孫啓明(そん・けいめい)
北京郵電大学 経済管理学院 教授 博士課程指導教員
国際通貨基金(IMF)によると、2018年第2四半期現在、世界60以上の国と地域の外貨準備に人民元が含まれており、世界の外貨準備高の人民元の割合は1.84%に上昇し、1933.8億ドルに達している。人民元の国際取引は、徐々に直接投資プロジェクトまで拡大し、すべての経常収支をカバーするまでに至った。人民元は既に世界第五位の決済通貨、第三位の貿易融資通貨、そして第五位の外国為替通貨となっている。
中国の経済は世界GDPの約15%を占めており、中国の輸出入貿易額は世界貿易の約12%を占めているが、それにもかかわらず、国際決済における人民元のシェアは2%未満でしかなく、世界経済及び世界貿易における中国のシェアに比してはるかに人民元の国際的地位は低い。
中国は2009年以来、様々な取り組みを講じ人民元の国際化を推進して既に明確な成果を上げている。このなかで注目に値する点は、米中貿易戦争の勃発後、人民元の国際化のペースが却って加速していることだ。その具体的な表れとして以下のことがあげられる。
第一に、対外貿易における人民元決済の決済金額及び決済比率は急速に高まっており、更に拡大する可能性を秘めている。
2018年の1年間において人民元で決済された財の国際貿易総額は、2017年間の3.27兆人民元(約51.46兆円)から11.9%増の3.66兆人民元(約57.60兆円)まで上り、サービス貿易及び他の経常収支は2017年の1.09兆人民元(約17.16兆円)の33%増の1.45兆人民元(約22.82兆円)に達している。2018年の間、人民元で決済された対外直接投資及び海外直接投資はそれぞれ8048.1億人民元(約12.67兆円)と1.86兆人民元(約29.27兆円)であり、2017年間の4568.8億人民元(約7.19兆円)と1.18兆人民元(約18.57兆円)と比べると、それぞれ76.2%と57.6%の大幅な上昇が見られる(『中国人民銀行2018年金融財務統計レポート』参照)。対外貿易及び対外投資における人民元決済金額の増加は、米中貿易戦争以降、人民元の国際化のペースは止まっておらず、却って加速していることを表している。
第二に、二国間通貨スワップ協定を結んだ国の数と金額は増加し続けている。
二国間貿易決済に国内通貨を利用することで、ドルが二国間貿易に与える影響を効果的に軽減し、国際貿易における人民元の地位を高めることができ、米国以外の国の経済的利益にも一致している。2018年以降、中国の最高国家行政機関である国務院の承認を得て、中国人民銀行はインドネシア銀行と2000億人民元/440兆ルピア(約3.15兆円)前後の、イングランド銀行と3500億人民元/400億スターリング・ポンド(約5.51兆円)前後の二国間通貨スワップ協定を更新し、さらに日本銀行と2000億人民元/3.4兆円前後の二国間通貨スワップ協定を締結した。
さらに中国人民銀行の集計によると、2008年以降、中国人民銀行は既に世界38カ国・地域の中央銀行または金融当局と二国間通貨スワップ協定を締結しており、その総額は3.57兆人民元(約56.18兆円)に達している。2018年11月まで、有効な人民元通貨スワップ協定は28件あり、総金額は3.21兆人民元(約50.52兆円)に達している。通貨スワップ協定は中国と関係国・地域の貿易・投資に便益をもたらし、金融の安定を維持し、人民元の国際化を促進することに積極的な役割を果たしている。
第三に、CIPS(人民元の国際銀行間決済システム)の発展により、人民元の国際決済システムが更に発展し改善された。
