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中国共産党系メディア元編集長の「発信が途絶えた」真相
出典:胡錫進のWeibo
出典:胡錫進のWeibo

8月2日の時事通信社が<著名論客、発信途絶える 政策巡る投稿問題視か 中国>という見出しで中国共産党機関紙「人民日報」傘下の環球時報元編集長で、著名な論客・胡錫進氏のSNS発信が7月27日から途絶えたことを報じている。あたかも「政府批判」をしたのでSNSが封鎖されたかのような書きっぷりだ。

中共中央はそんなことまでしたのかと思い、それなら筆者も万一にも中国に戻ったりなどしたら(戻らないけど)捕まるな、という思いを深くしたので、真相を追いかけてみた。

◆環球時報の胡錫進元編集長は何を書いたのか?

たしかに今年7月22日に、胡錫進はWeChat公衆号で《<决定>取消“公有制为主体”的表述,是历史性变化》(三中全会の「決定」は「公有制を主体とする」という表現を取り消した これは歴史的な変化だ)というタイトルの文章を発表している。その後削除したが、だからといって中国のネット上では完全に見られなくなったのかというと、そうではない。必ずどこかに転載されて残っているものだ。そこで探してみたところ、案の定、「紅歌会」というウェブサイトに転載されていた。そこで、胡錫進はいったい何を書いたのかを詳細に見たところ、おおむね以下のようなことを書いていることが分かった。

 ●三中全会の「決定」全文が昨夜公開されたが、何人かの人は「決定」の中に「公有制を主体とする(公有制為主体)」という表現がないことに気が付いただろう。

 ●2013年に開催された第18回党大会三中全会は同じように改革に関する「決定」を採択したが、そこには「公有制を主体とする基本経済制度と、さまざまな所有制の下での経済の共同発展は、中国の特色ある社会主義制度の重要な柱であり、社会主義市場経済制度の基盤である」と書いてある。しかし今回の三中全会の「決定」には、そのような表現が含まれていない。

 ●これは疑いもなく歴史的な変化と言える。今回の「決定」では、非公有制経済と公有制経済が真の平等を実現し、誰が主体の地位にあり、誰が主導的役割を果たすのかに関する区別がなくなったということになる。(引用ここまで)

胡錫進は他にも色々書いているが、問題はこの「公有制を主体とする」という表現があるか否かであり、そこから何が導き出せるか、なので、ここまでとする。 

胡錫進はこの文章をその後、自ら削除したようだが、27日までは今まで通りに毎日SNSで発信し、7月27日以降は更新されなくなった。

◆7月30日に「人民日報」が「決定」に関して説明報道

一方、7月30日に「人民日報」は第一面で<「二つの絶対に揺るぎない」を堅持し実践する>という論評を掲載した。そこには以下のように書いてある。

 ●第20回党大会三中全会で審議採決された「決定」(全面的に改革を深化させ中国式現代化を推進することに関する中共中央の決定)は、「社会主義基本経済制度を堅持し改善していくこと」を強調し、「二つの揺るぎない」を堅持実践し、以て各種の所有制経済の優勢を促進させ共同発展することを謳ったものである。

 ●わが国の「基本経済制度」は中国の特色ある社会主義制度の重要な柱であり、社会主義市場経済体制の根幹である。

 ●第19回党大会四中全会は、「社会主義基本経済制度」を「公有制を主体とし、各種の所有制経済を共同で発展させる社会主義市場経済体制である」と定義している。第20回党大会でも同様の定義を確認しあっているが、第20回党大会三中全会で採択された「決定」で強調した「社会主義基本経済制度」も、当然のことながら「公有制を主体として、各種の所有制経済を共同発展させること」を大前提として内包していることは言うまでもない。

 ●習近平は、その上で、「全国を統一した大市場を構築し、市場経済基礎制度を改善し完結させていこう」と強調している。(「人民日報」の概要は以上)

7月30日の「人民日報」の記事にある第19回党大会四中全会を持ち出すまでもなく、第19回党大会の報告書において、すでに「公有制を主体として・・・」という長い表現を「社会主義基本経済制度」というフレーズで表現することと定義されている。

すなわち、「社会主義基本経済制度」という言葉があれば、それは憲法でも謳われている「公有制を主体として・・・」という長い内容を定義するものとして広く理解されるようになっていたのだ。

したがってこのたびの三中全会の「決定」に「社会主義基本経済制度」というフレーズがあるのだから、それは「公有制を主体として・・・」を意味しているものと解釈しなければならない。

◆明らかに胡錫進のミス!

あの「環球時報」の編集長を長年にわたり務めていた胡錫進ともあろう人物が、このような単純ミスをしたのでは、目も当てられない。

中学受験の試験問題にさえ出るようなレベルのミスだ。

2017年の第19回党大会からすでに定義されている言い回しを、こともあろうに2013年の第18回党大会三中全会を持ち出して、その差異から、今回(2024年)の三中全会で「遂に『公有制を主体として』という概念が取り消された」と書くなどというのは、もうあり得ない誤解釈であり、考えられないミスである。

それを「憲法にだってあるじゃないか!」とネット民に指摘されて、あわてて削除するようでは、胡錫進もお終いだと、残念でならない。

ただ中国政府当局としては、胡錫進のアカウントまでを取り上げてしまったわけではなく、暫時の謹慎を要求しただけのようだ。もし発信を封殺された場合は、たとえば図表1にあるように「因违反社区公约,该用户目前处于禁言状态」(ソーシャルメディアの公約に違反したので、このアカウントは禁言状態にある)という類の表示がある。この人の場合は、「自称肝臓癌」のネットインフルエンサーだったのだが、実は肝臓癌は嘘であることがわかったため、ネット民の同情を買って金儲けをしようとしたとしてアカウントが封殺されたようだ

図表1:言論が封鎖されアカウントが取り上げられた場合の文言

 

出典:北京日報

出典:北京日報

 

胡錫進の場合は図表2のように、いま現在もそのような「禁言状態」に相当した文言が書かれていないので、封殺されているわけでなく、あくまでも「謹慎状態」なのだろうと推測される。

図表2:胡錫進のweibo

 

出典:Weibo

出典:Weibo

 

胡錫進に関しては一定の評価をしていただけに、たとえばこの件に関して香港の「星島日報」の取材を受けた際に、胡錫進が「何も言いたくない」と回答したのを知ったときは、非常に失望した。潔く「自分の勘違いだった。申し訳ない」と言えばいいではないか。勘違いは誰にだってある。うっかりミスをしてしまうことなどは日常茶飯事だ。しかし、自分の大きなミスだったことを明確に自覚しているはずなのに、それを認められないようでは、品格を疑う。

それにしても日本のメディアは、冒頭に書いたような「思わせぶりな」書き方をせずに、この問題に触れるのなら、それこそ自分で真相を調べてから書くべきではないのだろうか。あたかも「中国共産党系列メディアの編集長を務めていた論客さえ言論封殺を受ける恐ろしい中国」を示唆するような書きっぷりは、日本の読者の受け狙いが透けて見えて、その実、誰のためにもならない。

もっとも、筆者自身は、冒頭の時事通信社の報道があったからこそ真相を調べたいという気持ちになったので、触発されたことを感謝しなければならないとは思うが…。

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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