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スリランカ大統領「デフォルト」で国外逃亡:主原因は有機農業、中国債務わずか10%
スリランカ経済危機でデモ隊が大統領官邸に突入(写真:ロイター/アフロ)
スリランカ経済危機でデモ隊が大統領官邸に突入(写真:ロイター/アフロ)

スリランカがデフォルトに陥り、大統領が国外逃亡した。原因は中国の「一帯一路」の「債務の罠」かと反射的に思うが、なんと主たる原因は大統領の気まぐれな有機農業命令で、中国からの債務はわずか10%だった。

◆スリランカがデフォルトに陥り大統領が海外逃亡

5月19日、スリランカが国家としてデフォルト(債務不履行)に陥り、ゴタバヤ・ラジャパクサ大統領が7月13日未明、軍用機で夫人と護衛一人を付けてモルディブに逃亡したことが分かった。国内に留まれば、怒った群衆10万人ほどが大統領府を占領するなど激しい抗議デモを展開しているので、命の保証もないと判断したからだろう。

スリランカはもともと借金まみれの国で、習近平政権が「一帯一路」構想を動かし始めると、すぐに飛びついた。なぜなら中国からの融資は審査条件が緩く利子も特に高くはないからだ。

しかし後述するように、そもそも中国からの債務は全体の10%に過ぎず、したがってこのたびのデフォルトは必ずしも中国からの借金が多いからとか、その利子が高いために債務不履行に陥ったというわけではない。

たしかに2017年7月29日には、中国からの借金が膨らみ返済不能になったため、スリランカのハンバントタ港を99年間にわたり中国国有企業・招商局港口に租借することが決まった。つまり中国による租借権を認めたわけだ。香港がアヘン戦争によりイギリスに99年間の租借を許したのと同じ、この「99年間」は習近平政権のスローガンである「中華民族の偉大なる復興」と関係している。これを中国による「債務の罠」として世界に広めたのは、2018年6月25日付のニューヨークタイムズの記事だった。そのためもあってか、スリランカがデフォルトしたと聞いたら、誰もが反射的に「中国」を連想し、「一帯一路による債務の罠」と考えるのは無理もない。

ところが、今回は事情が異なるのである。

◆気まぐれな大統領の思い付き「有機農業を始めよ!」

ではいかなる事情があったのか?

その最も大きな原因は、実は大統領の気まぐれ的な思い付きにあり、化学肥料の輸入に国家予算の2%を費やしているので、その2%を減らそうとして、いかなる前触れも準備もなく、いきなり2021年4月29日に、「今日から化学肥料を輸入してはならず、農業は化学肥料も農薬も使ってはならない。すべて有機農業に切り替えよ!」という命令を出したからだ。

これがもたらした衝撃に関しては、たとえば2022年1月31日のイギリスのThe Telegraphや日本語で書いてある2021年10月16日の「スリーエコ・ニュース  スリランカ完全有機農業革命などが詳述している。

従来、スリランカの食糧自給率は120%で、自給自足を十分にこなしてきた。そのことはスリランカ政府が公表した「2015年の米の自給率は129.52%で2005~2015年の平均も約116%」というデータにもよく表れている。

しかし、突然の有機農業命令のせいで、有機農業の方法も分からないし、また殺虫剤も使ってはならないので虫害にも侵されて、食糧生産は激減してしまった。

この凶作の惨状を見て大統領は「化学肥料を輸入してもいい」と前言を翻したが、時すでに遅し。今度は輸入するための費用もないところに追い込まれた。

スリランカは紅茶が有名だが、化学肥料も農薬も全て禁止されたため、大きな損害が出ている。すべての農産物は壊滅的打撃を受けて、破綻状態に至ったわけだ。

◆コロナによる観光業への打撃と物価高騰

もちろん、それ以外にも多くの原因がある。

4月14日付のドイツ国営放送ドイチェ・ヴェレDW( Deutsche Welle=ドイツの声)が詳細に報道している。それよれば、観光業が盛んだったスリランカは、コロナ感染によって大きな打撃を受け、またウクライナ戦争による石油や食糧品の高騰によって、国民生活は成り立たないところにまで至っている。これは世界各国が共通して持っている要素なので、スリランカの場合はラジャパクサ大統領の思い付き政策の稚拙さが、世界の一般情勢に追い打ちをかけ、破壊的状況にまで至ったと考えるのが妥当だろう。

有機農業への回帰がもたらした凶作を目の当たりにして、激しい農民の抗議にも遭い、あわてて有機農業命令を撤回したが、もう事態は収拾がつかないところに追い込まれていた。もちろん、よくあるパターンで、ラジャパクサ一族の国家情勢にそぐわない贅沢三昧が国家を傾かせていったことも否定できない。

◆スリランカの債務の割合

前掲の4月14日付のドイツ国営放送ドイチェ・ヴェレDWは、スリランカの債務の構成に関して詳細に論じている。DW報道によると、今年のスリランカの対外債務は70億ドルを超えているが、2022年3月現在の同国の外国為替準備金はわずか16億ドルしかなくなったそうだ。

そこで、いよいよ本題の中国の「一帯一路」による「債務の罠」に陥ったのか否かを詳細に考察してみよう。

DWは、スリランカ政府が発表した債務の構成割合を報道しているが、その元の情報であるスリランカの財務計画省対外支援局(Department of External Resources)が発表したデータに基づいて、それを日本語に翻訳したものを作成した。

