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中国共産党の権力闘争と自民党の派閥争い
2021 自民党総裁選 公開討論会(日本記者クラブ)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
2021 自民党総裁選 公開討論会(日本記者クラブ)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

中国共産党が権力闘争ばかりしていると批判する人が多いが、自民党総裁選を通して見えてきたのは激しい派閥争いで、ポスト欲しさや生き残りのための「乗り換え」もあり、今回は派閥横断となった。中国共産党と自民党の権力闘争の類似点と相違点を考察する。

◆日本の自民党総裁選で明確になった党内派閥

自民党総裁選で、いやが上にも浮かび上がってきたのは「党内派閥」の構造だ。派閥は主義主張や国家戦略の違いよりも、以下のことを計算して形成されていると言っても過言ではない。

  • 誰が総裁になるかによって党内人事が決まる。
  • 誰が総裁になるかによって総選挙でどの党が政権与党になるかが決まるため、それによって自民党議員が生き残れるか否か(再選されるか否か)が決まる。
  • 自民党から総理大臣が出さえすれば、主としてその総理大臣が所属する派閥から大臣などの要職が選ばれるので(あるいはその総裁候補を応援した論功行賞があるので)、どの総裁候補側に付くかが自民党議員の生命線になる。

このように、派閥は「総理大臣を誰にするか」によって形成され、「わが身の安全と出世」を守り抜くためにあると言っていいだろう。

そして総裁選とは「勝ち馬に乗るための品定め」であり、「品定め」をする際に、自分が所属している派閥からの「乗り換え」だってしてしまう政治信念のなさも散見される。

したがってなおさら、派閥は政治信念よりも「誰を総理大臣にするか」によって分かれた陣営の違いだという色彩が濃いという事実が浮き彫りになる。

その結果今回は、あまりに「勝ち馬の予測」が立てにくくなったなどの諸々の理由により、各所属派閥で支持候補を一本化することができず、「細田派、麻生派、竹下派、岸田派、二階派、石破派、石原派」7派閥のうち岸田派を除いた6派閥が独自投票に委ねられることとなった。

だからと言って自民党内の権力闘争が消えたわけではなく、むしろ暗闘が激しくなっているようにも見える。

◆中国共産党の権力闘争――江沢民から利権政治と腐敗

ならば、中国はどうなのか。

長いスパンから見た中国共産党の権力闘争に関しては拙著『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史  習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』で詳述したように、毛沢東までの権力闘争は「お前が死んで私が生きるか」あるいは「お前が生き残って俺が死ぬか」といった、生死を懸けた戦いだった。

文化大革命などは、当時国家主席だった劉少奇(=劉少奇政権)を倒すために、国家主席の座から追われていた毛沢東が仕掛け、2000万人からの犠牲者を出している。

それが利権政治における闘いへと変質していったのは、江沢民政権からだ。

1989年6月4日の天安門事件後に、まるで天から降ってきたような中共中央総書記と中央軍事委員会主席のポストは、中央に政治基盤のない江沢民にとっては驚きと喜びとともに、「不安」を伴うものだったにちがいない。

何しろ父親が日本の傀儡政権(汪兆銘政権)の官吏だったので、ダンスやピアノができ、酒が入ると「月が出た出た~、月が出たぁ、ヨイヨイ・・・」と炭坑節(たんこうぶし)を口ずさんだ。そんな風だったから、日本敗戦に伴ってあわてて共産党に近づき、1946年に党員になった。その後は現在の中共中央政治局常務委員会(チャイナ・セブン)の一人である汪洋の父親・汪道函によって引き立てられ工業部部長にまでなりはしたものの、北京には政治基盤などない。

だというのに、1993年には国家主席にまでなっている。それも全て鄧小平の一存で決められた。

だから鄧小平生存中は何とかなったが、鄧小平が政治舞台から消え始めた1995年あたりからからは、ひたすら「金」を使って培ってきたネットワークで政治を動かし始めた。

地方政府だろうが中央政府だろうが、はたまた中共中央委員会常務委員会だろうが、党と政府の要人のほとんどを利権で結ばれている配下によって占めさせ、江沢民に権力が集中するようにしたのである。

その結果、賄賂でしか政治は動かないようになってしまったために、言語を絶する「腐敗」が全中国を覆いつくした。その金額は国家予算を上回るほどで、中国国内の銀行では巨額すぎて目立つので、アメリカなど海外の銀行に貯蓄したり、紙幣を入れるためだけの家を建て、紙幣がカビてしまって使い物にならなくなったりしたほどだ。

最も肥え太っていったのは軍部で、軍部は司法さえ立ち入ることのできない「腐敗の温床」と化していった。

◆胡錦涛政権「チャイナ・ナイン」までは江沢民による激しい権力闘争

鄧小平は江沢民を2002年までの中共中央総書記・中央軍事委員会主席、2003年までの国家主席とし、次代は胡錦涛がそれに取って代わるものと指名していた。そのため鄧小平は1997年に他界したものの、江沢民は渋々ながらも鄧小平の指名通りに動くしかなく、2002年~2003年に胡錦涛政権が誕生した。

しかし胡錦涛政権のチャイナ・ナイン(中共中央政治局常務委員会委員9人)に、江沢民は6人もの刺客を送り込んで、胡錦涛の決定権を奪った。なぜならチャイナ・ナインでは多数決議決を絶対的原則としていたからだ。

