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変貌した世界への到達
COVID-19 パンデミックは、石油市場に空前の供給過剰を生み出している
COVID-19 パンデミックは、石油市場に空前の供給過剰を生み出している(提供:ロイター/アフロ)

 「救命ボートまでは何とかたどり着いたが、どうやって岸まで行くのかよく分からない」。ハーバード大学T・H・チャン公衆衛生大学院の疫学者、マーク・リプシッチ氏が、新型コロナウイルス感染症(Covid19)の出口戦略について問われた時の言葉だ。

 

現状をこれほど的確に表現した言葉はないだろう。世界各国はCovid-19の第一波発生に対処策を講じている。これまでのところ、東アジアは欧米よりも備えよく計画を実行できている。国内での流行の予防や抑制に成功している点では、台湾、韓国、香港が際立っている。効果的な検査体制、接触者追跡、隔離が十分早期に実施されれば、機能することを示した。一方、欧米は行動が遅れ、ウイルスの拡散阻止は全国的な厳しいロックダウンに頼った。ただそれぞれの国には異なる事情がある。単純な東対西の構図だけでは、成功と失敗をはっきり色分けできない。伝統的に西側文化とみなされるオーストラリアやニュージーランドはウイルスの抑制に大きな成功を収め、ドイツや東欧のいくつかの国も同様である。これとは対照的に、当初は検査実施の素晴らしい手本と称賛されたシンガポールは、感染者数が急増している。狭く不衛生な環境で暮らす何十万人もの移民労働者を無視した結果だ。

世界の国々は、ロックダウンや隔離、検査という「救命ボート」に這い上がったものの、岸はどこにあり、どうやってたどり着くのか、という疑問が当然のように生じる。あるいは、堅固な陸地に到達する前に、数次にわたるウイルス流行の波によって社会は押し潰されようとしているのだろうか。ウイルス対策の緩和を検討する前に、今後数ヵ月また数年間に起こりそうなこと、あるいは起こりそうもないことを認識しておくことが重要である。

第一に、北半球の夏の到来とともにウイルスが消えると考える根拠はほとんどない。気温が高くても拡散を抑制しないことは、シンガポールの例が示している。また第一波を乗り越えたからといって、ウイルスに打ち勝ったとかウイルスは消滅したなどと考えるべきではない。日々の感染者数や死亡者数の数字にとらわれていると、真実に対して誤った安心感を持ってしまう。感染者の確認件数は、ウイルスの拡散程度を反映するが、検査件数にも左右される。イランの症例件数が非常に多いことから、イラクやシリア、アフガニスタンといった周辺国に大きく広がり、さらにパキスタンやインドにも波及していることはほぼ確実だ。これらはすべて、保健医療システムが貧弱で、調査・報告能力も限られている国々である。インドが数週間にわたるロックダウンで、拡大を本当に食い止められるかどうか全く分からない。懸念されるのは南アジアだけではない。実際、無症状の感染者や感染源となるスプレッダーの割合が高いとみられており、感染者をすべて追跡することは非常に困難で、おそらく不可能だろう。

第二に、Covid-19の治療法は現在ない。支持療法はあるが、この疾患に特有のものではない。さらに、メディアは今後12~18カ月でワクチンが登場すると報じているが、もしそうだとしてもワクチン開発には最も早くても年単位がかかるということだ。ワクチン開発をそもそもこの期間内にできることだけで素晴らしい成果とはなるが、たとえワクチンが手に入っても、有効期間などの疑問への答えは時間の経過を待つほかない。生産、保存、配送、投与などの問題はすべてそれぞれにロジスティック上の頭痛の種がある。ボタン一つですぐ応えられることに慣れきっている世界が解決策を欲しているとしても、物事には時間がかかる。

第三に、ウイルスはインフラや資本資産には実質的な損害を与えていない一方で、公衆衛生のためのロックダウンが、潜在的により困難な経済問題を生み出している。経済というのは究極的には、モノ、サービス、マネーを求めるすべての人々の間でそれらを動かすプロセスである。完全とは程遠いが、社会はそのように発展してきた。現在のところ、政府の対応で現代経済の複雑さを代替することはできない。これは政府は何もするなということではなく、むしろ正反対である。しかしそれでも、政府の支援規模にかかわらず、多くの犠牲者が生まれるということだ。これはまた、政府にさらなる要請や支援を求める声がすぐには消えないことも意味する。

世界は、第一波の流行ピークの先を見据え平常への復帰を計画しているが、世界的な感染拡大によってその計画は調整せざるを得ないだろう。患者の年齢を問わず効き目があり、配送も容易な効果的なワクチンを開発できるかどうか極めて不透明な上、世界経済が戦時以来例のない形で動揺しているからである。つまり、かつての平常には戻らないということだ。救命ボートが接岸する場所は、以前と同じように見えるが、実際には大きく変貌し、今後何年もその状態が続く新しい大地である。例えば、10年前の世界金融危機の経済的影響は欧州ではまだ解決されていない。Covid-19の影響はそれよりもはるかに困難で広範なものである。

