RCEPの締結は中国のコロナ禍早期脱出とトランプ政権の一国主義のお陰だと、中国は大喜びだ。日中韓FTAまで内包してしまい、インドの不参加、台湾経済の孤立化も中国には有利だ。インドやロシアとはBRICSで結ばれている。
◆「多国間主義と自由貿易の勝利」と中国
中国共産党の機関誌「人民日報」やテレビ局CCTVは、アジアの自由貿易協定であるRCEP(アールセップ=東アジア地域包括的経済連携)締結を「多国間主義と自由貿易の勝利」と一斉に讃えた。これはトランプ政権が唱えてきた「一国主義と保護貿易」の反対側の立場としての中国を自ら礼賛する言葉で、中国はRCEPの締結を米中覇権競争における「中国側の勝利」と位置付けていることを意味する。
周知の通り、トランプ大統領は就任するとすぐにTPPからの離脱を宣言した。
今般のRCEP締結にはアメリカを筆頭とした「カナダ、メキシコ、ペルーおよびチリ」などアメリカ大陸以外のTPP加盟国(日本、オーストラリア、ニュージーランド、ベトナム、マレーシア、シンガポール、ブルネイ)が参加しており、TPPには加盟していなかったASEAN(東南アジア諸国連合)諸国(インドネシア、タイ、フィリピン、カンボジア、ラオス、ミャンマー)とともに中国と韓国が加盟したので、結果、「提唱国であったASEAN10ヵ国+日中韓+オーストラリア・ニュージーランド」計15ヵ国の参加となった。
中国が積極的になったのは、言うまでもなくアメリカとの対立があるからで、いち早くコロナ禍から抜け出した中国は経済も回復しており、コロナで経済発展が低迷している周辺国を惹きつけるに十分であったと中国は分析している。
ASEAN諸国は政治的にはアメリカ寄りではあるものの、経済的には中国に頼らざるを得ず、中国はまるでASEAN諸国を中国の中庭と位置づけ胸を張っている。
日本は、あたかも日本の努力によってRCEP締結に漕ぎつけたかのように解説する傾向にあるが、中国は全くそうは思っていない。なぜなら日本を引き寄せるのは、中国にとって大きな利益をもたらすからだ。そのため日本が「日本の努力によって」と言ったとしても、それは「言わせておこう」という姿勢で、結果として日本が加盟してくれさえすれば、中国としては大いに満足なのである。
◆アメリカに当てつけた日本への執着
中国にとっては、日本はアメリカを代替するような存在で、何としても日本にはRCEPに加盟してほしかった。RCEP加盟国の中で断トツのGDP規模を誇る中国だが、アメリカの最大のパートナーである日本を加盟させなければRCEPの「旨味」はない。
アメリカが離脱したTPPを日本は「アメリカなしでも」何としても成立させたが、その日本を「中国が頂く」ということになれば、対中強硬策を続けているアメリカには「良い当てつけになる」と中国は見ているのである。またASEAN諸国にしても、たとえ経済面だけではあっても中国にのみ頼り切るのは本意ではないだろう。中国もそのことは分かっている。
そこで日本がいてくれさえすれば、「アメリカの向こうを張って」かつ「中国がGDP規模ではトップ」という状態でRCEPを運営していくことが出来ると中国は計算しているわけだ。
中国大陸のネットでは「中国を中心とした大東亜共栄圏」という言葉までがチラホラ出て来るような雰囲気なのである。
だというのに菅首相は10月26日における所信表明演説で中国包囲網の戦略であったはずの「自由で開かれたインド太平洋構想」から「構想」の2文字を外し、「自由で開かれたインド太平洋の実現を目指す」と述べただけでなく、11月14日の日中韓3カ国とASEANの首脳会議にオンラインで参加した後、記者団に対し「ASEANと日本で『平和で繁栄したインド太平洋』を共につくり上げていきたい」と語った。
なんと、「自由で開かれたインド太平洋」とさえ言わずに、「平和で繁栄したインド太平洋」と言い換えたのである。
何という中国への気の遣いようか!
