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中露間に隙間風――ロシアの軍事侵攻に賛同を表明しない習近平
習近平国家主席とプーチン大統領(2月4日の北京における会談)(写真:ロイター/アフロ)

中露蜜月にヒビが入り始めた。中国ではウクライナの惨状とゼレンスキー大統領の悲鳴を繰り返し伝えている。欧州を巻き込んだ一帯一路と中欧投資協定を国家戦略とする習近平にとって、NATOとの対立は避けたいところだ。

◆ウクライナの惨状とゼレンスキー大統領の悲鳴を繰り返す中国のテレビ

中国の中央テレビ局CCTV4(国際チャンネル)のニュースでは、必ずウクライナの街の惨状と庶民の嘆きを大きく扱い、毎日のようにウクライナのゼレンスキーの悲痛な呼びかけを大きく取り上げる。

ロシア軍によって破壊された街と嘆き悲しんでいる庶民の姿をクローズアップするだけでなく、庶民にマイクを向けて叫びを音で拾い、字幕スーパーで伝えている。

2月27日には、ゼレンスキーが「西側諸国はもう完全にウクライナを見捨てた」と訴える姿と声を以下のような画面(動画)で報道した。

2月27日の中国CCTV4のニュース報道から

黄色部分に書いてある文字は「ロシアはウクライナで特別軍事行動を展開している」という意味で、赤色部分に書いてあるのは「ウクライナ総統:西側諸国は既に完全にウクライナを見捨てた」という意味である。

プーチン大統領の顔が映し出されることはめったになく、「攻撃されている側」の映像とニュースばかりなのだ。

これは言葉に表さなくとも、明らかに「中国は(軍事的には)ウクライナの側にいる」ことを暗示している。

◆ウクライナでは「中国人だとわかる印を鮮明に示せ」

その証拠に、ウクライナの中国大使館は、ウクライナ在住の中国人に「外出するときや車に乗るときは、必ず中国であることを鮮明に示す印を掲げよ」と警告を出していた。

「中国人ならばウクライナから攻撃されない」という確信を持っていたからだ。

しかし、それもロシアへの経済制裁に関する国連安保理決議の際に中国が棄権したことから、雲行きが怪しくなってきた。すると今度は「外出するときは中国人と分からないように振る舞え」と、180度方針を転換し始めた。

◆話し合いで問題解決を 

それでも中国は「話し合いで問題解決を」と言い続けている。

同じく2月27日のCCTV4では、キャスターが「中国は事態の緩和と政治的解決に向けた努力を支持する」と言い、その字幕スーパーもあったのだが、どうしても画像として取り入れることができなかったので、CCTV13(新聞チャンネル)から画像を拾うと、以下のようになる。

これは2月27日中国時間12:00の番組で、王毅外相とドイツのアナレーナ・ベアボック外相との会談を通して伝えた中国側のウクライナ軍事攻撃に対する見解だ。

2月27日の中国CCTV13の報道より

「烏克蘭(wu-ke-lan)」の簡体字は「ウクライナ」の意味で、画面青色の所には「中国とドイツの外相がウクライナ情勢に関して意見交換をした」と書いてあり、白地の所に書いてある青色の文字は「中国は事態の緩和と政治的解決に向けた努力を支持する」である。

「政治的解決」というのは「話し合いによる解決」の意味で、あちこちに「中国はロシアのウクライナ軍事侵攻に賛同してはいない」という意思表明が滲み出ている。

◆習近平‐プーチン電話会談でも

習近平国家主席は2月25日、プーチン大統領と電話会談をしたが、その時も「ロシアの立場は理解している」とした上で、次のように言っている。

――中国は、ロシアがウクライナと会話(交渉)によって問題を解決することを支持する。すべての国の主権と領土保全を尊重し、国連憲章の目的と原則を遵守するという中国の基本的な立場は一貫している。 中国は、国際社会の各方面と共に、共同的・統合的・協力的で持続可能な安全保障の概念を提唱し、国連を中核とする国際システム及び国際法に基づく国際秩序を堅持することを望んでいる。

