
中国の今年度の両会(全国両会)―中国人民政治協商会議(全国政協)と全国人民代表大会(全人代)―が、それぞれ3月4日と5日に始まった。これらの会議は指導部の方向性を反映し、重要な演説や政策発表、法改正が行われるなど、中国の政治情勢の形成において重要な役割を果たしている。
両会は過去数十年にわたり、政府が長期的な戦略目標と当面の経済調整を表明し、安定と団結をアピールする場として機能してきた。ゆえに政策の方向性を示す重要な手がかりと位置付けられ、中国政府が経済成長、市場改革、国際関係などの主要な課題にどのように取り組んでいるか、世界から注目が集まっている。
今年度の両会の議題の中心となったのが、経済成長の鈍化、民間企業の支援、地方政府が抱える債務問題の解決である。全人代記者会見で娄勤俭報道官は、中国が直面する経済的な課題については認めながらも、同国の広大な市場規模と包括的な産業システムがあれば困難は乗り越えられるだろうと強調した。また、民営経済を支援するという政府の姿勢も改めて表明した。
政策優先事項としての民営経済再活性化
近年、中国は先行き不透明な世界経済、輸出市場の縮小、国内消費の不振により、外需の低迷に苦しんでおり、これらが経済成長の足枷となっている。こうした背景から、民間セクターの活性化が内需の拡大や経済の安定に極めて重要な戦略となっている。
すでに一部の産業や企業は回復の兆しを見せつつあり、新たな政策による恩恵が期待される。例えばテクノロジー分野、特に人工知能(AI)や半導体などの分野は、政府と民間投資家の双方から再び注目されている。近年、法規制による締め付けに直面していたテンセント(騰訊)やアリババ(阿里巴巴)などの企業は、政府による支援強化のもと、クラウドコンピューティングやフィンテックなど事業の多角化へ方向転換しつつある。フィンテックとは、イノベーションやデジタルツールなどを駆使してオンライン決済、デジタル通貨、ブロックチェーン技術などのソリューションを提供し、テクノロジーを金融サービスや金融業務の改善に役立てるものだ。金融システムの近代化と効率化に貢献するという点で、これは「良いテクノロジー」と言ってよいだろう。
同様に、電気自動車(EV)分野のBYD(比亜迪)のようなハイテク産業の民間メーカーもグリーンエネルギーの技術革新とインフラ開発を促す政策転換による恩恵を受けている。さらに、政府が内需の喚起に再び重点を置いたことで、シャオミ(小米科技)やハイアール(海尔集团)のような消費財メーカーが復調の兆しを見せている。これらの企業は国家政策による支援と消費者の嗜好の変化を機に勢いを取り戻しており、中国経済の回復に幅広く貢献する可能性がある。
2024年9月に中国共産党政治局が打ち出した一連の段階的景気刺激策により、昨年度の中国のGDPは130兆元を超え、5%という成長率を実現した。しかしこの成長は主に政府投資と輸出がもたらしたものであり、民間企業はかつての活力を取り戻すに至っていない。中国政府は、持続可能な長期的成長は国家主導のイニシアティブにのみ依存するのではなく、堅調かつ活気ある民間セクターが必要であることを強く認識している。
地方政府の債務および民間セクターの資金調達における課題
中国経済におけるもう一つの喫緊の課題は、地方政府の債務負担の増大である。2023年11月、全人代常務委員会は、隠れ債務を解消すべく地方政府債務上限を6兆元に引き上げることを承認した。2024年末までには2兆元のスワップ債が発行され、多くの地域でその年の債務再編が完了、地方政府にのしかかる財政圧力が一時的に緩和された。だが、この措置も地方政府が直面する流動性危機の根本的解決には至らず、インフラ投資の持続可能性や民間企業への融資の可用性に対する懸念が残る。
中国の地方政府債務は全体の流動性を大きく左右するものであり、民間企業の資金調達に直接影響を及ぼす。地方政府が多大な債務に苦しむ中、資金の大部分はこれら債務の返済に充てられ、民間企業への資金供給は少なくなっている。また、地方政府は国有企業やインフラプロジェクトを優先する傾向にあり、これらが有利な融資条件を受ける一方で、民間企業、特に従来の産業に従事する企業は高い借入コストと厳しい融資条件に直面している。
こうした不均衡が原因で民間企業が利用できる資金が減少し、成長と技術革新の可能性が阻害されている。さらに、地方政府の債務負担によって銀行が融資に慎重になり、銀行システムに流動性危機が発生することで、民間セクターにおいて不可欠な資金調達の機会がさらに制限される恐れがある。その結果、中小企業を中心に民間企業の融資確保がさらに困難になり、投資や事業拡大が停滞し、長期的な経済成長への貢献余力も削がれることになる。
民間経済促進法と政策緩和
2025年の両会で立法関連の注目を集めたのは、民間経済促進法の草案である。娄勤俭報道官は、「法の支配こそが最高のビジネス環境をもたらす」と強調し、同法案には中国共産党の長年の政策である「2つの確立」(两个毫不动摇)と「2つの維持」(两个健康)が組み込まれており、民営経済への支援を重視していると指摘した。同法の目的は、民間企業の公平な市場参加を可能にする法的枠組みを整備し、ビジネス環境全体の改善を通じて起業家の信頼を回復することにある。
民間経済促進法の草案は、民間企業が資源、市場機会、政府支援に公平にアクセスできることを保証し、国有企業との競争条件を平準化することを目的としている。また同法は、官僚的手続きの簡素化、行政上の障壁の削減、民間企業との政府取引における透明性向上も目標に掲げている。さらに、知的財産権の保護を強調し、イノベーションを奨励するとともに、不公平な扱いを受けた際の法的救済手段を拡充することで、起業家の信頼向上を図る狙いもある。同法は、民間企業にとって包括的で支援的なビジネス環境を創出するという政府の具体的取り組みを象徴するものであり、中国の経済発展と変革において民間企業の役割拡大を促すものとなっている。
注目すべき動きとして、2月17日に習近平国家主席が6年ぶりに民間企業シンポジウムに姿を現し、政権が民間企業を一貫して支援していることを改めて表明した。この動きは政策緩和の兆しと受け止められ、中国の経済改革において民間企業の役割拡大を促す意図があると広く解釈されている。
「国進民退」の時代は終わりを迎えるか?
