言語別アーカイブ
基本操作
新たなオイルパワー
混乱状態のホルムズ海峡(写真:ロイター/アフロ)

※この論考は7月31日の< The New Oil Power>の翻訳です。  

覆せぬ敗北

2か月前、本コラムは「敗北」というタイトルの論考を掲載した。米国がイランに敗北したこと、そしてその原因は勇敢な軍人たちではなくトランプのリーダーシップにあったことは、トランプ本人以外の誰の目にも明らかだった。イランは戦場での対決で米国に勝利したわけではないが(イランにそのような力はない)、2か月に及ぶ爆撃にもかかわらず米国は目的達成に失敗した。イランの指導部は権力の座を維持しただけでなく、米国に制裁措置を解除させ、ホルムズ海峡の支配および国際水路だった同海峡の閉鎖を通じてその地位の向上にも成功した。

米国敗北の状況は今も変わりなく、トランプはいまだにこの状況を理解していない。米国とイランの戦争は断続的な停戦を繰り返しながら何週間も泥沼の状態が続いており、状況的には何ら変化がみられない。ネットニュースサイト「The Bulwark」のアンドリュー・エッガーによれば、トランプは仕切り直しという無限ループの中で身動きが取れなくなっており、「米国がイランに徹底爆撃をすれば、彼らは我々が望むものを差し出すだろう」「米国が爆撃を止めれば、彼らは我々が望むものを差し出すだろう」と一貫性を欠く発言をしている。

だが、米国の敗北は文字どおり日増しに悪化している。イランはほぼ毎日のように安価なドローンやミサイルで攻撃を行い、米国は高価で数に限りがあるパトリオット迎撃ミサイルを使わざるを得なくなっている。イランのために米国は自国および同盟国の防衛に必要な武器備蓄を使い果たしつつある。イランはイエメンのフーシ派に働きかけて紅海へのアクセスの封鎖およびさらに北部の海岸沿いのターゲットへの攻撃を進めており、この戦争はすでに湾岸地域の多くの国々を巻き込んでいる。湾岸地域の国々にとっては、自国や原油の世界的供給の保護を目的として置かれていた米軍基地はイランに対する抑止力としてほとんど機能しておらず、むしろリスクとなっていることが明らかになっている。

紛争勃発時に1バレル当たり100ドル超に急騰した原油基準価格は、その後下落して現在は1バレル当たり約90ドルとなり、この戦争が世界に及ぼした直接的な経済的損害に関して偽りの安心感を与えている。詳しく報じられていないが、クラックスプレッドは2月後半から1バレル当たり約40ドル上昇している。クラックスプレッドとは、原油と原油1バレルから生み出される石油製品(ガソリンやディーゼル油など)の価格差を意味するものだ。このスプレッドから考えると、消費者および企業の経済的コストは単純な原油価格上昇をはるかに上回ることになる。これはウクライナによるロシア施設攻撃を原因としたロシアの精製能力低下のみならず、ホルムズ海峡封鎖を原因としてオフライン化した湾岸地域の精製能力低下も反映している。

要するに、米国にとってこの戦争は戦略的大失敗であった。それ以外の解釈は愚か者のすることだ。この敗北が今後数十年にわたりどのような事態を招くのかは、今なお見通せない大きな疑問である。米国の失敗の重大さは言い表せないほど大きい。ここ数日あるいは数週間を振り返っても驚くような出来事が起こっている。トランプの惨憺たる経営実績や巨額の破産を繰り返してきた経歴を知る者なら彼が有能でないことは分かっていただろうが、そのトランプによる最悪の暴挙を止めなかった側近たちも同罪である。例えばマルコ・ルビオ国務長官は、トランプがはまり込んでいる混乱を十分理解していたが、トランプが米国を破滅に導いていても保身のために付き従っていた。

 

新たな展望

この戦争と米国の敗北がもたらす連鎖的影響を予想することは不可能だ。少なくとも戦争はまだ続いているため、好意的に解釈すれば結論を出すのはまだ早いと言えるかもしれない。それも一理あるが、一部ではすでに深刻な損害が出ており、たとえ米軍が何らの形で勝利を収めたとしても――明確な目的なき戦争で何を勝利と呼ぶにせよ――その損害は回復されない。

この戦争がもたらした良い点の1つは、化石燃料から再生可能エネルギー資源への転換の必要性を明らかにしたことかもしれない。欧州の記録的猛暑およびそれに伴う火事をみれば、人為的な気候変動の影響は明らかである。だが太陽光・風力・原子力発電の導入・普及が進んでも、アジアをはじめとする世界は今後数十年間にわたり原油およびガスに依存し続けるという現実は変わらないだろう。そのため湾岸地域の動向は今後も注視する必要がある。

