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新型コロナと米大統領選
米大統領夫妻、新型コロナ検査で陽性 軍医療センターに入院(写真:AP/アフロ)
米大統領夫妻、新型コロナ検査で陽性 軍医療センターに入院(写真:AP/アフロ)

コロナ3人組

ドナルド・トランプ氏が新型コロナウイルスに感染したのは何となくうなずける。これで新型コロナへの対応がずさんだった国のリーダー3人がそろって感染した。英国のボリス・ジョンソン首相に始まり、ブラジルのジャイール・ボルソナロ大統領、そして米国のトランプ大統領だ。3人とも新型コロナウイルスを軽視し、握手や、密集での自由な交流、マスク着用などに関して基本的な予防措置を敬遠した。トランプ氏の陽性判明の数日前に行われ大混乱となった大統領選候補の討論会で、トランプ氏は民主党のジョー・バイデン氏のマスクを嘲笑したばかりだった。バイデン氏がトランプ氏から感染することはなかったようだが、今後の数週間、数カ月に何が起こるか誰にも分からなくなった。仮定のシナリオは無数にある。選挙の前にどちらかの候補者がウイルスで倒れたらどうなるのか。 選挙終了後に明確な勝者がいた場合、その勝者が就任式前にウイルスで倒れたどうなるのか。 こうした事態の扱いについては法律上の規定と手順があるとはいえ、不穏な危うい政治状況の下では何があってもおかしくはない。

当コラムでは、トランプ氏の対中政策が多くの分野で稚拙なことを嘆いてきたが、新型コロナウイルスではすでに多くの命が奪われており、早期に回復して長期の影響がないことが望まれる。治療法は進歩しており、トランプ大統領には最高の医療が施されるが、それでも患者としては高リスクのカテゴリーに入る。太り過ぎ、高齢、男性という3つは死亡リスクを高める要因だ。一方で「ロング・コビッド」と呼ばれる症状の長期化に苦しむ患者の症例も増えている。これは倦怠感や体調不良が、感染時の症状や当初の感染期間をはるかに超えて続く状態である。英国ではジョンソン首相が回復後も倦怠感に苦しんでいると伝えられ、その活力のレベルは新型コロナウイルス感染前に比べてはるかに低い。

ジョンソン氏、ボルソナロ氏に続くトランプ氏の感染は、英国、ブラジル、米国の3カ国のコロナ対応が粗雑だったことを際立たせた。いずれのリーダーもウイルスのリスクを軽視し、対応措置が遅れ、国民の信頼の醸成に失敗した。政治のリーダーシップの拙さが、各国の死亡率や、経済不振、法規制の混乱に反映し、政治のリーダーシップの信頼が最も求められている時に、その信頼を完全に失った。新型コロナウイルスの政治問題化が最も顕著に見られるのは米国だろう。トランプ氏は、共和党との対比で民主党の首長が行政を運営する都市や州の失敗を強調して、ウイルス感染拡大を露骨に政治問題化した。コーネル大学の最近の調査によると、トランプ氏は種々の奇妙な治療法を宣伝したり、ウイルスに関する科学的妥当性のない推測をしたりして、コロナウイルスに関する誤情報の最大の増幅役になったという。消毒剤の注射を覚えているだろうか。紫外線の治療はどうだろう。抗マラリア薬のヒドロキシクロロキンやビタミンD治療もある。いずれも新型コロナウイルスに関する確かな医学的根拠はない。米国と英国には優れた医療施設と研究資源があるのに、状況への対応があまりひどかったのは特に残念なことだ。米国や英国には、パンデミックへの対応について世界各国の政府に助言した専門家がいるにもかかわらず、その助言や提唱された準備態勢は自国では無視された。こうした政治の混乱は、在宅や病院でパンデミックの闘いに命をかけている何百万人ものケアワーカーに対する侮辱である。

「中国の疫病」と中華帝国

大統領選候補者の討論会で、トランプ氏は「中国の疫病」にあらためて言及し、米国で広がる医療危機の責任を中国だけに負わせた。これはトランプ氏の支持基盤にアピールする内容であり、実際に中国に関して非難すべきことは多いが、中国の指導者らはトランプ氏の不運を笑い、乾杯しているに違いない。中国の指導者は誰も新型コロナウイルスに感染したと伝えられていない上、トランプ氏の陽性が判明したのはちょうど中国の長い国慶節の休日期間中で、パンデミックの最初のシーズンを確実に克服した中国の国内で何千万人もの中国人が自由に旅行したり動き回ったりしている時期だった。このような運命の違いは、自分が選んだ道は中国以外で提供される何よりも優れているという習近平氏の自信を強めるだけだ。もちろん、中国の上層指導部は国内の一般の人々に比べて、環境面、医療面、栄養面で特別な暮らしをしていることには留意すべきである。党の上層幹部は、特別な専用農場でつくられた有機食品の恩恵にあずかり、最先端の特別な医療施設を利用し、さらには室内の空気はフィルターをかけて浄化されている。彼らはまさしく特別な環境で暮らしている。

