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習近平による「李強外し」という解釈はまちがい
出典:新華網
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1月16日~19日に開催された金融問題に関する中共中央の研討班(=学習会)に李強総理が欠席しダボス会議に参加していたことを以て、習近平国家主席が「李強外しを始めた」という解釈が日本で散見される。しかしこれは中国共産党の政治構造を理解していないことが招いたまちがいだろう。なぜまちがっているのか、真相と論拠を解説したい。

◆習近平による「李強外し」と解釈した日本の中国問題論者たち

1月16日~19日、中共中央党校で開催された<全国各省閣僚級の金融ハイレベル発展を推進する研討班(研究討論班)開班式で習近平が重要講話を行った>

出席したのは李強(国務院総理、党内序列2位)を除くすべての中共中央政治局常務委員(チャイナ・セブン)と韓正(国家副主席)で、司会をしたのは蔡奇(中共中央書記処書記=党務、党内序列5)だ。李強は1月14日からダボス会議出席のためスイスに行き、会議後アイルランドを回って、1月18日に帰国した

このニュースを見た瞬間、「きっと日本の権力闘争論者たちが、習近平が李強を外し、蔡奇を重んじていると書くだろうな…」と危惧を抱いたものだ。

すると案の定、真っ先に引っかかったのは日経新聞社の中沢克二氏(編集委員)で、1月24日に<習近平体制支える2寵臣の微妙な均衡 秘された政治劇>という見出しで「習近平が蔡奇を寵愛し、李強を外そうとしている」というニュアンスのことを書いている。

次に発見したのは1月25日に石平氏(中国問題研究者)が書いた<習近平側近集団で大権力闘争の予兆~早くも李強首相はしご外し、代わりに台頭の蔡奇ら福建組が金融危機対策の指揮権握った>という非常にストレートなタイトルの論考だった。リンク先はいずれも日本語なのでご覧いただければお分かりになると思うが、石平氏が以下のように書いているのは注目すべきかもしれない。

 ――この最高レベルの重要会議に、本来なら一番出席すべき人物がやはり欠席している。政治局常務委員・国務院総理(首相)の李強氏である。金融をテーマとする「最高国務会議」には、首相が出席しないのは普段ではありえないことである。李強氏の日程を調べてみると、彼は1月14日から公式訪問と国際会議参加のためにスイスを訪れ、16日当日は確かにスイスにいた。それが彼による重要会議欠席の表向きの理由にはなるが、よく考えてみれば、前述の始業式は、全く緊急性のない会合であるがために、本来、李氏がスイス訪問の前に開くこともできれば、彼の帰国後で開くのも別に遅くはない。結局のところ、首相の出席すべき会議が李首相の留守中に開催されたことはむしろ、最初から李首相を外しておきたい前提で開催されたのてばないかと思われる。(引用以上)

そもそもこの集まりは、「会議」ではなく「党内の学習会」のようなもので、石平氏が【金融をテーマとする「最高国務会議」】と認識していること自体、少し違っているのではないだろうか。この集まりは「国務」ではなく「党務」の学習会だ。

この学習会は中国語では「研討班」と称されているように「班」なのである。1999年からほぼ毎年開催され、テーマは必ずしも金融ではなく、その時の中国における大きな社会問題に対する「党の任務」などに関して学習する。

たとえば、共産党員網によれば、「1999年1月:金融問題、2000年1月:財税、2002年2月:国際情勢とWTO、2003年9月:(江沢民の)三つの代表思想を学習、2004年2月:(胡錦涛の)科学的発展観を学習、2005年2月:和諧社会、2006年2月:社会主義新農村、2007年2月:『江沢民文選』を学習、2008年9月:科学的発展観を学習、2010年2月:科学的発展観を学習、2011年2月:社会管理とイノベーション、2012年7月:中国の特色ある社会主義の偉大な前進を全党に呼び掛ける、2013年11月:習近平の講話精神を学習、2014年2月:全面的に改革を深化させる三中全会精神を学習、2015年2月:法に則って国を治める四中全会精神を学習、2016年1月:五大発展理念に関する五中全会精神を学習、2017年2月:厳しく党を治める六中全会精神を学習、2018年1月:習近平の新時代思想と第19回党大会精神を学習する・・・・」などなど、党員が「学習する」研修の場でもある。だから中共中央党校で開催される。

たしかにこれまでは国務院総理(首相)が出席しており、2023年2月7日の学習会には、その年の3月に総理になる予定の李強が出席し、議事進行も李強が行っている

今回は金融に関して切羽詰まった状況があるので、緊急性がないわけではなく、全国各省の閣僚級(省の書記とか省長など)を集めて学習させ、それを持ち帰って3月5日から開催される全人代で審議できるように、各省・自治区・直轄市の全人代代表の間で事前討議を行わせなければならない。

今年の春節は2月10日なので、何としても中央は1月中旬から下旬までには中央での討議を終わらせて課題を各地域に持ち帰ってもらわないと間に合わないのだ。なぜならほとんどの<省・自治区・直轄市における両会(人民代表大会と政治協商会議)は1月21日~23日辺りから始まる>からだ。したがって「李強が帰国したあとでも遅くはない」という状況にはないのである。

