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中国の反日感情はいかにして植え付けられ加速したのか? NHK報道テロの深層心理
中国共産党党大会(写真:ロイター/アフロ)
中国共産党党大会(写真:ロイター/アフロ)

(文末に追記があります。) 

9月3日のコラム<NHK元中国人スタッフ自身が「何を考えていたか」を発信  在日中国人に潜む「次の反乱」に無防備な日本>に書いたように、NHK元中国人スタッフは中国に帰国したあとウェイボーで「現在の日本のメディアは歴史の真実を隠蔽している」と書いている。しかし、中国人のほとんどは「中国共産党こそが歴史の真実を隠蔽していること」を知らない。

本稿では、歴史の真実を隠蔽しているのは中国共産党であることを指摘するとともに、中国の根深い反日感情はいかにして植え付けられ、加速してきたのかを考察する。

◆1956年、毛沢東「日本軍の進攻に感謝する!」

1956年9月4日、中国(中華人民共和国)の「建国の父」毛沢東は、(旧日本軍の)遠藤三郎元中将を中国に招待し、中南海で「日本軍閥がわれわれ中国に侵攻したことを感謝する」と発言している。毛沢東は「侵略」という言葉さえ使わず、慎重に「進攻」という言葉を選んでいる。毛沢東はさらに「あの戦争がなかったら、私たちはいまここ(北京の中南海)にいない」と言っている。

なぜか?

その膨大な証拠は拙著『毛沢東 日本軍と共謀した男』に書いたが、ひとことで言えば、毛沢東が打倒したい相手は「中華民国」の国民党軍を率いる蒋介石だったので、日本と「中華民国」が戦争をしていることは、毛沢東にとっては非常に都合のいいことだったからだ。

1936年に毛沢東は、周恩来や藩漢年(参照:8月16日コラム<中国共産党には日本に「歴史問題を反省せよ」という資格はない 中国人民は別>)を用いて蒋介石の側近である張学良を凋落させ西安事変を起こし、1937年から国共合作を行なった。

この年の10月に毛沢東が「七二一方針」を指示していたことを知っている人は少ないかもしれない。

「七二一方針」とは「七割は共産党軍が発展するために力を注ぎ」、「二割は国民党軍に妥協して協調しているような顔をし」、「一割だけ抗日戦争に力を注ぐ」という戦略だ。その命令に違反して日本軍と本気で戦った共産党軍もいたが、のちに粛清されている。

◆毛沢東の「七二一方針」 抗日戦争には1割の兵力しか注ぐな!

この方針の信憑性を突き止めるため、筆者は台湾へ行って国民党軍事委員会関連や党史関連の資料を読み漁り、またアメリカに行き蒋介石直筆の日記があるスタンフォード大学のフーバー研究所に通い詰めた。その結果、台湾の国民党側資料にも、蒋介石日記の1937年8月13日にも「七二一方針」に関して詳細に書いてあるのを発見した。ただ蒋介石の毛筆による日記はコピーしてもいけないし、写真を撮ることも許されないので、残念ながら、その筆跡の証拠をお見せすることはできない。

しかし、1965年の<中華民國五十四年國慶紀念告全國軍民同胞書>において蒋介石が、毛沢東が日中戦争中の国共合作に関して「七分發展,二分應付,一分抗日!」(中国共産党の力の七割を中国共産党の発展に注ぎ、二割を国民党の対応に使い、一割だけ抗日戦争に注ぐ)という毛沢東の方針を激しく批判したという記録がある。

中国共産党を愛し肯定する人たちは、「それは国民党軍のでっちあげだ!」として、反日感情を正当化するだろう。

それなら、まだ中華人民共和国が誕生する前の1947年にINDIANAPOLIS: BOBBS-MERRILL COMPANYで出版されたLast Chance in China をご覧になるといい。作者はFreda Utley(フレダ・アトリー)というイギリスの学者、政治活動家で、ベストセラー作家だ。この本のp.194–195にかけて日中戦争における毛沢東の「七二一方針」に関する記述がある。その部分のスクリーンショットを図表1に示す。

図表1:毛沢東の「七二一方針」に触れているLast Chance in China

 

出典:Last Chance in China(1947年)

出典:Last Chance in China(1947年)

 

図表1に書いてあるのは主として以下のような内容だ。

 ――毛沢東は1937年10月に延安で、八路軍の政治担当者たちに以下のような指示を出した:日中戦争はわが党拡大のための絶好のチャンスを与えている。わが党の堅固な政策は、70%を拡大のために、20%を国民党への対処のために、10%のみを抗日のために使うものでなければならない。(図表1概要は以上)

