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中国の防衛費は異常に高額なのか? 防衛費GDP比の米中日比較
習近平中央軍事委員会主席(写真:ロイター/アフロ)
習近平中央軍事委員会主席(写真:ロイター/アフロ)

3月5日から中国北京では全人代(全国人民代表大会)が始まったが、防衛費(国防費)に関して、前年比7.2%増であることから、日本のメディアは一斉に「中国の防衛費が異常に増加」とか「異常に高額である」と書き立てている。そこにはGDPが増加した事実は書かれていないので、判断が不正確になる。そこで本稿ではGDPとの比較において、中国の防衛費の多寡(たか)の考察を試みる。

 それを通して、日本のあるべき姿にメスを入れたい。

 

◆米中日3ヵ国の防衛費とGDPの推移

 まず防衛費とGDPの絶対値に関して米中日3ヵ国の推移をそれぞれ図表1、図表2、図表3に表してみた。図表を国別に分けたのは、一つにすると、ドル計算に換算したりなどしなければならないので煩雑なのと、毎年為替レートが異なっているので(日々異なっているが)、比較が不正確になるからだ。

 また防衛費とGDP絶対値では値が異なり過ぎるので、左縦軸に防衛費の値、右縦軸にGDPの値を書いてスケールを変えてある。

 データに関して、たとえば中国の場合は暦年の中央財政予算と国家統計局が発表したGDPを一つ一つ拾い上げてプロットし、2025年に関して全人代での発表であるGDP成長率目標値5%として計算した値で示した。

図表1:中国の防衛費とGDPの推移

中国の暦年予算案と国家統計局のデータに基づき筆者作成

中国の暦年予算案と国家統計局のデータに基づき筆者作成

図表2:米国の防衛費とGDPの推移

米国の暦年の国防予算案とIMFのデータに基づき筆者作成

米国の暦年の国防予算案とIMFのデータに基づき筆者作成

図表3:日本の防衛費とGDPの推移

日本の防衛白書とIMFのデータに基づき筆者作成

日本の防衛白書とIMFのデータに基づき筆者作成


 図表1,2,3をご覧いただくと、日本を別とすれば、GDPの増加に伴って防衛費が増加していることが見て取れる。日本の場合は、GDPは増加していないが、防衛費だけは増加していて、特に2022年から2024年にかけて「異常な増加」を示している。

 「異常」という言葉は日本にこそ当てはまり、どれだけ「身の丈に合わない」形で、非常に無理をして防衛費を増強させているかがわかる。

◆防衛費の対GDP比の米中日比較

 実際、自国のGDPに対して、どれくらいの割合で防衛費を当てているのかに関して考察してみよう。そのために図表4を描いてみた。

図表4:米中日の防衛費対GDP比の推移

 

図表1~3のデータを基に筆者作成

図表1~3のデータを基に筆者作成

 

 米国は青色で統一し、中国は赤、日本は緑で統一してパーセンテージも入れてみた。

 青の米国は、2011年頃に比べると、さすがに防衛費の対GDP比が少なくなってきたが、米議会が最初に通す防衛費予算案は1年を通してつぎつぎと追加予算が積み重なっていくので、2024年の防衛費はどれくらいになっているのかは、もう少ししないと正確な値は出てこない。そこで年初に決められた「3.26%」に対して「+α(アルファ)」という形で書いてみた。点線にしたのはこの「α」がどこまで行っているのか、現段階では確認できないからだ。

 赤の中国を見ると、今年の防衛費案は、GDP比でみるならば「1.26%」でしかなく、日本の昨年の「1.30%」よりも低い。

 しかも日本では現時点で「2027年に2%を目指す」となっており、ますます中国よりもGDP比が大きくなっていくことだろう。

 さらにトランプ大統領の要求によって、ひょっとしたら直ちに3%にまで引き上げなければならないことなどになった日には、そのいびつさは尋常ではなくなる。

 中国は中国人民解放軍建軍100周年記念である2027年までに「強軍大国」を構築することを国家目標としているので、今後もう少しはGDP比が大きくなるかもしれない。それでもなお、日本の防衛費の、身の丈に合わない「背伸び」に比べれば、GDP絶対値の増加に見合った程度内に収まっているのではないかと思う。

