アニバーサリー
2024年は香港にとって注目すべきアニバーサリーイヤーとなる。とはいえ、そのアニバーサリーを政府が容認することはおそらくなく、祝うことは確実にないだろう。
2019年の「逃亡犯条例」改正案が提示されてから5年が経つ。林鄭月娥のこの改正案をめぐっては、中国本土と香港の間の法的なバリアを弱体化させ、香港人と外国人の両方を香港から中国本土に引き渡すことを可能にするとして、数百万人が参加する抗議デモが繰り広げられた。また、和平佔中(Occupy Central)運動から10年目を迎える。香港行政長官選挙の普通選挙化を求めるこの運動では、金鐘地区にある主要な政府の建物の周辺を3カ月近く占拠し、旺角や銅鑼湾にも抗議デモが飛び火した。さらに、国家安全保障に関する香港基本法第23条の導入を最初に図ってから21年になる。この第23条の立法化に反対して、2003年7月1日には50万人がデモ行進をし、葉劉淑儀保安局長が辞任する事態となった。
本土の中国共産党による香港社会への侵略に抗議する香港人の長い闘いの歴史で、これらは最も重大な出来事ではあるが、決してこの3つだけがすべてではない。その一方で、実質的な成果を上げたと言えるのは2003年の抗議活動のみとなる。条例案の棚上げに成功し、葉劉を辞任に追い込み、董建華政権を徹底的に弱体化させ、その数年後、董建華を健康問題で辞任させた。董が長年にわたり香港政界で権勢をふるい続けることを阻んだのは健康問題ではない。彼は今年、87歳になる。
和平佔中では香港行政長官選挙の普通選挙化という目標を達成できず、2019年の抗議デモでは、林鄭月娥がこの改正案を撤回したものの、警察による抗議デモへの厳しい対応や、市民生活のほぼすべてにおける厳しい取り締まりにより、多くのNGOや組合、団体、政党が解散に追い込まれた。そして、結局のところ2020年には国家安全維持法が施行され、香港社会は2003年当時には想像すらできないほどに根本的に変わってしまった。
さらなる安全維持法をなぜ今?
香港基本法は香港の法的枠組みの土台を成している。国家安全保障に関わる問題に対処する法律の制定を香港政府に義務づけているのが同法第23条である。それ自体は非現実的なものではなく、また、何らかの安全維持法を制定していない国や地域は世界にあったとしてもごくわずかだ。実際、どの政府も外国の干渉を受けることのない、国家の完全性と国民の安全性の確保を目的としている。ここまでは何ら問題ない。第23条の立法化の必要性に異議が唱えられたときに香港当局が持ち出した論拠も、概ねそういう内容であった。だが、こうした大まかな原則は、大まかな原則にすぎない。香港に対しても、中国に対しても、問題視されているのは、条例案の犯罪行為の定義が意図的に曖昧にされており、政府に反対するだけで誰でも起訴できてしまう点である。それ自体は国家安全保障に対する犯罪行為にはならないが、中国本土では「喧嘩を仕掛けて、トラブルをでっち上げ」、フェミニストや弁護士、活動家をたびたび起訴してきており、中国本土が支配力を維持するにあたり、法律制度が悪用されることになるという気配が感じられる。香港では今、これを懸念する声が広まっている。
香港の国家安全維持法の比較
出典:香港自由新聞
2019年の抗議デモ中に、一部の人間が香港を警察国家と呼び始めた。当時は、手厳しすぎる表現であり、今も多分そうだが、警察官が運営していることには間違いない。李家超にとって、行政長官はまさに天職と言える。19歳で警察に入庁後、昇進を重ね、保安局に入局した。保安局長だった2019年の抗議デモ以降、香港に対する統制力を再び発揮し、しっかりと街を管理する必要性を実感し、これに最も力を入れてきた。李と鄧炳強保安局長は、国家安全保障というレンズを通してすべてをみている。それは、中国政府からそう言われているためだけではない。中国をよく理解しているものの、彼はいかなる考え方より国家安全保障を信奉しているのである。同長官は、2019年の抗議デモは外国勢力が先導したものであるとし、幾度となく抗議デモを「黒い手による暴動」あるいは「黒色暴力(black violence)」と呼び、この抗議デモが、自分たちの懸念にまったく耳を傾けない政府に耐え切れなくなった地元住民が先導したものであるという具申を一蹴している。