作者のフレダ・アトリーは、もともと共産主義に肯定的だった。1927年に労働組合活動家として旧ソ連を訪れたあと、1928年にイギリス共産党に入党している。その後、共産主義に幻滅してアメリカに移住し(1939年)、反共産主義の作家として活躍した。その意味で彼女は1937年のときには、まだ共産主義を信奉していたことになる。したがって信憑性が高い。

◆毛沢東、日本軍と結託しながら、「日本軍と戦っているのは共産党軍」と激しいプロパガンダ

そのような中、毛沢東は「日本軍と戦っているのは共産党軍で、蒋介石は日本と癒着している」というプロパガンダに注力し、実際は2015年11月16日のコラム<毛沢東は日本軍と共謀していた――中共スパイ相関図>にあるスパイ相関図のようなスパイ活動を行ない、日本軍と結託していた。国共合作により入手した国民党軍の軍事作戦を日本側に通報し、その見返りに貰ったお金を印刷費に回して、ひたすら「抗日戦争を戦っているのは共産党軍だ」というプロパガンダばかりをしていたのだ。

毛沢東の文学性は非常に高く、人民の心をつかむのに成功している。プロパガンダの効果は非常に高く、多くの人民が「中国のために日本軍と戦っているのは共産党軍だ」と深く心に刻み、それは中国の大地に染み込んでいった。

1945年8月15日に日本が無条件降伏をしたのは、「中共軍が日本軍を倒したからでないこと」は明らかだろう。その時はまだ「中華民国」だったのだから。日本軍が中国大陸から撤退したあとに、共産党軍は「日本軍と戦った国民党軍」を打倒するために国共内戦を行なった。こうして1949年に誕生したのが新中国(=中華人民共和国)、現在の中国である。

人民が尊敬した「抗日戦争と戦った勇敢な共産党軍(中国人民解放軍)」とは裏腹に、実は毛沢東は「南京大虐殺」も「抗日戦争勝利」も無視したことは注目に値する(日本の防衛研究所などにある日中戦争史は、中国共産党のプロパガンダの記録である抗日戦争史に基づいて書かれているので、毛沢東と同じ程度に日本人を完全に騙している。GHQが日本人に植え付けた「贖罪意識」が原因だろう)。

◆「南京大虐殺」を無視し続けた毛沢東

中国で言うところの「南京大虐殺」が行なわれたその日(1937年12月13日)、毛沢東は祝杯を挙げたという記録もあり、『毛沢東年譜』の1937年12月13日の欄には、「南京失陥(陥落)」としか書いてない。1949年の中華人民共和国誕生後も、毛沢東はただの一度も「南京大虐殺」があったとは言っていない。

その証拠を図表2に示す。図表2は筆者がワシントンで講演したときのプロジェクターで使った原稿で、1949年の12月13日の欄には何も書かれていない。それ以降も、毛沢東は死ぬまで「南京大虐殺」を口にしたことがないし、教科書にも書かせなかった。

図表2:毛沢東が「南京大虐殺」を無視し続けた証拠

『毛沢東年譜』を基に筆者作成

『毛沢東年譜』を基に筆者作成


中国では、毛沢東が逝去した後に初めて「南京大虐殺があった」と言っても逮捕されなくなったのである。それまでは「南京大虐殺があった」と言った者は「秘かに消されていった」。

◆毛沢東は抗日戦争勝利記念日を祝ったことがない 祝い始めたのは江沢民

もちろん毛沢東は「抗日戦争勝利記念日」を祝ったことがない。

なぜなら「勝利したのは蒋介石だから」だ。

大々的に全国レベルで祝うようになったのは1995年からで、1994年から愛国主義運動によって「反日教育」を始めたのも江沢民だ。なぜなら江沢民の父親は、日中戦争時代の日本の傀儡政権である汪兆銘政権側の官吏だったからである。そうでなかったら、あの日中戦争時代にピアノやダンスができるような生活を送っているはずがない。その過去がバレないように、1993年に国家主席になった江沢民は、必死になって「自分がいかに反日であるか」を中国人民に示そうとした。

◆反日感情はいかにして植え付けられたのか?