「国進民退」とは、かつて民間企業が独占していた分野への国家の介入が進み、民営経済が後退していくという認識を表現したものだ。この動きは、習近平氏の指導のもとでテクノロジー、教育、フィンテックなどの業界に対する規制が強化されて以降、勢いを増した。習近平政権下では、経済格差の縮小やデータおよび国家安全保障に対する管理の強化など、政権の政治的・社会的目標に即した形で主要産業への管理を強化してきた。
これは1980年代、鄧小平氏の主導により中国が「改革開放」政策を採用して民間セクターの成長を促した経済政策からの大幅な転換を意味する。だが習氏の指導下で国有企業が再び優位性を回復したことにより、民間企業の機会が減少するのではないかという懸念が生まれている。国家による統制の強化は中国の経済モデルをより広い視野で再評価しようという動きを反映したものであり、習氏は安定性と社会の調和を確保するには国家による指導が必要であると強調してきた。
ここ最近の事業家寄りの発言にもかかわらず、多くの市場ウォッチャーはいまだ懐疑的であり、こうした変化を、鄧氏の「放権譲利」(放手让利)というアプローチへの根本的な回帰というよりも、経済的課題への短期的対応と見ている。鄧小平氏による改革時代に生まれたこの言葉は、経済成長を牽引する上で市場に重要な役割を担わせ、政府は政策助成を通じて企業を支援するという意味を持つ。これまでに課された規制措置の余波と、将来の政策転換に対する不透明さとが相まって、投資マインドは依然として低迷しており、資本の流れも低調だ。
2025年の成長目標、内需拡大という課題
2025年の両会では、経済成長目標が5%に設定される見込みだ。第14次5カ年計画に従うなら、中国は2035年までに先進国並みの中所得国になる必要があり、今後10年間は年平均成長率4.6%から4.7%の達成が必須となる。減速傾向を考慮に入れるなら、長期的目標を維持するにはより高い短期成長率が必要だ。
中国における長期的な経済均衡化の要となっているのが、輸出主導型の成長と内需強化のバランスをとる戦略だ。輸出はこれまで成長の主要な推進要因であった一方で、中国はより持続可能な成長の源泉として国内消費に目を向けている。政府は個人および企業の負担軽減のため税制改革を実施し、可処分所得と消費の増加につなげようとしている。
農村部の消費に狙いを定めた数々の政策は、インフラ強化や資金アクセスの改善、生活水準の向上を通じて都市部との所得格差の縮小を目指すものだ。これらの施策では、よりインクルーシブな消費主導型経済の育成に主眼が置かれている。政府はまた消費者の信頼感を高め、消費を促すため、社会福祉プログラムの改善にも重点的に取り組んでいる。輸出依存からより強固な国内市場の育成へと軸足を移すことで、中国はバランスの取れたレジリエントな経済モデルの構築を目指している。
しかし内需は依然として低迷を続けており、海外からの直接投資は減少し、デフレ圧力が高まる中、消費者の信頼感も低いままだ。2023年には中国の消費者物価指数(CPI)は長期にわたり1%を下回り、市場の需要不足を示している。これら課題に対処するには、国内消費と民間セクターの参入を優先させた、よりバランスの取れた成長モデルが不可欠だ。
「新たな質の生産力」(新质生产力)による民間セクター復活の可能性は?
中国政府は「新たな質の生産力」、すなわち中国経済の近代化と長期的な競争力の向上に重要な役割を果たす技術革新、ハイエンド製造、AIなどの資本集約型産業の育成を推進しているものの、従来の民間企業の苦境を解消する対策はなされていないのが現状だ。多くの中小企業、特にローテク分野の企業は、依然として資金調達難や消費需要の低迷といった課題に直面している。
これらの分野は中国の長期的競争力を強化すると期待されてはいるが、苦境に立たされている民間企業を早急に救済する力はない。多くの伝統産業や中小企業は、なおも資金調達難や消費需要の低迷に苦しんでいる。
「新たな質の生産力」」という概念は、経済の近代化、生産性の向上、中国の国際競争力の強化を念頭に置いたものだ。これらの産業は効率化と革新を通じて従来の産業を補完することを期待されているが、移行の過程で小規模な民間企業がなおざりにされるリスクがある。小売、建設、ローテク製造などに従事する多くの中小企業は依然として、資金調達難、コストの上昇、国営企業との厳しい競争にさらされている。こうした課題に対処するためにも、民営経済全体が繁栄できるよう、ハイテク産業の発展と従来の産業への適切な支援とを組み合わせた、バランスの取れたアプローチが不可欠であろう。
まとめ: 民間企業の支援を確実に遂行できるか
2025年の両会は、地方政府が債務や財政難といった苦境に陥る中、民営経済の活性化を目指すことになり、中国政府の政策が重要な転換点を迎えたと言える。民間企業の支援に向けて大々的な措置が講じられているが、これら政策の成否が、中国経済モデルの今後を決定付ける鍵となるだろう。

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