街頭や公園、官庁の前で抗議デモが行われる、開かれた社会では、「何に抗議しているのか」という疑問が浮かぶのが普通だが、プーチンであれ、習近平や李家超であれ、独裁主義者の頭の中に浮かぶのは、「誰の差し金か」という疑問である。秩序を重んじる管理社会では、いかなる不穏な動きも、「黒い手」すなわち外国勢力による仕業でなければならない。
安全保障第一主義が、一般に広く認められた「疑わしきは罰せず」を覆した。2020年の国家安全維持法の下で起訴された香港の政治家や活動家のグループ「香港47人」の処分は、香港法曹界の誇り高き伝統を台無しにしている。ほとんどの裁判で保釈が却下され、刑事訴訟に複数年かかることになった。これは、WhatsAppで海外のジャーナリストと連絡を取ったなど、取るに足らない罪状の場合もあることを考えると、実に衝撃的である。そのため、第23条の立法化が恐ろしい社会に対する不安を増長させただけだったことは当然と言える。
条例案
香港では現在、抗議デモが実質的に禁止されており、2003年が再現されることはなかった。市民社会団体は解散させられ、活動家のリーダーの多くが海外に逃亡したか、拘置所に拘留されている。抗議デモを行うことは法律上可能ではあるが、これを行うのに必要な許可を警察が与えるとは思えない。しかも、議会には反対の声を上げる人がいない。区議会選挙と立法会選挙の両方が全面的に見直され、独立系野党がなくなったが、香港ならではの立法の儀礼的行為と手続きは依然として踏襲されている。
当初の条例案に対する一般の反応を聞く窓口を1カ月間(2003年は3カ月)設けた後、「愛国者のみの」立法会は6日間連続で各条項を精査した。政府によると、この窓口には1カ月間に13,000件の意見などが寄せられ、98.6%が条例案に賛成だったという。これは、最も抑圧的な政権に値する割合と言えるが、2020年以降の出来事を考えれば、誰がこうした法律に反対しようとするだろうか。
それでも、懸念する声が上がっている。商工会議所や外国政府は、この法律に直接反対してはいないものの、外資系企業をめぐる文言に加え、国家機密の定義の仕方について、非常に大まかで、その草案に問題があると強調してきた。間違いなく、2019年の抗議デモの背後に外国勢力があるという妄想的な見方を受けて、外資系企業との連携があれば、科される罰則の一部が引き上げられるおそれがある。一方、最大の皮肉はおそらく、曖昧な言葉と問題のある草案を政府に声高に指摘しているのが、2003年に失敗に終わった同様の立法化の試みを中心となって支持していた葉劉淑儀だということであろう。
とはいえ、その他の修正は条例案を厳格化する以外のなにものでもないように思われる。審査委員会(review panel)は、指名手配者の出頭期限に関し、当初の6カ月に反対し、逮捕状の発行から猶予期間なしに逃亡犯とすることを望んだ。政府は、逃亡犯とみなされた者のパスポートを取り消し、また指名手配者のほう助を犯罪とみなすことができる。これが、容疑をかけられた知名度の高い議員の多くが、逮捕前に海外に逃れることができたことを受けての対応であることは間違いない。審査委員会は、その他の予期せぬ状況や事態に対処する別の条例案を将来、行政長官が策定できるようにすることも提案した。これは、無用な幅広い権能の付与であり、憂慮すべき問題である。
