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南太平洋波高し――王毅外相歴訪失策の真相
6月3日、東ティモールで外相会談をする王毅外相(写真:ロイター/アフロ)

対中包囲網を警戒した習近平政権は一帯一路で南太平洋諸島国を引き寄せ勢いを見せたが、最近の日米豪印の動きに対抗しようとして先回りした歴訪で中国は転んだ。クワッドも空虚だが中国の失策から何が見えるのか。

◆王毅外相の南太平洋諸島国歴訪はなぜ失敗したのか?

中国の王毅外相は5月26日から6月4日の日程で南太平洋諸島8ヵ国を歴訪し、オンライン2ヵ国も含めて、合計10ヵ国と会談を行った。その会談に先立ち、共同声明を出すつもりで、4月12日に草案(中国・太平洋諸島国共同発展ヴィジョンのドラフトと、5ヵ年計画のドラフト)を関係各国に送付した。

ミクロネシア連邦のバヌエロ大統領がこの草案を受け取ったのは同日、4月12日のことだ。

そもそもミクロネシアは第二次世界大戦までは日本が統治した時期もあったが、日本敗戦以降はアメリカの信託統治下に置かれ、1986年に国防と安全保障をアメリカに委託して独立した国だ。1991年になって国連に加盟したものの、アメリカから支援を受ける代わりに国防と安全保障に関してアメリカに委託している。

そのような国を包含しながら、共同声明の冒頭に「政治・安全保障」という項目を設定するとは、中国はいったい何を考えているのか。お粗末すぎる。

5月23日のコラム<オーストラリアに誕生した「偽装反中」の新首相と習近平の戦略>に書いたように、今年4月19日にソロモン諸島と安保協定を締結することに成功し、5月にはキリギスと安保協定締結交渉にまで漕ぎ着けたのを良いことに、「全ていけるだろう」と思いあがったのか、それとも、バイデン大統領の訪韓・訪日や、豪印を東京に呼び寄せることに成功しそうな気配に焦ったのか、真の理由は定かではないが、実に不適切で、中国にしては戦略的読みが浅すぎて驚くばかりだ。

案の定、ミクロネシア大統領はすぐさま反対の意を表明し、5月20日に「オーストラリア、ニュージーランド、アメリカ領のミクロネシアの島や、他の南太平洋諸島国」などに反対意見を述べた手紙と、王毅が送ってきた共同声明草案を送付した。それを5月25日にアメリカ大手メディアABCにリークされ、取り返しのつかない状態になった。

だからと言って、この段階で共同声明の草案を引っ込めるわけにもいかなければ、翌日の26日から予定している太平洋諸島国歴訪を中断するわけにもいかない。

王毅は草案がメディアに公開されてしまった状況で、歴訪を始めたのだ。スタート時点から既に失敗している。そして5月30日に「共同声明が出せなかった」という大きな敗北を喫したのである。これを時系列的に「表1」に示す。

表1:共同声明草案リーク事件と王毅外相の太平洋諸島国歴訪の時系列

筆者作成

黒文字で示したのは、共同声明草案送付を含めた王毅外相の足跡で、赤文字で示したのはミクロネシア大統領やオーストラリア外相の動きおよび王毅外相が太平洋諸島10ヵ国に対して呼びかけた共同声明が失敗した「事件」などである。東京において開催された日米豪印「クワッド」枠組み共同声明も赤文字で示した。

バイデン大統領の来日に合わせて対面で開催された日米豪印「クワッド」の枠組みは、「インドが参加した」という事実があるだけで、それ以外は実質上失敗に終わっていると言わざるを得ない。

なぜなら6月1日のコラム<IPEF(インド太平洋経済枠組み)に対する中国の嘲笑的対米酷評と対日批判>に書いたように、インドがいるために、インドに気を遣い、結局は対露包囲網にも対中包囲網にもすることはできなかったからだ。

一部の御用学者は、それでも「どこともグループを作らないインドがクワッドやIPEFに参加しただけでも素晴らしい成果だ」と岸田首相を褒めて見せるが、インドは反NATO色の濃い上海協力機構の正式メンバー国だし、新興国グループBRICSの主要メンバー国でもある。特に上海協力機構には拙著『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』に詳述したように、モディ首相自らが「入りたい」と切望し、習近平国家主席とは十数回以上会ってようやく上海協力機構入りしたくらいだ。

したがって、何も中国は、こんなにバイデンの訪日に対抗するために太平洋諸島国を歴訪することはなかったし、ましてや安全保障項目などを謳った共同声明を準備するなど、自滅を招く行為でしかない。

◆太平洋諸島国の政治外交的傾向

今般、王毅が歴訪あるいはオンライン会談を行った太平洋諸島国を「中国(中華人民共和国)と国交を樹立させた時期」や「アメリカなど他の西側諸国との安全保障系統にあるか否か」などの要素を抽出して書くと表2のようになる。

表2:王毅が歴訪あるいはオンライン会談を行った太平洋諸島国の外交・政治状況

(表の中の「中国」は「中華人民共和国」を指す。長くなるので省略して書いた)

筆者作成

このうち、オンライン会談を行ったのは「クック諸島、ニウエ、ミクロネシア連邦」である。ほかにも、訪問した国に東ティモールがあるが、この国は太平洋諸島国ではなく、東南アジアに分類されるので、表2の中に入れていない。東ティモールは1975年にポルトガルから独立し、翌年インドネシアに占領され、2002年にインドネシアから正式に独立した年に中国と国交を樹立し、2017年に一帯一路に参加している。

