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科学誌ネイチャー「米中AI競争は土俵が違う」――「中国は製造業土台に実用型、アメリカは投資型」
「新産業」で勝負する米中両国の国旗(写真:アフロ)
「新産業」で勝負する米中両国の国旗(写真:アフロ)

2月18日、イギリスの科学雑誌ネイチャー(Nature)は<中国はDeepSeekで波紋を投げかけたが、その真の野望はAI主導の産業イノベーションだ>というタイトルの論考を掲載した。タイトルからは具体性が想像しにくいかもしれないが、概括的に見るならば、以下の3点を主張していると言っていいだろう。

 ●中国には膨大な製造業があるため、中国の AI は製造現場から絶え間なく湧き出てくるニーズによりイノベーションが駆動され、それを製造現場にフィードバックし実際の問題を解決することによって、さらなる向上が図られている。

 ●ところがアメリカでは(製造業が空洞化しているため)常に投資家にとって魅力的な存在であることをアピールしていなければならないので、派手なニュースがなければAI半導体を推進していくことができない。  

 ●したがって米中間の競争というのは「土俵が全く異なるため」比較優位を語ることが困難だとさえ言える。(以上)

 今年2025年は、2015年に習近平政権が発布したハイテク国家戦略「中国製造2025」の最終回答を出す年だ。ネイチャーの論考も「中国製造2025」を焦点の一つとしているが、その国家戦略の動機をかなり間違えており、西側から見ると、このような解釈ができるのかと興味深い。

 筆者自身は『米中新産業WAR トランプは習近平に勝てるのか?』で、「中国製造2025の最終回答」として、中国新産業の全般的な現状に斬り込んでいった。中国の長きにわたる状況から、中国の視線で「習近平の動機と結果」を描いたのだが、斬り込む視点はネイチャーの論考と異なっているのに、着地点が一致していることに驚いた。

 本稿ではNatureの論考をご紹介し、その証左となるデータを示すと同時に、ネイチャーの論考からは見えていない中国現場からの状況を考察する。

◆ネイチャーの論考:「中国は製造業、アメリカは投資」がイノベーションを駆動

 冒頭に書いたネイチャーの論考は、今年2月18日に発表されたものである。その概要をもう少し詳細にピックアップすると、以下のようになる。

 ●DeepSeekの突然の出現は、シリコンバレーとは異なるやり方で運営されている中国の広範なAIエコシステムに、世界のスポットライトを集めている。中国のAI企業はアメリカのAI企業とは異なり、実際の産業および製造業の問題を​​大規模に解決することに力を入れている。

 ●プライオリティの相違は、米中それぞれのエコノミーにおけるイノベーションを駆動する力の相違を反映している:「アメリカではベンチャーキャピタルが駆動し、中国では大規模製造業と国家機関が駆動している」という相違だ。

 ●中国はグローバル市場の中でも特に低所得国向けの「実用的で費用対効果の高いビジネスツールを開発すること」を目的として、AIに賭けている。

 ●2015年に米国のテクノロジー起業家ピーター・ティール氏の著書『Zero to One』が中国語で出版された。ティール氏は、中国は新興技術の規模拡大と商業化には優れているものの、真のイノベーション、つまりゼロから完全に独創的なものを生み出すという点ではアメリカに遅れをとっていると示唆した。それに不安感を感じたため、中国は「中国製造2025」などの国家産業政策に取り組み、ここ10年間をかけてイノベーションを追究してきた。(筆者注:習近平の実際の動機はこのような著書の存在とは無関係で、そもそも習近平が「中国製造2025」を思い立ったのは2007年、上海市の党書記だったころで、着手したのは2012年11月に中共中央総書記になった直後である。詳細は拙著『米中新産業WAR』の序章に書いてあるが、本稿でも簡単に後述する。)

 ●2023年には、深圳に拠点を置くHuawei(ファーウェイ)が、国産チップを搭載したスマートフォン「Mate 60」を発売した。これは象徴的なブレークスルーで、重要なツールやハイエンドの設計ソフトウェアに対するアメリカの厳しい制裁にもかかわらず、中国が高度な半導体を製造できることを示した。そして先月(=2025年1月)、欧米の同等品の数分の一のコストで開発された中国語の大規模言語モデルであるDeepSeek-R1がリリースされ、米国のテック界に衝撃を与えた。

