中国にとって北京冬季五輪は、効果的にパンデミックを抑え込むことができる数少ない国としての評価を確かなものにするためだけでなく、国家の外交の成功を誇示するためにも重要なイベントである。米国といくつかの同盟国が外交ボイコットを表明したとはいえ、この五輪で中国を訪問した国家元首は30人を超えた。その中でも主賓と言えるのが、ロシアのプーチン大統領であり、習近平国家主席と最初に会談したのも同大統領であった。
2月4日に両首脳は、16の文書に署名した。その中心となったのが、「新時代における国際関係および世界の持続可能な発展に関する」共同声明だ。過去の類似する発表と比べると、この声明文には特に目新しい点は見られない。多くの人が、主にNATOとAUKUSに関するパラグラフに注目したが、それに劣らず重要なのが、両国にとっての「共通の隣接する地域」での協力を宣言したパラグラフだ。
このことは、中央アジア問題について考えるヒントとなるだろう。中央アジアは近年、予想外の危機や、予測不可能な局面を迎えた慢性的な問題により、国際社会からの注目を集めてきた。中露両首脳が中央アジアにおける協力を史上初めて公言したことで、この地域での影響力をめぐり両国が熾烈な競争を繰り広げているという根強い神話も打ち砕かれた。
地政学において考慮すべき、中央アジア諸国の意志
中央アジアは、ロシアと中国に挟まれる5ヵ国で構成される地域だ。中央アジア諸国は21世紀になって、交通やインフラの技術的進化により地理的な不利を改善できるようになったが、それでもこの地理的位置により、各国の外交政策には一定の制約が課されている。それ以外にも、中央アジア諸国の自由な駆け引きにおける足枷となる状況が存在する。かねてからのロシアの強大な影響力や、世界規模で高まり続ける中国の野心だ。
その結果、中央アジア諸国は、地域外の世界との関係を多様化するために、あらゆる努力を余儀なくされている。経済的にも政治的にも、あるいはその他のいかなる基本的な点でも、外部の力への過度な依存を望む国はないからだ。
このロジックに従うなら、中央アジアのどの国も、自国の領土における大国の競争はおろか、対立など望んでいないことは明らかだ。逆にこの地域の国々にとっては、外部のアクターが、競い合うのではなく協力することこそが利益にかなっている。
主権国家となって30年が過ぎ、国家としての独立性がさらに強まった現在、これらの国々を、意志を持たぬ存在のように扱うことは、完全な誤りだ。様々な外部勢力との関係をどの程度発展させるかを決めるのは、中央アジア諸国自身である。言い換えるなら、この地域における事態の展開を外圧論だけで説明するのは、過度の単純化である。
この意見の裏付けとなるのが、中央アジア諸国が外圧に対し示してきた抵抗のいくつかの例である。本記事後半で、この考えを証明するいくつかの例を挙げるが、まずはひとつの事例に言及しておきたい。アフガニスタン危機に関連して、中央アジア諸国とロシアそして中国が公式に何を重視しているかを比較すると、違いが明らかになる。例えば、タジキスタンはタリバンとの接触を拒否しているが、ウズベキスタンやロシア、中国は、カブールを占拠し権力を掌握した勢力と積極的な関わりを持っている。だがこのことは、ロシアおよび中国の政府が、ウズベキスタン政府と同じ考えだということを意味しない。ロシアと中国が望むのは、この危機がアフガニスタンの国境内にとどまることだけだが、一方ウズベキスタンは、長期的にアフガニスタン問題の解決につながる可能性を考慮して、同国を政治的・経済的に中央アジアに組み込むことを望んでいるからだ。
ロシアの多大な影響力
中央アジアで積極的なプレゼンスを示す国は多いが、プレゼンスのレベルそして奥行きという点で、ロシアと中国に匹敵する影響力をこの地域で単独で発揮する国は一つもない。この数十年間、中央アジアにおける中国の影響力のダイナミックな高まりが大きな注目を集めてきたが、ロシアの影響力が弱まったと見るのは時期尚早だ。