菅首相には期待していただけに残念だ。
ASEAN諸国への気遣いだとすれば、なおさらASEAN諸国がどれほど中国の「中庭」にいるかの証しであり、日本の役割としては逆ではないのだろうか。ASEAN諸国が日本に期待しているのは「中国への忖度」ではなく、中国にものが言える日本だろう。
◆事実上の日中韓FTA――「アジア元」への一歩
RCEPには「日本・中国・韓国」が対等に参加しているので、中国から見れば事実上の日中韓FTA(自由貿易協定)を締結したのに等しい。詳細に言えば違う側面もあろうが、蓋然的には似たようなものだ。
中国があれだけ積極的に動いたにもかかわらず、難航していた日中韓FTAが、むしろ日本が積極的に入る形で、RCEPを通して実現してしまった。
日中韓FTAが成立すれば、中国としては日米と米韓を心持ち離間させることに成功するだけでなく、アメリカの対中制裁を避けて交易を継続することが出来る項目が増えてくる。
それ以外にも中国には早くから目論んでいる狙いがある。
それは白井一成氏との共著『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』で中国問題グローバル研究所の中国側研究員である孫啓明教授が説明している「アジア元」の実現に向けての一歩を踏み出したいという遠景だ。
香港を中継地として、「人民元+香港ドル+日本円+韓国ウォン」により構成されるバスケットに裏付けられたステーブルコイン(取引価格が変動しない暗号資産)を発行し、まずはクロスボーダー取引を試験的に試みる。FTAとステーブルコインがあれば、SWIFT(銀行間の国際金融取引に係る事務処理の機械化、合理化および自動処理化を推進するため、参加銀行間の国際金融取引に関するメッセージをコンピュータと通信回線を利用して伝送するネットワークシステム)を経由しなくても取引できる。やがてそれを発展させてユーロのようなアジア圏で共通に使える「アジア元」を形成していこうという「夢」を中国は描いている。一帯一路だけでなく自分の「中庭化」したRCEP領域でもデジタル人民元を普及させていこうという「夢」だ。
それも知らずに中国の罠に嵌っていったら、とんでもないことになる。
アメリカのドル基軸の世界を「いつかは」ひっくり返そうと、中国は虎視眈々と「遠景」を見ているのだ。
もっとも、バイデン政権が誕生したら、すんなりとはいかないにしてもTPPに戻ってくる可能性は否定できず、アメリカは日本をRCEPから引きはがす可能性もあると中国は警戒している。少なくともTPPとRCEPは対抗軸を形成していくだろう。
だからこそ、日本はASEAN諸国とどう付き合っていくかが重要になるのだが、現状ではバイデン政権になっても経済面で中国を封鎖することは相当に困難だろう。
◆RCEPに参加しなかったインドは
中国にとってインドがRCEPに参加しなかったことは非常に歓迎すべきことなのである。なぜなら人口においても市場やGDP規模のポテンシャルにおいても、インドさえいなければ中国が文句なしにトップでいられるからだ。
それでいて中国はBRICSにおいてインドやロシアと強く結ばれている。
折しも、RCEP締結と連続するような形で、11月17日夜にBRICS首脳会談がリモートで行われ、CCTVの画面にはインドのモディ首相やロシアのプーチン大統領の顔が習近平国家主席の顔とともに大きく映し出された。
今回はワクチンの共有や経済面での相互補助が強調され、中国がインドとはBRICSを通して強く結ばれていることを強調していた。
モスクワにいる友人は中国とロシアの経済協力関係に関して「ロシアにとっての最大の貿易相手国は過去40年ずっとドイツでしたが、習近平政権になってから既にドイツの倍、来年は3倍になるのではないかともいわれています。中露蜜月は経済関係でもかなり明らかです」と語っている。
したがって中国にとっては【一帯一路+RCEP+BRICS】という形で、地球上のほとんどの国々とつながっており、アメリカを孤立させ、やがてアメリカを凌駕するという長期目標を達成するには、トランプ政権は最高に好ましい政権であったと、逆説的に言うことが出来るのである(10月28日付けコラム「中国はトランプ再選を願っている」参照)。
◆台湾統一に有利に働く台湾経済へのダメージ
見逃してならないのはRCEP締結が台湾経済に与えるダメージだ。
台湾から見れば周りのすべての国あるいはエリアの間の関税が大幅に下がる中で台湾だけが高関税のままであれば、当然のことながら台湾製品の競争力は相当に落ちることになり、RCEPはある意味、台湾に対する経済封鎖につながる。RCEPに加盟したいなら、台湾も香港・マカオ同様に「一国二制度」を採用せよという要求を北京政府は台湾に突き付けるだろう。そのことに関する論争が台湾内部でも巻き起こっている。
たとえば「東森財經新聞台」の番組をご覧になると、その様子が伝わってくる。中国語だが、画面に出て来る文字をご覧いただけば、雰囲気が伝わってくるのではないかと思う。
習近平にとっては一石二鳥どころではなく、笑いが止まらないほどの利益が舞い込んでくる計算になる。それというのもトランプが大統領でいてくれたからだ。
さて、となると、日本はRCEP協定にめでたく署名したなどと喜んでいていいのかという疑問が湧いてくる。
バイデン政権が誕生した時に、TPPかRCEPか、どちらかを選ばなければならない事態に追い込まれるかもしれない。
「自由で開かれたインド太平洋構想」を「平和で繁栄したインド太平洋」などと言い換えている場合ではないだろう。
中国は台湾統一を目指して第一列島線を確保すべく、日本の領土である尖閣諸島への挑戦を繰り返している。「甚だ遺憾だ」などと言葉だけで言っていても、中国にとっては痛くも痒くもない。
習近平に「高笑い」を許しておくわけにはいかないのである。
(本論はYahooニュース個人からの転載である)
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