また注視が必要な理由として、米国がもはや自軍を駐留させているさまざまな国々の平和を維持することも守ることもできないという新たな現実がある。米国が湾岸地域に駐留させている軍隊を大幅に削減する可能性は非現実的な話ではない。そうした軍事的縮小が平和的解決につながる可能性は低い。なぜなら、湾岸地域は概して脆弱で世襲制が大半を占める国々で構成されており、宗教的・民族的相違により対立するさまざまな武装グループが存在しているからだ。

この戦争で力を手にしたのが、もっとも好戦的な国であるイランだ。トランプが引き起こした戦争に勝利したテヘランのイスラム政権は誰にとっても称賛すべき相手ではない。イランは暴力的かつ腐敗した国で、恐怖政治で国民の大半を支配し、政権に反抗的な国民の処刑も一切ためらわないことをたびたび示している。民族的にはペルシャ系でイスラム教シーア派が大半を占めるイランは、アラブ系スンニ派から成る近隣の湾岸諸国と大きく異なっている。湾岸地域における米国のプレゼンスは長きにわたり、サウジアラビアなどの諸国が脅威とみなすイランへの防壁とされてきたが、その安全保障の程度が露呈してしまった。その米国に代わって湾岸地域の支配的地位に躍り出たのがイランだ。このイスラム共和国が権力を掌握し続ける限り、ホルムズ海峡が自由で開かれた航行ルートに戻ることはないだろう。イランの地位向上により、サウジアラビアを含む湾岸諸国は同海峡経由の原油輸出に関してイランと個別交渉をする必要が出てくるだろう。同海峡経由での原油輸出は再開されるだろうが、イラン指導部が海峡を通過する非イラン船舶に対して何らかの通行料または税金を課すことは確実と思われるため、基準価格は実質的に上昇するとみられる。世界貿易の要である公海の自由航行に数百年にわたり尽力してきた米国が、皮肉にも今回の海峡封鎖を招いた。他国もイランの動きに追随する形で近隣の公海航行に関税を課す可能性がある。

 

新たなオイルパワー

石油産業への投資の不足により、過去数十年にわたりイランの原油輸出は生産能力をはるかに下回るレベルにとどまっていた。1979年に政権を手にして以来さまざまな形の制裁が行われ、イランにとって友好国といえる相手は少なかった。中国、ロシア、イラン、北朝鮮から成る国家ネットワーク「CRINK」の中で、イランは文字どおり中核を成す国であった。米国の世界的影響力を弱めるという共通目標を持つCRINKは、加盟国以外に対して何ら積極的な活動をしていないが、加盟国同士の相互援助も限定的なものにとどまっていた。しかしそうした状況は近年変化しており、その契機となったのがドローン技術を初めとするイランからロシアへの多大な支援であった。だがCRINKが実際に意味のある枠組みだという考えを中心で支えるのは中国である。国連や米国の制裁にもかかわらず中国はイラン産原油の最大顧客であり、「影の船団(シャドーフリート)」と呼ばれるタンカーの一団を活用してイランからの原油輸入を続けている。公的には中国は2022年以降イランから原油を購入していないことになっているが、非公式の購入は数百億ドルに達するとも推定されている。

中国は世界最大の原油輸入国であると同時にホルムズ海峡経由で輸送される炭化水素の大口顧客であり、今回の海峡封鎖であまり影響を受けていないことに多くの者が疑問を抱いている。中国は経済への大きな影響なく1日当たり数百万バレルの輸入削減に成功した。他国と同様、中国は平時の生活を続けるために大量の備蓄を取り崩す一方、世界的な原油価格上昇圧力の削減も図っているとみられている。だが中国の地上貯蔵施設はほぼ満杯であるため、そうした仮定すら定かではない。中国には秘密の備蓄があるのだろうか?だが現在明らかなのは、中国のパートナーであるイランが代理勢力であるイエメンのフーシ派を通じてホルムズ海峡およびバブ・エル・マンデブ海峡を支配していることだ。今や中国が両海峡を支配しているというのは言い過ぎだろう。中国は市場価格に比べてかなりの安値でイラン産原油を購入しているものの、イラン経済にとっては重要な買い手だ。中国政府はイラン指導部に指示をして従わせているわけではないが、多大な影響力を持つことは確かで、その構図は今後も変わらないだろう。中国は好むと好まざるとにかかわらず、将来の湾岸地域で主導的役割を担う存在になる。2023年、中国はサウジアラビアとイランを交渉の席に着かせて外交関係の再構築に合意させることに成功したが、今後待ち受けている問題はずっと困難である。イランは今回の紛争を通じて近隣諸国とその石油関連設備に積極的に攻撃を仕掛けている。サウジアラビアへの攻撃は歴史的に長く、イエメンの内戦は事実上イランとサウジアラビアの代理戦争である。湾岸地域における米国のプレゼンスが縮小するか、事実上無視されるようになれば、湾岸諸国は間違いなく中国の積極的な関与を求めるだろう。中国にとってこれは経験したことがなく意図もしていない事態だ。湾岸地域は依然として弱い国家の寄せ集めであり、炭化水素により多大な富を有しながらも、経済的不平等と民意が反映されない貧弱な政治に悩まされている。