 ●アプリケーション・プログラミング・インターフェース(API)(ソフトウェア・アプリケーションを接続するためのプロトコル)を介してDeepSeekにアクセスすることは、カリフォルニア州サンフランシスコに拠点を置くOpenAIが開発した類似モデルに比べて約13倍安価だ。

 ●この違いの根底にあるのは、世界経済における中国の比較優位である膨大な製造業と、新技術の最大の顧客が政府だということだ。中国政府は、急速に発展する国(発展途上国)を近代化できる低コストでスケーラブルなAIアプリケーションの開発を目指している。

 ●中国のAIプログラムは、たとえば列車を時間通りに運行し、魚資源を監視し、自動化された遠隔医療サービスを提供するなどの実用的なアプリケーションを構築することなどに適用されてきた。

 ●北京の目標は、必ずしもAIチャットボットで世界的なリーダーシップを獲得することではなく、基盤となるテクノロジーを使用して、手頃な価格で商業的に実行可能なビジネス・ソリューションを開発することだ。そのアプリケーションは、特に低所得国に輸出できる。つまり、中国がターゲットとしているのは必ずしも「フロンティアAI」ではなく、「大規模マーケットAI」なのだ。EVの開発をはじめ、国の送電網を制御し、エネルギーを最大限に活用することなども、その対象となっている。

 ●アメリカは中国が最先端半導体にアクセスできないようにさまざまな制限を加え続けてきたが、中国は最先端のイノベーションを現地化するのに成功しつつある。(以上がネイチャー論考のやや詳細な概要)

 事実、習近平は建国80周年である2029年までに、すべてのサプライチェーンを中国国内で完結させることを目標に動いている。

 では次に、ネイチャーの論考が正しいと言える客観的データを別途お示ししたい。

◆アメリカのAI企業が投資型である理由

 アメリカのAI企業が、投資家にアピールするためにメディアで派手に宣伝しなければならないのは、アメリカの製造業が空洞化しているためで、アメリカのGDPはほぼ金融業によってのみ支えられているという状況があるからだ。その証左として、拙著『米中新産業WAR』の序章に掲載した2枚の図表をここに転載して、ご説明をしたい。

 

『米中新産業WAR』の序章(p.12)から転載

『米中新産業WAR』の序章(p.12)から転載

 

 

 

『米中新産業WAR』の序章(p.12)から転載

『米中新産業WAR』の序章(p.12)から転載

 

 図表1に示したのは「アメリカ製造業・金融等部門のGDPに占める割合の推移」だが、1990年を境にアメリカの製造業は空洞化していった。図表2をご覧いただければ、製造業の従業員数の急減からも、アメリカの製造業の空洞化が見て取れる。

 1989年6月4日の天安門事件に対して西側諸国は結束して対中経済制裁を科したのだが、日本が制裁を解除して対中投資を始めた。鄧小平を孤立させてはならないという「鄧小平神話」に洗脳された結果がもたらしたものである(いかにそれが間違っているかは拙著『父を破滅させた鄧小平への復讐』で詳細に述べている)。西欧諸国も「我先に」と中国めがけて殺到し、特にアメリカは工場ごと中国に移転させてしまったので、製造業の空洞化を招いてしまった。

 1991年末にはNED(全米民主主義基金)を最大限に駆使してアメリカは旧ソ連を崩壊に導いた。それにより世界経済は「米一極」になっていったので、アメリカは全世界をアメリカに奉仕させるサプライチェーンと位置付けて、ドル札を刷っていればボロ儲けするシステムに入った。そのとき、「世界の工場」の役割は中国が果たしたので、中国の製造業は今では世界一になっている。

◆中国のAI企業が製造業を土台にしている理由

 次に中国に関して見てみよう。これもまた拙著『米中新産業WAR』の序章で用いた図表から2枚ピックアップして転載する。

 図表3に示したのは「世界製造業における各国の割合」だ。

 一目瞭然、圧倒的に中国が強い。

 

『米中新産業WAR』の序章(p.15)から転載

『米中新産業WAR』の序章(p.15)から転載

 

『米中新産業WAR』の序章(p.15)から転載

『米中新産業WAR』の序章(p.15)から転載


 