1980年以降に生まれた「80后(バーリンホウ)」たちは日本のアニメや漫画が上陸していたので、ほぼ99%の若者が日本の動漫(動画と漫画)を見て育った。だから「日本大好き」なアニメ人間が多いのだが、そこに反日教育が加わったので、「ダブルスタンダード」を持っている。このことは拙著『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』(2008年)に書いた。

愛国主義教育では1996年11月に「愛国主義教育基地」を100ヵ所創設し、1997年7月に中共中央宣伝部がその100ヵ所リストを発布して学校教育の授業に愛国主義教育基地巡りを義務付けた。まだ江沢民政権だった2001年6月11日には中共中央宣伝部はさらに100ヵ所の基地を発表し、計200ヵ所に増えた。

日本のアニメの海賊版が中国全土を席巻する社会現象と、愛国主義教育による反日感情が同時に植え込まれていく中、中国政府は国産アニメを増やし、日本アニメのウェイトを減らす政策を動かし始めた。

映画制作も政府による許可制なので、抗日戦争ものなら許可が下りやすく、興業のために抗日戦争映画を製作することが多くなり、反日感情を煽るようになった。

「80后」たちはいま40歳前後だ。NHKの中国人元スタッフも40代であるという。ダブルスタンダードの真っ只中である。

日本に憧れ日本留学はしたものの、2010年からは中国のGDPが日本を上回り世界第二位の経済大国に成長すると、日本留学は誇らしいことではなく、あんな日本にいるのかと軽蔑しないまでも価値を落とし始めた。

特に愛国主義教育では「中華民族の誇り」を強烈に打ち出しているので、そうでなくとも長い期間にわたる一人っ子政策で、小皇帝あるいは小皇女としてチヤホヤされながら育て上げられてきた年代の若者は、異常なほど「自尊心」が高い者が少なくない。中には日本人を侮辱したいという気持ちを心の奥に秘めている者もいる。

習近平政権になると共産党による一党支配体制強化のために、「中国共産党は抗日戦争の中流砥柱(中心的な柱)」と言い始めて、「反日感情が強い者が立派」というムードを創り上げていった。ネット時代にも入っていたので、反日感情の強い動画を配信するとアクセス数を稼げるという状態を生んだのである。

2023年10月24日には<中華人民共和国愛国主義教育法>が制定され、2024年1月1日から施行されることが決まった。日本が、中国を潰そうとするアメリカと提携して対中包囲網を強化しているからということもあろうが、何よりも中国共産党の一党支配体制を強化維持していくためだ。

中国共産党は嘘をついている。

政治のために日中戦争を利用してきた。

毛沢東は政敵だけでなく無辜の民を含めて生涯で計7000万人の中国人民を死に追いやっている。その中には筆者が経験した1947年から48年にかけて餓死させられた長春食糧封鎖による数十万からなる餓死者も入っている(参照:『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』)。

ふだんはノンポリで、筆者が世話をしてきた日本アニメ大好きな中国人元留学生は、「毛沢東が何人の中国人民を殺そうと、日本には関係ないでしょ!日本人が中国人を殺していい理由にはなりません!それによって日本軍が中国人民を殺戮したことを正当化するんですか!」と激高した。

誰も正当化などしていない!

二度とあのような戦争を起こしてはならないということを主張するために、筆者は生涯をかけて努力してきたつもりだ。

また日本政府も日中戦争に関しては、25回も中国に謝罪している(参照:2015年3月12日のコラム<日本は中国に25回も「戦争謝罪」をした――それでも対日批判を強める理由は?>)。

反日感情が、政治のために利用されている現実を、中国の一般人民は気づくべきだ。

当然のことながら、日本人は二度と戦争に引きずり込まれないようにアメリカとの関係を客観的に見つめなければならない。そのために筆者は発信し続けている。

中国人元留学生に罵倒される覚えはない!

日本で働いている数多くの中国人元留学生には善良な人が多いが、こと日中戦争の問題になると、激高する者も少なくないことは認識しておいた方がいいだろう。

追記:NHK元中国人スタッフの「報道テロ」も、ひょっとしたら、「敵国」日本のために「中国から見たら日本に有利な情報」を報道し続けていると、やがて「売国奴」と罵られるようになって永遠に中国に帰国できなくなるかもしれないという恐怖を抱いたのではないかと解釈できなくもない。中国にいる親や親戚などが不利を被るとも考えた可能性がある。そのため中国人の「反日感情」に最も歓迎される形で「日本を侮辱した」。これにより彼は「一種の免罪符」を手にし、案の定、彼は勇敢なる中華民族として中国のネットで高く評価されている。だから彼は「ゼロに戻った」と書いたのではないだろうか?だとすれば、この事件は「中国の反日感情の闇の深さ」を思い知らされる事件でもあったということができるのかもしれない。(2024年9月6日22:24)

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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