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Covid-19の長く暗い影
新型ウイルス肺炎が世界で流行 アメリカで感染相次ぐ(提供:ZUMA Press/アフロ)
新型ウイルス肺炎が世界で流行 アメリカで感染相次ぐ(提供:ZUMA Press/アフロ)

「今回は違う」。この言葉は、金融や経済の世界で国や企業による不相応な行動を正当化するのに頻繁に使われてきた。状況は一般的なルールでは測れないと主張するための常套句である。しかし、Covid-19にはこの言葉が当てはまるようだ。事態は、世界の人々がこれまで経験してきた営みと根本的に異なっている。市場の動きであれ、経済的なダメージであれ、世界への影響であれ、かつてない状況である。

何か執筆しようとしても最新の情報を反映するのはほぼ不可能だ。感染者数や死亡者数、新たな対策が刻々と変化しているからだ。しかし、知り得ている限りでの背景をあらためて記述しておく価値はある。すなわち、2019年の12月あるいは早ければ11月の段階から、新型のコロナウイルスが動物から人にうつり、広がり始めた。12月の終わりごろまでには、このウイルスが重症性呼吸器症候群(SARS)のような症状を引き起こしていることを中国・武漢市の多くの医師が明らかにし、多くの研究所がその遺伝子配列の解析を急いだ。一定の情報が中国当局の指揮系統に伝えられて感染拡大を制御するための措置が取られ、情報は世界保健機関(WHO)と共有された。しかしその後に起きたのは、武漢市やその他の地域における医師への厳しい弾圧や、感染件数の完全なねつ造、公共の安全の意図的な無視だった。世界最大の規模で人の移動が起きる時期に発生したことは、ウイルスがすでに中国及び海外に広く拡散していることを意味した。

1月末までには中国の大部分がロックダウン(封鎖)されたが、すでに何十万人もの中国人が感染の発生地から中国全土や世界各地に動いており、無自覚のうちにウイルスを広げた。1月下旬までに2桁の国で感染者が報告された。中国が国土を封鎖し旅行制限を実施するのを世界は眺めていた。各国も中国に狙いを定めて旅行制限を実施したが、多くの地域ではすでにウイルスが拡散していた。

シンガポールや香港、韓国、台湾など一部の国・地域は早期に対策を講じた。SARSの経験もあり、感染者数の増加を抑制することができた。欧州と米国は危険信号を目にしていたものの、感染はアジアで封じ込められるだろうと考えた。それは誤りだった。米国の株式市場は2月に入っても高値を更新し続けた。

欧州と米国は感染拡大に対する行動と準備が遅れ、世界経済は現代では全く前例をみない試練に直面することになった。市場の低迷というだけでなく世界の活動の麻痺と急停止という意味において、先に経験した1987年の市場崩壊や2008年の世界金融危機でさえ、その広がりや深さは今回にとても及ぶものではない。ほぼ全ての航空会社が数字の上で破産状態になるだろう。誰も航空機を利用しなければゴーイング・コンサーン(継続企業)ではなくなる。ホテルやレストラン、娯楽施設は法令によって閉鎖されるか、国内外を問わず客がいないために空っぽになるか、いずれかだろう。経済への影響を予測しようと誰もが考える。現代経済の完全な活動停止と何十億人もの隔離強制を、確実性をもってモデル化することは誰にもできない。米国経済は30%、あるいは20%落ち込むのだろうか。誰も分からない。確かなのは、このウイルスの影響で大規模な経済混乱と数千万人の失業者が、この数ヵ月のうちに世界で発生するということだけだ。今後何週間にわたって恐ろしい失業データや倒産企業が続出するだろう。悪い経済指標が出るだけではなく、無数の個人や家族が影響を受ける。

米国市場は当初、ウイルスは中国だけに封じ込められると想定していたようだが、仮にそのシナリオの下であっても世界的な経済危機を迎えていただろう。世界2位の経済大国であり、ほぼあらゆる商品の最大の買い手である中国の動きが実質的に止まった。 このような中国を予想したアナリストのモデルは一つもない。都市や省がロックダウンされても中国経済は第1四半期に成長をみせると予想するアナリストもいた。しかしそれは、経済状況がすっかり変わってしまった実態をまったく認識していないことを示すにすぎなかった。あらゆる経済指標が年初から数ヵ月間で深刻な落ち込みを見せ、いかなる回復もなかなか進まないことが今ははっきりしている。中国人民銀行(PBOC)は、企業向けに融資を行う銀行を低利資金で支援する用意があるかもしれないが、明るい将来展望のある企業があるのだろうか。輸出企業が目の当たりにしているのは、世界経済の縮小とロックダウンである。中国経済の規模は、鄧小平氏が経済改革に着手して以来初めて縮小に転じている。政治的・個人的自由を制限する代わりに経済を成長させるという中国共産党と国民の根本的な取決めが崩れてしまった。そもそも感染症の拡大を直接招いたのが、共産党による統制の必要性と透明性の欠如だった。これが理由となって取決めは崩れたのだ。中国の経済減速を受け、米国との第1段階の貿易交渉合意の約束を中国が履行できるかどうかを疑問視する声も既に出ている。この問題はここ何ヵ月も話題に上っておらず、今後の交渉についても語られていない。中国が経済刺激策を打ってコロナウィルスによる不況を脱却できると考える人がいるなら、2020年の中国は2009年の中国とは違うことを指摘しておこう。中国は既に債務まみれであり、これ以上のインフラ投資を消化する余力は限られ、民間企業も打撃を受けて傷ついている中で、中国が経済的に世界を救うことはできない。