 図表4に示したのは、「米中日製造業付加価値額の推移」だ。本来は1980年代からの生産量の推移を見たいところだが、残念ながら系統的なデータはない。やむなく2004年からの「製造業付加価値額」をプロットすることを試みた。それを見ただけでも中国の成長ぶりは歴然としており、日本などは下がってさえいる。

 少なくとも米中の比較をしたときに、Natureの論考が語る「中国は製造業土台の実用型、アメリカは投資型」はAI領域のみならず、全ての新産業領域で言えるのではないかと思う。

 ここまでの激しいギャップを埋めて、アメリカが再び実質のある製造大国に戻るには、せめて「関税」以外に、もう打つ手はないと、トランプ大統領は考えているに違いない。そう考えると「アメリカの負の遺産」の後始末をしなければならないトランプが気の毒でさえあるし、必死で叫んでいるのも理解できる。

◆習近平はなぜハイテク国家戦略「中国製造2025」を発想したのか?

 では最後に、Natureの論考に書いてある、習近平がハイテク国家戦略「中国製造2025」を2015年に発布した動機に関して考察する。

 前述のようにNatureの論考には、2015年に中国で『Zero to One』の中国語版が出版されたことが理由だと書いてあるが、残念ながら因果関係は全く違う。

 習近平が「中国製造2025」を発想した背景には以下のような事情がある。

 習近平が上海で党書記をしていた2007年に、根っからの科学畑官吏で当時の党委員会秘書長だった丁薛祥(てい・せっしょう)からヒントを得ていた。加えて、『「中国製造2025」の衝撃』の冒頭に書いたように、2012年9月に激しい反日暴動があったことが「切羽詰まった」動機となっている。

 日本製品ボイコット運動が全中国を席巻していた時に、デモ参加者同士が連絡用に使うスマホやパソコンの中を開けてみると、そこには日本製品のパーツがぎっしり詰まっていた。「日本製品ボイコットを、日本製パーツで製造されているスマホやパソコンで呼びかけるのか!」とデモ隊員たちが気付き、怒りは中国政府に向かい始めた。「われら中華民族を、このような屈辱的なところに追い込んだ中国政府は、これまでいったい何をしてきたのか!」と、デモ隊の怒りは収まる様子もなかった。11月から開催されるはずの党大会が開催できないほど、天安門広場は「反政府デモ隊」に満ち溢れていた。

 この危険性を目の当たりにした習近平は、2012年11月15日に中共中央総書記に選出されるとすぐに、「中国製造2025」の骨格を検討せよと諮問委員会を立ち上げた。

 そして、西側諸国がすでに手を付けていない「新産業」を中心としたハイテク国家戦略を2015年に発布したのである。たとえば、ガソリン自動車は西側先進諸国が100年以上前から開発している。しかし電気自動車、EVならば、中国も同じスタートラインに立てる。こういったEVとか車載電池とか新エネルギーなど、「新しいスタートラインに立てる産業」を「新産業」と称して、それを中心とした国家戦略を進めてきた。

 その結果今では、太陽光などの新エネルギーやドローンでは中国が世界シェアの90%を占め、EVでは中国が世界シェアの64%を占めるといった具合に、新産業分野では中国が世界一になっている。そうなれたのも、製造業が強いからだ。

 AIを運用するには凄まじい電力を必要とするが、新エネルギーで圧倒的に世界一である中国は、アメリカの投資型イノベーションとは異なる方向で、知らぬ間に成長しているのである。

 「知らぬ間」に成長したのは、アメリカの制裁が激しかったからだ。

 「知られると制裁対象になる」というルールがわかっていたので、習近平は「中国製造2025」という言葉さえ隠すようになり、気が付けば中国が世界一になっていたという現実に世界はぶつかることになる。その現実に警鐘を鳴らしたのが『米中新産業WAR』だ。

 これがNatureの論考と結果的に一致したのは、筆者にとっては大きな驚きであった。その意味でネイチャーの論考に裏付けられながら、警鐘を鳴らし続けていきたいと思う。

 この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権時代)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。『米中新産業WAR』(仮)3月3日発売予定(ビジネス社)。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She has served as a specialist member of the Council for Science, Technology, and Innovation at the Cabinet Office (during the Koizumi administration) and as a visiting researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.
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