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ブリンケンの「中国がロシアに武器提供」発言は、中国の和平案にゼレンスキーが乗らないようにするため
ブリンケン米国務長官(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
ブリンケン米国務長官(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

ブリンケン国務長官が「中国がロシアに武器提供を検討している」と発言したのは、それが、ゼレンスキーが中国を最も警戒する原因となり得るからだ。アメリカは常に停戦させない方向に動いてきた。開戦以来の証拠を列挙する。

◆ゼレンスキー大統領、初めて中国に警告

もともと中国とウクライナは非常に仲が良く、プーチンがウクライナ侵攻を始める寸前まで、緊密な関係を維持してきた。ウクライナ戦争が始まってからも、中国は経済的にはロシアを支援しても、軍事的には侵攻に賛同しない立場を貫いてきた。それを「中立」とみなして、ゼレンスキー大統領は中国を高く評価する傾向にあった。

ところが、今年2月18日、ドイツのミュンヘンで安全保障会議が開催される中、アメリカのブリンケン国務長官が「中国はロシアに殺傷能力のあるもの(=武器)の提供を検討している」と発言し始め、大きな問題になった。

中国はもちろんすぐさま否定し、「武器の提供という意味では、アメリカほど戦場に武器を提供している国はなく、そのアメリカにはそのようなことを言う資格はない」と強く反発した。ミュンヘン会議においても中国の外交トップである王毅・中共中央政治局委員と会談した際に、ブリンケンは王毅に「もし武器の提供などをすれば、普通ではない制裁が待っている」と警告を発している。

なぜブリンケンがこのような発言をしたかに関しては、ミュンヘン会議後のゼレンスキーの言葉から推測することができる。

2月20日の「ドイツの声」や、SCMP(South China Morning Post)によれば、ゼレンスキーは複数のメディアの取材に対して、以下のように回答しているという。

  • 中国がロシアの戦争行動を支持しないようにすることがウクライナにとって非常に重要だ。本当は中国にウクライナ側に立ってほしいが、現時点ではその可能性は低いことは承知している。
  • しかしもし、中国がロシアと同盟を結ぶならば、第三次世界大戦が起こるだろう。中国はそれを分かっているはずだ。
  • 90年代に署名されたブダペスト備忘録に、中国も署名している。そこにはウクライナの領土保全を保証するという文章がある。したがって中国は、現在のように単に中立を維持すべきではない。
  • もっとも、ロシアに対する中国の軍事援助の兆候は見られない。中国はロシアの最も重要な支援国とみなされているが、北京はこれまでのところロシアに軍事的支援を提供していないと思われる。(ゼレンスキーの回答の概略は以上)

このようにゼレンスキーは、ブリンケンが指摘するような兆候は見られないとしつつも、中国に対して「もし、中国がロシアと同盟を結ぶならば、第三次世界大戦が起こるだろう。中国はそれを分かっているはずだ」というような「警告を発する」類の発言をしたことは初めてのことで、この変化を見てハッとした。

なるほど――。

ブリンケンはゼレンスキーに何を言えば、ゼレンスキーが中国を最も嫌うかを心得ていたのか…。ウクライナの国民を殺戮する武器支援を中国がロシアに提供しているとなれば、絶対に王毅がミュンヘン会議で習近平の考え方として提唱した「和平論」には乗らないだろう。つまり、ブリンケンの発言は、ゼレンスキーが習近平が唱える「和平論」に乗らないようにすることが目的だったにちがいない。

◆アメリカは停戦になりそうになると、必ずそれを阻止してきた

なぜそのような推論が成り立つかを証明するために、これまでウクライナ戦争を通して、アメリカが如何に「停戦」をさせないように動いてきたかを見てみよう。それが一目瞭然となるように時系列的な図表を作成してみた。

以下に示すのは、「停戦」に関する米中ウ(米国・中国・ウクライナ)の言動である。赤色で示したのは、アメリカが「停戦させまいとして動いた言動」を指している。

筆者作成

2月21日のコラム<習近平がウクライナ戦争停戦「和平案」に向けて動き始めた――そうはさせまいとウクライナ入りしたバイデン>でも書いたばかりだが、2022年2月24日にプーチンによるウクライナ侵攻が始まると、その翌日の25日に習近平はプーチンに電話し、「話し合いによる解決」を呼びかけた(No.1)。

プーチンがそれに応じようとすると、すぐさまアメリカのプライス報道官が「停戦交渉のオファーなど無意味だ」として、ゼレンスキーに「騙されるな」と警告した(No.2)。

それでも2月28日にベラルーシ国境付近で第一回の和平交渉が始まり(No.3)、和平交渉は少しずつ進み始み、3月10日から舞台はトルコに移っていったが(No.7)、3月17日にブリンケンが「中国がロシアに軍・装備品の支援を検討している」と大々的に言い始めた(No.9)。

この和平交渉は「習近平が最初にプーチンを説得した結果」なので、それが成功すると習近平の評価が国際社会で高まるのを嫌ったのと、何よりも、このまま行くと、ひょっとしたら停戦してしまうかもしれないので、「停戦だけはさせたくない」と思ったからではないかと推測される。

