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バタフライ効果を和らげる:中国によるECFA製品の関税引き下げ措置停止を受けた台湾の戦略
中国 台湾からの輸入製品134品目に対する関税優遇措置を停止へ(写真:NHK)
中国 台湾からの輸入製品134品目に対する関税優遇措置を停止へ(写真:NHK)

中国によるECFA製品の関税引き下げ措置停止の決定は、台湾の経済全体に波及効果を及ぼし、主要産業に多大な影響を与えている。台湾には戦略的対応が求められる。

中国は2024年5月31日、紡績や機械など134品目について、6月15日から第二弾の関税引き下げ措置を停止すると発表した。これは、石油化学製品12品目を対象とした2023年12月の第一弾に続く措置となる。これで、「アーリーハーベスト(早期関税引き下げ措置)リスト」品目の27.08%が引き下げ措置停止の対象となり、機械製造やハイテク部品など台湾が比較優位性を持つセクターが影響を受けることになる。

台湾産業への経済的影響

台湾経済に不可欠な半導体産業は、地政学的緊張が高まるなかでもレジリエンスを発揮している。台湾積体電路製造(TSMC)は世界の半導体生産をリードし続け、目先の経済的影響から台湾を守っているが、半導体の対中輸出は大きな打撃を受け、そのもろさが浮き彫りとなった。

台湾経済部は、WTO議定書に従い中国の一方的な措置に対処すると強調し、緊張が高まるなか、経済的影響の緩和と輸出市場の維持のため、国際貿易規範の導入を提唱している。こうした外交アプローチは、貿易紛争の多国間解決を求める台湾の姿勢を示している。

中国による関税引き下げ措置停止は、台湾の経済セクター全体に多大な影響を及ぼし、戦略調整とレジリエンス構築策の実施を余儀なくしている。

財団法人中華経済研究院が実施した国内調査によると、中国市場への依存度が高い台湾の農業セクターは、関税引き下げ措置停止を受け深刻な課題を突きつけられている。台湾の農業労働者は輸出所得の減少と国際競争力の低下に直面し、341,423人以上の雇用がこの影響を受ける。農村を支え、経済の安定を維持するためには政府の介入は不可欠である。

同様に、144,872人の雇用を抱える繊維セクターと製造セクターも、中国市場へのアクセスが低下するなか、不確実性が高まっている。台湾の繊維輸出は、地域貿易協定や生産コストの低さの恩恵を受ける東南アジアの生産者との競争が激化し、多角化戦略が不可欠である。

こうした課題に対応するため、台湾は新南向政策を掲げ、ASEAN諸国やインドなど輸出市場を多角化する戦略へと転換を進めている。これら地域との経済的な結びつきの強化は、依存リスクを軽減すると同時に、世界経済の不確実性に対する台湾のレジリエンスを高める。

台湾の経済構造に不可欠な中小企業は、関税問題の行方が不透明ななか、課題が山積している。一般設備製造で142,553人の雇用が影響を受ける今、中小企業が必要としているのは、輸出の混乱を切り抜け、競争力の維持に的を絞った政府の支援である。中小企業のレジリエンスを高めるには、革新的な融資策と輸出促進策が欠かせない。 

経済・貿易政策の影響

中国がこれら品目の関税引き下げ措置停止にこだわるのは、台湾の新政権に圧力をかける目的だけでなく、同国の厳しい経済指標にも関係している、とアナリストは指摘する。2024年5月に発表された中国の製造PMIは49.5%に低下し、景気後退入りした。PPIも19カ月連続で下落している。関税引き下げ措置停止の対象となった品目の輸出額は、合計で2013年の798億米ドルから2023年には2,240億米ドルへと2.8倍増加した。その一方で、輸入額は2021年の1,204億米ドルから2023年には924億米ドルへと23.2%も減少している。

ECFAのアーリーハーベストリスト品目の関税引き下げ措置停止は、台湾のさまざまな産業に多大な影響を及ぼす。国内調査の結果から、この影響が最も大きいのは農業セクターであり、推計で341,423人が影響を受けることが分かっている。これに半導体産業(308,847人)とプラスチック産業(144,872人)が続く。ほかに影響を受ける産業は一般機械(142,553人)、コンピュータ機器(111,613人)、金型(110,561人)などである。

アーリーハーベストリスト品目が輸出全体に占める比率(3.6%)と該当する産業の雇用(2,368,532人)を考えると、85,267人の労働者が影響を受ける可能性がある。依存度の高いICT産業を除くと、この数字は67,870人になる。

