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北京への道
ブラジル大統領が訪中(写真:新華社/アフロ)
ブラジル大統領が訪中(写真:新華社/アフロ)

VIPラウンジ

ピカピカに磨き上げられた北京の空港のVIPラウンジで働くスタッフはこの数週間、時間外労働をしてきたに違いない。3年近く閉鎖されていた中国の国境再開で、世界各国の首脳が北京を訪れている。過去数週間に中国が迎え入れたのはスペインのペドロ・サンチェス首相、フランスのエマニュエル・マクロン大統領、EUのウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長、マレーシアのアンワル・イブラヒム首相、ブラジルのルーラ・ダ・シルヴァ大統領、ドイツのアナレーナ・ベアボック外相である。一方、米国のアントニー・ブリンケン国務長官は米国本土上空を偵察気球が飛行していた問題を受けて延期した2月の訪中の再調整がまだ行われていない。習近平国家主席は、各国の首脳が押し寄せ、 自らが目指す世界の多極化が間違いなく実現すると喜んでいるはずだ。

コロナ禍になる前、各国首脳は概して貿易やビジネス上の取引のためだけに中国の機嫌を取っていた。だが、中国政府が外国のVIPを最後に迎え入れてから、世界は変わった。中国のリーダーシップに対する期待がかつてないほど高まっている。忘れてならないのは、首脳らが前回北京を訪れて以降、習近平国家主席は、10年前にトップの座に就いたときにはまず予想できなかったほど権力を集中させていることだ。自らの権力の源泉である共産党総書記の3期目に入った。また、著名な改革派の国務院幹部を全員引退させ、その要職の多くに、自らへの忠誠心以外、目立った特徴のない側近を登用した。習主席は中国をこの10年間で、軍事力、経済的強制、外交の場での長広舌を利用することを厭わずに、自らが望むものを手に入れようとし、中国の名誉を傷つけていると自らがみなす国に制裁を科す、これまでよりはるかに攻撃的な大国にした。

誰が何を中国政府に求めているのか

北京へと旅立つ直前、EUのウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長は講演を行い、対中関係の方向性を示した。ライエン委員長は中国について、「ディリスキング」、そして、米国で求める声が強い「デカップリング」の回避の必要性を強調した。中国は、すべての地域と同様、EUにとっても非常に重要な貿易相手国であり、また、欧州の多くのメーカーにとって主要な市場である。中国に対する、この新たな、かつ極めて分別あるアプローチは、ガス供給の対ロシア依存で得た苦い教訓を参考にしたものである。先のことをよく考えずにエネルギー供給をロシアに依存してきたEUは、中国への依存で同じような過ちを繰り返すことを望んでいない。欧州はまた、ウクライナ紛争の終結で、より重要な役割を担うことを中国に強く求めている。プーチン大統領の決定プロセスに実際に影響を与えることができる大国は中国だけだという欧州諸国の首脳の考えは正しい。だが、ロシアとの無制限のパートナーシップを中国が解消すると考えるのは、率直に言って認識が甘い。中国は、欧州諸国の首脳が望むような形での平和には興味がない。2014年のロシアによるクリミア侵攻のように、ウクライナへの軍事行動も短期間で鮮やかな成功を収めてほしいと中国は思っていたはずだ。とはいえ、プーチン大統領の現在の軍事的失敗が今後、中ロ同盟にひびを入れることにはならない。中国とロシアの将来のビジョンは楽観的で希望が持てるものではなく、両国の政策から生まれたと思われる、欧米諸国が支持するものと相対するビジョンである。ウクライナへの侵攻で30年余りに及ぶ欧米との関係を壊したロシアにとって、中国以外に手を結ぶことができる国があるだろうか。中ロ関係は歴史的に不信に満ちたものであり、現在も深い不信感がいずれの側にもあることは間違いない。だが、戦争と、米国が盛んに自分たちの国を揺るがせようとしているという被害妄想(パラノイア)が両国を接近させている。

マクロン大統領とライエン委員長が一緒に訪中したことで、EUと欧州の政策決定の中枢が抱える真の問題が浮き彫りとなった。マクロン大統領は、欧州の戦略的自立、すなわち、欧州は単に米国に追従するのではなく、米国から独立した外交政策をとるという考えについて熱弁することを好む。フランス社会ではこうした考えが昔から根強くあるが、マクロン大統領は北京でこうした考えを強く示した後、帰国する飛行機の中で台湾問題について極めて不用意な発言をした。これとは対照的に、ドイツの外相はマクロン大統領の発言から数日後、台湾海峡で万が一軍事衝突が起きたときの「恐怖のシナリオ(horror scenario)」について言及している。それでは、欧州の立場を代弁しているのは誰なのか。欧州諸国の首脳の足並みは、外部から見るより、ずっとそろっているのであろうが、連携を強化し、自らのアジェンダを推し進めることができなければ、それがEUにとっての弱点になることは間違いない。