世界中のメディアがこの1週間に起きた事態の推移を報じるなか、鄧炳強はロンドン・タイムズ紙に狙いを定めた。同紙はトップ記事で、古い新聞、具体的には蘋果日報のコピーの保有が犯罪となり、扇動罪に問われる可能性があることを示唆したのである。これを否定しながらも、鄧炳強の回答は実に恐怖を感じさせるものであった。香港のメディア自由新聞が報じたところによると、蘋果日報のコピーを保有していたら、法を犯したことになるのかという管浩鳴議員からの質問に対し、鄧は「正当な理由」があるかどうかによると答えた。さらに、「私が長期間[その新聞を]保有していると[誰かが言っても]、そこにまだあったことを私が知らず、……扇動することが目的でなければ、それが正当な抗弁になり得ると思う」とまで述べた。
一方、鄧が指弾したのは海外メディアだけではない。地元紙の明報にも狙いを定めた。同紙は、新条例がメディアに対する厳しい規制、さらには犯罪容疑者の中国本土への移送をも可能にしかねないと論じてしまったのである。その後、明報はこの記事を撤回し、謝罪した。だが、数多くの報道機関が弾圧を受け、扇動的な発行物などを保有することに対する不安感が高まっていることから、メディア統制の強化が現実のものとなるのも時間の問題なのではないかとの懸念が残る。
この条例案をめぐる懸念から、カトリック教会が告解の秘密の不可侵を信者に保証する声明を出す事態にまで発展した。その背景には、李家超の顧問が、神父は告解を通じて国家安全保障を脅かすおそれのある行動を知り得た場合、法の下で起訴される可能性を提起していることがある。あり得ないと思うかもしれないが、カトリック教会は知らないうちに政府と対立する立場に置かれ、そして当然のことながら、親中派の一部から集中砲火を受けることが少なくない。香港の行政長官5名のうち3名(曽蔭権と林鄭月娥、李家超)がカトリック信者であるにもかかわらず、教会は天安門事件の虐殺犠牲者を偲ぶ追悼ミサに関し、2021年に脅迫を受け、それ以降、ミサを執り行うことを拒んでいる。
コロナ規制が撤廃され、香港国際空港は賑わいを取り戻し、キャセイパシフィック航空の飛行機も満席が続く。香港は世界の人々を迎え入れることを望み、数年の休止を経て、営業を再開した。中国政府も、世界への窓口として、また何より資金調達拠点、中国元を国際化するためのハブ、そして中国内外への資金フローのチャネルとして香港を必要としている。だから、ここ数年の苦境が今後も続くと心配する必要はない。今では、すべてが平常に戻った。驚くべきことに、これは特定の業種でよく用いられる宣伝文句である。香港のことはあまり心配する必要がない。金の卵を産むガチョウを中国政府が絞め殺すはずがない。だが、これは良くてごく一部にしか当てはまらず、下手をすると明らかに間違っている。
中国政府、というより香港を動かしている忠実な愛国者たちは実のところ、金の卵を産むガチョウの首を絞めているのである。何万人もの地元住民が香港を去り、多くの人々が資金と家族をシンガポールに移してリスク分散を図り、企業は取り締まりのさらなる強化に備え拠点を移している。香港が歩みを止め、消えていくことはないだろう。今後も、さらに締め付けの厳しい本土よりいいと 、多くの本土人を惹きつけ続けるはずだ。シンガポールであれ、他の国や地域であれ、中国への玄関口として、香港に並ぶところはない。だが、中国経済の奇跡はもはや、さほど奇跡的には見えなくなっている。中国への玄関口であることにかつてのような魅力はなく、先見の明のある企業や個人にとって、香港の首を絞める力が強まり続けている現状に気づくことが重要となる。第23条の立法化と、それが安全保障を第一に考える政府がいつまでも続く事態の呼び水となることを考えると、最善の結果を期待するより、最悪の状況に備えておいた方がいい。
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