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香港最高裁・裁判官17人中15人が外国人――逃亡犯条例改正案の最大の原因
中国国旗と並ぶ香港の旗
中国国旗と並ぶ香港の旗(提供:アフロ)

香港の最高裁判所の裁判官のほとんどは外国人だということをご存じだろうか?

現段階では裁判官17人のうち、15人までがカナダやオーストラリアなどの外国籍あるいは二重国籍を持った人たちで占められている。「中国香港籍」の裁判官は二人しかいない。元大英帝国が統治していた国々の裁判官が香港市民の揉め事を裁くのである。

当然のことながら、判決は「民主主義的価値観」に基づく判断によって出される。

そのようなことでは「香港が民主化してしまう!」と中国政府(北京政府)は心配でならないだろう。

これこそが、今般の「逃亡犯条例改正案」の根本にある。

おそらく日本の多くの方は、このことをご存じないのではないだろうか?

◆香港の親中党派の司法に対する不満

そのようなこと、信じることはできないと思われる方たちのために、一つの具体例をお示ししよう。

2017年 3月 1日のBBCニュース「香港観察:法制の危機」は、2014年の雨傘運動の時のデモ参加者とそれを取り締った警官に対する判決があまりに不平等だと、親中派の香港の政党「建制派」が不満を述べていると報道している。

それによれば「警察を襲って公務執行妨害をしたデモ参加者には5週間の懲役」を、そして「暴力を振るったデモ参加者に対して、法を執行しようとして警察の公的権力(一定程度の暴力)を施行した警官側には2年間の懲役」という判決が出たそうだ。

すると、親中派の建制派が、「先に暴力を振るったデモ参加者には軽い罰を与え、それに対応して法を執行した警官には重い罰を与えるのは不公平で、ダブルスタンダードだ」と激しい不満を表したのだという。

つまり、「裁判官は民主運動を叫ぶ者の側に立っている」という不満を親中派の政党は抱いているということになる。

もちろん、その不満は、中共中央および中国政府ではさらに強烈であることは想像に難くない。

2018年1月17日の中国政府の通信社「新華社」の電子版「新華網」が「香港の違法なオキュパイ・セントラルのデモ参加者16人に法廷侮辱罪」(オキュパイ・セントラル=雨傘運動)というタイトルで香港の司法への不満をにじませている。にじませるのであって、決して怒りを露わにしないということも肝心だ。怒りは他の民間ウェブサイトなどに書かせればいい。何と言っても、あれだけのデモを主導したリーダーの一人に与えられた罰は最大4か月半の懲役で、軽いのは1ヵ月なのだから。

◆このままでは香港が民主化してしまう!

結果、中国大陸のネットには「チャンチャラ可笑しい」といった類の嘲笑と不満が溢れた。「で、香港の未来はどうなるの?」というものもある。

そう。

その「香港の未来」だ。それが問題なのである。

このままいけば、香港が民主化してしまう。

北京政府が怖がらないはずがない。

そこで、逃亡犯条例を改正して、香港の民主活動家を大陸(北京政府側)の司法で裁けるようにしたのである。

いやいや、逃亡犯条例というのは「香港以外の国や地域などで罪を犯した容疑者が香港に逃げて来た時、容疑者引き渡し協定を結んだ国や地域からの要請があれば容疑者を引き渡す」ことを規定した条例で、これまではその国・地域の中に「中国大陸=北京政府(中華人民共和国)」が入っていなかったので、「改正案」で「中国大陸を含める」ことにしようとしたのであって、香港市民が香港で行う民主運動に参加した人を対象とすることはできないと、反論なさる方もおられるだろう。

◆香港政府の説明と実態

その通りだ。

しかしもしそれが本当なら、なぜ香港の若者たちは、あんなに激しく反対したのだろうか?