図表:スリランカの債務構成

スリランカの財務計画省対外援助局が公表したデータに基づいて筆者が翻訳編集作成

スリランカの財務計画省対外援助局が公表したデータに基づいて筆者が翻訳編集作成

顕著なのは、図表によれば「資本市場による借入」が47%と、最も多い。

「この資本市場による借入」は「比較的高い金利と返済期間が非常に短い」という条件が付いている。

中国はスリランカの対外債務総額の10%しか占めていない。

日本も10%で、アジア開発銀行が13%、世界銀行が9%だ。インドが2%ほどを保有している。

但し、融資の際の利子は異なる。

たとえば、スリランカのシンクタンクVerité Researchのレポートによると、本国通貨借金の推測利子は10.2%で、外貨借金の推測利子は3.9%だ。どうやら本国通貨借金と外貨借金の割合が約半々のようなので、全体の利子は約7%ではないかと推測できる。正確なデータは今のところ存在していない。

ただし、実際の利子の一例として、アメリカのハミルトン準備銀行(Hamilton Reserve Bank Ltd.)が現在保有している2.5億ドル以上の、スリランカの5.875%利子の国債に関してニューヨークで裁判を起こしている。この事実から見ると、約7%前後というのは、そう遠く外れてはいないだろう。

中国の利子は中国自身は3.2%と伝え、日経新聞は中国は3.3%で、日本の利子は平均0.7%であると伝えている。もっとも、日本の外務省の発表によれば、2017年4月12日に提携した円借款および無償資金協力の利子は1.4%(コンサルティングサービス部分は年0.01%)となっている。したがって日本の利子が0.7%と異様に低いのはODA予算の中からの捻出であるためかもしれない。

DWの報道では、その時点でインドは支払いを延長することを検討していたが、中国はスリランカによる債務再編の要請に対して、まだ回答していないとのことだった。

しかし3月31日のインドの報道によると、中国はスリランカへ25億ドルの援助借金を前向きに検討しているようだ。それによれば、中国の駐スリランカ大使は記者会見で「これは、パンデミックの発生以来、中国がスリランカに提供してきた28億ドルの支援に加えて別途新たに支払う経費だ」と語ったという。

◆BRICS陣営構築のため、習近平は一帯一路参加国が豊かにならないと困る

6月26日のコラム<習近平が発したシグナル「BRICS陣営かG7陣営か」>で書いたように、習近平は西側先進国であるG7陣営に対して、新興国や発展途上国を中心としたBRICS陣営を強大化したい。なぜならいずれアメリカによる対中制裁はいっそう厳しくなっていくだろうことは明らかだからだ。

このたびのウクライナ戦争における対露制裁の凄まじさを見て、習近平はなお一層その思いを強くしているにちがいない。だから拙著『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』にも書いたように、アメリカなしでも成立する国家運営を目指している。現在世界190ヵ国を対象として調査した中で、128ヵ国が中国を最大貿易国としているが、特にその中の新興国や発展途上国に関しては、経済繁栄してもらわないと中国は困るのだ。したがって特にウクライナ戦争後は、一帯一路参加国が債務の罠に入らないよう、むしろ支援しているという側面が否めない。

事実、7月12日、中国外交部は記者会見でスリランカに関するブルームバーグの質問「スリランカ政府の経済顧問はブルームバーグTVのインタビューに対して、スリランカはつなぎ融資について日本と交渉中であり、中国との関連事項についても話し合う可能性があると述べている。中国のスリランカに対する財政支援または債務緩和に関して新しい情報を教えてほしい」に対して、中国外交部の汪文斌報道官は以下のように回答している。

――何度も繰り返し述べているように、中国はスリランカが直面している困難と課題に共感し、食糧や医薬品を含む緊急の人道支援をスリランカに提供してきた。中国側はまた、政府、地方自治体、友好団体などのチャンネルを通して、スリランカのあらゆる分野にさまざまな支援を提供してきた。 中国は引き続きスリランカの経済的・社会的発展を最大限に支援し、スリランカの経済回復と人々の生活の向上を支援していく。中国に関連するスリランカの債務については、中国は関連する金融機関がスリランカと交渉して適切な解決策を模索することを支援している。 私たちは、関係国や国際金融機関と協力して、スリランカが現在の困難に対処し、債務負担を軽減し、持続可能な開発を達成するために積極的な役割を果たし続けることをいとわない。(報道官回答ここまで)

また駐スリランカの中国大使館は、さまざまな支援をスリランカに対して行っていることを発表しており、その中には今年4-5月の間に中国政府が5億人民元(約100億円)の緊急人道支援を提供したことも挙げられている。

それ以外にも、今年5月27日におけるファイナンシャル・タイムズFTの取材で、スリランカ総理が中国は既に数億ドルを提供したと発言している

したがって、中国としてはBRICS陣営に経済メルトダウンをしてほしくなく、決して中国が自ら「債務の罠」に支援相手国を陥れようとしている事実はデータには出てこない。

ウクライナ戦争はこの傾向を加速させているのではないだろうか。日本はむしろ、そのことに警戒した方がいい。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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