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中国に甘いトランプ大統領 就任式から見える心情と揺れる弱点
就任式後に大量の大統領令に署名するドナルド・トランプ大統領(写真:ロイター/アフロ)
就任式後に大量の大統領令に署名するドナルド・トランプ大統領(写真:ロイター/アフロ)

 大統領選挙中、あれだけ強烈に「中国のすべての輸入品に一律60%の関税を課す」と息巻き、当選後は合成麻薬フェンタニルに関して10%の追加関税をかけると主張していたのに、大統領就任後は対中関税の即時実行はしないことになってしまった。

 もっとも、就任演説直後では、合成麻薬フェンタニルに関しカナダとメキシコには25%の関税を2月1日から課すと明言しながら中国には言及しなかったのに、翌日の1月21日(日本時間22日)になると、この10%に関しては「検討する」と変わった。   

 親中のイーロン・マスクの影響が強すぎ、国務長官に指名されているマルコ・ルビオ上院議員など閣内反中強硬派からの反論があったからかもしれない。

 本当は「習近平愛」を抱いていて、イーロン・マスクと共鳴するトランプ大統領の対中心情と、対国民へのアピールとして反中強硬派で固めた人事配置には矛盾がある。そのバランスをうまく取れるのだろうか?

 習近平側としてはイーロン・マスクが要職に就いている限りは安心だし、ルビオ議員にしてもトランプ1.0の時のマイク・ポンペオ(元国務長官)のように台湾独立を扇動はしない。だから総体的にトランプ政権復活は歓迎だ。習近平は関税などは重視していない。おまけにトランプは就任演説で「常識の革命」と宣言した。これは中露にとっても大歓迎すべき柱だ。

 トランプ2.0の弱点は共同大統領とも言われている親中派イーロン・マスクと複数の反中派要職らとのせめぎ合いにあるかもしれない。

◆中国に甘い大統領就任演説とその直後の発言の揺れ

 1月20日(日本時間21日)の大統領就任式の演説は「アメリカの黄金時代が今始まる」から幕を開けた。それは誇りに満ち、アメリカ人の多く(半分くらい?)は、さぞ勇気づけられただろうという印象を受けた。

 それでいて、目の前にバイデン前大統領がいるというのに、バイデン政権を否定する数多くの酷評は平気で言ってのける。トランプ節の炸裂もあり、演説を聞いていて飽きない。

 そのような中、就任演説ではChina(中国)という言葉は2回しか出てこなかった。それもパナマ運河をアメリカに取り戻す件(くだり)で、And above all, China is operating the Panama Canal. And we didn’t give it to China, we gave it to Panama, and we’re taking it back.(何よりも中国がパナマ運河を運営している。私たちはそれを中国に与えたのではなくパナマに与えたのだ。だから私たちはそれを取り戻そうとしている。)という一ヵ所だけである。

 中国を直接非難するような言葉は、一言も出てこなかった。

 就任式直後の膨大な大統領令発布の際には、中国に対する「一律60%の関税」に関しては、2020年の「第一段階合意」の実績を検証するように連邦政府機関に指示しただけで、即時実行は表明していない。「合意の実績検証」ともなれば膨大な時間がかかるので、いつ実行に移せるのやら、と思う。

 就任式直後の膨大な大統領令署名過程の中で、合成麻薬フェンタニルに関して、「カナダとメキシコにそれぞれ25%の関税をかけ2月1日から実行する」とのみ表明して、同時に中国にはフェンタニル関係で10%の追加関税を課すと昨年11月25日に宣言していたのだが、それに関しては触れなかった。

 ところが翌日の1月21日(日本時間22日)になって、前言を翻し、このフェンタニル関係の「10%」の関税に関してのみ「検討している」と変えた。

 これは冒頭に書いた閣内矛盾の表われだろう。

 昨年11月10日のコラム<トランプ2.0 イーロン・マスクが対中高関税の緩衝材になるか>に書いたように、イーロン・マスクがトランプに与えた影響が、「対中一律関税60%」の実行を延期させ、マルコ・ルビオや国家安全保障問題担当の大統領補佐官に指名されているマイク・ウォルツ下院議員などの反中強硬派が「せめてフェンタニル関係による対中10%関税」は「カナダやメキシコ並みに2月1日からの即時実行を復活させる」に修正させたのだろう。

 このせめぎ合いは前途多難で、イーロン・マスクの安定的位置づけに危惧を抱かせる予兆の一つではないかと思わせる。

◆それでも消せないトランプの「習近平愛」 就任式に招待した外国首脳

 今年1月20日のアルジャジーラ中国語版の「半島テレビ局」は<哪些外国领导人将出席特朗普的就职典礼,哪些不会出席?(どの国のリーダーがトランプの就任式に招待されていて、どの国が出席しないか?)>という報道をしている。また1月21日のインドのHindustan Timesは<Donald Trump inauguration: Billionaires to foreign leaders, list of notable figures who were in attendance >(ドナルド・トランプ大統領就任式:億万長者から外国の指導者まで、出席した著名人のリスト)を報道した。

