 香港での抗議活動は8月いっぱい続き、さらに拡大した。米政府が言論の自由と民主主義への支持について、時折混乱したメッセージを送る一方で、中国側は企業の所有及びそれが中国政府に果たす役割について、明確な見解を明らかにした。 中国政府が、キャセイパシフィック 航空やその他の香港企業に対して、抗議活動に関する政府の政治方針に従うよう強く締め付けたことによって、中国政府の関心が企業の所有や支配ではないことが示された。 中国政府は、中国とビジネスをしたいのであれば、民間であろうが国営であろうが、中国人であろうがなかろうが、中国政府の政治的立場に従うよう要求しているのだ。 では中国政府はなぜ、貿易戦争の渦中にあるファーウェイ・テクノロジー(華為技術)について、政府から独立した民間企業にすぎないという主張を試みるのだろうか。 この点は重要である。ルビオ上院議員は資本戦争の戦線を再び拡大しているが、その焦点が中国企業による米国資本市場からの資金調達にあるからだ。

 中国企業の米国取引所での上場廃止は、香港に利益をもたらすとの見方がある。中国企業はもろ手を挙げて歓迎する香港取引所に上場先を移せばいいだけだからだ。 しかし、それは決して確かなことではない。 ひとつには、香港の不安定な情勢が続いていることだ。香港情勢はアリババが香港でのセカンダリー上場を延期する理由の一つにもなっているが、沈静化の兆候は見えない。逃亡犯条例改正案を巡る当面の問題が解決されたとしても、政治における民意の代表や、中国政府の香港社会への過度の介入といった大きな問題が残り、香港の街では今後何年にもわたって抗議活動が続くだろう。

 しかし、ルビオ氏の攻撃の2つ目の狙いは、その上場の場所にかかわらず、中国企業による米国資金の調達を断つことにある。 連邦退職貯蓄投資理事会は資金の一部をMSCIオール・カントリー・ワールド・インデックスに連動したパッシブ投資戦略に配分するとしているが、ルビオ氏はその運用方針の決定撤回を求める書簡を、他の議員と連名で同理事会に送った。 ルビオ氏はフィナンシャル・タイムズ紙に次のように語っている「連邦退職貯蓄投資理事会は、目先にとらわれた愚かな決定を下した。米軍やその他の連邦政府職員の退職積立金を、米国の経済と安全保障を弱体化させようとする中国政府や共産党の企みのための資金として実質的に提供しようというのだ。」

 ルビオ氏が指摘する通り、このインデックスに連動した資金運用をするためには、指数構成銘柄に選ばれている中国株を買う必要がある。 ルビオ上院議員らは、中国政府との関係を理由に懸念される3社を名指ししている。 最も有名なのはモバイル・ネットワーク事業者であるチャイナ・モバイルで、セキュリティー上の懸念から米国市場から締め出されているが、連邦退職貯蓄投資理事会の連邦資金はまさにこの会社に投資されている。 広範な経済や安全保障の問題で中国と対決する一方で、まさに制裁や規制の対象となっているその企業に、米連邦政府や民間の資金を提供することを認めるのは、まったく意味をなさないことだ。

 米国など世界の投資家は、3つの主要な経路を通じて中国株に投資する方法がある。 第1は、米国およびその他の中国本土以外の地域で上場している中国企業への投資である。 最も顕著なのは香港市場で、中国の大手国有企業はすべてここに上場している。 次に、適格外国機関投資家(QFII)と人民元適格外国機関投資家(R-QFII)のプログラムを通じたルートで、大手機関投資家は国内A株市場に直接投資できる。 米国企業は、このスキームを通じ、これまでに約150億米ドルの投資資金を振り向けている。

 最も新しいルートは、「チャイナ・コネクト」を通じた投資である。これは香港取引所の取引インフラを経由して上場A株の約半分に投資できる革新的な仕組みだ。 緊張が高まる中で、こうした経路すべてを通じた米国資金の中国企業への流入を米国政府が制限しようとすることは十分考えられる。 制限は、連邦レベル、個別の州レベル、特定の企業に対する制裁、あるいは実質的包括規制など様々な形があり得る。 皮肉なことに、中国銘柄が米国の一連のMSCIインデックスに組み入れられるようになったのは、チャイナ・コネクトの開設や、中国国内市場の本格的な開放があったからだ。 連邦退職貯蓄投資理事会が投資運用を連動させようとしているのがまさにこのインデックスである。 ルビオ氏は実際MSCIに対し、情報開示の質の低さや共産党とのつながりにもかかわらず、中国企業をなぜインデックスに組み入れたのか問いただした。

 米国の資金が中国株に流入するのを本気で制限しようとすれば、株価に劇的な影響を与えるだろう。 MSCIインデックスの構成銘柄から中国株が除外されれば、数十億ドルの資金が流出し、あらゆる投資家が中国株の全面的な投げ売りに出るだろう。 このような制限はかつて有り得ないと思われた。しかし、石炭企業やたばこ企業の株が倫理上および健康上の懸念を理由に、一部の投資家グループの支持を失ったのと同じように、新疆や香港を巡る懸念や米国の法規制に対応して、ファンドが中国への投資を制限する可能性は十分にあり得る。 米国には、財務省外国資産管理局を通じて特定の投資を制限するメカニズムがすでに存在する。 これは一部のロシア資産を標的に活用された。米ブルームバーグ社が、米国の規制に抵触することを恐れて、香港上場のロシア企業ルサールの株価の公表を拒否した事例もある。