収益面では、コンピュータ機器産業の打撃が最も大きく、損失額は推計で6.44兆ニュー台湾ドルに上る。これに半導体産業(4.32兆ニュー台湾ドル)と通信機器産業(4.26兆ニュー台湾ドル)が続く。ほかに影響を受けるセクターは石油(1.55兆ニュー台湾ドル)、化学製品(1.39兆ニュー台湾ドル)、鉄鋼(1.36兆ニュー台湾ドル)などである。アーリーハーベストリスト品目が輸出全体に占める比率(3.6%)と、対象となる産業の収益(27.07兆ニュー台湾ドル)を考えると、影響を受けるであろう収益は9,746億ニュー台湾ドルになる。ICT産業を除くと、この数字は4,258億ニュー台湾ドルである。

台湾のGDPや地域、産業への影響の広がり

アーリーハーベストリスト品目の関税引き下げ措置停止により台湾の産業全体が被る収益の損失は、推計でGDPの1.8%にあたる4,258億ニュー台湾ドルに上る。地域別に見てこの影響が最も大きいのは新北市で、16,211社が影響を受け、これに台中市(15,334社)と台南市(7,838社)が続く。桃園市と彰化県もそれぞれ7,425社と7,350社が影響を受ける。

産業別では農業への影響が最も大きく、377,663戸の農家に影響が及ぶ。影響を受ける企業数は、金型産業が13,831社、プラスチック産業が11,659社に達する。ほかに影響が及ぶセクターは水産養殖(11,076漁業経営体)、一般機械(8,816社)などである。 

台湾新政府の楽観主義の課題

中国が特定産業の拡大と景気回復の遅れにより生産能力過剰に陥るなか、台湾政府は、アーリーハーベストリスト品目の対中輸出額が2023年に約150億米ドルに減り、ECFA前のレベルに近づいたとの評価結果を示した。中国向けの輸出シェアは、繊維産業が2010年の35%から2023年には17%に、機械産業と自動車部品産業も、欧州や米国、インド、ベトナム、その他の新南向政策対象国への輸出市場のシフトに伴い、それぞれ24.5%と6.8%に低下した。

経済部は、経済的威圧に対抗措置を講じる用意があると示唆するとともに、政策ツールを通じて産業の刷新と市場多角化を支援し、経済リスクの管理と回避を図るとの意向を示した。関税引き下げ措置停止の対象となったアーリーハーベストリスト品目には、1%から12%、平均約8%の関税が課せられる可能性がある。これは、台湾の中小企業を大きく圧迫することになるが、最大の懸念は雇用への影響である。

台湾では、リスクの分散を目的とした事業のグローバルな展開に、政府より企業が積極的に取り組んできた。2023年には中国向けの輸出シェアが35%と、21年ぶりの低い水準に落ち込んだ。一方、米国向けの輸出額は2倍に増え、EUと新南向政策対象国向けの輸出額も大幅に増加し、3年連続で輸出額が4,300億米ドルを超えた。

アーリーハーベストリスト品目の中国向けの輸出シェアは、2016年の26.1%から2023年には16.4%に低下した。これら品目が輸出全体に占める比率は下がり続け、3.6%になった。2023年は、中国がアーリーハーベストリスト品目のうち370品目で輸出先トップ3に入り、これに米国(242品目)、ベトナム(170品目)、日本(110品目)、香港(68品目)が続く。注目すべきは、53品目の輸出がゼロだった点である。

速やかな救済策

アーリーハーベストリスト品目の中国・香港向けの輸出シェアは現在、28.1%近くである。産業界・政府・学界の間では、市場多角化が急務であるとの見方で概ね一致している。しかし、中小企業や農家は、大企業やIT産業のように事業をグローバルに展開することができない。農業・漁業・畜産業と中小企業の国際市場への積極的な進出をどのように手助けするか。これは、頼清徳政権にとって非常に難しい課題である。

速やかに経済支援・救済策を講じて中小企業と農家がこの厳しい局面を乗り越える手助けをすることが台湾政府には求められる。中小企業に対して緊急救済融資措置を講じ、低利・無担保の資金調達支援を行い、営利事業所得税を一時的に減税し、資金難を軽減する必要がある。また農家に対しては、直接補助金を支給して基礎所得の安定を図るとともに、補償を迅速に受けられる農業保険制度を新たに導入して生産リスクを軽減すべきである。

中小企業と農家の販路拡大を支援するため、政府は国内市場の開拓とeコマースプラットフォームの開発を積極的に推し進める必要がある。中小企業の場合、大規模な国内見本市とマーケティング活動を主催し、eコマースプラットフォームの技術支援と研修を行い、新たな販路を早急に開拓する手助けをすべきである。農家については、大型スーパー・小売店と売買契約を結び農産品の販売を保証するほか、農業生産・販売の参考になる市場需要・価格情報をタイムリーに提供できる市場情報システムを構築することが求められる。