この点に関しては、2022年1月はじめにカザフスタンで起きた政治危機の際の両国の行動が、地域の現状について多くのことを物語っている。ロシアはカザフスタンの騒乱鎮静化において重要な役割を果たしたが、中国は事態の解決にほとんど貢献しなかった。カザフスタンでの出来事を時系列に見ていけば、ロシア政府と中国政府の関与には抜本的な違いがあることが明らかになる。1月2日に西部のマンギスタウ州で始まった大規模な抗議行動は、1月4日にはほぼ国内全域に広がり、最大の都市アルマトイの路上では、平和的な抗議行動は急激に武装犯罪集団を巻き込んだ暴動へと変化し、政府機関の建物や空港などの重要インフラ施設が占拠された。すでにこの日、カザフスタンのカシム=ジョマルト・トカエフ大統領は、ロシアのプーチン大統領に電話で連絡を取っている。
同じ頃、中国外交部は、次の声明を発表している。「カザフスタンで現在起きていることは、同国の国内問題である。中国は、カザフスタン政府がこの問題を適切に解決できると信じている。一刻も早く事態が沈静化し、正常な社会秩序が取り戻されることを願っている。」カザフスタン指導部の見解がこの声明とは正反対であり、国内の問題ではなく「外部からもたらされた」危機だとし、すでに集団安全保障条約機構(CSTO)の支援を求めていることは、重要である。
その後、中国側は立場を大きく転換し、「カザフスタン政府は、暴力的なテロ行為を取り締まり、社会の安定を維持するために強硬な措置を取っている。中国は、カザフスタン政府による、できる限り早急に平穏を取り戻すためのあらゆる努力を支持し、カザフスタンで意図的に社会不安を作り出し暴力を扇動する外部勢力による行為に断固反対する」と宣言するに至った。
このような急激な言説の変化を考えれば、中国が中央アジアでの出来事に影響を及ぼす力が、どれほど過大評価されているかは明らかである。実際には中国政府は、この地域での出来事の原因を客観的に把握するための十分なツールを持っておらず、したがって、同地域における自国のプレゼンスに匹敵するほどの強い影響力は持っていないのである。プレゼンスの大きさと比較してツールの発達が遅れている理由は、(a) 中国が中央アジア諸国で十分な信頼を得るに至っていないという問題に起因しており、このことは (b) これら諸国の政治体制と大いに関係がある。
民主的な国家においては、物事の決定(特に外交政策における決定)は社会の代表者の大多数の意見を考慮した上でなされるが、その意味で、中央アジアのどの国も民主主義国家とは言えない。重要な決定はすべて、国のリーダーたちの専有事項であり、しかも狭いサークルに所属し何よりも自分個人あるいは企業の利害で動く者たちがリーダーとなっているからだ。この特徴を知っておけば、リーダー同士の人間関係と全体的な政府間関係との関連性が理解しやすくなる。
中央アジア諸国の政治エリートと中国の政治エリートとの間には、実質的なつながりはない。中央アジアのエリートたちは、子弟を中国に留学させず(代わりにロシアや欧米の有名大学を選ぶ)、中国でビジネスを興したり不動産を購入しようとしたりせず、中国のエリートとはあまりコミュニケーションをとらず、まして友人関係になることもない。対照的に、中央アジア諸国のエリートとロシアのエリートは、同じ国にルーツを持ち、共通点が多い。例えば、ソビエト連邦での生活の思い出、似通った教育、同じイデオロギーのもとで育ってきた過去だ。だが何よりも重要なのは、共通の言語そして文化コードである。
エリートに共通するこうした一連の要素を熟知することで、ロシアは、地域内のプロセスを把握するだけでなく、中央アジアでの事態に積極的に介入できるのである。そして中央アジア諸国のリーダーの大半が旧ソ連出身者である限り、ロシア政府の影響力も、これまでと変わらぬレベルで存続すると思われる。
