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トランプ氏「当選すればマスク氏起用の可能性」と言うが、マスク氏は習近平と仲良し 対中政策はどうなる?
出典:ドナルド・トランプ氏のX
出典:ドナルド・トランプ氏のX

現地時間の819日、トランプ前大統領は「選挙で勝てばマスク(イーロン・マスク)を起用する可能性がある」と述べ、その数時間後にマスク氏はXで「私は喜んで仕える」と意志表明した。

しかしマスク氏は大の親中で習近平とも仲がいい。マスク氏がCEOを務めるテスラのEVのほとんどは上海工場で製造している。環境問題などフェイクだとまで言ってパリ協定を抜けたトランプ氏が、環境にやさしいEV製造に燃えているマスク氏と、どのような整合性を以て共闘するのか、なんとも興味深い。

◆中国のネットでも大はしゃぎ

トランプ氏は「自分が当選すればマスク氏を顧問か閣僚に任命することを検討する」とした上で「マスクはとても賢い人だ。彼が受け入れるなら、間違いなく任命する。彼は素晴らしい」と称賛した。 

するとマスク氏は数時間後にX「喜んで仕える」と投稿した

これを見た中国のネットは大はしゃぎ。

次から次へと米メディアの情報を紹介し、意気込みながらマスク氏がホワイトハウスに入った場合の状況を書き込んで楽しんでさえいる様子だ。

たとえば以下のようなものがある。

 ●8月20日の観察者網<マスク氏はトランプ氏の「職務オファー」に「私は喜んで奉仕する」と答えた>

 ●8月20日の騰訊<トランプはマスクを大統領顧問に任命するつもりのようだが、これはどのような「官」なのか? 金にものを言わせたのか?>

 ●8月20日の新浪新聞<世界一の富豪マスクは政界に入りたいのか? トランプ:当選すれば、彼を入閣させるか顧問に招聘する>

 ●8月21日の新浪財経< トランプ氏:マスク氏を入閣か顧問として招くことを検討してみよう! マスク氏はすぐさま「喜んで協力する」と応じた>

などなど溢れるようにあるが、多くの記事が図表1にあるようなマスクの写真を転載している。これはX(元ツイッター)にマスク自身がAIで作成した画像を投稿したものだ。“I am willing to serve”(私は喜んで仕えます)という言葉にDepartment of Government Efficiency(D.O.G.E)と書かれた演台に立ってスピーチをしている自画像を添えている。Efficiencyというのは「効率」という意味で、8月13日に行われたトランプ氏とのXを通した会談で、「アメリカはもっと国民の税金を効率よく使わなければならない」と建議して、たとえば「効率委員会」のようなものを結成すれば、私は喜んで意見を述べるという趣旨のことを言ったので、その「効率委員会」に相当したような部門をホワイトハウスに設置するということを仮想したものだろう。

図表1:イーロン・マスク氏の、トランプ氏の言葉に対する反応

 

出典:マスク氏のX(中国のネットから)

出典:マスク氏のX(中国のネットから)

 

中国のネット情報の中で、唯一ふしぎに思うのは、マスク氏が習近平や李強と仲が良いこととか、テスラのEV工場は上海が一番成長していることなどの「矛盾」を突いてないことだ。ひたすら米メディアがどう論じているということしか書いてない。規制でも掛かっているのだろうかと怪訝な思いを抱いた。

◆マスク氏は習近平とも李強とも仲良し

拙著『嗤(わら)う習近平の白い牙 イーロン・マスクともくろむ中国のパラダイム・チェンジ』ではサブタイトルにマスク氏の名前を入れたほど、習近平はマスク氏と仲がいい。そのため習近平が主催する清華大学経済学院に設置されている顧問委員会の委員にも推薦して、毎年会談も行っている。

さらに上掲の拙著【第七章 習近平が狙う中国経済のパラダイム・チェンジ】の【四 習近平とイーロン・マスクの秘話】に書いたように、習近平が狙うパラダイム・チェンジは「新産業」を軸としており、その新産業の中心的な役割を新エネルギーやEVなどが占めている。だからテスラを中国に呼び込むために習近平はテスラに特別待遇を与えているし、上海市の書記を務めていた李強は、そのために汗をかき、その功績を認めて、習近平は李強をチャイナ・セブン(中共中央政治局常務委員会委員7人)入りさせ、2023年3月には国務院総理に就任した。

図表2には2023年11月18日にサンフランシスコで開催された米国友好団体連合が主催した習近平歓迎レセプションで、習近平が演説して終わった壇に上がり習近平と握手するマスク氏の姿である。並みいるアメリカの大手ビジネスマンの中で、壇に上がって習近平と握手できたのは、ごく少数の経営者だった。

図表2:壇上で習近平と握手するイーロン・マスク

 

出典:CCTV

出典:CCTV

 

また図表3に示したのは、2024年4月28日に、突然北京に姿を現して李強と会談したときのイーロン・マスクの姿だ。

図表3:突然北京に姿を現して李強と会談したイーロン・マスク

 

出典:新華社

出典:新華社

 

このようにマスク氏は習近平とも李強とも仲が良く、チャイナ・セブンの中に溶け込んでいる。

◆上海工場の生産台数が最も多いテスラのEV

テスラはアメリカのカリフォルニアとテキサス以外に、中国の上海とドイツのベルリンに工場を持っている。各工場における生産台数は図表4のようになっている。出典は<テスラの全世界工場2023年生産量解析 捜狐汽車(自動車)>である。

図表4:2023年、テスラの世界各工場における生産台数の割合

 

出典:捜狐汽車(自動車)

出典:捜狐汽車(自動車)

 

半分以上が上海工場で生産されている。

この状況で、トランプ氏が大統領に当選したときに、どうやってマスクを顧問として対中強硬策を実行していくのか、甚だ疑問だ。

◆マスクは母親が大好き! その母親は中国が大好き!

マスクは幼いころ離婚した両親のうち、最終的には母親の方を選んで、母親をこの上なく尊敬し愛して成長してきた。複雑な屈折した思いも手伝っているのか、今でも母親とすごく仲が良く、母親を愛している。

その母親は大の中国好きだ。

図表5に示すのは、母親のメイ・マスクが2023年3月から4月にかけて上海など中国各地に旅行したときの写真の一つだ。

図表5:イーロン・マスクの母親メイ・マスクのツイッター

 

出典:メイ・マスクのツイッター

出典:メイ・マスクのツイッター

 

メイ・マスクは2024年2月、中国の春節のときにも上海を訪れ、Happy New Year to my Chinese friends! と、多くの写真を添えてツイートしている。それに対してイーロン・マスクはMore people should visit China(多くの人が中国を訪れるべきだ)と返信しているのだ。そのときのXを図表6に示す。

図表6:母親メイ・マスクに「多くの人が中国を訪れるべきだ」と返信したイーロン・マスク

 

出典:イーロン・マスクのX

出典:イーロン・マスクのX

 

母親がここまで愛している中国を、あの「母親大好き」のイーロン・マスクが「対中強硬策」に沿って攻撃することなどできるはずがないだろう。

トランプ氏の甘い言葉は、あくまでもイーロン・マスクの人気を利用して選挙を有利に運んでいくための手段であって、当選してしまえば実現性は非常に低くなっていくのではないかと思われる。

もしトランプ氏が当選して本当にイーロン・マスクを何らかの形でホワイトハウスに呼んだ場合、第二次トランプ政権の対中政策はどのような方向性を持つことになるのか、それもまた考察に値する。

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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