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ペロシ訪台、メンツ潰された習近平の報復は?
ペロシ下院議長が台湾訪問(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
ペロシ下院議長が台湾訪問(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

ペロシ下院議長の訪台可能性に対して自滅行為だと豪語していた習近平は、その発言ゆえにメンツはつぶされたが、しかし複数の報復措置を準備し、結果的に台湾領空領海にジリジリとにじり寄る戦術を実行している。

◆多くの政府機関が発した抗議文

寸前まで訪台を明らかにしなかったアメリカのペロシ下院議長は、結局のところ8月2日夜10時43分に台北の松山空港に着いた。

すると中国の外交部、全人代常務委員会、中共中央台湾工作弁公室、政協外事委員会、国防部、外交部長、国家台湾弁公室など、数多くの政府機関が激しい抗議文を発布した。駐米中国大使館なども、その中に入っている。抗議文は非常に長いので、詳細は省く。

注目すべきはロシア、イラン、シリア、北朝鮮、パキスタン、ニカラグァなどの政府機関も、中国政府機関と類似の抗議文を発布したことだ。

◆習近平はメンツをつぶされた

7月30日のコラム<米中首脳電話会談――勝敗は「ペロシ下院議長の訪台」次第>に書いたように、ペロシ下院議長が訪台するかもしれないという状況の中で習近平国家主席はバイデン大統領との電話会談に応じ、その会談で「台湾問題に関する中国政府と中国人民の立場は一貫しており、中国の主権と領土の一体性を断固として守ることは、14億人以上の中国人の確固たる意志である。もし中国の民意に逆らって火遊びをすれば、大やけどを負うことになるだろう」とまで言っているのだから、それでもなおペロシは訪台したのだから、はっきり言って、「習近平の負け」である。

習近平のメンツは丸つぶれだ

しかし拙著『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』の「第三章 ウクライナ軍事侵攻は台湾武力攻撃を招くか?」で詳述したように、台湾が「中華民国政府」として「独立を宣言」することさえしなければ、習近平としては台湾を武力攻撃はしたくない。

かと言って、こんなメンツ丸つぶれのことをされながら、抗議声明だけを発していたのでは、権威が失墜する。もちろん秋に控えている第20回党大会にも影響するだろう。

そこで、どのような報復措置を講じているか、そのいくつかを拾って考察してみたい。

◆報復その1:2日夜、「スホイ35」が台湾海峡を横断

最初に挙げられるのは、中国の戦闘機「スホイ35」が台湾海峡を横断したことだ。中国政府のメディアが一斉に報道した。ただし、台湾政府の国防部は否定している。「スホイ35」ははロシアから輸入した最新鋭の戦闘機で、2019年4月に、ロシアから中国に24機の引き渡しが完了している。

2019年3月31日にも、二機の殲-11(J-11)が台湾海峡の中間線を超えている。

◆報復その2:中国軍機21機が台湾の防空識別圏に侵入

2日夜、ペロシの台湾到着が伝えられる直前辺りから、中国軍機21機が台湾の防空識別圏に侵入したと、台湾の国防部が発表した。その発表によれば、

    殲-11 機 8 架次 (EIGHT J-11)

    殲-16 機 10 架次 (Ten J-16)

    空警-500 機 1 架次 (One KJ-500 AEW&C)

    運-9 通信對抗機 1 架次 (One Y-9 EW)

    運-8 電偵機 1 架次(One Y-8 ELINT)

などがある。

中華民国空軍のウェブサイトには、詳細な画像も載っている。

◆報復その3:中国人民解放軍「東部戦区」が台湾周辺で軍事演習

8月2日には、台湾防衛を含む「東部戦区」が、台湾北部、西南、東南の海空域で軍事訓練を始めた。台湾海峡で長距離ロケット弾を実弾射撃し、台湾東部海域ではミサイルを試射した。

◆報復その4:4日から7日まで台湾を包囲する形での実弾演習

中国人民解放軍は2022年8月4日12時から7日12時まで、以下の6ヵ所の海域と空域で実弾軍事訓練行動を実施すると、8月2日、新華社が報道した。その間、すべての他の船舶や航空機も、この領域に侵入することを禁止するという指令である。新華社が発表した実弾軍事訓練行動領域を以下に示す。

出典:新華社

この実弾軍事演習に関して、1996年の第三次台湾海峡危機の時の軍事演習の場所と今回軍事演習の場所を比較した人(duandang)がいる。それを以下に示す。

出典:duandangのツイート

Duandangが示した比較図によれば、東南方向および西北方向は領海である12海里(nm=nautical mile)を超えていることが見て取れる。青色で示したのは中間線だ。

6方向から包囲するので、海上封鎖と区域封鎖をすることになる。

これは全ての流通を遮断することに等しいので、この報復が最も重い。

もし、台湾の軍隊が中国人民解放軍に一発でも報復狙撃をしたとすれば、それは「戦争開始」のシグナルになるので、台湾は狙撃できない。

となると、今回の封鎖を許せば、中国人民解放軍は、2回目の封鎖をするときにも台湾に反撃を許さないことにつながり、この封鎖状態を、何かあるごとに実現するという意味での「常態化」が実行されることになる可能性があるわけだ。

別の表現をするなら、台湾の長期包囲網形成の予行演習をしているのに等しい。

日本が敗戦してから中華人民共和国が誕生するまでの間、国共内戦において食糧封鎖を受けた筆者としては、他人事(ひとごと)とは思えない緊迫感を覚える(食糧封鎖に関しては『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』で詳述)。

◆台湾のエネルギー備蓄量

台湾は特にエネルギーをほぼ輸入に頼っている。たとえば天然ガスの在庫量は2週間程度なので、2週間を超える封鎖をされると、台湾全土で大規模停電に陥る危険性がある

具体的には、台湾のエネルギーの98%近くが輸入に頼っており、経済を動かすために使用される燃料はすべて輸入エネルギーであるため、エネルギー市場リスクの影響を大きく受ける。

台湾は主な発電源として石炭、天然ガス、原子力エネルギーに依存しているが、石炭は台湾の発電量の45%、天然ガスは35.7%、原子力エネルギーは11.2%を占めている。

台湾政府の沈栄津経済部長は、台湾政府は天然ガスの供給源を多様化することによって、将来的にはエネルギー貯蔵容量を2週間から21日に増やすと述べているが、長期にわたる封鎖は、台湾に致命的ダメージを与えるだろう。

◆その他、輸出入制限など

その他、台湾からの輸出入などに制限を与える措置も発表されている。

たとえば、大陸の商務部は台湾の建築業に必要な天然砂の輸出を禁止したことを発表しているし、税関総署は台湾からの果物や魚類の一部を輸入するのを禁止するなどという発表もある。もっとも台湾との貿易に関しては、中国はむしろ台湾の一般庶民を経済的に大陸側に引き付けることによって懐柔しようとしているので、ここには自己矛盾があり、さほど大きな効果をもたらすとは思えない。

何よりも大きいのは「報復その4」に書いた「台湾包囲作戦」だ。

前述の『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』に書いたように、中国共産党は長春の食糧封鎖により一気に解放戦争を成功させ、中華人民共和国を誕生させたという「成功体験」がある。

その唯一の生き証人としては、この作戦に注目したい。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。7月初旬に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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