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アメリカ、ゼレンスキーに不信感 習近平に救援を求めたのは大失点か
全世界に向けてスピーチするウクライナのゼレンスキー大統領(写真:ロイター/アフロ)
全世界に向けてスピーチするウクライナのゼレンスキー大統領(写真:ロイター/アフロ)

そうでなくとも対ウ支援金の30%しか戦地には届かず汚職にまみれているとみなし始めたアメリカでは、ゼレンスキーの習近平に対する救援表明で、すっかり信頼が揺らいでいる。「笑う習近平」が現実味を帯びだした。

◆習近平に助けを求めたゼレンスキー

8月4日付の香港のSouth China Morning Post(サウスチャイナ・モーニング・ポスト、南華早報)は、ウクライナのゼレンスキー大統領に単独インタビューをして<独占 ゼレンスキーは、ロシアのウクライナ侵略を終わらせるために中国の習近平との「直接会談」を求めている>というタイトルの英文情報を発表した。

そこには概ね以下のようなことが書いてある。

  1. ゼレンスキーは、中国と他の国々がウクライナの復興を支援するために「団結」することを望んでいる。とりわけ、習近平はロシアのプーチンに紛争を終わらせるよう圧力をかけるだけの、途方もない政治的・経済的影響力を持っているとゼレンスキーは考えている。そのため、ゼレンスキーは習近平と「直接」話す機会を求めている。
  2. そもそもウクライナと中国は、ウクライナ紛争が始まる何年も前から、一貫して緊密な関係を保ってきたし、「1年前には習近平国家主席と直接会話をしたことがある」とゼレンスキーは言った。中ウ両国は30年にわたる正式な二国間関係があり、2021年になっても、中国はウクライナ最大の貿易相手国であり、在中国ウクライナ大使館の数字によると、貿易売上高は約190億米ドルに上った。
  3. ゼレンスキーは、習近平はウクライナを少なくとも一度は訪問した数少ない世界の指導者の一人であり、昨年の中ウ国交締結30周年記念で両首脳は電話会談をし、ウクライナは東欧諸国へのかけがえのない橋渡しの役割をしてることを確認し合った。
  4. 戦争で荒廃した国の再建に中国の支援を歓迎するか否かという質問に対して、ゼレンスキーは「中国とのより強い絆に基づいて、戦争で荒廃した国の再建を中国に支援してほしいと考えている。中国企業と全世界が再建のプロセスに貢献することを強く望んでいる」と答えた。
  5. さらにゼレンスキーは「全世界がこのプロセスで団結することを強く望む」とした上で、「私はロシアの専制政治に対抗して全世界を一つに統一することに集中したい。ある国は助けているが、別の国はそうではないという、団結を弱体化させるようなことをせずに・・・」と語った。
  6. ゼレンスキーは、「ロシアのための中国市場がなければ、ロシアは完全な経済的孤立に陥っていただろう。中国は、ロシアとの貿易を制限すべきで、それは中国にできることだ」と言った。
  7. モスクワは、「キエフがウクライナ東部でロシア語話者を虐待しているので、侵略は正当である」と主張している。今週初めの南華早報の単独インタビューで、シンガポール駐在のロシア特使ニコライ・クダシェフは、「欧米の非難にもかかわらず、アジアにおけるモスクワの地位は揺るぎなく、ロシアを孤立させる努力は失敗した」と付け加えた。
  8. 北京当局者は、欧米がウクライナのロシアに対する悪意を煽り、戦争を勃発させる上で大きな役割を果たしたと示唆している。

記事の概要は以上だが、南華早報は北京寄りのメディアなので、7や8には、中国目線の内容も盛り込まれている。

◆中国外交部の反応

中国の外交部は8月4日夕刻の定例記者会見の模様を以下のように公表している。

ロシアの記者が「ゼレンスキーがサウスチャイナ・モーニング・ポスト(南華早報)の取材を受けて、習近平主席と直接対話をして、ウクライナ紛争に関して討論したいと言っているが、中国は何か、このことに関して決めているか」と質問した。

すると華春瑩報道官は「中国はウクライナ危機に関して、ウクライナを含む関係者と緊密なコミュニケーションを維持している」とのみ答えて、記者の質問に対する直接の回答は避けた。

拙著『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』でも縷々(るる)述べたように、中国は旧ソ連崩壊の時点からウクライナとは非常に仲が良く、特に軍事技術の全てを吸収しようというほど、ウクライナの軍事関係の技術者を最優遇してきた。習近平政権になってからは、「一帯一路」のヨーロッパへの架け橋となる拠点として、ことのほかウクライナを大事にしてきたので、ゼレンスキーが言うのはもっともなことではある。