このように「ロシアの軍事侵攻には反対だ」とは言えないが、一方では「話し合いによる解決をしてくれ」と明確に言っているのが、中国の基本的な姿勢なのである。

◆習近平が重視する「一帯一路」経済構想と中欧投資協定 

なぜ、そのような姿勢を堅持しているのかという理由は明確だ。

習近平は米中覇権競争の中で、アメリカに潰されないためには「経済」で西側諸国を結び付ける以外にないという国家戦略で動いている。

巨大経済構想「一帯一路」を、米中覇権競争の中で、中国共産党による一党支配体制維持の中核に据えていることは言を俟(ま)たない。

経済を発展させることによって西側諸国を惹きつけ、中国に反抗できないようにしてアメリカに対抗しようとしているのが習近平の基本方針なのだ。

そのため一歩進んで「中欧投資協定」に力を注いできた。

昨年7月15日のコラム<習近平最大の痛手は中欧投資協定の凍結――欧州議会は北京冬季五輪ボイコットを決議>に書いたように、習近平は2013年から7年間もかけて推進してきた「中欧投資協定」が2020年12月30日に大筋合意に達していたのだが、2021年5月20日に欧州議会がウイグルの人権問題を理由に凍結を決議したのだ。

それを何とか挽回しようとしている習近平にとって、基本的にNATOの参加国によって構成されているような欧州議会と対立するわけにはいかない。NATOとは対立したくないのである。

そのため習近平はEU議長国となったフランスのマクロン大統領と、今年2月16日に電話会談し、会談では以下のようなやり取りがなされた(概略)。

習近平:昨年、中仏二国間貿易額は800億米ドルを超え、フランスからの農産物の総輸入量は前年比40%も増加した。(中略)フランスは今年、輪番制のEU議長国になった。(中略)中国とEUは協力して、中欧投資協定の批准と発効のプロセスを前進させたい。

マクロン:現在の国際情勢は緊張と混乱に満ちているが、フランスは中国との包括的な戦略的パートナーシップを深めることを望んでいる。(中略)EUの議長国として、フランスはEUと中国の間の前向きな議題を促進するためにあらゆる努力をし、EU-中国首脳会議を作るために中国と共同で努力する。中央投資協定の批准と発効が進展することを期待している。

このような関係にあるEUと中国は絶対に対立するわけにはいかないのである。したがって経済的にはロシアを支援し、軍事的には加担しないし賛同も表明しないというのが習近平の基本姿勢だ。

◆ロシアの軍事侵攻は「不意打ち」――習近平はプーチンに裏切られた

そもそも中国はロシアから事前には何も知らされていなかったのは明白だ。

駐日本国のロシア大使さえ知らされていなかったようだから、あのプーチンが習近平になど知らせるはずがない。それはロシアの軍事侵攻を知った後の中国外交部のアタフタとした対応ぶりからも見て取れる。最終的に2月26日になって王毅外相は「ウクライナ問題の5点の立場」という見解を示した

その5点とは以下のようなものだ(概略を示す)。

  1. 中国は、すべての国の主権と領土保全を尊重保護し、国連憲章の目的と原則を遵守する。この立場は一貫しており、ウクライナにも適用される。
  2. NATOの東方拡大が5回も連続して行われた状況下では、ロシアの正当な安全保障要求は重視されるべきだ。
  3. 中国にとって現在のウクライナ情勢は「見たくない」ものだ。ウクライナの状況悪化や暴走を防ぐために、すべての当事者が抑制的行動を取るべきだ。特に大規模な人道的危機を防ぐために、民間人の生命と財産の安全を効果的に保証する必要がある。
  4. 中国は、ウクライナ危機の平和的解決につながるすべての外交努力を支持する。ロシアとウクライナの間の直接の対話と交渉をできるだけ早く実現することを望む。ウクライナは、大国間の対立の最前線ではなく、東西の架け橋となるべきだ。中国は、欧州とロシアが欧州の安全保障問題について平等な対話を行うことを望む。
  5. 中国側は、国連安全保障理事会がウクライナ問題の解決に建設的な役割を果たすことを望む。緊張を煽るのではなく、外交的解決を促進すべきだ。

言葉は工夫されているものの、習近平は「不意打ちを喰らった」のが滲み出ており、ある意味「習近平はプーチンに裏切られた」のである。

こうして、軍事的側面から言えば、中露の蜜月には完全にヒビが入っている

それでも老獪な中国は、制裁を受けたロシア経済の受け皿になり、思いもかけない発展空間を見つけていくことだろう。これに関してはまた別途考察することとする。 

少なくとも上記の事実を見逃さない方が、日本政府の対中戦略にとって有利になるのではないかと期待して、考察を試みた。

言うまでもなく、日本が対露制裁を限りなく厳しくすることは望ましい方向性で、ロシアの軍事行動は、どのようなことがあっても許してはならない。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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