コロナウイルスとその経済への影響が不可分と実感され始めた3月初め、サウジアラビアがロシアを相手に原油市場で価格戦争を仕掛けることを決めた。これにより、供給主導によるとてつもない価格暴落を引き起こし、原油は1日に25%を超える幅で下落した。このような価格戦争は、金融市場では数週間にわたって大きなニュースになるところだが、今ではこのことさえCovid-19騒動にかき消されている。供給主導の価格崩壊に需要側からの崩壊も呼応している。飛行機は空を飛ばず、自動車は駐車したままで家のようだ。

中国は、すべての都市、省、そして国全体にわたり、厳しいロックダウンを先頭に立って実施し、世界は驚きと当惑をもってこれを傍観していた。現在では、ほぼすべての国で同様の措置が取られており、その成果や影響のレベルはまちまちである。しかし、共通しているのは経済的苦痛のレベルだ。コロナウイルスの影響は、数ヵ月の不況を起こすにとどまらず、世界経済全体に本格的な恐慌を引き起こしている。楽観的なアナリストらは、ロックダウン後の中国経済のV字型あるいはU字型の回復に言及した。市場を落ち着かせるため中央銀行が利下げするとか流動性を供給するとかいった期待は、今後何が待ち受けているかを理解していない者の当然の反応である。

市場ではこの30年にわたり、株価が急落した局面で買いを入れる「押し目買い」が良好な投資だった。中央銀行は相場の下落を食い止めるため行動し、銀行は総じて従来以上に低金利で弾力的な信用供与を増やした。しかし今回の経済への影響は、何千万人もが失業者となるほかに選択肢はほぼないだろう。中国では少なくとも今のところは経済回復への努力があまりみられないが、欧州の各国政府は借入制限を撤廃して市民を直接支援している。憲法上は財政赤字が認められないドイツでさえ危機に目覚め、GDPの10%程度を支援のために支出する計画である。英国首相は予定されている予算演説で、企業が従業員を維持し解雇しない限り、その賃金の最大80%を政府が直接支援すると発表した。しかし解雇はすで始まっていて、一部の人たちにとっては遅きに失した。企業にとって収入がゼロで顧客もゼロであれば、ゴーイング・コンサーンではなくなる。これがまさにロックダウンが何百万もの企業に与える影響である。

中国をサクセスストーリーと見る人もいるかもしれないが、中国の問題はおそらく始まったばかりだ。中国はコロナウイルスが引き起こした初期の保健衛生面の影響は乗り越えたが、経済は到底正常に戻っていない。世界の他の地域がロックダウンされているので、中国人はまだ海外に渡航できないし、子供たちを海外に送ることもできない。ビジネス相手が中国に来ることもない。これは過去30年間続いた改革と開放における常態ではない。今年の成長目標はとても手の届かない状況で、賢明な指導者ならば政策変更を考えるところだが、習近平国家主席は自分のやり方を変える兆しが見えない。危機は強い国家の重要性を宣伝するために使われている。

ウィーチャットなどのソーシャルメディア上では、政治変革と一層の開放を求める投稿が続いている。中国の市民は、新型コロナウイルス感染症の発生が、地元だけでなく中央レベルの政治家に隠ぺいされ軽視されたことに気付いている。中国共産党が最も避けたいのは、世界との関わりを持てなくなったり、保有する不動産価格の下落に直面したりする中産階級の怒りを買うことだ。

共産党は、新型コロナウイルスの歴史を盛んに書き直している。意図的な失敗の数々を軽視したり無視したりしているほか、大々的な対応努力を宣伝したり、さらにはウイルス感染発生を他者のせいにしたりしている。この問題はあまりにも大きくて共産党としても隠ぺいし切れないだろうと考える人は、天安門事件の公式報告を忘れてはならない。天安門の出来事についてほとんど知識を持たない世代が育っている。最近では新疆ウイグル自治区の収容所をほとんどの中国人は知らない。もし知っていたとしても、公式見解に疑問を持たない方が良いことを知っている。武漢の Covid-19が認識されなくなるよう公式記録が改ざんされるまでにどれくらいの時間がかかるのだろうか。