ならば、もっと早めにという考え方もあろうが、1月13日は台湾の総統選&立法院選があった。それまでは目が離せないという状況もあったのではないだろうか。もちろん習近平に関して他の日程がびっしり詰まっていたので、1月16日になったのは妥当な線ではないかと思われる。

中沢氏にしろ石平氏にしろ、お二人とも中国問題をよく詳細に見ていると感心するが、残念なことに「権力闘争」という色眼鏡をかけて考察するので、結果がまちがってくるのではないだろうか。著名なお二人だけに、こういう見方が日本に定着すると、中国の真相が見えなくなるので、定着する前に、誤解釈を考察しなければならないと思うのである。

第20回党大会以降に、すなわち三期目に入った習近平体制において、根本的に何が変わったのかを認識しなければ、今後もこういった誤解釈が拡大拡散されていく。それを防ぐために、何が変わったのかを、先ずは金融を例に取って解説すべく試みる。

◆中央金融委員会と中央金融工作委員会の違い

2022年10月の第20回党大会で基本的方向性が決まり、2023年3月の全人代で決議された内容を、3月16日の中央人民政府ウェブサイトが<中共中央と国務院が発布した「党と国家機構改革方案」>として公開している。

この日を境にして、多くの政治構造が大きな変化を遂げるようになったので、習近平三期目を理解するには、この改革方案をしっかり考察しなければならない。

それによれば、金融に関しては「中央金融委員会」と「中央金融工作委員会」の二つが創設されることになった。

「中央金融委員会」は、「党の協調機構」で、「中央金融工作委員会」は「党の派出機関」(党そのものに直属する機関)と定義されている。

「中央金融委員会」は主として党で決まった方向性に沿って(協調して)、国務における実務関係の業務を遂行する。中央金融委員会弁公室を設立して、その事務機構が「党中央機構の序列の中に組み込まれる」ことになる。

それに対して、「中央金融工作委員会」は「金融系列に関する党の業務を統一的に指導し、政治建設・思想建設・組織建設・作風建設・紀律建設などを指導し、党中央の派出機関として中央金融委員会弁公室と共同で運営する」と定義されている。加えて「中央と国家機関工作委員会の金融系統における党の職責は全て中央金融工作委員会に吸収される」と決まった。

歴史的には「中央金融工作委員会」は1998年に設立されたが2003年に撤廃され、今般新たに(2023年3月に)「党の派出機関」として設立されたわけだ。

中央金融委員会の主任は李強(国務院総理)で中央金融工作委員会の書記は何立峰で、何立峰は中央金融委員会弁公室の主任をも兼ねる。何立峰の身分は、もちろんチャイナ・セブンではなく、中共中央政治局委員に過ぎず国務院副総理だ。李強よりも身分的には低い。ただ、「中央金融工作委員会」の「書記」という肩書からも推測できるように、この組織自身が「党機関」から見れば上なのである。

複雑に絡んでいるが、習近平三期目からは「党が全ての上に立ち統一的に指導する」という側面が強調されたのであって、「李強を外す」とか「蔡奇を重んじる」といった個人レベルの話ではない。

蔡奇は「党務」を担い、中央書記処書記で中央弁公庁主任なので、いつでも習近平のそばにいる。拙著『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』に書いた、習近平二期目の丁薛祥(てい・せっしょう)と同じ役割を果たす。だからかつては「習近平のいるところ必ず丁薛祥がいる」という状況が蔡奇になっただけで、習近平が蔡奇を寵愛しているわけではない。

現に昨年の10月30、31日に開催された「中央金融工作会議」では<習近平と李強が重要講話を行なっている>ほどだ。10月31日の新華網には<李強が中央金融工作会議で講演している写真>が大写しであるので、以下にその写真を貼り付ける。

2023年10月30日、中央金融工作会議で講演する李強総理

出典:新華網

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また11月20日には李強が主任として「中央金融委員会会議」を主催し、李強自身が「中央金融工作会議における習近平総書記の重要講話の精神を深く研究実践し、質の高い金融発展推進における重要な業務分担方案を推進しなければならない」と述べている。

みごとではないか。

こういった政治構造の神髄と役割分担を無視して、「個人的に誰を寵愛し誰を外し始めたので、権力闘争がチャイナ・セブンの中で起きている」といった、日本人が喜びそうな噂は流すべきではない。日本の国益のために、そういった心がけが必要かと思われる次第だ。

追記:なお1999年から2014年までは中共中央党校における「研討班」(学習会)の議事進行は基本的に党校の校長が行っていた。だから習近平も国家副主席のときに党校の校長をしていたので議事進行を担った時期がある。ところが2015年になると、習近平は突然、李克強総理に議事進行を任せるようになっただけだ。したがって今般、党務担当の蔡奇が議事進行に当たったのは不自然ではない。

この論考はYahooから転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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