これは、中国の慎重な経済再開に見ることができる。平常はすぐに戻ってきてはいない。確かに工場や企業は再開したが、生産性には大きなばらつきがある。強制ではないがマスクの着用は依然として多い。オフィスや商業・住居の複合施設に入るためには多くの場合、緑色や赤色で健康状態を示すモバイルアプリが必要だ。それでも中国は、特にロシア国境沿いなどでの流行を抑えたと認めている。しかし中国には問題が生じている。流行発生の初日から情報の流れを統制してきたのだ。武漢の当初の発生から始まり、現在も中国の本当の状況について市民と外国人の両方から不信感が続いている。習近平国家主席はCovid-19に対する勝利をこれまで以上に誇示したい考えであり、情報は今後も厳しく管理されよう。党が情報を握り続ける限り、中国の経験は世界にとってほとんど教訓にならない。

いずれの国も最終的には、経済再開の必要性と公衆衛生や安全に対する懸念とのバランスを取る必要がある。ビジネス、学校、イベントが段階的に再開されるだろうが、全てに対応できる単一のアプローチはない。台湾や韓国が進むべき道は、イタリアや米国が進むべき道とは明らかに異なる。

その過程では検査が引き続き極めて重要な役割を果たすが、多くの国では検査率向上の実現になお苦しんでいる。このため、実態を依然明確に把握できない中で、制限をどう緩めたらよいか指導者たちは苦境に立たされている。しかし、収入を得たり外出したりする手段がないまま、何百万人を家に閉じ込め続けるのは現実的でなくなるので、何らかの折り合いが必要になるだろう。在宅勤務が容易かつ快適な解決策になる人たちもいるが、労働人口のかなりの部分には現実的ではなく、歓迎すべきことでもない。検査実施が、家族やコミュニティをロックダウンから解放する手段になり得ると提案する人もいる。しかし、新型コロナについて分かっていることがほとんどない中で、入手したデータをどう判断するのか。抗体検査の結果が陽性なら、感染から守るのに十分な免疫力が得られるのだろうか。有効な期間はどのくらいなのか。よく分かっていないのだ。すでにウイルスの検査を受けた人であれば、完全に健康と言えなくても、人ができない仕事の必要性があれば、職場に戻ることが正当化されるのだろうか。簡単な答えはない。

モバイルアプリで個人の接触の履歴をたどって追跡するという提案もある。こうした大規模な監視が理想的だと思う人もいるだろうが、これまでのところ成果は限定的だ。シンガポールでは、追跡用のアプリをダウンロードしたモバイルユーザーはわずか20%だったとメディアが報じている。このような低レベルの取り込み技術では、実効的な解決策とするために必要な範囲をカバーできない。世界にはまだ個人用の携帯電話を持っていない人が多いし、監視に必要なアプリをサポートできるスマートフォンも持っていない。このような技術は、個人のデータや監視に関するプライバシー上の懸念を数多く引き起こしている。一部の国では効果があるかもしれないが、実際にはウイルスの大流行に最も脆弱な多く国には有効ではない。

豊かな先進国では、ある程度は平常に回復することが可能と思われる。検査や社会的距離の確保継続、マスク着用、より局所的な管理と隔離措置を組み合わせることで、都市は平時に近づく状態に戻せるだろう。しかし、より大きな問題が外の世界に広がっていく。多くの国では、海外からの渡航者全員に14日間の隔離期間を設けている。国によっては、外国人の入国を全面的に禁止し、帰国する居住者しか入国できないところもある。発展途上国の多くにとってウイルスの制御が難題であることを考えると、こうした外国人に対する制限や隔離は、数ヵ月に及ぶ可能性があり、2021年どころかそれより長くなるかもしれない。各国がそれぞれの国内事情に応じて二国間協定を結ぶ可能性ももちろんある。例えば香港と韓国の間、あるいは台湾と韓国の間の隔離なしの往来の実現は、今後数ヵ月のうちに確実なように思えるが、発展途上国の多くは、新型コロナの流行を食い止められなければ、長期にわたって隔離の対象となることが容易に想像できる。もちろん、これは発展途上国に限った話ではない。感染拡大の状況を食い止めようと取り組むイタリアや米国、英国は、個別の渡航制限の対象になっている。もし感染が2020年いっぱい続くなら、渡航制限も続くだろう。

国際的な往来が再開しなければ、平常には戻らない。数年後までには、ホテル、観光、航空会社への経済的影響は致命的なものになるだろう。シンガポールの居住者の40%はシンガポール国籍を持っていない。彼らは、南アジアからの出稼ぎ労働者、フランスからの海外駐在員、インドネシアからの家庭内労働者、そして世界各地からの単純労働者や専門職だろう。シンガポールのような世界の十字路に立つ国は、往来のなくなった世界をどうしのいでいくのか。

