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中国は台湾「平和統一」を狙い、アメリカは「武力攻撃」を願っている
≪台湾同胞に告ぐ書≫発表40周年記念(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
≪台湾同胞に告ぐ書≫発表40周年記念(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

武力統一をすると台湾人が反共になり共産党の一党支配体制を脅かすので中国は平和統一を狙っている。しかし平和統一だと中国が栄えるので、アメリカは中国を潰すために、中国に台湾を武力攻撃して欲しい。

そのためにアメリカは「台湾政策法案2022」を制定して台湾をほぼ独立国家に近い形で認める方向で動いている。これに力を得て台湾政府が独立を宣言すれば、中国は台湾を武力攻撃する。アメリカはそこに中国を誘い込みたい。日本は武力攻撃に巻き込まれて参戦する覚悟はあるのか?

◆中国は平和統一しか望んでない:「台湾白書」にも明らか

中国は台湾に関して「平和統一」しか望んでいない。武力統一などしたら、台湾の中に激しい反共分子が生まれて、統一後の中国において中国共産党による一党支配を脅かす。だから中国は平和統一しか望んでいない。それ以外にも多くの要因があることと、それなら習近平は台湾に対して具体的にどのような戦略を持っているかに関しては拙著『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』の第三章で詳述した。

一方、8月10日に中国政府が発表した「台湾問題と新時代の中国統一事業」という「台湾白書」にも、中国は平和統一しか望んでないことが強調されている。特に経済面での両岸関係(台湾海峡を挟んだ大陸と台湾の関係)に関して詳述してあり、1978年における両岸貿易総額が4600万米ドルだったのに対して、2021年には3283.4億米ドルにまで増加し、その増加は当時の7000倍以上であると書いてある。台湾にとって大陸は最大の輸出国で、2021年末には台商の対大陸投資プロジェクトは12万3781に達しており、実際の投資額は713.4億米ドルに達するとのこと。

台湾白書には掲載されてないが、参考までにここ1978年~2021年までの中台貿易の推移を描くと以下のようになる。

原典:中国税関総署と国家統計局のデータ

こうやって図表に描いてみると、なるほど貿易総額が7000倍になったのが可視化され、特に習近平政権以降の増加が著しい。

また「台湾白書」はIMF(国際通貨基金)のデータとして、「1980年の大陸のGDPは約3030億ドルで台湾は約423億ドルと、大陸は台湾の7.2倍だったが、2021年になると、大陸GDPは約17兆4580億ドルで台湾は約7895億ドルと、大陸は台湾の22.1倍になった」と例を挙げ、国力の圧倒的な差は、「台湾独立」の分離独立運動と外部勢力の干渉を効果的に抑制しているとしている。

このように中国が平和統一の手段としているのは「経済で搦(から)め取っていく」というやり方だ。

そうさせてはならじとばかりに、アメリカは何とか中国が台湾を武力攻撃する方向に持っていこうと、あの手この手を試している。

◆「台湾政策法案2022」

その中の最も強力な手段が、今年9月14日に米上院外交委員会で可決された「台湾政策法案2022」だ。超党派で提案されたこの法案は「人民解放軍の威圧や侵略を拒否し抑止する戦略の実施」を明記した上で、以下のような内容を含んでいる。

  • 2023年から5年間で65億ドル(約9300億円)の軍事支援
  • 軍事訓練実施や武器売却の迅速化
  • 中国の指導層や当局者、金融機関などに対する制裁措置
  • 台湾はNATO非加盟の同盟国に指定されたかのように扱われる(原案では、台湾は「NATO非加盟の主要な同盟国に指定される」としていた。)    
  • 努力目標:台湾の在米窓口「台北経済文化代表処」を「台湾代表処」に変更

このうち最も中国大陸を刺激するのは、4番目に列挙した「台湾はNATO非加盟の同盟国に指定されたかのように扱われる」だ。

これはすなわち、台湾を「一つの国家」として扱うと言ったのに等しく、中国としては絶対に許すわけにはいかない。

上院外交委員会のメネンデス委員長(民主)は法案について、「一つの中国」政策に変更はないと強調した。しかしそれは10月2日のコラム<台湾の領有権は誰の手の中にあるのか?>に書いた1971年10月の第26回国連総会における第2758号決議(中華人民共和国政府こそが、国連における唯一の合法的な中国の代表である)に抵触する。

もし、アメリカが本気で台湾を「NATO非加盟の同盟国に指定されたかのように扱う」つもりなら、この第2758号決議を、国連総会で撤回しなければならない。

しかし日本もアメリカも、中国が、国連で多数決議決をした時に圧倒的に中国に有利になるように何十年もかけて動いてきたことに注目していない。特に習近平政権になってから、その動きが激しくなってきたので、筆者は警鐘を鳴らし続けてきたが、日本は習近平の真の戦略に目をつぶり、習近平の戦略を「権力闘争だ」としか見ることができない罠に嵌(はま)ってしまったので、もう今となっては遅いのである。