国際決済システムは、通貨を国際化するために最も重要なインフラである。CIPSシステムの運用を始めて以降、2018年米中貿易先生が勃発する時点まで、CIPSシステムには31の 直接参加行、677の 間接参加行があり、87の国と地域をカバーしている。さらに、CIPSは有価証券の国際取引資金の清算にも参入し、上海清算所(SHCH)と中央国債登記結算有限責任公司(CCDC)は既にCIPSに直接参加している。CIPS(第1期)が運用され始めた後、代理銀行モデルと清算銀行モデルは市場の需要に基づきその役割を果たし続けているが、現在の米中貿易摩擦に促され、CIPSは迅速に人民元の国際決済をまとめ上げ、人民元国際貿易における最も重要なインフラとなり、今後さらに人民元の国際化を促進することが予測できる。
第四に、米中貿易戦争のおかげでSDR(特別引出権)に加盟した人民元の地位は更に高めている。
2016年10月、人民元は正式にSDRに加盟し、通貨比重は10.92%で、スターリング・ポンドの8.09%と円の8.33%を上回っている。1999年フランス・フランとドイツマルクがユーロに置き換えられてから、SDRバスケットへ採用された最初の新しい通貨である。SDRバスケットへの採用には2つの判断基準を満たす必要がある。まず、輸出額の基準があり、構成通貨が世界経済に中心的な役割を果たすことを保証するために、その構成通貨は世界最大の輸出国によって発行されなければならない。そして構成通貨は自由利用可能通貨、つまり国際取引上の支払いを行うために広く使用される通貨としてIMFが認めるものでなければならない。人民元のSDR構成通貨に採用されることは、世界経済に対する中国経済の影響力の高まりを反映しており、中国の貨幣・金融システム改革に対する世界からの認可であり、中国経済が世界経済体系に参入する重要なマイルストーンなのだ。米中貿易戦争以降、中国の輸出入総額は減少しているものの、SDRにおける人民元の比重を維持することはできる。
第五に、米中貿易戦争は人民元建ての原油先物市場の建設と発展を加速させた。
2018年3月26日、中国の原油先物は上海先物取引所の子会社である上海国際エネルギー取引所に上場し、同年末までに取引高とポジションは共にドバイの原油先物市場を上回り、世界トップ3の原油先物市場になっている。人民元建ての原油価格メカニズムを発展させることは、国際市場における原油価格変動のリスクに対処する中国の能力を向上させ、中東の一部の石油輸出国がアジアの石油輸入国に向けて異なるフォーミュラ価格を設定する「アジアプレミアム」現象を打破し、アジア地域における中国の影響力を高め、さらに人民元の国際化を促進することができる。
中国の経済は継続的かつ安定的に発展しており、また米国の経済・政治が混乱している情勢のもとで、人民元の国際的影響力は必ず拡大し続けるであろう。人民元の台頭を認識し、人民元の国際地位の向上を促進することは、世界各国にとって利益をもたらす必然な選択である。以下にその理由は述べよう。
第一に、米ドル排除の流れ、ドル決済と米国債保有額の減少が人民元の台頭に寄与している。
長い間、米ドルによって支配された国際通貨体制が世界各国に、金融経済と実体経済の乖離、「ドルの罠」、世界的な過剰流動性及び米国による金融制裁など、様々な問題をもたらしたが、人民元の台頭と共に世界中にドル排除の流れが現れた。トランプの「アメリカ・ファースト」と貿易・投資における保護主義が、国際準備通貨としてのドルの安全性を損ない、ドルの国際的な信用を失墜させた。ドルが米国による金融制裁の武器となって以来、世界各国はドルに支配され続けてきた。その結果、ドル排除の流れが強まり、2018年10月にロシア中央銀行が外国の銀行からロシアの金融情報送信システム(SPFS)へのアクセスを近々許可することを発表した。
これはこれまでのSWIFTを代替するねらいがある。インドとイランは2018年10月に原油貿易の協定を結び、原油輸入貿易の決済にインドルピーを使用することを発表した。欧州委員会は2018年12月、「ユーロの国際的役割の強化法』を提案し、ユーロを清算通貨とする決済システムをSPVと名付けし、まもなく運用開始することを公表した。さらに、ロシア、トルコ、イランなどの国は貿易決済におけるドルの使用を中止することを発表した。