特に戦争によって破壊された都市の再建に関しては、拙著『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』を執筆していた3月時点で、すでに駐ウクライナの中国大使とは話し合いができていたことは拙著で書いた通りだ。

したがって、これもまたゼレンスキーの言う通りではあるのだが、しかし、南華早報の概要の5や6に書いているように、何というか、「世界はウクライナのために、こうすべきだ!」というニュアンスのメッセージは、世界から「上から目線」として、「ゼレンスキー疲れ」現象を招いていることも否めない。

アメリカでは又、まったく別の角度からの「ゼレンスキー疲れ」現象が表れ始めている。

◆ニューヨーク・タイムズが書いた「ホワイトハウスとゼレンスキーの間の不信感」

まだ南華早報のゼレンスキーへの単独取材が報道される前の8月1日、アメリカのニューヨーク・タイムズが<ペロシの台湾訪問が全く無謀な理由>という見出しの評論を載せているのだが、そこにはチラッと There is deep mistrust between the White House and President Volodymyr Zelensky of Ukraine — considerably more than has been reported.(ホワイトハウスとウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領との間には、報道されているよりも遥かに多くの、深い不信感がある)と書いている。

具体的には何か、に関しては書いてないのだが、8月6日、アメリカの民主党寄りのCBSニュースが<ウクライナに対するアメリカの軍事援助の30%だけしか最前線に届いてない>とツイートしながら、その後すぐにそのツイートを削除した。

すると8月8日、アメリカの共和党寄りのFOXニュースが<CBSニュースは、「ウクライナに対するアメリカの軍事援助の約30%だけしか最前線に届いていない」というツイートを削除した>というタイトルでウクライナの腐敗問題を報道した。要は、ウクライナは腐敗にまみれていて、アメリカ国民の血税はウクライナの腐敗分子を肥え太らせているだけだという趣旨のことが書いてある。

◆ニューズウィークが大々的にゼレンスキー批判を展開

それらが本格的なゼレンスキー批判へと発展していったのは、何と言ってもアメリカのニューズウィーク(英語版)が8月10日に報道した<ゼレンスキーの物語は変化しつつある>という記事だと言っていいだろう。

「ウォロディミル・ゼレンスキーは、ますます彼の本性を明らかにしている」という書き出しからして衝撃的だ。

結論は「プーチンは凶悪犯で、ゼレンスキーは腐敗した独裁者だ」ということなのだが、その証拠の一つとして、ゼレンスキーがプーチンと同じように、ウクライナのすべての野党メディアを閉鎖し、野党の政党結成を禁止したことを挙げている。またCBSが報道しておきながら削除したように、ウクライナは腐敗に満ち、ゼレンスキーはアメリカの納税者から巻き上げた何千億ドルもの金を戦場の最前線や国民の命を守るためには使わず、「世界はもっとウクライナを支援すべきだ」と大声で呼びかけ、結局は戦争をエスカレートさせていると非難している。

最も許せないのは、ゼレンスキーが香港に本拠を置くサウスチャイナ・モーニング・ポスト(南華早報)とのインタビューで習近平に救いを求めたことだと、怒りが収まらない報道ぶりだ。「ゼレンスキーは公然とアメリカの最も危険な敵、中国共産党を勧誘している。専制的で虐待的な北京へのこの哀れなアピールで、ゼレンスキーは人権の模範のような振りをした信頼を完全に失っている」と手厳しい。

そもそも習近平は、プーチンからの大規模な石油購入を通じて金儲けをしているのであり、その習近平にウクライナ戦争に対して直接資金を提供するよう乞い願うというのは、戦争の両陣営に通じているようなもので、正気の沙汰ではない。

そうでなくとも、アメリカが国民の血税からウクライナに540億ドル以上を送る中、NATOの同盟国とされる連中は、ロシアのエネルギーを得るために、プーチンに一日に最大10億ドルを送っているのだ。ウクライナの戦いは重要なアメリカの国益を伴わない。バイデンの介入はアメリカに害を及ぼし、黒海寡頭支配者の戦いで駒となったウクライナ国民の窮状を悪化させるだけだ。

ニューズウィークは概ねこのように論理展開し、「プーチンは凶悪犯で、ゼレンスキーは腐敗した独裁者だ」と結んでいる。

筆者は『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』の帯で「狂気のプーチン、笑う習近平」と書いたが、どうやら、それが現実になりつつある雲行きだ。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。7月初旬に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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