新型コロナウイルスはどのような跡を残すのだろうか。Covid-19による混乱後、われわれの生活が将来どのように変化するかさまざまに予測されている。在宅勤務が増えれば、企業の考え方も変わり、従業員と雇用主、同僚との関係も変わるだろう。企業の仕事のやり方が変われば、最終的には都市やオフィスの開発設計の在り方や、郊外と都心の間の通勤にも関係してくる。国境の開放と人の自由な移動は、今後大きな注目を集める分野だろう。欧州のシェンゲン地域の開放性と自由度は、ウイルスの拡散で大きな批判を浴びている。各国間や国内の旅行者の追跡や足取り把握が今後はより一般的になるかもしれない。携帯電話に搭載された技術を使えば、リアルタイムの情報を政府に提供できる可能性があるからだ。このようなプライバシーの喪失も今は有益に思えるのかもしれない。ただ中国の新疆ウイグル自治区では、このようなリアルタイム追跡のもっと恐ろしい面が既に現れている。

中国では新型コロナウイルスが最初に発生したが、回復や隔離解除でも先頭を行く国になりそうだ。ウイルスが消えた直後の対応として中国はどのように振る舞うのだろうか。中国は当然、自らを世界に対する救助者や支援者と位置付けるが、その物語は長続きしないだろう。コロナウイルスの遺産は中国にとってネガティブなものとなろう。貿易戦争によってグローバリゼーションの再調整はすでに始まっていた。ウイルス問題はその動きを加速させるだけだろう。物資の調達、とりわけ重要な医療用品や医薬品の調達を、中国のサプライチェーンだけでなく国際的なサプライチェーンに過度に依存してきたことに気づいた政府が非常に多い。国境の閉鎖は、それが意図であろうとなかろうとモノの移動を妨げてきた。米国の製造業は多くの業種で何年にもわたり空洞化が続いてきたが、今後はコストの安さを追い求めることだけが重要な尺度ではないという認識が生まれるかもしれない。医薬品やその他重要な機器の国内生産者の確保は、国家安全保障の問題である。これは国際貿易の停止や国境の閉鎖を求めるものでもないが、この数週間は、圧力にさらされている状況では同盟国の間でさえグローバリゼーションの弱点が露呈した。これによって苦しむのは中国だろう。中国はそもそも困難な10年を迎えるところだったが、最悪のスタートとなった。中国共産党は中国国内で途方もない圧力を受けることになるだろうし、米国がもたつく中で中国が世界でリーダーシップを取れると考えている限り、そこでも失敗するだろう。世界は中国に背を向けることはないが、はるかに警戒を強めるだろう。政治に対する警戒、情報に対する警戒、そして中国中心の物語に対する警戒である。

フレイザー・ハウイー
フレイザー・ハウイー(Howie, Fraser)|アナリスト。ケンブリッジ大学で物理を専攻し、北京語言文化大学で中国語を学んだのち、20年以上にわたりアジア株を中心に取引と分析、執筆活動を行う。この間、香港、北京、シンガポールでベアリングス銀行、バンカース・トラスト、モルガン・スタンレー、中国国際金融(CICC)に勤務。2003年から2012年まではフランス系証券会社のCLSAアジア・パシフィック・マーケッツ(シンガポール)で上場派生商品と疑似ストックオプション担当の代表取締役を務めた。「エコノミスト」誌2011年ブック・オブ・ザ・イヤーを受賞し、ブルームバーグのビジネス書トップ10に選ばれた“Red Capitalism : The Fragile Financial Foundations of China's Extraordinary Rise”(赤い資本主義:中国の並外れた成長と脆弱な金融基盤)をはじめ、3冊の共著書がある。「ウォール・ストリート・ジャーナル」、「フォーリン・ポリシー」、「チャイナ・エコノミック・クォータリー」、「日経アジアレビュー」に定期的に寄稿するほか、CNBC、ブルームバーグ、BBCにコメンテーターとして頻繫に登場している。 // Fraser Howie is co-author of three books on the Chinese financial system, Red Capitalism: The Fragile Financial Foundations of China’s Extraordinary Rise (named a Book of the Year 2011 by The Economist magazine and one of the top ten business books of the year by Bloomberg), Privatizing China: Inside China’s Stock Markets and “To Get Rich is Glorious” China’s Stock Market in the ‘80s and ‘90s. He studied Natural Sciences (Physics) at Cambridge University and Chinese at Beijing Language and Culture University and for over twenty years has been trading, analyzing and writing about Asian stock markets. During that time he has worked in Hong Kong Beijing and Singapore. He has worked for Baring Securities, Bankers Trust, Morgan Stanley, CICC and from 2003 to 2012 he worked at CLSA as a Managing Director in the Listed Derivatives and Synthetic Equity department. His work has been published in the Wall Street Journal, Foreign Policy, China Economic Quarterly and the Nikkei Asian Review, and is a regular commentator on CNBC, Bloomberg and the BBC.