マレーシアの首相は、中国の対マレーシアビジネス/投資に強い関心を示した。それは、自国の今後の成長と発展が中国の継続的成長と切っても切り離せないと考える、東アジア地域の多くの国の見解を反映している。こうした立場を取ることは、アジアの観点から見るとまったく不合理なことではないが、幾分時代遅れの感があることは否めない。中国の成長見通しはかつてほど明るくない。中国では人口が減り始め、習近平国家主席の下で奇跡の成長が終わりを告げ、支配とイデオロギーの新たな時代が始まった。そうした立場はおそらく、表面化しつつある地政学的問題から目を逸らしたいという気持ちの表れでもある。東南アジアでは数十年にわたり、数多くの国が地政学的問題を回避することに成功してきた。これらの諸国が実践したモデルは比較的シンプルだ。米国の安全保障の傘が地域に安定をもたらす一方、経済と貿易が地域一帯の関係を発展させ、また、すべての国が豊かになることを可能にした。ところが、残念なことに、そのモデルはもはや存在しない。情勢が一段と複雑化し、各国はそれに対応する必要がある。

汚職事件による服役(後に釈放)を含め、政治家として信じられないほどの浮き沈みを経験した後、返り咲いたブラジルのルーラ大統領の目的は今回も、他とは異なるものだった。BRICSという概念が世界的に注目を集めるようになったときにブラジル大統領を務めていたのはルーラ氏である。かつてBRICS通貨という考えを支持し、ドルへの依存を弱めたルーラ大統領は、ロシアによるウクライナ侵攻の原因を作ったのは米国だとして、中国やロシアを強く支持している。ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相による今週のブラジル訪問は注目する必要があるだろう。BRICSという概念をほめたてることがなぜ問題かというと、その時代は過去のものとなったからである。もっと言えば、そのような時代は実際のところ、もとから存在しなかった。BRICS5カ国はそれぞれ、非常に異なり、独自の特徴を持つ国であるため、20年余り前にゴールドマンサックスがやったように、それを今ひとまとめにすることはほとんど意味をなさない。ルーラ氏は、自らが大統領に返り咲いたことで、かつてのようにブラジルの成長に再び火をつけ、貧困削減を促す一助にしたいと考えているが、経済成長を可能にする、もっと単純な時代への回帰を切望する数多くのアジア諸国と同様、そうした時代は過去のものとなったのだ。

中国は何をもたらすことができるのか

中国はもはや単なる、世界の成長をけん引する経済大国や世界の工場ではない。中国経済はパンデミック前からすでに諸問題に直面しており、そうした問題はすべて解決されぬまま残り、あるいは経済が直面する別の問題へと変化している。厳しい行動制限を伴う「ゼロコロナ政策」の緩和により、経済が短期的に回復したとはいえ、今や世界は中国にそれをはるかに上回るものを求めている。

欧州諸国が中国に期待しているのは、グローバルなリーダーシップをもっと発揮し、ロシアによるウクライナへの攻撃を抑える取り組みに力を入れることである。中国が外交的影響力を高めている証として、長年にわたり対立関係にあったサウジアラビアとイランが中国の仲介により最近和解したことを挙げる向きもあるかもしれない。これは確かに中国の立派な外交的業績であり、米国がこれを仲立ちすることは間違いなくできなかっただろう。だが同時に、この成果を過大評価すべきではない。

中国の隣国にとっては、貿易と経済が依然として鍵を握るが、今の中国は昔の中国ではない。今月には、インドが中国を追い抜き、世界で最も人口の多い国になる。中国の人口はすでに減少し始めており、2100年までにほぼ半減する可能性があるとする予測もある。米国主導の対中半導体制裁措置はすでに、中国ができることとできないことに影響を及ぼしている。また、自国のサプライチェーンから完全に中国を排除する国はほとんどないとはいえ、経済の原動力(economic engine)という中国の役割は、失速していないものの、間違いなくシフトダウンしている。国内に目を転じても、習国家主席の下で、民間企業や起業家に対する締め付けを強化しており、コロナ禍には特にその傾向が強まった。大手IT企業はいずれもその標的となっており、民間事業の支援について、指導部からある程度前向きな発言があったものの、ITセクターに対する規制・法的な枠組みで緩和されたものがないのが現状である。現在の情勢を反映する2つの話題にも、投資家の意欲を高める効果はほとんどない。数多くのIT企業のIPOを手がけてきた中国を代表するIT投資銀行家の包凡(バオ・ファン)氏は、場所は不明だが身柄を拘束されたままで、当局による規制締め付けの「手助け」をしている。また報道によると、国内の(ChatGPT など)大規模言語モデルAIに対する新たな規制措置で、「コンテンツには、社会主義の中核的価値観を反映させる必要があり、また国家の権力を転覆させるような内容を含んではならない」ことが徹底されるはずだ。このようなテクノロジーが力を発揮できるオープンで自由な環境とはとても言えない。危険にさらされているのは中国人のビジネスパーソンだけではない。日本のアステラス製薬の社員も先日、拘束された。中国で経済的人質を取ることは今に始まったことではない。