その証拠に、No.13にあるように、2022年4月20日にトルコの外相が「いくつかのNATO加盟国が、戦争が続くことを望んでいる」と発言した(これに関しては2022年4月24日のコラム<「いくつかのNATO国がウクライナ戦争継続を望んでいる」と、停戦仲介国トルコ外相>で詳述した)。

するとトルコ外相の嘆きを証拠づけるように、4月24日にブリンケンとオースティン(国防長官)がウクライナを訪問し、戦争の継続を激励した(No.14)。

それでも注目すべきはNo.15にあるように、5月25日にダボス会議でゼレンスキーが「中国の現在の中立的政策に満足している」と言ったことである(この詳細は2022年5月29日のコラム<ゼレンスキー大統領「中国の姿勢に満足」とダボス会議で>に書いた)。

その後もゼレンスキーは中国に対して好意的で、中国に警告を発するようなことをしたことがない。

ところが、No.22にあるように、王毅が、いわゆる「和平案」をウクライナ戦争1周年に合わせて中国(習近平)が発表すると言った瞬間、ブリンケンは又もや「中国がロシアを軍事的に支援しようとしている」と発言したのだ。

ここで図表の「No.9」と「No.13」を見比べていただきたい。

両者に共通するのは、「停戦が進みそうだ」というタイミングである。

ということは、アメリカは「停戦させたくない」と思っていることの論拠になり得るということを意味する。

決定的なのはNo.24にあるバイデンのウクライナ訪問で、その目的は2月21日のコラム<習近平がウクライナ戦争停戦「和平案」に向けて動き始めた――そうはさせまいとウクライナ入りしたバイデン>に書いた通りである。

こうしてNo.25にあるように、本稿の冒頭に書いたゼレンスキーの「中国がもしロシアと同盟を結べば、第三次世界大戦が起きる」という中国への初めての警告の言葉が生まれてきたのである。

◆岸田首相よ、歴史をくり返すな!

翻(ひるが)って、わが国の岸田首相は、バイデンのウクライナ電撃訪問に驚愕し、あわてて「自分もウクライナに行かなければ!」と咄嗟に思ったと報道されているが、それが真実なら、「日本よ、歴史をくり返すな!」と言いたい。

1972年2月21日にアメリカの当時のニクソン大統領が、日本の頭越しに訪中し日中国交正常化共同声明を出し、「中華民国」(台湾)と国交断絶したのを知った日本は驚愕し、同年9月25日に、日本の当時の田中角栄首相はあわてて訪中し、アメリカのあとを追って日中国交正常化声明を出して「中華民国」と断交した。

こうして、こんにちの台湾問題が生まれたというのに、その結果、今では中国の軍事力の脅威を受けているというのに、今度もまた「あ、あのアメリカ様がウクライナを訪問したのに、この日本が行かなければ大変な恥になる」とばかりに、あわてているのだろうか。今年は特にG7首脳会談の議長国として広島でG7首脳会談を開催する。G7メンバー国の中で、ウクライナを訪問してないのは日本だけになるのではないかということに関しても焦り始めたのかもしれない。

政策なき日本は、本来ならば「非NATOメンバー国」として、まさに「中立」の立場を取り、ウクライナ停戦に向かって邁進すれば、岸田首相はノーベル平和賞を受賞する可能性さえ出てきて、「世界に冠たる日本」が誕生する芽が見えてくるかもしれない。

しかし、アメリカに気に入られようと、唯々諾々(いいだくだく)としてバイデンの一挙手一投足に従うさまは、みっともないと言うか、情けない限りだ。

かつて日本の半導体が世界一となって輝ていたとき、アメリカが何としても日本の半導体を脆弱化させ、アメリカを抜くことを許さなかったため、日本はアメリカの言いなりになって、「日の丸半導体」を沈没させしてしまった。

以来、日本の発言力は世界から消えてしまったのは周知の通りだ。

それでいいのか?

日本は、自主独立の精神を以て、自国を守る戦略を持てと言いたい。

言論弾圧をする中国が覇権を握るのは反対だが、世界戦略という意味では、日本は中国の比較の対象にさえならないほど貧弱だ。

もちろんプーチンが自ら侵略をやめると決意すれば、それで停戦できることなのは自明だ。しかし誰もプーチンの狂気を是正させることはできない。せめて、ウクライナへの果てしない武器支援と軍資金支援が、結果的にプーチンの侵略を激化させ、ウクライナの庶民の命を限りなく奪っていくことにも目を向け、停戦に向かわせていく努力をするしかないのではないだろうか。

そうでなければ、日本は台湾問題により第二のウクライナとなり、アメリカの餌食になっていく。

ウクライナの犠牲者の中に少女がいたりすると、筆者は7歳の時に中国共産党軍により食糧封鎖され餓死体の上で野宿させられた『もう一つのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』を思い出す。あの時は恐怖のあまり記憶喪失になり、長いこと言葉を話す能力も失っていた。戦火に震えるウクライナ少女の姿は、消えたと思っていたPTSD(心的外傷後ストレス障害)を引き起こし、震えが止まらず日夜苦しんでいる。そこから逃れようと必死で執筆を続けている。

いかなる理由であれ、戦争にだけは、どんなことがあっても反対する!

絶対に戦争をやめさせようとしないアメリカは正しいのか否かを、読者の皆さまとともに考えたいと思い、本稿をしたためた。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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