 これらをも参考にしながら、トランプが昨年の段階で就任式に招聘した国のリーダー名と、実際の出欠状況を図表としてまとめてみた。その後、それぞれのプロセスを通して新たに参列することになった大臣級の人物などに関する情報は、この中には含まれていない。

図表:トランプ大統領就任式に招待された国と人物

 

筆者作成

筆者作成

 

 図表から見て取れるのは、民主主義的選挙はあるものの、どちらかというと結果として「専制主義的傾向」のある国の首脳が主たる対象となっているということだ。この中には本来ならロシアのプーチン首相も入れたかったところだろうが、まさかプーチンを招待するわけにはいかない。

 その意味から言うと、共産主義国家として共産党の操作の下での選挙しかない「専制主義国家」の首脳は中国の習近平だけだ。つまり図表から、トランプは「自分が気に入っている専制主義的傾向のある国の首脳」を就任式に招待したことになり、「習近平が気に入っている」としか言いようがない。現に昨年10月18日、選挙演説中に「私は習近平と非常に強い関係にあった」と述べている 。

 大統領に当選した後はその習近平に(昨年)招待状を出したが、反応がないまま今年に入った。1月17日に中国外交部が「習近平の代わりに韓正・国家副主席が参列する」と発表するとトランプは間髪を入れずその日のうちに習近平に電話をしたのである 。

 会談直後、トランプは自身のソーシャルメディア・プラットフォームであるトゥルース・ソーシャルで、「実にすばらしい会談だった」とした上で、「習近平国家主席と私は、世界をより平和で安全にするために、できる限りのことをする」と投稿している 。

 さらに大統領就任100日以内に訪中して習近平と会談するだろうとも言っている 。

 「習近平愛」に満ちているではないか。

 トランプはプーチンや習近平のような「力を持っているリーダー」が好きなのだ。

◆1月21日における習近平とプーチンのオンライン会談

 ワシントンでトランプ大統領の就任式が行われ、トランプがまさにホワイトハウス入りしていたその時間帯に、習近平とプーチンのオンライン会談が行われていた 。

 これに関して日本のメディアは「トランプ政権誕生に対抗したもの」として位置づけているが、どうだろうか?

 中国では今年は1月29日が農暦のお正月。つまり春節(旧正月)である。

 だから習近平は開口一番「春節」の祝いを口にしている。

 昨年も、まさに春節の少し前に習近平とプーチンは電話会談をしている。電話会談をしたのは2024年2月8日のことで、習近平は今年と同じように、「まもなく春節が来るが」から会話を始めた。昨年の春節は2月10日で、二日後に春節を迎えるという時期だった。

 これがたまたまトランプの大統領就任式の日に当たっただけで、習近平もプーチンも、バイデン政権が終わって良かったと思っているだろう。

 なぜならバイデンはネオコンが率いるNED(全米民主主義基金)の中核的存在で、「アメリカ式民主を普及させるために、他国に干渉しては、対米従属的でない国の政府転覆を謀ることに専念する人物」だったからだ。

 台湾に関しては「独立」を煽り、ウクライナに関しては2013年末から2014年にかけてマイダン革命を主導し、「親ロシア政権」を転覆させることにバイデンは(当時は副大統領として)全力を注いだ。

 習近平もプーチンも、二人ともバイデン政権を心の底から憎んでいたはずだ。

 そのバイデン政権を「闇の政府(ディープ・ステート)を倒す」としてホワイトハウスに復帰したトランプ大統領を、二人とも心から歓迎していることはあっても、対抗するなどという意識は皆無だろう。

 もっとも、トランプ2.0における反中強硬派は中露の蜜月関係を切り離そうとしているので、その思惑に関しては反証となり得る要素は持っている。

◆トランプの就任演説に現れた「常識の革命」の重さ

 トランプは就任演説の中で「常識の革命(revolution of common sense)」という言葉を使っている。含意はいろいろあるだろうが、その中の一つにはバイデン政権などの民主党政権が「民主の名の下に他国干渉をしては戦争を起こしてきた」ところの「普遍的価値観」を内包しているものと解釈できる。

 この普遍的価値観は、正義の顔をしながら戦争を巻き起こしては無限に無辜(むこ)の民の命を奪ってきた。

 そこにピリオドを打とうとしているのがドナルド・トランプだ。

 日本はNEDの精神に完全にコントロールされてしまっているので、トランプが主張する「闇の政府を打倒する」という概念を「陰謀論」としてしか位置付けられない人がほとんどだろう。

 戦後GHQにより精神構造を解体されてしまった日本人は、その後CIAによって、そして1980年代以降はNEDによって完全に(メディアを通して)思考をコントロールされてしまい、真実を見抜く眼力を持っている日本人は少ない。

 しかし、いまトランプが何をやろうとしているか、その「巨大な事業」に目を向けるべき時が来た。それが見えるようになる段階まで、日本人は「精神の自由」を取り戻さなくてはならない。

 戦後80周年。

 80年間も調教されてきたので、そこから抜け出すには、相当の勇気と知力が求められる。しかし、そこに向かっていかないと日本は永久に真の独立国家にはなれない。

 心ある日本人に期待したい。

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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