ルーラ大統領のブラジルとプーチン大統領のロシアが望んでいるのは、BRICSの復活だ。そうなれば、当初の5カ国だけでなく、別の途上国やグローバルサウス諸国もこれに加わることは十分あり得る。こうした復活の成否を左右するのは、中国がその先頭に立つかどうかになるが、これが実際にどのように機能するか想像することは難しいように思われる。中ロ間で人民元建ての貿易が拡大していることからも、ロシア経済が中国に依存していることは明らかである。一方、ルーラ大統領の米国に対する不信感と、BRICS通貨創設の願いは、経済の健全化より、政治的イデオロギーに基づく側面が強い。だが、インドには、こうした通貨を支持する理由が果たしてあるだろうか。インドは堅調な成長を見せており、30年前に中国が持っていた利点の多くを持っている。そのため、特にヒマラヤ山脈の国境地帯で中国との衝突が続いているときに、中国との関係を強化する必要はない。インドは日本、米国、オーストラリアと共にクアッド(Quad)を創設した。その背景には、中国がより攻撃的・好戦的になることへの懸念がある。一方、BRICSの復活は、経済的に意味がなくなり、立ち消えることになるだろう。習国家主席はこれまで中国式グローバル化(Globalization with Chinese Characteristics)とも言うべき「一帯一路」構想を国際交流の主要な施策としてきた。だが、これに参加する途上国の多くは現在、困窮にあえぎ、債務不履行に陥る可能性が高い。こうした問題に対処し、債務不履行を回避するために中国が過去5年間に行った救済融資の総額は1,850億米ドルに上るとハーバード大学の経済学者、カーメン・ラインハート(Carmen Reinhart )氏は推計している。債務を永遠に借り換え、損失計上を回避するという国内モデルを世界に輸出しているのである。少なくとも、中国は国内外で不良債権を抱え込むことを望んでいない。他国と同様、財政上の制約があることを理解しているのだ。

中国には多くのことが求められているが、少なくとも短期的には、最近訪中した首脳全員を失望させることになる可能性が高い。習氏が国家主席の座に就き、中国に対する世界各国の好意の多くを無駄にして10年が過ぎた今、中国が万が一にもプーチン大統領率いるロシアの危険性に気がついて、世界の平和に一役買い、ウクライナから撤退するようロシアに圧力をかけるとすれば、それは自国にとって大きな追い風となるだろう。ライエン委員長のディリスキング政策は、中国との関係再構築に向けた第一歩としてふさわしい。改革・開放時代には、中国でビジネスを行うことの実情や、中国による国際協定違反について話すことを嫌がる国家首脳や企業トップが多かった。中国についての、また中国との率直な議論を最重要課題にしなければならない。そうした議論が、より良い政策を定め、その結果として、より現実的な成果を上げる一助となる。中国は、諸問題を抱えているとはいえ、多くのサプライチェーンと、グローバルな問題の解決において不可欠な存在であることに変わりがない。北京を訪れ、中国政府と交流をすればいい。だが、それにより何を得られるかについては現実的な視点を持つ必要がある。おそらく、期待をはるかに下回る成果しか得られまい。

フレイザー・ハウイー(Howie, Fraser)|アナリスト。ケンブリッジ大学で物理を専攻し、北京語言文化大学で中国語を学んだのち、20年以上にわたりアジア株を中心に取引と分析、執筆活動を行う。この間、香港、北京、シンガポールでベアリングス銀行、バンカース・トラスト、モルガン・スタンレー、中国国際金融(CICC)に勤務。2003年から2012年まではフランス系証券会社のCLSAアジア・パシフィック・マーケッツ(シンガポール)で上場派生商品と疑似ストックオプション担当の代表取締役を務めた。「エコノミスト」誌2011年ブック・オブ・ザ・イヤーを受賞し、ブルームバーグのビジネス書トップ10に選ばれた“Red Capitalism : The Fragile Financial Foundations of China's Extraordinary Rise”(赤い資本主義:中国の並外れた成長と脆弱な金融基盤)をはじめ、3冊の共著書がある。「ウォール・ストリート・ジャーナル」、「フォーリン・ポリシー」、「チャイナ・エコノミック・クォータリー」、「日経アジアレビュー」に定期的に寄稿するほか、CNBC、ブルームバーグ、BBCにコメンテーターとして頻繫に登場している。 // Fraser Howie is co-author of three books on the Chinese financial system, Red Capitalism: The Fragile Financial Foundations of China’s Extraordinary Rise (named a Book of the Year 2011 by The Economist magazine and one of the top ten business books of the year by Bloomberg), Privatizing China: Inside China’s Stock Markets and “To Get Rich is Glorious” China’s Stock Market in the ‘80s and ‘90s. He studied Natural Sciences (Physics) at Cambridge University and Chinese at Beijing Language and Culture University and for over twenty years has been trading, analyzing and writing about Asian stock markets. During that time he has worked in Hong Kong Beijing and Singapore. He has worked for Baring Securities, Bankers Trust, Morgan Stanley, CICC and from 2003 to 2012 he worked at CLSA as a Managing Director in the Listed Derivatives and Synthetic Equity department. His work has been published in the Wall Street Journal, Foreign Policy, China Economic Quarterly and the Nikkei Asian Review, and is a regular commentator on CNBC, Bloomberg and the BBC.