胡錦涛は何とか腐敗と闘おうとしたが、江沢民派の6人によって常に否決され、実行することができなかった。

2012年3月に出版した『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』で詳述したように、胡錦涛政権までは「江沢民派(上海閥)」や「太子党(紅二代)」あるいは「団派(共青団派)」など、苛烈な権力闘争が展開されていて、中国共産党は一枚岩ではなかった。

2012年11月には第18回党大会が開催されることになっていたため、拙著『チャイナ・ナイン』は発売と同時に増版を重ね、筆者は日本記者クラブでも「チャイナ・ナイン」に関する講演をするなど、日本メディアは「チャイナ・ナイン」という言葉に沸いた。

その結果、多くの日本人の思考の中に、「中国共産党は権力闘争に明け暮れている」という概念がインプットされたためか、習近平政権の「チャイナ・セブン」になっても、「まだ権力闘争をしている」と勘違いする人が多く、筆者は誤解の種を蒔いてしまったと、奇妙な反省をするところに追い込まれている。

◆習近平の「真の狙い」を直視せよ

拙著『チャイナ・ナイン』のp.92あるいは本の「見返し」にある「政局人物相関図」にも示したように、胡錦涛は習近平の父・習仲勲を尊敬していた。P.92に書いた理由以外にも、前述の『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』に詳述したように、胡錦涛の恩師でもあるような胡耀邦(当時、中共中央総書記)が鄧小平に虐められて下野を迫られたとき、胡耀邦のために声を上げて胡耀邦を守ったのは習仲勲一人だった。

したがって胡錦涛は習近平に中共中央総書記の座を渡すときに、中央軍事委員会主席の座も譲り渡しただけでなく、「チャイナ・セブン」を選ぶにあたり、習近平が最もやりやすいように全て譲歩している。但し、一つの条件を付けた。

それは「腐敗撲滅を何としても実行してくれ」ということだった。

「腐敗を撲滅しなければ党が滅び、国が亡ぶ!」と、胡錦涛は第18回党大会初日における総書記としての最後の演説で叫び、習近平は党大会最終日の一中全会(中共中央委員会第一回全体会議)における中共中央総書記としての最初の演説で、胡錦涛と同じ言葉「腐敗を撲滅しなければ党が滅び、国が亡ぶ!」と叫んで、胡錦涛との約束を実行することを誓った。こうして始まったのが「トラもハエも同時に叩く」という、大々的な反腐敗運動である。

これを日本の中国研究者あるいはメディアは「習近平の権力基盤が弱いので、敵対勢力を倒すために行っている」と合唱し、「チャイナ・セブン」(あるいは「チャイナ・ナイン」)という筆者が作った言葉を使いながら、現実とは全く異なる分析をして日本中を洗脳してしまった。

そのために、習近平が何をしているかが何も見えず、気が付けば日本は5Gや宇宙開発で、すっかり中国に出遅れてしまったのである。中国はミサイルなどの軍事力においてもアメリカを抜く分野があるほど先鋭化してしまった。

何度も引用して申し訳ないが、習近平がなぜ反腐敗運動を始めたかに関しては、拙著『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』で詳述している。

ここでは多くは書けないが、一つだけ取り上げたいのは「軍のハイテク化」だ。

軍部は中国建国以来、ソ連方式の編成体制で動いており、中国の場合はさらに陸軍を中心として地方分権化していった。軍区における腐敗は手の付けようがなく、軍の近代化の手かせ足かせとなったので、軍の幹部を腐敗の嫌疑で逮捕し、2015年に軍事大改革を断行して中央軍事委員会主席の直轄とする戦区に編成替えしてロケット軍を創設した。

この改革により中国は世界一のミサイル攻撃力を持つに至ったのである。

同時にハイテク国家戦略「中国製造2025」を発布して、AIや5Gあるいは半導体や宇宙開発でアメリカに追いつき追い越そうと全力投入を始めた。

昨日も、中国が独自に開発した宇宙ステーションに滞在していた宇宙飛行士たちが帰還したばかりだ。この宇宙ステーションは来年には正式に稼働する。

習近平が李克強と権力闘争をしているなどという噂で日本人を喜ばせている中国研究者は反省すべきだろう。日本人を騙している間に、中国は日本を経済的にも軍事的にも追い越してしまっている。

◆中国共産党と自民党における権力闘争の類似点と相違点

類似点:

  • 中央に「利権政治」が絡んでいるときは、派閥闘争が激しく国家戦略に欠ける。現在の自民党の中に「利権政治」が潜んでいないかを分析すべきだ。
  • 「党を永続させる」という目的においては、両者とも派閥を超えて一致している。党が滅びる(あるいは弱体化する)ようなことがあれば、それまで手にしてきた利権(あるいは栄誉や政治生命など)を失うからだ。

相違点:

  • 日本は「誰が総理大臣になるか」という「勝ち馬に乗る」ための派閥性が強く、「国家戦略」において大きな目標を見失っている(高市早苗候補は明確な国家観を持っているが)。
  • 最大の違いは、日本には民主主義があり、中国は一党支配体制であるということだ。それなのに日本は、まるで自民党の一党支配体制のようになっている。これは中国との類似点に入れるべきかもしれない。

なお、習近平が延安時代の革命精神を強調し、中国を中国共産党の原点に戻そうとしているのは、鄧小平の陰謀によって父・習仲勲が16年間にも及ぶ牢獄・軟禁生活を送らされたからであり、革命の聖地「延安」を築いたのは習仲勲だからだ。

(本論はYahooニュース個人からの転載である)

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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