しかし、これら中南海の指導者らの自己満足は長続きしないだろう。トランプ氏は、コロナ感染で中国との闘いにあらためて勇気を強めるだけだ。数週間後に迫る大統領選挙でトランプ氏は負けるかもしれないが、それでも中国に対する米国の反発は変わらない。習近平氏は中国における改革と開放の時代についに終止符を打ったが、同様に米国の対中関与の道も切り替わった。これは今後数十年続くだろう。トランプ氏はこの4年間で米国の政治を揺さぶり、何十年も続いてきた中国に対する協調的な関与の在り方を変えた。意味のない空騒ぎ、侮辱、衝動的な攻撃は、すべてこのトランプという人物の一面だが、中国を脅威として扱っているという点において彼は正しい。トランプ氏は中国学者ではないが、中国共産党が自らをどう語っているかを見るだけで、彼らが「西側」およびその開かれた社会を支える価値を軽蔑していることを理解する。習近平氏はそうした価値観は中国社会には存在しないと主張している。自由なメディア、人権、開かれた社会、個人の自由、独立した調査と研究、信教の自由をすべて習氏は拒否しており、代わりに全員が党の意思に従い身を捧げなければならない。全員が党に奉仕しなければならない。

もっとも中国共産党は、習近平体制の前からもう何年にもわたって慎重さを捨て、アジアにおいて中国帝国の再建を目指し、また世界でも従来より遠慮なくとそれを実現しようとしている。国内では、党は生活のあらゆる領域に手を伸ばしている。国内経済のすべての戦略部門では国家による統制が引き続き最優先され、中国の大手民間企業には党の細胞組織を置くことが求められる。企業は民間の所有かもしれないが、党の意向から独立しているとは決してみなされない。フィナンシャル・タイムズ紙はこのほど、中国共産党の統一戦線工作において民間企業が果たすべき重要な役割に関する一連の政策発表について報じた。統一戦線は、外国の社会やビジネスのあらゆる面で、党の方針を調整し推進する党直轄のプログラムである。中国の民間企業は、商品やサービスを海外で売るだけでなく、中国の方針を積極的に推進し支援することが期待されている。少し例を挙げれば、反法輪功や、反ダライ・ラマ、反香港抗議運動などもそうだ。統一戦線工作は政治家に対し、人権問題から中国の投資の役割に至るまで中国寄りの姿勢を取るよう働き掛けることを意味する。これは中国の成長と発展を注視してきた人たちにとっては新しいことでも驚くことでもない。ニュージーランドのアンマリー・ブレーディー博士は、ニュージーランドおよび世界各地における中国の影響について最前線で研究、執筆してきた。クライブ・ハミルトン氏とマライク・オールバーグ氏は共著Hidden Hand:Exposing How the Chinnese Communist Party Is Reshaping the World(隠された手:中国共産党による世界再構築の画策を暴く) で欧州での中国の影響力行使を詳述しており、最近では徐斯儉氏とJ・マイケル・コール氏が、中国の行動によって世界の民主主義が蝕まれている実態に関する一連の論評をInsidious Power(狡猾な力)という書籍に編集している。

10月1日は中華人民共和国の建国71周年だった。ロンドンではこの日、少数のデモ隊が中国大使館の外に集まり、香港での弾圧に抗議した。スローガンを叫び、歌い、中国国旗を焼き、また建物の周りの手すりを小さな音を立てて叩く人もいた。これに対し大使館は声明を発表、その一部はすべて引用する価値があるので次に示す。

彼らの行動は、国家の威厳に対する重大な冒涜、かつ「中華人民共和国国旗法」 および「中華人民共和国香港特別行政区国家安全維持法」に対する違反に相当し、中国の主権と領土保全への挑戦かつ中国大使館の施設およびスタッフの保安と安全に対する脅威である!

歌ったり、国旗を燃やしたりすることが国の威厳の重大な冒涜に当たるどうかは別として、上記の2つの法律は英国だけでなく中国領土以外では全く効力を持たない。デービッド・キャメロン首相時代に喧伝された英国と中国の「黄金時代」に、英国の主権が中国に移譲されたわけではない。問題とされた行為は、他人に危害を加える明らかな脅威がある特定の状況でない限り、英国の法律の下では犯罪には当たらない。ロンドンを訪れた人なら誰でも、官庁街のホワイトホール周辺で毎日のように同様の抗議行動を目にするだろう。しかし、極度に敏感な中国という国家は、どんな些細なことであっても彼らのルールに対する抗議は処罰されなければならないのだ。これは、弱々しい心配性の偏執的リーダーシップを示すものであって、世界の舞台でその役割を果たすことに自信を持つ国の姿ではない。香港には、「国家安全法」の実態は「国家不安法」だというジョークがある。中国が国内外からのあらゆる批判に文字通りおびえているからだという。