 米国がこのような行動を取った場合の結果は極めて甚大で、影響は何年にもわたるだろう。 米国企業は銀行もブローカーも投資家も、程度の差はあれ20年間にわたって中国の金融市場に参入しようとロビー活動を展開してきた。 米国に上場している最大規模の中国企業のひとつであるペトロチャイナは、モルガン・スタンレーとの合弁証券CICC(中国国際金融)とゴールドマン・サックスを引受主幹事に上場を果たした。 ウォール街は今日の全米レベルの国営企業の構築に一役買ったのだ。  

 中国が開放を始めたこのタイミングで、JPモルガンや、ゴールドマン・サックス、バンク・オブ・アメリカ、モルガン・スタンレーといった米国の有力企業に対し、中国での取引や投資を米国政府が事実上禁止することを考えるのは、全く筋が通らない。 トランプ大統領が米国企業に対して、中国に代わる選択肢を見つけるよう「命じた」のは、つい数週間前のことだ。 しかし、トランプ大統領の考えには中国市場に対する時代遅れの見方が反映されている。 中国は安価な労働力があるだけでなく、世界第2位の経済大国であり、米国のすべての大企業や多国籍企業の売上と収益の源泉でもあるのだ。 米国企業は中国に対する不満を声高に表明するようになり、実際、非常に困難で時に敵対的な市場で事業を展開しなければならない。しかし、世界最大の自動車市場である中国からの撤退を望む米国の自動車メーカーは存在しない。 アップルは生産拠点を中国から移すかもしれないが、それでも中国の消費者にiPhoneを販売したいと考えている。

 資本の流れを制限することは、その結果を考えると、まさしく核兵器という選択肢と同じに見える。 中国が報復として保有する米国債の売却を始めるのはほぼ確実であり、何らかの形で貿易協定に合意しようとしてきたそれまでの態度を完全に翻すだろう。 しかし、中国の資産の一部を選択して狙いを定めることは避けられないかもしれない。 中国人民解放軍と関係のある企業や重大な人権侵害に関与している企業に資金提供する米国拠点の資本に対して、米国政府がなぜ制裁を課すのか。 連邦政府によって安全保障上のリスクとみなされた企業が、なぜ同時に州または連邦の年金基金から資金を調達できるのか。 単純な答えは存在しない。問題の複雑さは、過去20年間にわたる経済開放によって、米国と中国がかつてないほど密接に絡み合っていることを示している。

 ルビオ氏の法案は合理的で公正なものに思われる。 上場企業を共通の基準に準拠させることは理にかなっており、長い間待ち望まれていたことである。 特定の企業や分野に限定した特別の一貫性のある規制は正当化されるかもしれない。しかし、米中関係の将来が完全な拒絶と忌避でない限りは、開放されたばかりの世界第2位の株式市場に完全に背を向けることは正当化できない。 まだ中国で相応の事業を展開していないグローバル企業があるだろうか。 オーストラリアのコモディティー企業やフォルクスワーゲンが中国に大きく依存しているからといって、これらの企業向けの米国資金を制限すべきだろうか。

 資本戦争はまだ始まったばかりだ。 ルビオ上院議員は、中国の影響力や企業への反攻の最前線に立つ中心的な存在である。 彼の役割は資本戦争の戦線を開くとともに、香港の抗議活動へのより強い支持を呼び掛けることだ。 現在のところ、資本戦争は一貫した戦略とはほど遠く、むしろ関連性はあってもそれぞれ別個の動きの連続であり、明確な最終ゴールもない。 中国に対する課題は大豆、白物家電、通信だけだと思っているなら、それは間違っている。 投資信託、年金基金、または401kプランに託された一人ひとりのドル資金が舞台の真ん中に躍り出ようとしているのだ。

(この評論は9月1日に執筆)

フレイザー・ハウイー(Howie, Fraser)|アナリスト。ケンブリッジ大学で物理を専攻し、北京語言文化大学で中国語を学んだのち、20年以上にわたりアジア株を中心に取引と分析、執筆活動を行う。この間、香港、北京、シンガポールでベアリングス銀行、バンカース・トラスト、モルガン・スタンレー、中国国際金融(CICC)に勤務。2003年から2012年まではフランス系証券会社のCLSAアジア・パシフィック・マーケッツ(シンガポール)で上場派生商品と疑似ストックオプション担当の代表取締役を務めた。「エコノミスト」誌2011年ブック・オブ・ザ・イヤーを受賞し、ブルームバーグのビジネス書トップ10に選ばれた“Red Capitalism : The Fragile Financial Foundations of China's Extraordinary Rise”(赤い資本主義:中国の並外れた成長と脆弱な金融基盤)をはじめ、3冊の共著書がある。「ウォール・ストリート・ジャーナル」、「フォーリン・ポリシー」、「チャイナ・エコノミック・クォータリー」、「日経アジアレビュー」に定期的に寄稿するほか、CNBC、ブルームバーグ、BBCにコメンテーターとして頻繫に登場している。 // Fraser Howie is co-author of three books on the Chinese financial system, Red Capitalism: The Fragile Financial Foundations of China’s Extraordinary Rise (named a Book of the Year 2011 by The Economist magazine and one of the top ten business books of the year by Bloomberg), Privatizing China: Inside China’s Stock Markets and “To Get Rich is Glorious” China’s Stock Market in the ‘80s and ‘90s. He studied Natural Sciences (Physics) at Cambridge University and Chinese at Beijing Language and Culture University and for over twenty years has been trading, analyzing and writing about Asian stock markets. During that time he has worked in Hong Kong Beijing and Singapore. He has worked for Baring Securities, Bankers Trust, Morgan Stanley, CICC and from 2003 to 2012 he worked at CLSA as a Managing Director in the Listed Derivatives and Synthetic Equity department. His work has been published in the Wall Street Journal, Foreign Policy, China Economic Quarterly and the Nikkei Asian Review, and is a regular commentator on CNBC, Bloomberg and the BBC.