競争よりも協力
中央アジアは、地域内の危機だけでなく、予断を許さないアフガニスタン情勢との関連でも、特に2021年8月の米軍の撤退や、急進的統治観で知られるタリバン勢力による首都カブールの掌握以降、世界から注目を集めている。
中央アジア地域から米国が撤退したことは、きわめて象徴的な出来事だ。アメリカが中央アジアに真の意味での利害関係を有していたことは、これまで一度もなかった。米国国境からはあまりにも遠い地域であるため、資源面でも関心の対象外であり、政治的に見ても、中央アジア諸国は欧米型の民主主義陣営には属していないからだ。中央アジア諸国の体制が発足して間もない1990年代の初頭には、地域における意思決定において米国の重要性が意識されていたが、現在はその意識も失われた。米国政府が、不利益を被ってまで地域内のプロセスに関与するつもりも、ロシアと中国のプレゼンスのバランスをとるつもりもないことは、今では明らかである。2001年以降は、アフガニスタンとの近接性ゆえに米国は中央アジアを重要視していたが、2021年になってこの関心も終わりを迎えたことになる。
その結果、この地域では、ロシアと中国が完全に力を持つようになった。このように結論付けると、少なからぬ人が、地域で最大のプレゼンスを発揮する中国とロシアは確実に衝突するはずだという軽率な思い込みを抱きがちだ。だが、短期的に見て、この考えは的外れだ。
中央アジアでの覇権争いの可能性を探ろうとする人の多くが、中露間の協力関係を見落としている。実際のところ現在は、協力が潜在的な競争よりも優先されており、過去1年間の2国間の首脳会談でもその姿勢が確認できる。両首脳は、8月25日、12月15日の電話会談で中央アジアでの協力について話し合っており、さらに2022年2月4日の直接対話では、共同声明に、中央アジアにおいて協力する用意があるとのフレーズも盛り込まれた。
この協力がどのような形態をとり、ロシアと中国がどのような分野で同地域の問題についてより緊密な取組みを進めることになるかは、今後判明するだろう。一方、この件について中央アジア諸国がどのように反応するのかは、別問題である。こうした中露関係の変化は、この地域の国々の意見を考慮することなく、中央アジアを複数の勢力圏へと分割しようとする大国の試みと受け止められることになるのだろうか?もう一つ重要なのは、その場合に、中央アジアでの影響力の拡大に関心を持つ他のアクター(トルコ、インド、中東諸国など)がどのように振る舞うかという問題だ。
こうした点を総合すると、これからの10年間、中央アジアは、引き続き国際社会の注目を集めることになり、世界規模での国際関係にきわめて重大な変化をもたらすわけではないにせよ、地域の地政学上の連携に影響を与えることは確実だと思われる。
カテゴリー
最近の投稿
- なぜ「ロケット軍」に集中しているのか? 中国軍高官腐敗
- 米『中国軍事力報告書』の「汚職摘発で中国軍事力向上」指摘は国防費獲得のため
- A sorry week for Britain’s China Policy
- 中国半導体最前線PartⅣ 半導体微細化「ムーアの法則」破綻の先を狙う中国
- 中国半導体最前線PartⅢ AI半導体GPUで急成長した「中国版NVIDIA」ムーア・スレッド
- 返り咲くトランプ
- 中国半導体最前線PartⅡ ファーウェイのスマホMate70とAI半導体
- 中国半導体最前線PartⅠ アメリカが対中制裁を強化する中、中国半導体輸出額は今年20.6兆円を突破
- 中国メディア、韓国非常戒厳「ソウルの冬」の背景に「傾国の美女」ー愛する女のためなら
- なぜ「日本人の命を人質」にマイナ保険証強制か? 「官公庁の末端入力作業は中国人」と知りながら