表2から明らかなように、防衛や安全保障上、アメリカやオーストラリアあるいはニュージーランドなどに委託している国が多く、伝統的にもアメリカ色が強い。

それらの国を相手に「中国と防衛と安保関係を締結しよう」などと提案するなど、「無謀」としか言いようがない。ひたすら呆れるばかりだ。

◆太平洋諸島フォーラムを分断する中国の暴挙

太平洋諸島国間には、1971年に成立した「南太平洋フォーラム」があり、大洋州諸国首脳の対話の場及び地域協力の核として発展した。現在、「 オーストラリア、ニュージーランド、パプアニューギニア、フィジー、サモア、ソロモン諸島、バヌアツ、トンガ、ナウル、キリバス、ツバル、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島、パラオ、クック諸島、ニウエ、仏領ポリネシア、ニューカレドニア」など16ヵ国と2地域が加盟している。1989年からは、援助国を中心とする域外国との対話を開始し、2000年10月の総会より、太平洋諸島フォーラムに名称を変更した。

そこに、いきなり中国が割って入って「中国と国交を樹立する国だけ」をつないだ「中国太平洋諸島共同体」を設立しようと提案したわけだ(参照:先述の中国・太平洋諸島国共同発展ヴィジョンのドラフト)。

あれだけアメリカに対して、国連に準拠して行動すべきで、日米豪印「クワッド」や米英豪オーカスあるいはIPEFなど「小さなグループ」を主導して国際社会を分断すべきでないと言ってきた中国が、結局は自分も「穏やかに安定していた南太平洋諸国圏」の秩序を中国側に引き寄せるために「小さなグループ」を形成しようとしているではないか。

日頃の主張と行動が矛盾している。

◆これまでの習近平の対太平洋諸国戦略は経済中心

これまでの習近平の動き方は実に戦略的で、しかも一定程度成功している。それはあくまでも経済を中心としていたからだ。その動きを拾って表にしてみると以下のようになる。

表3:太平洋諸島国に対する習近平や王毅などの動き

筆者作成

2014年から慎重に動き、2018年までに多くの国を一帯一路に参加させ、南太平洋のラインを押さえることに成功している。これは経済を中心とした結びつきだったからだ。ところが今回の王毅の太平洋諸島国歴訪にまつわる「共同声明」は「安全保障」を謳っている。そのようなことをした瞬間に中国は転ぶ。

目的はインド太平洋ラインに楔(くさび)を打って分断することであるのは明らかだが、手段が稚拙過ぎる。なぜこのような愚かで拙速なことをしたのかを究めようと、インサイダー情報に当たるため、実際に高齢の元中国政府高官に連絡して取材した。

するといつもと違って質問には答えず、「アメリカが世界にどれだけ多くの軍事基地を持っているか知っているのか。しかも中国は軍事基地を創ろうとしているわけではない」と不機嫌に言ってのけるだけだった。

それはおそらくアメリカの太平洋諸島国に対する、今年に入ってからの「突然の行動」に焦ったのではないかと推測される。

◆アメリカ国務長官が37年ぶりにフィジーを訪問し、29年ぶりにソロモン諸島に大使館

たとえばアメリカは今年2月13日に国務長官が37年ぶりにフィジーを訪問し、ソロモン大使館も復活させている。明らかに習近平の動きに対抗するためだ。ブリンケン国務長官が29年ぶりにソロモン諸島に大使館を再設置すべくソロモンを訪問した写真もある

30年もほったらかして中国の思うままに行動させておきながら、アメリカもまた何を今さらと思う。まさに唐突感があるが、表1に示したように、オーストラリアの外相が一刻を争うように王毅に先回りしてサモアやトンガを訪問して「中国に協力するなよ」とけん制しているのを見ると、たしかにここに来て、「西側諸国」の動きも突然に慌ただしい。

5月31日にはニュージーランドのアーダーン首相がホワイトハウスを訪れバイデン大統領と会談した。会談では「中国が南太平洋のソロモン諸島と安全保障協定を結んだことに強い危機感を示し、太平洋諸島国への関与を深めていく考えを強調した」とのこと。バイデン大統領は「われわれは太平洋諸島国にもっと関わらなければならない」と述べて、中国が影響力を拡大させつつある太平洋諸島国への関与を深めていく考えを強調している。

中国外交部は6月1日の記者会見で、「太平洋諸島国と中国との協力を中傷することには断固反対する」と述べ、「中国とソロモン諸島との安全保障協力は、第三国を狙ったものではなく、軍事基地を設置する意図もない」と強く反発した。外交部はさらに、「アメリカが世界中に軍事基地を持ちながら、他国の通常の安全保障協力に懸念を表明することは非常に偽善的であり、根深い覇権主義的な考え方を反映している」と批判したが、これらの言葉は筆者が取材した高齢の元中国政府高官の言葉と一致している。

つまり、これが中国の共通した認識なのだろうと判断される。

ということは、アメリカには多くの軍事基地が世界中に置かれていることに中国は警戒し始めたということになろうか。

だから突然、「南太平洋、波高し」の情況を招いた。

それを裏付けるかのように、6月7日にはカンボジア南西部の海軍基地に中国軍は施設を建設している

波が高いのは南太平洋ばかりではなく、中国は何やら新しい行動に出ようとしていることが窺(うかが)える。その視点で、見過ごさないように観察を続けたい。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授、北京大学アジア・アフリカ研究所特約研究員、上海交通大学客員教授などを歴任。著書に『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(7月初旬出版予定、実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓』(遠藤誉・田原総一朗、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』(中文版・英文版もあり)、『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Chinese Issue Global Research Institute, Professor Emeritus, Doctor of Science at the University of Tsukuba. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Chazu Chugoku Kenkoku no Zanka (Japanese Girl at the Siege of Changchun) (including Chinese and English versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chaina jajji — Motakuto ni narenakatta otoko (China Judge: The Man Who Couldn’t Become Mao Zedong),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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