近年、多くの国が準備資産を再編させ、主に金準備の増やせと米国債保有を減らした。米財務省のデータによると、2018年3月から5月の間、ロシアは800億ドル以上の米国債を売却し、その保有額は84%減に達した。2015年以降、日本政府も米国債の保有量を減らし続け、2018年には10%以上の削減と大幅に加速している。実際、中国、インドなどの米国債の主要保有国も保有量を減らしており、しかもその傾向は加速している。米国債の保有量を減らす一方で、多くの国は準備資産のバランスをとるために金の保有量を増やしている。
IMFの集計によると、2018年10月世界の外貨準備におけるドルの割合は62.25%であり、2017年同期より0.47%減となっている。その中で、米国との関係が悪化しているイランとロシアの外貨準備におけるドルの割合はほぼゼロである。一方、金の国際調査機関ワールド・ゴールド・カウンシルのレポートによると、2018年世界各国の中央銀行の金準備が651.5トンも増加し、増加量が前年同期比74%増となっており、年間需要量が1971年以来の最高水準に達した。
第二に、人民元の台頭は、世界の外貨準備の安定と、世界各国の企業の流動性不足のリスクを防ぐことに役立つ。
世界経済の発展に伴い、各国の外貨準備高が急速に増加しており、そしてその外貨準備は主にドルによって構成されている。莫大なドル外貨準備の流動と投資の不確定性は、市場の混乱と経済の不均衡を引き起こす。外貨準備の通貨構成における人民元の導入は、ドルが高すぎる割合を占めることによってもたらすリスクを減らすことができる。特に米中貿易戦争の情勢のもとで、安定的かつ増勢を続けている人民元は、各国の中央銀行の投資及び資産価値維持のための優れた選択肢であり、資金の流動性を高めることができる。それによって、国際貿易金融の状況はより安定し、2008年のリーマン・ショックのように流動性が枯渇する確率も大幅に低下させられるであろう。
第三に、中国の経済発展を利用し、自国の経済発展に原動力をもたらし、さらに世界各国の努力のもとで、理想的な「世界通貨」を作ることができる。
2008年リーマン・ショック以降、欧米先進諸国の経済成長率が低迷し、世界経済の成長を促すことが難しくなった。それに対して、中国の年間経済成長率は常に6%を上回っており、さらにアジアインフラ投資銀行及び「一帯一路」の協力構想を提唱した。中国は「一帯一路」諸国と共に発展することを約束する。人民元国際化の利用範囲から見ると、人民元の国際化を周辺化、地域化、グローバル化の三段階に分けることができる。すなわち中国周辺地域での利用から、アジア地域での利用に発展し、最終的にグローバル通貨まで発展を遂げることである。
人民元の通貨としての機能から見ると、人民元の国際化は貿易決済通貨、金融投資通貨、外貨準備通貨の三段階を経る必要がある。すなわち人民元国際化の「三段階」戦略は、決済通貨→投資通貨→準備通貨となるが、実際最も早いのは準備通貨であり、次に投資通貨となり、決済通貨になるのは最後である。したがって、長期的に見ると、人民元の国際化はすなわち、人民元を中核とする「次世代世界通貨体系」の構築である。短期的な目標は、香港ドルとニュー台湾ドルを内部的に統合し、「中華圏人民元」を作り出す。中期目標は、日本の円と大韓民国のウォンなどアジア国家と協力し、「アジア元」体系を作り上げ、世界通貨体系における米ドル・ユーロ・アジア元の「三つ鼎(がなえ)」体制を確立させる。最終的な目標は、理想的な、各国の総合経済力及び貿易額に基づく、デジタルの、非中央集権的または非ソブリンな世界通貨を確立させることである。
なお、本論にある人民元は、翻訳者により日本円に換算して加筆した。
(この評論は7月17日に執筆)
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