言語別アーカイブ
基本操作
北朝鮮ミサイル発射を中国はどう見ているのか?拉致問題を抱える日本はどうすべきなのか?
金正恩総書記(提供:KRT/ロイター/アフロ)
金正恩総書記(提供:KRT/ロイター/アフロ)

北朝鮮が連日ミサイルを発射し、それに対して米韓も報復発射をしている。北朝鮮と軍事同盟を持つ中国はどう反応しているか。中国の基本姿勢とともに拉致問題を抱える日本のあるべき姿を考察する。

◆中国の反応

まず北朝鮮が6月5日にミサイル8発を日本海に向けて発射したことに関して、中国ではほとんど報道されず、ただ環球時報が中央テレビ局CCTVアプリ版の報道を転載して「韓国と日本が報道した」という発信を3行しただけである。

ところが6月6日に米韓が合同で同様に8発のミサイルを日本海に向けて発射すると、CCTVはかなり大きく扱った。米韓が8発のミサイルを報復発射したことに関してと、北朝鮮に抗議するために日米が合同軍事演習をしたことに関しての報道をご覧いただきたい。扱いが突然大きくなっている。

ただ、特徴的なのは、北朝鮮のミサイル発射などの軍事行動に関して、中国は決して中国の情報として報道することはなく、たとえば今回も韓国の聯合ニュース報道の二次情報として報道している。米韓合同のミサイル発射も韓国の聯合ニュースを引用しているし、日米の合同軍事演習はロイター電として報道しているのである。

◆なぜ中国は北朝鮮の軍事行動に関して他国報道の二次情報しか伝えないのか?

中国が基本的に他国報道の二次情報しか使わないのは、中国と北朝鮮の間に軍事同盟(中朝友好協力相互援助条約)があるからだ。これは1961年5月16日に韓国の朴正熙(パク・チョンヒ)が軍事クーデターを起こして軍事政権を樹立したため、北朝鮮は急遽、ソ連と中国に軍事同盟締結を求めたことに起因する。韓国とアメリカの間には米韓相互防衛条約という軍事同盟があるので、北朝鮮を軍事攻撃することを危惧したためだ。

ソ連は1991年12月に崩壊したので、自然消滅したが、中国との間の軍事同盟は今も存在している。

これがなかなかの曲者で、中国としては何度、この軍事条約を破棄しようとしたかしれないが、結局米中対立が激しくなってからは、日米韓から中国を守るための緩衝地帯として残すことにした。

しかし、北朝鮮が危ない行動ばかりをするので、いつ、米韓と軍事衝突をするようなことがあるか分かったものではない。中国としては、一党支配体制の維持を最優先事項にしているので、その「巻き添え」になりたくないという気持ちから、北朝鮮にも「抑制」を求めているのだが、これがなかなか言う通りには動かない。

金正恩政権が誕生してしばらくの間は、「北のミサイルの矛先は北京を向いている」とさえ言われた時期があったほどだ。

しかし、トランプ政権が誕生し、「トランプ・金正恩」会談という、奇跡的なことが起き始めてからは、金正恩も習近平に低姿勢になり、トランプ大統領に会う前に「北京詣で」をするという、前代未聞の情況がしばらくあったわけだ。

いずれの場合でも、中朝は複雑に絡みながらも、「軍事に関する機密は守る」という大原則があるため、北が起こした軍事行動に関して、中国は他国が報じてからでないと報道しないという「基本」を守っている。

◆中国の北朝鮮に対する国際的な姿勢

実は中国へ滅多に北朝鮮に対する中国の姿勢を話すこともない。

ところがたまたま、5月25日の国連安保理における北朝鮮の核問題に関する追加制裁決議案で、中国が拒否権を使ったために、張軍国連大使が、「なぜ拒否権を使ったか」に関する説明をするためのスピーチを行った。そのスピーチは、中国の北朝鮮に対する姿勢をよく表しているので、いくつかをピックアップしてご紹介したい。以下「半島」というのは「朝鮮半島」のことである。