これが現代世界の中国の現実だ。しかし、中国人は誰もがスパイであって遠ざけたり標的にしたりすべきだという意味ではなく、中国とのビジネスや貿易ができないという意味でもない。また、中国との協力が不可欠な分野がないという意味でもない。気候変動問題などがその例だ。トランプ氏は、中国の行動や行き過ぎを 「発見」 したり 「暴露」 したりしたわけではないが、中国について議論する際に批判的なトーン、時には非常に批判的なトーンを使い、これらの問題を世界の政治的議論の中心に据えることができる状況をつくりだした。

このようなことからみれば、ホワイトハウスの指導者がたとえ交代したとしても、それに伴って「通常に戻る」というアプローチは考えられまい。 バイデン氏がトランプ氏の路線を継続するのはほぼ間違いない。ただしトランプ氏のように破滅的で、同盟の構築に逆行し、その関係を疎外するような方法は取らないだろう。ロンドンの中国大使館の発表は、中国はどんな場合でも批判や非難の対象にすべきではないという中国政府の立場を示している。どのような状況であれ、中国に関係するあらゆる問題について自分たちが普遍的な管轄権を行使し、規則を決められるという期待を持っているようだ。

長い1ヵ月の先

トランプ氏の新型コロナ感染は、大統領選直前の10月に起きるオクトーバー・サプライズと呼ばれているが、一世代ぶりの重要性を持つ今回の米大統領選挙で最後の1ヵ月で他に何が起こるかは分からない。バイデン氏は世論調査では強いリードを保っているものの、確かなことは何一つない。2020年はあまりに多くのサプライズがあったので、唯一確実なのは確実性がないということだけだ。トランプ氏が2期目の政権を担えば、中国に対してより強硬な姿勢を取るだろうが、政策に対する場当たり的なアプローチは変えられないだろう。バイデン氏が政権を取った場合でも中国に対する圧力は維持するだろうが、敗北したトランプ氏からの連日にわたる批判の舌鋒に打ち勝たなければならないだろう。トランプ氏は、日々の問題への口出しを遠慮せず、自分だったらはるかに上手くやれたと言うはずだ。米国の国内政治は非常に党派色の強い局面が続くと予想される。

新型コロナの感染は米国の最高権力者まで到達したが、米国政治にとって中国問題は今後何年も続く。世界の志を同じくする国々が中国への対応を調整するためには、米国のリーダーシップが不可欠である。中国は自らの意図と自らが支配を望む世界について非常に明確にしているが、自由世界も同様に自分たちはそれに付き合うつもりがないことを明確にすべきである。

フレイザー・ハウイー(Howie, Fraser)|アナリスト。ケンブリッジ大学で物理を専攻し、北京語言文化大学で中国語を学んだのち、20年以上にわたりアジア株を中心に取引と分析、執筆活動を行う。この間、香港、北京、シンガポールでベアリングス銀行、バンカース・トラスト、モルガン・スタンレー、中国国際金融(CICC)に勤務。2003年から2012年まではフランス系証券会社のCLSAアジア・パシフィック・マーケッツ(シンガポール)で上場派生商品と疑似ストックオプション担当の代表取締役を務めた。「エコノミスト」誌2011年ブック・オブ・ザ・イヤーを受賞し、ブルームバーグのビジネス書トップ10に選ばれた“Red Capitalism : The Fragile Financial Foundations of China's Extraordinary Rise”(赤い資本主義:中国の並外れた成長と脆弱な金融基盤)をはじめ、3冊の共著書がある。「ウォール・ストリート・ジャーナル」、「フォーリン・ポリシー」、「チャイナ・エコノミック・クォータリー」、「日経アジアレビュー」に定期的に寄稿するほか、CNBC、ブルームバーグ、BBCにコメンテーターとして頻繫に登場している。 // Fraser Howie is co-author of three books on the Chinese financial system, Red Capitalism: The Fragile Financial Foundations of China’s Extraordinary Rise (named a Book of the Year 2011 by The Economist magazine and one of the top ten business books of the year by Bloomberg), Privatizing China: Inside China’s Stock Markets and “To Get Rich is Glorious” China’s Stock Market in the ‘80s and ‘90s. He studied Natural Sciences (Physics) at Cambridge University and Chinese at Beijing Language and Culture University and for over twenty years has been trading, analyzing and writing about Asian stock markets. During that time he has worked in Hong Kong Beijing and Singapore. He has worked for Baring Securities, Bankers Trust, Morgan Stanley, CICC and from 2003 to 2012 he worked at CLSA as a Managing Director in the Listed Derivatives and Synthetic Equity department. His work has been published in the Wall Street Journal, Foreign Policy, China Economic Quarterly and the Nikkei Asian Review, and is a regular commentator on CNBC, Bloomberg and the BBC.