できるのは、アメリカが「中国が台湾を武力攻撃するぞ―!」と国際世論を煽って、習近平を刺激するくらいの事しか残っていない。

◆中国は早くから台湾政策法案に反対表明

実は「台湾政策法案」が最初に提起されたのは今年6月17日で、中国共産党系の新聞「環球時報」は同日、<台湾に潜り込みアメリカに帰国するなり、米議会議員が挑発を始めた>という趣旨の記事を書いて激しい反対を表明していた。6月20日にも環球時報は激しい批判記事を書き、7月22日には「米議員は発狂したか」とまで書いている。7月31日には環球時報はオピニオンで、<必ず負ける「台湾カード」を使ったら、アメリカはそこでお終いだ>と、休むことなく批判してきた。

その上でペロシ議長が訪台したので、そのタイミングで「台湾白書」を発表したものと思われる。

もちろん上院の外交委員会で議決された後では、中国外交部が9月14日の記者会見で、「中国は断固反対すると何度も表明してきた」と言い、その後ニューヨークで開催された国連総会に参加した王毅外相が、9月20日にキッシンジャー元国務長官と対談している 。王毅はキッシンジャーに「台湾独立傾向が横行すればするほど、台湾問題の平和的解決の可能性は低くなるということに注目しなければならない」と述べている。

米議会下院では、共和党議員のマイケル・マッコールらが9月28日に「台湾政策法案2022」を提出した。成立には来年1月までに米上下両院の本会議で可決された上で、大統領の署名が必要になる。

◆習近平は武力攻撃できるか?

仮に、バイデン大統領が署名するところまで行って、台湾が政府として独立を叫ぼうとしたときに、習近平は「武力攻撃」を指令できるのかと言ったら、おそらく「できない」のではないかと思われる。

なぜなら武力攻撃で台湾統一を行ったときには、台湾人の中に強烈な反共分子をより多く生んでしまい、中国共産党による一党支配体制を揺るがすからだ。平和統一の時には、習近平は台湾に対して「一国二制度」を実施すると言っているが(それも香港の事例があるから問題ではあるものの)、武力統一となったら、いきなり中華人民共和国の社会主義制度の中に組み込んでしまうだろう。そうなるとなおさら反発が大きい。

結果、習近平は台湾を武力攻撃することはないだろうと思うのである。

要は、「台湾が独立を宣言したら、これだけの軍事力で攻め込むので、その覚悟はできているだろうな!」という威嚇をして台湾に独立を宣言させないようにし、一方では台湾を経済的に抱え込んで、がんじがらめにしていくということしかできない可能性がある。

となると、アメリカは「習近平は武力攻撃はできないだろう」というのを見込んで「台湾政策法案」を動かしており、習近平をギリギリまで追い込んでいるだけという見方もできなくはない。

逆にアメリカもまた、製造業に関しては中国に依存しているので、当面は完全に中国と敵対することはできないというネックを抱えてもいる。

そうすると、中国は結局「平和統一」を果たすことによって経済的に繁栄し、アメリカ経済を凌駕していくことになるかもしれないのである。

ここは米中のゲームのせめぎ合いになろう。

◆戦争はごめんだが、平和統一も「危険」?

アメリカが中国を嗾(けしか)けて戦争をさせるのは、もちろんごめんだ。

そもそも日本人には、自国を守るために戦争に参加するなどという気持ちは全くないと言っていいほど、参戦意識は希薄でもある。以下に示すのは、2022年5月にWorld Values Surveyが調べた結果である

原典:World Values Survey

この図表をご覧になればわかる通り、日本は「戦意」に関しては最下位で、わずか13.2%しか、国のために戦おうという人はいない。

しかしだからと言って、「平和統一」が美しいのかと言ったら、まさにアメリカが恐れる通り、中国の力が益々強大になるので、ある意味「危険」と位置付けなければならないとも言えよう。

岸田内閣、特に林外相は、もっぱら中国にすり寄ることしか考えておらず、安倍元総理の国葬に関しても、台湾代表は現職ではなく「元○○」という職位に制限し、「元○○」に関しては一律国葬外交の範疇に入れず迎賓館での面談を避けるという微妙な曲芸をやってのけている。こうすることによって台湾代表を外し、中国大陸(北京政府)に喜んでもらおうという魂胆なのである。

というのも、安倍元総理が狙撃された直後の葬儀に、なんと台湾の独立派で「中華民国」副総裁の頼清徳氏が訪日したからだ。このことに激怒した中国大陸側の顔色を窺うために執った緊急措置という始末。

そして9月30日のコラム<日中国交正常化50年の失敗と懲(こ)りない日本>に書いた通り、日本は「中国経済を盛り上げましょう」という方向にしか動いていない。

それが習近平の戦略とも知らずに、そしてアメリカの戦略も見えないまま(あるいは、見ようとしないまま)、日本という国家の真の利益も考えず、無戦略的に彷徨(さまよ)っているのが日本の現状ではないのかと憂うのである。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。7月初旬に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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