中国が湾岸地域で存在感を増すにつれ、他のアジア諸国にその連鎖的影響が及んでいる。日本や韓国のような国々は湾岸地域から輸入する石油に大きく依存しており、中国が湾岸地域への関与を強める様子に穏やかではいられない。これらの国々は自国のエネルギー供給が中国の影響下に置かれる状況への対抗策を考えざるを得ない。その解決策の1つが中東以外の輸入先の確保だが、もう1つの解決策として、あらゆる交渉で軍事的プレゼンスを発揮できる海軍力増強がある。東アジアで海軍力の増強が進めば、中国もすでに巨額になっている軍事予算を増やさざるを得なくなり、地域の緊張は一層高まるだろう。ホルムズ海峡の通行料徴収が台湾海峡やマラッカ海峡で起こることはないと断言できる者はいるだろうか?そうした状況はにわかには信じ難いかもしれないが、イラン戦争を単なるトランプ政権の失策として片付けるだけでは済まず、可能性はもはや否定できない。世界的な航行の自由を強制する強い意志も能力もなく存在感が低下した米国は、他国が同様の通行料制度を採用しても阻止できないかもしれない。それは必ずしも金銭的な制度とは限らず、自国にとって好ましくない国と往来する船舶を制限するような形かもしれない。旧来の慣習はもはや守られなくなる。

中国は政治的交渉の手段として貿易を積極的に活用しており、極めて緊密な貿易相手国であっても例外ではない。日本、韓国、オーストラリアは、中国がごく些細な口実で貿易を制限することがある国だと身をもって経験している。石油についても同じことが起きるのではないだろうか?例えば、中国は台湾問題に関して自国と同調する国々に対して優遇措置を提供するようイランに働きかけるのではないか?

パックス・アメリカーナの終焉は人々が思っていたより早く訪れた。トランプとその支持者たちはグローバルリーダーシップという重荷から解放されたがっているのかもしれないが、彼らもその子孫たちも、新たな世界ははるかに危険なものになり、米国が依然として関与する必要があることを思い知らされるだろう。

中国指導部は湾岸地域という泥沼で身動きが取れなくなっているトランプの姿を嬉々として見ているだろうが、今や中国は無干渉かつ経済中心の外交術だけでは立ち回れない大きな役割を担うことを求められている。中国は中東の緊張を緩和させる解決策を有しておらず、数十年にわたり成長を続けながらも近隣のアジア諸国と友好関係を築けていない。中国が今後、繊細かつ責任ある役割を担えるかどうかは疑問が残ると言わざるを得ない。

フレイザー・ハウイー(Howie, Fraser)|アナリスト。ケンブリッジ大学で物理を専攻し、北京語言文化大学で中国語を学んだのち、20年以上にわたりアジア株を中心に取引と分析、執筆活動を行う。この間、香港、北京、シンガポールでベアリングス銀行、バンカース・トラスト、モルガン・スタンレー、中国国際金融(CICC)に勤務。2003年から2012年まではフランス系証券会社のCLSAアジア・パシフィック・マーケッツ(シンガポール)で上場派生商品と疑似ストックオプション担当の代表取締役を務めた。「エコノミスト」誌2011年ブック・オブ・ザ・イヤーを受賞し、ブルームバーグのビジネス書トップ10に選ばれた“Red Capitalism : The Fragile Financial Foundations of China's Extraordinary Rise”(赤い資本主義:中国の並外れた成長と脆弱な金融基盤)をはじめ、3冊の共著書がある。「ウォール・ストリート・ジャーナル」、「フォーリン・ポリシー」、「チャイナ・エコノミック・クォータリー」、「日経アジアレビュー」に定期的に寄稿するほか、CNBC、ブルームバーグ、BBCにコメンテーターとして頻繫に登場している。 // Fraser Howie is co-author of three books on the Chinese financial system, Red Capitalism: The Fragile Financial Foundations of China’s Extraordinary Rise (named a Book of the Year 2011 by The Economist magazine and one of the top ten business books of the year by Bloomberg), Privatizing China: Inside China’s Stock Markets and “To Get Rich is Glorious” China’s Stock Market in the ‘80s and ‘90s. He studied Natural Sciences (Physics) at Cambridge University and Chinese at Beijing Language and Culture University and for over twenty years has been trading, analyzing and writing about Asian stock markets. During that time he has worked in Hong Kong Beijing and Singapore. He has worked for Baring Securities, Bankers Trust, Morgan Stanley, CICC and from 2003 to 2012 he worked at CLSA as a Managing Director in the Listed Derivatives and Synthetic Equity department. His work has been published in the Wall Street Journal, Foreign Policy, China Economic Quarterly and the Nikkei Asian Review, and is a regular commentator on CNBC, Bloomberg and the BBC.