2014年の雨傘運動の時に、香港を管轄する全人代(全国人民代表大会)常務委員会は何と言ったのかを思い出してみよう。

当該委員会は次のように言ったのである。

――「一国二制度」は、「二制度」の前に「一国」という文字がある。「一国」が「二制度」より優先されるのだ。したがって香港は母なる国「中華人民共和国」の憲法に従わなければならない。

すごい論理だ。

かくして「一人一票」の「普通選挙」は中華人民共和国憲法に従い、「中国を愛する人」によって構成されなければならないということになり、親中の選挙委員1200人が行政長官を選ぶことになった。

いやいや、改正案のきっかけとなったのは2018年2月に香港人が台湾旅行中に殺人を犯したからだという声が聞こえそうである。二人の若い男女(香港人)が台湾に旅行したのだが、女性が他の男性の子供を身籠ったことに激怒した男性が女性を殺害して台湾に遺棄したまま香港に帰国(逃亡)。後に犯罪がばれて逮捕されたが、犯罪が起きた地点が香港でないことから香港の司法では裁けない。しかし台湾と香港の間には容疑者引き渡し協定がないので台湾にも容疑者を渡せるよう、条例を改正して引き渡せる国・地域を「中国大陸、台湾およびマカオなど」に増やそうというのがきっかけだと香港政府は説明している。

その通りだ。

香港政府は、たしかに、そのように説明している。

しかし、これが本当なら、たとえば「中国(大陸)人が大陸で罪を犯して香港に逃亡した場合、あるいは香港人が大陸に行って大陸で罪を犯した場合にのみ、中国政府が香港政府に容疑者を引き渡してくれと頼むことが可能になる」という論理になり、なぜ香港の若者が抗議活動を行うのかという因果関係が見えてこない。香港人は大陸に行かなければいいわけで、ここまで大規模の長期間にわたるデモを展開する必要はなかっただろう。

しかし実際には最多で200万人に至るほどの香港人が抗議デモに参加したということは、「これが本当の原因ではない」ことを証明しているのではないだろうか。

◆なぜ裁判官が外国人?

なぜ裁判官のほとんどが外国人(外国籍)などということが存在するのかを考えてみたい。

アヘン戦争後の1841年からイギリスによって統治されてきた香港の司法は、大英帝国とその植民地国の裁判官によって占められていた。

1980年代初期、イギリスのサッチャー元首相と鄧小平との間で香港の中国返還へのさまざまなやり取りが成されたのだが、1984年に「中英連合声明」が出された。そこでは香港に外国籍裁判官を置くことが認められている。香港特別行政区の憲法であるような「香港特別行政区基本法」は、この声明を尊重し、基本法では外国籍裁判官を置くことを認めることになった(基本法82条、90条および92条などに関連項目)。但し、最高裁の裁判長だけは中国香港籍でなければならない。

なぜ中国がこれを認めたかと言うと、当時中国大陸の方はまだまだ未発展で、香港は輝かしい国際都市だった。だから外資を呼び込み世界の金融センターとしての役割を果たすために、外国企業との間で訴訟が起きた時の裁判は外国人の方が何かといいかもしれないという計算が働き、イギリス側の主張を呑んだのだった。

基本法を改正してしまえばいいが、そのようなことをすれば、中国は法治国家ではないとして諸外国からも糾弾され、「一国二制度」の約束が完全に崩れる。
1997年から発効した一国二制度は、50年間は不変で、50年間、香港の自治を守ると謳っている。これは中国一国で決められることではなく、香港を中国に返還したイギリスとの約束であり、かつ国際金融都市としての関係国との暗黙の了解でもある。だからこそ世界の金融センターとして世界は香港に投資し、中国は香港を通して儲かってきた。

しかし中国に対する香港のその役割はもう終わった。

そこで逃亡犯条例を改正すれば、少しでも早く、そして少しでも多くの民主活動家の芽を摘み取ることができる。

つまり、一般の香港人が香港において政府転覆的な怪しい動きをすれば、「引き渡し手続きを簡略化して、すばやく大陸に送り込み大陸の司法で裁くことができる」というのが改正案の神髄だ。

それを見落としたら、香港のデモの真相は何も見えない。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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