移動や仕事がある程度正常に戻れば、経済環境は大きく変わるだろう。政府の支援は、経済の落ち込みを遅らせることは可能かもしれないが、落ち込みを止めたわけではなく、もちろん迅速な回復を保証するものでもない。蓄えは使い果たされ、Covid-19のロックダウンの直接的な影響で多くの事業が閉鎖に追い込まれてしまうだろう。原油価格の暴落は、石油業界全般にとどまらず幅広い影響を及ぼし続ける。シンガポールの燃料商社、ヒン・レオンの破滅的な先物取引により多くの銀行が数十億ドルの損失を被ることになるが、政府のCovid-19の支援策でその埋め合わせはできない。銀行セクターはさらに多くの不良債権で打撃を受けるだろう。これは中小企業か大企業かを問わない。ヴァージン・オーストラリアはすでに破産申請したが、航空会社の破綻は同社だけにとどまらないだろう。発展途上国では、渡航制限が複数年にわたると国の発展計画のスケジュールが何年も遅れるかもしれない。経済的な影響を免れる国はない。

今の世界は、2019年末や2020年初めとはまるで違う。当時は当時として先行きの経済的な課題があり、対処すべき困難な地政学的問題があった。そして中国と米国は貿易に関して一定の和解に達した。しかし、Covid-19の救命ボートが接岸しても、残してきたものは拾い上げられない。例えば中国は、国内で厳しい経済状況に直面するだけでなく、Covid-19の物語を捻じ曲げようとする不器用な試みが恐らく裏目に出るだろう。世界のサプライチェーンで中国に取って代われる国は1つもないが、中国への依存度は低下し、サプライチェーンにもっと幅を持たせるようになるだろう。中国だけに依存することを望む国は一つもない。

ただし、この時期は熟考と反省の時間でもある。騒音の減った都市を喜ばない人はいるだろうか。いつもは大気汚染に包まれている国や都市で青空が見える。世界中で人々が生きることの価値と意味を問いかけている。恐らく問題は、いつどうやって平常に戻るかではなく、私たちはかつての平常に戻りたいのか、ということだろう。世界的なロックダウンは一生に一度の経験で済むことを望みたい。未来の世代にとっては信じられない事態かもしれない。現在は危機にあり、今後も危機が続くだろう。私たちは個人として、そして社会として、この危機がもたらす機会を無駄にしたくないものだ。

フレイザー・ハウイー
フレイザー・ハウイー(Howie, Fraser)|アナリスト。ケンブリッジ大学で物理を専攻し、北京語言文化大学で中国語を学んだのち、20年以上にわたりアジア株を中心に取引と分析、執筆活動を行う。この間、香港、北京、シンガポールでベアリングス銀行、バンカース・トラスト、モルガン・スタンレー、中国国際金融(CICC)に勤務。2003年から2012年まではフランス系証券会社のCLSAアジア・パシフィック・マーケッツ(シンガポール)で上場派生商品と疑似ストックオプション担当の代表取締役を務めた。「エコノミスト」誌2011年ブック・オブ・ザ・イヤーを受賞し、ブルームバーグのビジネス書トップ10に選ばれた“Red Capitalism : The Fragile Financial Foundations of China's Extraordinary Rise”(赤い資本主義:中国の並外れた成長と脆弱な金融基盤)をはじめ、3冊の共著書がある。「ウォール・ストリート・ジャーナル」、「フォーリン・ポリシー」、「チャイナ・エコノミック・クォータリー」、「日経アジアレビュー」に定期的に寄稿するほか、CNBC、ブルームバーグ、BBCにコメンテーターとして頻繫に登場している。 // Fraser Howie is co-author of three books on the Chinese financial system, Red Capitalism: The Fragile Financial Foundations of China’s Extraordinary Rise (named a Book of the Year 2011 by The Economist magazine and one of the top ten business books of the year by Bloomberg), Privatizing China: Inside China’s Stock Markets and “To Get Rich is Glorious” China’s Stock Market in the ‘80s and ‘90s. He studied Natural Sciences (Physics) at Cambridge University and Chinese at Beijing Language and Culture University and for over twenty years has been trading, analyzing and writing about Asian stock markets. During that time he has worked in Hong Kong Beijing and Singapore. He has worked for Baring Securities, Bankers Trust, Morgan Stanley, CICC and from 2003 to 2012 he worked at CLSA as a Managing Director in the Listed Derivatives and Synthetic Equity department. His work has been published in the Wall Street Journal, Foreign Policy, China Economic Quarterly and the Nikkei Asian Review, and is a regular commentator on CNBC, Bloomberg and the BBC.