頼政権は、短期雇用助成金の支給と研修プログラムの実施で、中小企業が従業員の雇用を維持し、将来の変革ニーズに備えて従業員のスキルを高める支援をすべきである。農家に対しては、一時的な賃金助成金の支給と職業訓練の実施により、基本的な生活水準の確保を図るとともに、非農業分野で新たな雇用機会を得る支援をする必要がある。

加えて、行政手続きの簡略化とワンストップサービスの提供、承認にかかる時間の短縮、そして生産に関わる緊急事態への迅速な対処と、農業生産の安定確保を目的とした、農業関連の緊急時救援サービスの確立が政府には求められる。政府はこうした短期的措置を通じて、影響を受ける中小企業や農家を効果的に支援し、この厳しい時期を乗り越える手助けができる。

バタフライ効果:政治・経済的影響

現時点では、NVIDIAの黃仁勳氏がもたらしたAIテクノロジーの発展やTSMCの半導体サプライチェーンが牽引役となって台湾の経済成長の著しい加速を促し、台湾株式市場で株価指数が最高値を更新している。その一方で、台湾政府は現状に速やかに対処できない中小企業と農家が多数あるという課題に直面している。生産と販売の不均衡が、農家の不満や、市場価格の乱高下による消費者のパニック、中小企業での相次ぐ人員削減を招きかねない。こうした問題がバタフライ効果となり、台湾のさまざまなセクターで不満を醸成し、将来の選挙に影響を及ぼす可能性がある。その結果、2026年の地方選挙では民主進歩党(DPP)が苦境に立たされるかもしれない。

最新技術と半導体輸出に支えられ、経済が堅調に推移しているにもかかわらず、中国によるECFAの関税引き下げ措置停止が、台湾のさまざまなセクターに内在する脆弱性を露呈させており、バタフライ効果が広範囲に及ぶおそれがある。

一方、中国の関税引き下げ措置停止による経済的影響については、台湾の産業の間で濃淡が見られる。技術や半導体セクターなどの輸出が好調を維持しているのに対して、農業や繊維、小規模製造セクターなどはかなり厳しい状況に直面している。こうした経済的影響の格差はセクターの安定性を脅かすだけでなく、台湾の所得不均衡と地域の経済格差を拡大させる。

政治面については、影響を受ける産業や地域の間で高まる不満への対応を台湾政府が余儀なくされており、影響が及んでいることは明らかである。台湾の独立と自治を推進する政策を支持してきた民主進歩党(DPP)は今、経済政策と国際関係への対処をめぐり、厳しい視線と批判の高まりに直面している。中国による関税引き下げ措置停止が野党に攻撃材料を与え、台湾の経済戦略の弱点を浮き彫りとし、経済ショックに対応する政府の実行力に対する世論を悪化させた。

社会面では、影響が労働市場や消費者マインドにも波及している。電子機器や製造など中国への依存度の高いセクターで人員削減の兆候が見られるなど、台湾の労働者の間では雇用確保と経済安定への懸念が高まってきた。すでに収益性の低下と高齢化に苦しむ農業セクターを取り巻く厳しい状況は、中国への輸出機会の減少でさらに深刻化している。こうした経済的圧迫が重なり、社会不安や政治に対する不満を招き、中国の政策決定が台湾の社会構造にもたらすバタフライ効果を増幅しかねない。

また、生産と販売のミスマッチも、農家の不満や、市場価格の変動に対する消費者の不安、中小企業での相次ぐ人員削減を招くかもしれない。こうした問題がバタフライ効果のように台湾のさまざまなセクターで次第に大きくなっていき、将来の選挙に影響を及ぼす可能性もある。その結果、2026年の地方選挙では民主進歩党(DPP)が苦境に立たされるかもしれない。

加えて、今回のECFAの関税引き下げ措置停止は、台湾にとって輸出市場の多角化と中国への依存軽減が不可欠であることを浮き彫りにした。新南向政策の下で、米国や欧州連合(EU)、東南アジア諸国との経済的結びつき強化にシフトすることが一段と急務となっている。こうした地政学的再編により、台湾の経済的脆弱性が緩和されるだけでなく、台湾の経済的レジリエンスと、地域のサプライチェーンにおけるその戦略的重要性に対する世界の認識を改めることもできる。