 中国には防衛費には出てこない、それ以外の研究開発費が密かに潜んでいるので、表面に出てきた値だけを信じてはいけないという論説が毎年つきまとうが、それは習近平が2015年に「軍民融合」戦略を発布したことを正確に認識していない証拠だろう。「軍民融合」戦略に関しては何度も書いてきたが、まだご存じのない方は『米中新産業WAR』の第一章をご覧いただければ、そこに壮大な組織図が描いてある。

 中国はこそこそと軍民融合をやっているのではなく、堂々と、これこそが「防衛力に力を入れても、民間企業の経済発展を損なわない道だ」として断行している。旧ソ連の轍を踏まないように、民間企業や教育研究機関を巻き込んでいる国家戦略だ。「密かに、こそこそと潜んでいる」のではない。

◆日本の報道は、日本の異常さから目を逸らさせる誤導

 中国の軍事力を批判し、警戒するのは悪いことではない。日本の国防を考えるのも、言うまでもなく重要だ。

 しかしGDP比を考慮することなく中国を批判するのは、日本国民に強制している負担や、災害から日本人を守る重要さから目を逸らさせる。ある意味、日本人を騙しているに等しい。

 大手メディアの中には、「中国の防衛費はここ30年間で30倍以上に急増」という報道があるが、「中国のGDPが約30年間で30倍になり、2010年には日本を超えた」ことを無視して論じるのは、日本人に大いなる誤解を招く。

 たとえば、中国がここまで防衛費を増大させているなら、日本ももっと増大させても良いだろうという気持ちを惹起させる可能性がある。

 日本は自然災害が頻発し、そのたびにインフラの脆弱性が多くの人命を奪い、また迅速な対応をしていないために避難所において更なる人命を奪う事態にもなっている場合が多い。基本的なインフラである上下水道管や架橋などの老化による疲弊が人命を奪う危険性も日本中に内在している。介護に疲れて家族を殺害するケースもあれば、家庭の収入が足りないために安易なアルバイトの誘いに乗って悪の道へと落ち込んでいく若者も少なくない。闇バイトによる強盗殺人は、日夜庶民の生活を脅かし日本国民に不安を与えている。

 このような基本的な日常生活における日本人の命を守ることには重点を置かず、敵(中国、ロシア、北朝鮮など)の(万一の場合の)攻撃から日本人の命を守ることばかりに重点を置くことを正当化する方向に、日本人は知らぬ間にマインドコントロールされていることに気が付くべきではないだろうか。

 トランプ大統領は防衛費を「3%」に引き上げろとも言いかねない。そうしなければ関税を引き上げるぞと脅してくる。

 その一方でトランプは全世界に戦争を巻き起こしてきたNED(全米民主主義基金)を資金的に支えているUSAID解体に向かって動いている。バイデン政権では目いっぱいNEDを使ってウクライナ戦争を煽ることに成功したが、トランプは「ウクライナ戦争はバイデンが巻き起こしたものだ」とさえ表明した。

 それでいながら結局のところ、バイデン政権同様に日本の防衛費を増額させることだけには躍起になる。

 そうこうしている内に日本が軍事的に独立するというのなら、それこそ「万一の場合」に備えて悪くないかもしれないが、少なくとも日本国民に真相を見せる形での報道が必要ではないのだろうか。日本国民を誘導していくような報道の仕方だけは変えなければならないと思う。それが日本国民を尊重し信頼した姿勢であると信じる。

 この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権時代)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。『米中新産業WAR』(仮)3月3日発売予定(ビジネス社)。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She has served as a specialist member of the Council for Science, Technology, and Innovation at the Cabinet Office (during the Koizumi administration) and as a visiting researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.
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