  1. 半島の隣国として、中国は半島情勢を非常に懸念し、常に半島の平和と安定を維持し、半島の非核化を主張し、対話と協議を通じて問題を解決することを主張している。
  2. 半島の問題は、何十年にもわたって浮き沈みしているが、「対話と交渉が問題を解決する唯一の実行可能な方法である」ことを繰り返し証明している。
  3. 2018年、北朝鮮は一連の非核化と緩和策を講じ、シンガポールで米朝首脳が会談し、新たな米朝関係の構築、朝鮮半島の平和メカニズムの構築、朝鮮半島の非核化プロセスの推進について重要な合意に達した。しかし残念ながら、アメリカは「行動対行動」の原則を無視して北朝鮮の積極的な行動に反応せず、米朝対話は行き詰まり、非核化プロセスは停滞し、半島情勢の緊張は高まり続けている。半島情勢が現在のこの段階にまで至ってしまったのは、主としてアメリカ自身が従来の政策の繰り返しに戻ってしまい、せっかく創り上げた対話の成果を壊してしまったからだ。(筆者注:2019年3月4日のコラム<米朝「物別れ」を中国はどう見ているか? ――カギは「ボルトン」と「コーエン」>に書いたように、2019年2月27日から28日にかけてハノイで華々しく行なわれるはずだった2回目の米朝首脳会談は、28日の昼、突然、決裂に終わった。トランプ大統領は戦後続いてきた北朝鮮問題を自分の手で解決してノーベル平和賞を狙っていたが、朝鮮半島から戦争が無くなると軍事産業が困るアメリカは、ボルトンを中心とした一派がトランプを強引に金正恩から引き離し、半島に「平和」が来るのを阻害した)。
  4. 関係国は、追加制裁の実施に重点を置くだけでなく、政治的解決を促進し制裁を適宜緩和する努力をすべきだ。特に現在の北朝鮮におけるコロナの激しい流行がある中、追加制裁をすれば国民に命の危機に関わる非人道的な結果をもたらすだけで、核問題抑止には如何なる影響ももたらさない。追加制裁は北朝鮮に対する制裁の強化を推し進める一方で北朝鮮に人道的支援を提供する意思を主張しているが、これは明らかに矛盾しており整合性がない。制裁は解決につながらない。
  5. アメリカは北朝鮮問題にかこつけてインド太平洋戦略を推進し、排他的な小さなグループ(筆者注:日米豪印クワッドや米英豪オーカスなど)を形成しては地域の安定と平和的秩序を乱す危険な行動を行っている。アメリカは核拡散に深刻なリスクをもたらす「原子力潜水艦、超音速兵器などの攻撃兵器、核弾頭を搭載できる巡航ミサイル」などを他国に販売し、核不拡散体制に逆行した動きを見せ、地域の脅威を煽ることによって「核共有」を周辺国に主張させている。北朝鮮をカードにしてアメリカの軍事力を強化するため、世界を冷戦構造へと戻そうとしている。中国はそのことに強く抗議し、対話による問題解決を強く望む。

以上が中国の北朝鮮問題に対する主たる主張だ。要するに制裁では北朝鮮の暴走や非核化を止めることはできず、ますます追い込むだけで、(トランプ元大統領のように)対話以外に道はないということを主張している。

◆拉致問題を抱える日本はどうあるべきか?

日本は北朝鮮に関しては特別の関係にあり、何と言っても拉致問題を抱えている。北朝鮮の暴走は絶対に許せない。あってはならないことだ。

しかし、日本政府は「拉致問題こそは政府の最大の課題だ」と呪文のように言い続けるばかりで、いったい何十年が経っているのだろう。歴代総理大臣はそう言うだけで、一歩たりとも自ら動こうとはしていない。

敢然たる「政治的決断」により動いたのは小泉純一郎元総理だけではないか。

トランプが金正恩に会いたがったあのとき、最高のチャンスであったというのに、政府はやはり自ら積極的に動き拉致問題解決に向けて突撃しようとはしなかった。

人は一分一秒、年齢を重ね、間違いなく「命の終わり」に近づいていく。40年も経過すれば拉致された側も取り残されたそのご家族の方々の寿命にも限界が出てくる。

それでも岸田首相もまた「拉致問題こそは我が政府最大の課題だ」と呪文のように言うだけ言って、何もしない。

するのはトランプ元大統領やバイデン大統領に拉致被害者家族と会ってもらって労(ねぎら)いの言葉を掛けてもらい、記念写真を撮るだけである。バイデンがひざまずいて拉致被害者家族に言葉を掛けたなどというのはパフォーマンスに過ぎず、これによって拉致問題は1ミリたりとも動かない。

これまでは習近平にまで拉致問題の解決に関して協力してくれと頼んできたのだから笑止千万だ。そんなことを習近平が金正恩に言って「駆け引きの道具」に使うかと言ったら、「絶対に使わない」。ましてや「善意から日本のために動く」などということも「100%ない!」と断言できる。

他国の首脳に頼んだりせず、一国の首相として自ら決断し動く以外に道はない。

たしかに「ならず者」国家に道理は通らないだろうが、トランプ元大統領はやってのけたし、小泉元総理も断行したではないか。

拉致は相手が「ならず者」国家だからこそ起きている。その国にわが国の国民が拉致されたままになっている。国家の尊厳を考えるなら、自国の民の命を救い出すことが先決だろう。何もかもアメリカに足並みを揃えることだけが国家の道ではない。アメリカにはアメリカの計算(=軍事ビジネスの維持と世界覇権)があって動いていることを見抜くくらいの力量が国家になくてどうするのか?

そこを見抜いてこその国家の尊厳だと思うが、いかがだろうか?

だからこそ、日本は自国の軍事力も強化しなければならない。そのことに関する筆者の主張に変わりはない。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。7月初旬に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

カテゴリー

最近の投稿

RSS