中国の関税引き下げ措置停止によるバタフライ効果を受けて、台湾政府は、堅実に政策の調整を図り、国内産業の強化、イノベーションの促進に加え、関税引き下げ措置停止の影響を受ける中小企業の支援を図らなければならない。ポストECFA時代に台湾の経済的レジリエンスと競争力を高めるには、研究開発への投資増強やグリーン技術導入の奨励、デジタルトランスフォーメーション能力の強化などの取り組みが不可欠となる。

結論:不確実な状況をレジリエンスで乗り切る

台湾は、中国によるECFAの関税引き下げ措置停止がもたらすバタフライ効果に対応するなかで、重要な経済・政治的岐路に立たされている。経済的脆弱性と政治に対する厳しい視線、社会的課題の三重苦を抱え、台湾の経済的安定と社会的結束を守る、先を見越した対策を打つ必要がある。

さらに、台湾はイノベーションや持続可能な開発の実践、人的資本への投資を増やして、国内のレジリエンスを高める取り組みに注力すべきである。一国への依存を減らし、経済的レジリエンス全体を高めるには、志を同じくする国・地域とのつながりの深化と市場アクセスの拡大が欠かせない。

結論として、中国の政策決定は台湾に大きな課題を突きつけると同時に、経済戦略を見直し、国際的立場を強固なものにし、すべてのセクターに資する包摂的成長を促すチャンスももたらしている。レジリエンスと先見の明でこうした課題に対処することにより、台湾は不確実な状況を乗り切り、経済の強固化と多角化を図り、ポストECFA時代を迎えることができる。

陳建甫博士、淡江大学中国大陸研究所所長(2020年~)(副教授)、新南向及び一帯一路研究センター所長(2018年~)。 研究テーマは、中国の一帯一路インフラ建設、中国のシャープパワー、中国社会問題、ASEAN諸国・南アジア研究、新南向政策、アジア選挙・議会研究など。オハイオ州立大学で博士号を取得し、2006年から2008年まで淡江大学未来学研究所所長を務めた。 台湾アジア自由選挙観測協会(TANFREL)の創設者及び名誉会長であり、2010年フィリピン(ANFREL)、2011年タイ(ANFREL)、2012年モンゴル(Women for Social Progress WSP)、2013年マレーシア(Bersih)、2013年カンボジア(COMFREL)、2013年ネパール(ANFREL)、2015年スリランカ、2016年香港、2017年東ティモール、2018年マレーシア(TANFREL)、2019年インドネシア(TANFREL)、2019年フィリピン(TANFREL)など数多くのアジア諸国の選挙観測任務に参加した。 台湾の市民社会問題に積極的に関与し、公民監督国会連盟の常務理事(2007年~2012年)、議会のインターネットビデオ中継チャネルを提唱するグループ(VOD)の招集者(2012年~)、台湾平和草の根連合の理事長(2008年~2013年)、台湾世代教育基金会の理事(2014年~2019年)などを歴任した。現在は、台湾民主化基金会理事(2018年~)、台湾2050教育基金会理事(2020年~)、台湾中国一帯一路研究会理事長(2020年~)、『淡江国際・地域研究季刊』共同発行人などを務めている。 // Chien-Fu Chen(陳建甫) is an associate professor, currently serves as the Chair, Graduate Institute of China Studies, Tamkang University, TAIWAN (2020-). Dr. Chen has worked the Director, the Center of New Southbound Policy and Belt Road Initiative (NSPBRI) since 2018. Dr. Chen focuses on China’s RRI infrastructure construction, sharp power, and social problems, Indo-Pacific strategies, and Asian election and parliamentary studies. Prior to that, Dr. Chen served as the Chair, Graduate Institute of Future Studies, Tamkang University (2006-2008) and earned the Ph.D. from the Ohio State University, USA. Parallel to his academic works, Dr. Chen has been actively involved in many civil society organizations and activities. He has been as the co-founder, president, Honorary president, Taiwan Asian Network for Free Elections(TANFREL) and attended many elections observation mission in Asia countries, including Philippine (2010), Thailand (2011), Mongolian (2012), Malaysia (2013 and 2018), Cambodian (2013), Nepal (2013), Sri Lanka (2015), Hong Kong (2016), Timor-Leste (2017), Indonesia (2019) and Philippine (2019). Prior to election mission, Dr. Chen served as the Standing Director of the Citizen Congress Watch (2007-2012) and the President of Taiwan Grassroots Alliance for Peace (2008-2013) and Taiwan Next Generation Educational Foundation (2014-2019). Dr. Chen works for the co-founders, president of China Belt Road Studies Association(CBRSA) and co-publisher Tamkang Journal of International and Regional Studies Quarterly (Chinese Journal). He also serves as the trustee board of Taiwan Foundation for Democracy(TFD) and Taiwan 2050 Educational Foundation.